夢想剣
円華side
真央の相手がBCの時点で、あいつの勝利と言う結果は消えた。
希望の血を使って身体能力を強化したところで、あの女と戦闘行為に入ろうとした時点で敗北は決まっている。
まず、バトルロワイヤルのルール事態がBCに有利過ぎているんだ。
ナイフと言う武器を持ち、相手に当てなければならない。
そのルールを把握した時点で、BCは確実に勝利できる競技として参加することを選択したはずだ。
あの女と何度も手合わせしたからこそわかる。
事、武器を使った試合に限ってはBC……桜田奏奈に勝ったことは1度もない。
あいつには、実際には存在しない守りの太刀があるからだ。
それは桜田家次期当主に代々教えられていく剣だ。
護身術の次に教えられる、常軌を逸脱した技。
暗殺から身を守るために伝授される能力と言っても良い。
相手がどれほどの身体能力を持っていようとも、武器を手にして殺意を向けた時点で意味が無くなる。
そう言う剣なんだ。
無意識に殺意を感知した瞬間に抜刀する、BCの中に収められている太刀。
昔の剣の達人が、自身の窮地を脱するために生み出した絶対防技。
相手の殺意を感知し、無意識の絶対領域に入った瞬間にその武器を奪う術。
夢想剣。
「あれを破る方法は、今回の競技の中には存在しないだろうな……多分」
BCと真央の勝負に興味がないわけではないけど、好奇心よりも理性を優先する。
少し速足でアパートに向かっていると、遠くから誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
足は止めずに遠くを見据えると、見覚えのある女子3人のシルエットが見えた。
息を切らしながら、時々後ろを確認しながらこちらに向かって走っており、右端の1人が俺を見て目を見開いた。
「はぁ…はぁ……円華!?」
「恵美……それに、成瀬と麗音?おまえら、一体……」
近くまで来ると足を止め、膝に手を置いて息を整える3人。
「ふぅ……はぁ……いろいろあったのよ。はぁ……言いたいことがいろいろとあるんだけれど、時間はあるかしら?」
成瀬の表情からは動揺が伝わり、麗音の身体は何故か震えている。
恵美も顔色が優れないみたいだ。
3人の様子を見て、距離を置くとか言っていられない状況なのは伝わった。
「悪いけど、こっちも時間がねぇ。簡潔に重要な部分だけ話してくれ」
「待って。……円華は何をしようとしているの?それを聞いてから、話すかどうかを決める」
恵美は何か言うのを渋っているみたいだな。
冷や汗をかいているのが見える。
「真央が希望の血を使った。今はあいつを止めるために動いている」
「石上くんが!?希望の血なんて、どこで手に入れたって言うのよ!?」
「そんなの知るか。本人を止めた時にでも問い詰めるさ」
麗音が取り乱すのも無理はない。
どこにでも落ちてる代物じゃないし、簡単に渡して良い代物でもない。
麻薬よりも性質の悪い薬だからな。
「わかった。じゃあ、それが終わった後で話さないといけないことがあるから。逃げないでね」
「……誰が逃げんだよ」
いや、恵美の言っている意味はよくわかる。
闇を自覚した翌日から、俺は恵美たちを避けてきた。
だから、楔を刺そうとしているのだろう。
もちろん、3人に何があったのかが気にならないというわけじゃない。
だけど、恵美は話さないと言ったら本当に話そうとしない。
成瀬と麗音も状況から例外じゃないだろう。
「石上真央のこと、私たちも協力することはある?」
「今のところは何もねぇよ。3人ともグラウンドに戻って休んでろ」
素気なく言い、3人の横を通り過ぎる。
どこか憂いがある目を向けられ、後ろからまだ視線を感じる。
……あぁ~、どうしてこうも俺は……。
今の恵美の状況を知ってるだろ。
あいつは今、不安なはずだろ。
1度足を止め、一瞬だけ後ろを見ると成瀬と麗音は先を歩いているが恵美はずっと俺を見ていた。
「……はぁ、ったく……」
体操服のポケットに両手を突っ込み、後ろに顔を向けずに一言だけ伝えた。
「安心しろ、おまえを柘榴には渡さないから」
「っ!?な……え?何で、円華がっ…!?」
「さぁな」
これ以上話していると本当に時間が無くなる。
俺は走りだしてアパートの自室にすぐに到着し、愛刀を手にした。
-----
真央side
会長にナイフの1本を奪われ、攻防が続く。
ナイフを手にした瞬間から、間髪入れない怒涛の攻めを仕掛けてくる。
それも前方の9方向から繰り出される激しい突きを、僕もナイフで防いだり紙一重で回避する。
会長が刺そうとしているのは、ターゲットマーカーじゃない。
回避しても、ペイントが腕や脚、頬に付いてしまう。
「ほらほら、どうしたの~?私を倒す気でいるように見えたけど、もうちょっと頑張りなさいよ」
涼しさと呆れを含んだ表情をしながら、手の動きは残像を残すほどに速さを増している。
高速の突きが止むことはなく、防御から攻撃に動きをシフトすることができない。
どうして、こうも違う!?歯が立たない!?
僕の実力はもう会長を超えているはずなのに。
焦る僕と目が合うと、会長は攻撃を止めて溜め息をついた。
「……この程度?天狗の鼻が折れるのも時間の問題ね」
「違う!!僕の力は、こんなものじゃない!!」
身体に欲望を伝える。
『もっと力を』と。
筋力が増加し、視界に映る光景が薄く紅くなっていく。
「それ以上溺れると、戻ってこれなくなるわよ?」
「そんなことは関係ない!!僕はぁ!!!あなたに勝たなくちゃいけないんだぁああ!!!!」
ポーチから最後のナイフを取り出し、もう1度両手に武器を持って仕掛ける。
常人では目で捉えることができない程の高速の連撃だ。
いくら会長でも、この攻撃を止めることはできないはず。
2本のナイフを受けては払い、ターゲットマーカーを気にするあまり、身体中に黄色いペイントがついてしまう会長。
大丈夫だ、今は僕が押している。
「予定が狂っちゃうわねぇ。あなたの体力はできる限り残しておくように頼まれてるんだけどぉ~」
「そうやって余裕な態度を装っても意味が無いんですよ!!!あなたは僕の圧倒的な力に―――—」
「負けないわよ、力に遊ばれているあなたにはね」
手に持っていたナイフを後ろに投げ捨て、目を閉じる会長。
————その瞬間、僕の身体は気づかない内に後ろに吹き飛ばされていた。
「え……?ぐぁあああ!!!」
会長の手には僕が握っていた2本のナイフを握られていた。
床に倒れてターゲットマーカーを確認すると、黄色いペイントで✕が刻まれていた。
「そん……な……!?違う、こんなこと……僕は―――っ!!」
現実逃避をする暇もなく、その放送は校内に響いた。
『黄団 石上真央。敗退』
『バトルロワイヤル、終了。勝者、緑団 桜田奏奈』
僕の想いなど関係なく、その放送は2回繰り返された。
これが僕……?
違う、そうじゃない。
こんなのは僕の実力じゃない。
違う、違う、違う、違う、違う!!
立ち上がり、涼しい顔で僕を見ている会長を凝視する。
「こんなのは違う……認めない……。僕の実力は、力は、こんなものじゃないんだ!!!」
「結果を受け止める理性すらも吹っ飛んだのかしら。真央、あなたはどれだけ私を失望させれば気が済むの?」
「違う!!うるさい!!僕は強いんだ!!強くなったんだ!!」
「そう、強くなった…ね。でも、私には敗北した。この事実は変わらないわ」
「っ!!」
言い返せない。
僕は会長に負けたんだ。
それを受け入れようとしている自分と、受け入れられない自分がせめぎ合う。
「うるさい!!黙れ!!僕はぁあああ!!!!」
頭の中に声が響く。
鈴城さんの冷笑が。
会長の失望したという声が。
Sクラスのみんなの見下す声が。
そして、全校生徒の笑い声が。
みんなが僕をバカにする。
どれだけ力を手に入れても、誰も僕を認めてくれない。
僕は強いのに、力を手に入れたのに、実力があるのに。
『誰か』が僕の邪魔をする。
だから……。
「僕の邪魔を……するなぁああああ!!!!」
会長に向かって突撃を仕掛けるが、彼女は怯えもしなければ微塵も動こうとしない。
「うるっせぇな!」
彼女の首を掴もうとした瞬間————僕の身体は横に飛ばされた。
「ぐっぶへぁ!?」
床に再度倒れて受け身を取る。
脇腹を押さえ、すぐに元居た地点に視線を向ける。
僕は今、蹴り倒されたのか。
それも開いた距離からの跳び蹴りだった。
蹴ってきた本人はスマホを耳に当てており、そちらに集中している。
「それで?もうモニターにこっちの状況は映されてねぇんだな?」
『はい!これで思う存分暴れられますよ、椿さん。思いっきりやっちゃってください!!』
「了解だ、レスタ」
スマホを耳から離し、彼は後ろに居る会長を複雑な心境を含んだ顔で見た。
「迷惑かけたな、BC。少し遅れた。後のことは俺に任せてくれ」
「も~う、円華カッコいい~。お姉ちゃん、惚れ直しちゃう~」
「うるっせぇな。離れてろ!!」
苛立たし気に言えば、会長は不貞腐れながら僕に一瞬視線を向けた。
「……だそうよ?あなたじゃ絶対に勝てないと思うけど、あとは円華に相手をしてもらいなさいな」
「余計なことを言うな。こっちは別に余裕ってわけじゃないんだからな」
会長は僕らを交互に見た後に『バイバ~イ』と言っては距離を開けて傍観者になる。
本当に後を彼に任せるみたいだ。
そこに何の迷いも感じ取れない。
「椿……円華……!!!」
彼が来たことで、僕の学園生活に不協和音が流れた。
そうだ、全ては彼のせいだ。
彼がこの学園に来なければっ……!!
憎悪と共に全身に力が入る。
希望の血の力が、僕の感情に応えてくれる。
椿さんは肩にかけていた竹刀袋から白い日本刀を取り出しては鞘から抜刀した。
「真央……今、おまえを解放してやる」
「その態度が僕をイライラさせるんだ……椿円華ぁあああ!!!!」
怒りで視界が紅に染まる。
その中で錯覚だろうか。
彼の左目の瞳が、透き通るような紅に染まっているように見えた。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます。
 




