魔女
円華side
校舎の廊下に人通りはない。
当然だ、全員グラウンドで次の競技に集中しているだろうからな。
俺と木島が居ないことなど、別に気にする者も居ないだろう。
俺たちは距離を開けて対面し、向かい合う。
こうして木島と2人で話すのは初めてのことだ。
この女の実力はまだ計りかねている。
今の状況だって、俺はおそらく木島の掌の上で踊らされているのだろう。
こいつはあえて、この状況を俺に作らせたんだ。
「木島……おまえ、何が目的だ?」
「単刀直入にお聞きになるのですね」
「時間がないんだ。周りくどく言ったらはぐらかされると思ったからな」
「信用がないのですね。人を疑うよりも信じる方が人生は明るくなると、何かの本で読んだ気がしますが、その理論からすると椿くんの人生は暗いもののようです」
「そんなのは見解の1つに過ぎねぇだろ。それに、俺は人を疑っているわけじゃない。今はおまえを疑っているだけだ」
「疑うとは?私が一体何をしたと言うのでしょうか」
のらりくらりとかわされる前に、さっさと終わらせるか。
「青団の柘榴に黄団の競技参加者リストを渡しただろ」
「まぁ、それは興味深い空想話ですね」
疑いを向けても、木島の貼りついた笑みは少しも歪まない。
それどころか、今から始まる推理劇を楽しもうとしているように見える。
「黄団の参加者リストが青団に渡ったのは寝耳に水ですが、一体何故私がそのような裏切り行為をしたとお思いなのでしょうか?」
「おまえは率先して女子の競技参加者をまとめようとしていた。そして、何度も真央と確認作業をしていたのも知っている。柘榴を警戒している真央があいつに協力するとは思えない。それなら、男女共に参加者を把握しているおまえに限られる」
「そんな消去法の推理ですか。面白くありませんねぇ…。私以外にもリストを確認した人は居ますよ?2年や3年の先輩方も容疑者に入れた方が賢明なのではないでしょうか?」
「確かにな。これだけだったら、おまえに絞り込むには証拠が少ない」
「しかし、これだけが証拠ではないと言う事ですね?」
俺は頷き、スマホを取り出して木島の前で再度あることを確認する。
「……やっぱりか」
「何かわかりましたか?」
「ああ。今更だし、別に興味も無かったから気にしていなかったけど、これがある前提で起こったことなら、前の試験も再度結果を検討しないといけないかもしれないな」
今開いている画面を木島に見せるが、彼女はそれを見ても首を傾げるだけだった。
映しているのは、特別試験『マスカレードダンスパーティー』の結果リストだ。
そして、そこには坂橋彰の名前とその横にFクラスの生徒の名前があった。
Fクラスの誰かが坂橋のコードネームと正体を当てたと言う事になるが……。
果たして、今のFクラスにそこまでの分析力を持っている者が居るだろうか。
柘榴の奴隷に成り下がっているような奴らだし、その時点で精神的に追い詰められて使い物にならないだろ。
自分の手駒にするために徹底的に恐怖を植え付け、反旗を翻すなんて考えも起こさせないようにしたはずだ。
坂橋の正体をFクラスの誰かが実力で当てたとは到底考えられない。
そうなると……。
「おまえは前の特別試験から、坂橋を生贄に捧げて柘榴と協力関係にあったんだな」
「……そこから見破られていましたか。お見事です、椿くん」
「空想話だと否定しないのか?」
木島は自ら秘密を明かしたにも関わらず、その不愉快な笑みが消えることはない。
「もう少し粘ることもできました。しかし、椿くんのことですから確実な証拠を掴んでいるからこそ、私に迫ってきたはずです。そんなことに気づかないほど、私は愚かではありませんよ」
「柘榴の危険性はおまえも理解しているはずだ。どうして、坂橋を切り捨ててまであいつと手を組んだんだ?」
「互いに利益が無ければ、私も柘榴くんも協力関係を築こうとはしません。私の利益も柘榴くんの利益も、あなたはとうに気づいているのではありませんか?」
「……そうだな。俺はまんまと、おまえと柘榴の掌の上で踊らされたよ」
参加者リストを把握しているからこそ、柘榴は絶対に勝てる勝負を俺に挑んできた。
木島への利益はラビリンスを見れば気づかないはずがない。
そして、それは柘榴に対する俺の中の重要度が増す結果になった。
「おまえは柘榴からラビリンスの攻略方法を聞き出していたはずだ。だから、壁の仕掛けを使用できた。あいつがどんな方法で知ったかは見当もつかないけど、未知の競技の攻略法を知っていれば、それだけで今回の体育祭で強力な武器になるからな」
見当がつかないというのはブラフだ。
ラビリンスの攻略法を柘榴が知っていると言う事は、その裏に俺の追い求める相手が居ることを示唆しているのだから。
「その通りです。流石は椿くんと言ったところでしょうか」
「バカにすんなよ。あえて、俺に気づかせたんだろ。だから、何が目的だって聞いたんだ」
「私の目的……ですかぁ。そろそろ、お気づきになりませんか?」
静かに呟く木島。
今までは仮面を貼り付けたような笑みだったが、それが別のものに変わる。
魔性の笑みと言うのか、彼女の雰囲気が変わる。
「柘榴くんに接触したのも、あなたに復讐心を燃やす彼を利用するためですよ。ですが、それは目的の1つに過ぎません」
「……俺を潰すつもりか?」
「そんなことをして、何が楽しいのでしょうか?私はただ共通の玩具を使って、あなたと一緒に遊びたいだけです」
「俺はおまえの遊び相手じゃない。他を当たれ」
目を細めて苛立たし気に言うと、木島の顔から今までのような上品な笑いが消える。
「ウフフっ……クヒヒヒっ……キヒヒヒヒヒっ!!」
その不気味な笑みに、人として受け付けない何かを感じた。
咄嗟に思い浮かんだのは『悪』という言葉。
俺はこの不気味な笑みを、過去に1度だけ見たことがある。
木島は前髪をかき上げ、俺にその緑色の瞳を向ける。
「……今のはちょっと傷つくなぁ……。君の意思は関係ないって言ったはずなのに忘れちゃった?」
敬語が消えた。
俺の意思は関係ない……だと?この女の言い方、過去にどこかで…。
「私はずっと君を見てきた。君が苦しんでいるのを見るのが、私には最高に面白い時間だった。遊び相手の君を見ている時間が、ずっと楽しかった…」
「…何を……言っている!?」
いや、聞き返したがわかっていることが1つだけある。
この女は木島江利だ。
だけど、木島江利と名乗る前に過去に俺に会っている。
「おまえは……いや、そんなことがあり得るのか……」
脳裏に浮かぶのは、過去に1度だけ会っている少女。
俺のことを『遊び相手』と言ったのは、過去にその少女1人だけだ。
「あ~あ、がっかりだなぁ~。ここまでしないと気づいてくれないなんて本当にがっかりだよ、失望だよ、哀しいよぉ…。忌み子の椿円華く~ん?」
かき上げた髪を引っ張り、黒い髪のウィッグが外れる。
そして、代わりに現れたのは水色に輝くウェーブのかかった髪だった。
その目とその髪、そして、その言葉遣い。
全てが過去の情報とリンクする。
あの時、あいつが名乗っていた名前は確か……。
「魔女……」
「覚えていてくれて嬉しいよ。その驚きと不信感に満ちた顔も面白いねぇ……やっぱり、君は私の遊び相手にピッタリだ」
俺は無言で目の前に居る魔女を凝視する。
目線の先に居るにも関わらず、その女が居ることを未だに受け入れられない自分が居る。
「どうし―――」
「お~っと、どうして私がここに居るのかを聞くのは野暮ってものじゃないかなぁ?私は普通にこの学園を受験して入学し、そのルールに則って実力を示した結果、今の地位に居るだけなんだからねぇ」
思考を先読みする魔女の言動が不愉快に感じながらも、そして真面な返答が来るとは期待していないながらも、俺はこう口にしていた。
「おまえは一体……何者なんだ?」
「つまらないことを聞かないでよ。君が今回私から聞き出さないといけないことは、もう聞いたんじゃないのかなぁ?」
魔性の笑みを向けてくる魔女。
その顔から、どうして素直に裏切りの真実を明かしたのかを理解した。
この女にとって、柘榴に協力したことなんて何の秘密でもなかったんだ。
その後に明かさない秘密の片鱗を用意することで、俺に大きな不快感を与えることが目的だったのかもしれない。
「……おまえ、性格が歪んでないか?」
「キヒヒヒっ。何のことかなぁ~?私にはさっぱりわからないよぉ~」
その笑みを見ながら、俺は最初にこの魔女を見た時のことを思い出す。
桜田家の庭であの3バカ兄弟に暴力を振るわれそうになった時。
この女は一瞬だけ、子どもがするとは思えないほどの魔性の笑みをしていたのだ。
再会して思った、俺はこの女を受け入れることはできない。
しかし、魔女が小さくも重大な事実を俺に明かしたのは確かだ。
「君はこれからどうするつもり?柘榴くんに私との関係について話したところで、何の証拠も無かったら意味が無いってことはわかってるよねぇ。それとも、私を証言者として彼の前に出すつもりかなぁ?」
「信用できないおまえの証言なんて当てにならない。おまえを利用する必要もない」
「ふ~ん、それで柘榴くんに勝てるのかなぁ?」
「……さぁな」
こいつに全てを話す必要はない。
逆に話した瞬間に邪魔されるのが落ちだろう。
ラビリンスの攻略法を知っているということは、柘榴は学園側と接触している。
その仲立ちに立った者が居るとすれば……。
これで俺の中の優先順位は変わった。
今は真央のことを解決するか。
これ以上、この魔女と一緒に居ると不快感が限界点に達しそうだ。早々に切り上げよう。
「魔女」
「その呼び方はもう止めようよ。私には木島江利って名前があるんだからねぇ」
「それ、本名か?」
「本当の名前かどうかなんて関係あるのかなぁ?君がどう思おうと、何を疑おうと、私は『木島江利』としか名乗るつもりは無いのに」
「……それもそうだな。情報提供、一応は感謝しておくぜ……木島」
それだけ言って離れようとすると木島に待ったをかけられる。
「このまま帰すと思う?君が全校生徒に私と柘榴くんの関係を広められると、流石に厄介なんだけどぉ」
「おまえが俺の邪魔をしなければ、俺もおまえに不遇な思いはさせないさ」
「そう……誓約と制約ってことだね。元からそうするつもりだったとか?私とのこの時間にも意味はあったのかなぁ?」
「……どうだろうな。勝手に深読みしてろよ」
こればっかりは、この魔女も俺の思考を読めないはずだ。
今の木島との会話で情報の信憑性が生まれた。
この体育祭の結果がどうなろうと恵美は柘榴に渡さない。
そのための武器は、既にスマホの中に入っている。
……そうだ、この機会に一応は釘を刺しておくか。
「木島……今度恵美たちに危害を加えようとしたなら、俺はおまえを絶対に許さない」
「ウフフっ……それは怖いですね。肝に銘じておきます」
水色の髪の上に黒髪のウィッグを被り、木島はクスクスっと小さく笑った。
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