母の御守り
円華side
ラビリンスが始まり、恵美たちの順番になった。
モニターは各選手の状況を画面を4分割することで確認できるようにしているが、音声は聞き取れない。
ラビリンスの順番はあいつらで最後で、次の種目に出る選手以外はモニターに意識を集中して結果を見守る。
俺もその1人であるが、恵美たちの迷宮脱出が始まってから20秒経った辺りからある違和感を覚え始めた。
最初は4人全体を俯瞰的に見るためにあえて誰にも焦点を当てていなかったが、途中からある2人に対象を絞って見ていた。
ある瞬間を見逃さず、それによって起こる現象が偶然か必然かを確認するために。
迷宮の中である女が壁に触れた時、別のルートに居る恵美を壁が罠に向かって押した。
これは偶然なのか?
少なくとも、他の5回のレースでは起きなかった仕掛けだ。
違和感は続いていき、ラビリンスを見ている観客の生徒にも少しずつだが動揺が起こる。
恵美の進路上にあった分かれ道や行き止まりが、壁の移動によって一方通行の道になってはトラップへと誘導している。
その影響か成瀬のルートでは分かれ道が、麗音のルートでは行き止まりが増えていく。
これによって、理解したと同時に違和感と不穏な状況に気づいた。
どのようにして法則に気づいたのか、手段はいつ考えついたのか……。
いや、違うな。
ここに居るほとんどの者は気づいていないと思うが、俺以外にもう数名はこの状況を理解している。
「木島……あいつの見方を変える必要がありそうだな」
木島の動きに合わせ、迷宮の中が変化していく。
彼女が有利になるように。
この迷宮は事前に仕掛けられた罠だけで成り立っているわけではなかった。
壁もまた罠の1つだったんだ。
木島がある特定の壁に触れて軽く押し込むことによって、他のルートの壁を前に押し出される形で移動する。
彼女が手を離しても、1度発動した仕掛けは反対側の壁に着くまで止まらない。
壁の厚さは横に長いブロックになっており、通路を塞ぐことも可能だ。
迷宮内の罠には、選手同士の間接的な妨害ができる仕掛けも存在していたんだ。
しかし、ここまでの状況を見るに腑に落ちない点もいくつかある。
だが、それはある仮定が証明されれば解消されることだ。
モニターから目を離して周りを見た後、視線を戻せば状況は既に最終局面を迎えていた。
成瀬と麗音は壁の仕掛けに嵌ってトラップにかかって脱落したようだ。
恵美が何とかトラップを切り抜け、最後の壁の仕掛けを抜けようとした。
開いた落とし穴に落ちることはなく、1度は壁が閉まる前に通り抜けた。
それが何があったのか、恵美はいきなり後ろに吹っ飛んできては落とし穴に入ってしまった。
最後のラビリンスの結果は、既にゴールに到達していた木島江利の独り勝ちだった。
黄団は10000の能力点を獲得した。
しかし、俺からしたら後味の悪い展開だった。
ラビリンスは終わり、残りの種目も5つを切った。
どれも俺にとっては何の関係もない種目だ。
だからこそ、できることがある。
ラビリンスで落とし穴に落ちた恵美たちの安否が気になる。
テントから出て誰にも気づかれない内にラビリンスの会場に向かおうとすれば、少し先に戻ってきた木島と会う。
「木島……」
「どうかしましたか?そんな怖い目をしないでください」
余裕な笑みを見せてくる木島の態度から、全てが彼女の思惑通りだったことを理解する。
「少し、2人だけでお話しませんか?」
「俺は忙しいんだ。おまえに構っている時間はねぇよ」
「そうですか、それは残念ですね。あなたにならば、答え合わせくらいはお付き合いをしても良いと思っていましたが」
「答え合わせ…?」
目を細めて聞き返すと、木島の微笑みが薄ら笑みに変わる。
「椿くんなら、お気づきになったことでしょう?私の行動の違和感に」
「……あからさまに壁の仕掛けを使ったのは、俺に気づかせるためだったのか?」
「さぁ、それはどうでしょうか。今ここでお話しすることではありませんね。もし興味がおありなら、今からご一緒にカフェでもいかがです?」
「それはあまりにもふざけ過ぎだろ」
クスクスッと笑い、木島の笑みが増す。
「冗談が通じませんね。やっぱり、あなたは面白い…」
「こっちは不愉快だ。忙しいって言ってんだろ」
「良いのですか?私は気まぐれな人間です。今、この機会を逃せば、あなたの知りたいことに正直に答えることはありませんよ?」
こいつ、どこまで俺の思考を読んでるんだ。
いや、そう言う考えになるように誘導するためにラビリンスを利用したのか。
恵美たちの下に向かうか、ここで踏みとどまって仮説の確認に入るか。
俺はさりげなくグラウンドの外を見ると、頼りになる奴が出ていくのが見えた。
ここは、あいつに任せるか。
大丈夫だ、恵美だってバカじゃない。もしもの時のための対処手段は用意しているさ。
「……わかった。それなら、校舎に入ろう。誰にも聞かれたくないだろ?」
「私は別に構いませんが、椿くんの意思を尊重しましょう」
俺と木島は校舎に向かって歩き出した。
この話し合いの結果によっては、この体育祭での優先順位を変えることになりそうだ。
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恵美side
状況はこれまでにないくらいに最悪。
目の前に居るのはポーカーズの1人、ジョーカー。
ペストマスクを被った道化師から放たれる異様なオーラは、とても黒くて不気味。
ヘッドフォンを着けたまま意識を集中させるけど、ジョーカーの心の声は聞こえない。
この特徴は本物だから当てはまるものだということは、ジャックとクイーンで確認済み。
ジョーカーは私たちを見渡しては自身の顎を触り、口元で不適な笑みを作る。
「カオス公の同志が3人か。英雄の娘、貴公がこの中で最も私にとっては価値のある人材と言えよう」
「そんなことを言われたって全然嬉しくない。あんたがここに来た目的は何?」
敵意を向けながら、成瀬を後ろに下がらせる。
この中で戦闘経験が最も低いのは成瀬。
怯んでいる住良木を当てにすることはできない。
私がこの状況を打破するしかないわけだけど……。
いつも右脚に着けているホルスターは体操服に着替える時に外しちゃったし、武器と呼べるものはない。
ジョーカーは右手の人差し指と中指を上げる。
「目的は2つ。1つはそこに居る裏切り者に対する罰を加えること、もう1つは貴公を見定めに来たというところだ」
「成瀬は関係ないわけ?」
「さよう。伊蔵殿の孫娘を傷つけたとあっては、我らの契約が解消されるやもしれぬ。それは我々も望まないのでな」
学園長の名が出ると、成瀬は恐怖を感じながらもジョーカーに問いかける。
「何故……どうして、あなたたちはお爺様を利用するの!?」
「成瀬瑠璃……貴公も可哀想な娘だ。生まれる前より、血の運命に翻弄される宿命を持ちし者とはな。所詮、代わりの人形などその程度と言う事か。伊蔵殿のことも、貴公の母君のことも、真には理解をしていないのだろうなぁ。亡くなられた父君、成瀬努氏のことも同様だ」
成瀬は目を見開き、動揺を見せる。
「父って……何故、あなたが私の父のことをっ…!?」
「彼は良き技術者だった。家族を守るために我々の研究に誠心誠意をして尽力してくれたよ。私も彼の助力に感謝している者の1人だった」
今まで人前で見せたことのないくらいに取り乱している。
ジョーカーの口振りからして、成瀬のお父さんは緋色の幻影と関係している?
「父様が、あなたたちに協力するはずがない‼」
「信じるかどうかは貴公の自由。しかし、事実は小説よりも残酷なり……と言う事だ。貴公においては、この上なく切なくも苦い事実を噛みしめることになるであろうな」
過剰な振る舞いと言動をし、人の感情を逆撫でする。
ジョーカーは動揺を隠せない成瀬から顔を逸らし、震えている住良木に視線を移す。
「さて、住良木麗音……流石の私も貴公には失望した。カオス公に再度挑む機会を与えたにも関わらず、プライドを捨ててあまつさえかの者に寝返るとは。今度ばかりは、私も貴公を庇うことはできないよ」
「っ……‼」
仮面の奥の紅の冷たい瞳が住良木を捉える。
ジョーカーは手を上に伸ばし、指を鳴らす。
それを合図に入口から甲冑を着た純白の騎士が2体が、飛翔して現れる。
その背中にはブースターが付属した翼が広げられ、その手には長い槍と盾が握られている。
「あれはっ…!?」
「自動可動式のナイトドローンだ。性能はリンカーよりも劣る試作品だが、貴公らにはこれで十分だろう」
ナイトドローンは着地し、私たちに機械音を立てながら槍を前に出して徐々に近づいてくる。
「まずは、裏切者への断罪を始めようか」
ブースターから高熱の炎が逆噴射し、ナイトドローンの1体が住良木に距離を詰める。
「んぐぁあ‼」
前に出るのが遅かった。
ブースターによって発生する強風で体勢が崩れてしまい、フォローに入ることができない。
震えで身体が動かない住良木と機械の騎士が向かい合う。
「あ…あぁ……」
「我が友に捧げる、汚れた魂への報復を」
ナイトドローンが槍を後ろに引き、勢いをつけながら住良木に向かって突き出した。
「っ‼住良木さん‼」
成瀬が名前を叫べば、住良木は目を見開いては一瞬正気に戻っては横に受け身を取って回避して距離を取った。
「はぁ…はぁ……今のは本当に死ぬかと思った…」
「死にたくなかったらボサッとしてないでよ。……あんただって、一応は必要なんだから」
「ふんっ、気持ち悪い」
私たちは一か所に固まり、2体のナイトドローンは飛翔して周りを飛び回る。
そして、ナイトドローンは不規則に私たちに突撃してきた。
紙一重で身体を仰け反らせることで緊急回避して受け身を取る私と住良木。
「あんた、レールガンは!?」
「状況から察せるはずだけど、あると思う?」
「持ってきてたら、とっくに出してるってことね。どうするのよ?助けは呼べないし、万事休すって言う感じ?」
面白くもない冗談を言いながら、口元に笑みを浮かべている。
それに釣られ、私も成瀬も笑ってしまった。
「恵美、あなたから諦めは伝わってこない。何か考えがあるのね?」
「……バレた?」
確かにジョーカーが現れたことは予想外だったし、手元にレールガンはないけど諦める必要はない。
攻撃する手段がないだけで、自分たちを護る手段がないわけじゃない。
余裕な笑みを向けながらゆっくりと歩み寄ってくるジョーカーに気づかれないように、2人に小声で言う。
「範囲とタイミングが重要になるから一発勝負になる。失敗したらゲームオーバーかもしれない。私に命を預けられる?」
「今の私は無力よ。恵美のことは信頼してる、あなたに託すわ」
「何をする気かは知らないけど、あたしも死にたくないからね」
決意は固まった。チャンスは1度だけ。
ジョーカーに視線を向ければ、道化師はナイトドローンを横並びにさせて盾を前に出して後ろで槍に力を溜めさせる。
「私も忙しい身。早急に片づけさせてもらおう。ナイトドローン……構え」
突撃という静かな号令に合わせ、ナイトドローンはブースターを全開にして私たちに槍を突き出して突撃してきた。
その瞬間、私はその場から動かず体操服から三角形のスマホカバーを取り出し、予め装着しておいたスマホを操作して機能を起動させた。
ジジッ――――ジジジジジジっ!!!
ナイトドローンの動きが止まり、身体が震えて感電してショートすれば、クッションの上に倒れた。
ジョーカーはそれを見て、仮面の奥の目を見開いた。
「ほぉ……これはこれは……懐かしい物を見せてくれるではないか!!英雄の娘よ!!」
歓喜に満ちた顔をし、両手を広げる道化師。
「最上……これって確か……」
住良木が周りを見ては驚きを隠せていない。
緋色の幻影に居たのなら、これの存在は特に厄介だと思っていたに違いない。
私たち3人の周りには、青くて薄い、稲妻が所々で轟いているバリアが展開されている。
私は両親から異能具を受け継いだ。
それはレールガンだけじゃない。
これは攻撃の手段はないけれど、所有者とその大切な人を守ってきた武器。
「……お母さんの使っていた異能具、電磁バリア。御守りとして、ずっと持ってた。防御力の高さはヤナヤツのお墨付きだよ」
「異能具……間近で見るのはこれが初めてだけど、本当に強力な代物なのね」
息を呑んでいる成瀬に頷き、ジョーカーの様子を見る。
道化師はまだ高笑いをしており、ナイトドローンを見下ろしてはその槍を手に取る。
「クハハハハハァ‼いやぁ……まさか、その秘密武器をもう1度見ることになろうとは……。思い出すなぁ……遥か過去の因縁をぉ…‼!」
ジョーカーは駆け出し、電磁バリアに向かって槍を突き出した。
その槍はバリアに弾かれ、手から離れる。
「本物のようだな…。これはまた面白き余興であるな。我々もデリットアイランドの中でも最高クラスの防具を攻略することは、未だにできずにいる。しかし……それは物理的にはと言う話だがな」
入口から多くのヘルメットを被った者たちが現れ、その手には銃火器が握られている。
「その電磁バリアは強固ゆえにバッテリーの消耗が早い。バッテリーが切れれば、異能具とてガラクタも同然だ」
ジョーカーは消耗戦に持ち込むつもりだ。
ヘルメットたちは銃火器を私たちに向かって構え、引き金を引いた。
多くの銃声が響き、弾は全てバリアで弾かれる。
だけど、防げば防ぐほどバッテリーの消費は早くなる。
「諦めろ!!貴公らではこの絶望的な状況を打破することはできまいよ!!」
バリアの中で逆転の方法を考えるけど、スマホのバッテリーがもう2分も持たない。
後ろの住良木と成瀬も打開策を考えている。
「この際、背に腹は代えられないわ。恵美、私をジョーカーに差し出して!!」
「そんなことしたって無意味よ!!成瀬さんが離れた瞬間にハチの巣にされて死ぬだけ!!あたしが何とかして時間を稼ぐしか…」
「そんな手がジョーカーに通じるの!?」
「知らないわよ!!でも、やるしかないでしょ!?」
3人それぞれに考えを巡らせるけど、打開策は浮かばない。
こういう時、円華だったら……。
住良木が前に出ようとした瞬間、彼女は何かを見て目を細めた。
「……何?あれ……」
私も前を見て確認すると、銃声が徐々に静まっていく。
ヘルメットたちが黒い影が視界に入る度に次々に倒れていき、影が迫るとジョーカーは床に落ちていた盾を取って防いだ。
「っ!?なんと…!!」
影は一瞬でジョーカーから離れ、その姿を現した。
『戦いの匂いがすると思えばぁ……ここかぁ、祭りの会場は』
黒く硬い皮膚に覆われた身体をしている赤い瞳の豹の髑髏を被った獣人が、私たちの前に立つ。
そして、手に持つ骨の剣をジョーカーに向けて威嚇している。
その獣人を見て、道化師は口角を吊り上げて苦笑いを浮かべる。
「これは何と……過去の遺物が牙を剥いたかっ……!?」
明らかに警戒しているジョーカーに対し、獣人はニヒっと笑って周囲に紅いオーラを展開しては回転しながら斬りかかる。
『ハザードファング…‼』
ヘルメットを2体引き起こしては己の盾にして押し倒し、盾にする。
「ぐぶっ!!」
「がふぇあ!!」
邪魔なヘルメットの男たちを尾から振り下ろして捨て、ジョーカーに再度襲いかかる獣人。
どう見ても普通の生物じゃない。
それに私は、前にこの姿を1度見たことがある気がした。
確か、あれは円華の精神世界で…。
「嘘でしょ?もしかして、あれは……!?」
私の中で、ありえない可能性が連想される。
だけど、それはもう失われた存在のはず。
獣人の瞳が私の視線と交わる。
そして、その思念が伝わってきた。
『さっさと逃げろ、最上の娘。祭りの邪魔だ』
鬼気迫る獣人の意を受け止め、私はバリアを解除して2人の手を引いて出口に向かって走る。
「恵美、あの人はっ…!?」
「わからない!!だけど、今は敵の敵は味方って見るしかないから!!」
「一か八か過ぎるでしょ、それ!!」
文句を言いながらも走り続け、私たちはその部屋を出て立ち止まらずに進み続ける。
その後ろから、ジョーカーの声が響いた。
「っ……逃がすものかぁ!!」
床の上の槍を取って投げるが、すぐに獣人が横から骨剣で弾き飛ばす。
「あくまで邪魔をするか……死神の残骸よ」
『俺は楽しみたいだけだ。久しぶりの祭りをなぁ‼』
狂気をぶつけ、敵意を向けてジョーカーを睨みつける獣人。
そして、牙のように連なった骨剣の刃を向けて再度ジョーカーに襲いかかった。
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