迷宮への挑戦者たち
円華side
真央たちの健闘虚しく、騎馬戦は黄団の惨敗だ。
予想していた結末だったが、それでも時間はかかったようだ。
柘榴が私的な目的で何かを仕掛けたのか、真央が予想以上に粘ったのかはわからない。
しかし、個の力だけで勝ち抜ける競技ではないので、遅かれ早かれ結果は変わらない。
もし俺が真央と代わらずに出場したとしても、結果は変えられなかっただろう。
対策ができない程の有利な状況を柘榴に作らせてしまったことが、この騎馬戦の敗因だ。
力だけがあってもダメなんだ。
あいつは、そのことに気づいてくれただろうか。
俺が重たい溜め息をつくと、後ろから騎馬戦から戻ってきた木島が声をかけてきた。
「何か思い詰めたような顔をしていますね?椿くん」
「何の用だ、木島?今日はやけに構ってくるな」
少し不機嫌さを装って言えば、彼女は首を傾げて口の下に人差し指を当てる。
「あら?もしや、私はあなたに嫌われているのでしょうか?そうだとしたら悲しいですね」
クスクスっと愉快そうに笑う姿からは、微塵も悲しさを感じない。
「俺はおまえがこっちを嫌っていると思っていた」
「フフッ、とんでもありませんわ。私はあなたに対して敬意を以て接しているつもりですよ?」
「……あっそ、こんな話は別にどうでも良いか。俺に何か言いたいことがあるなら、早く言った方が良いんじゃねぇの?」
「そうですね。では、あなたに謝罪と宣言を」
木島は俺に軽く頭を下げ、上目遣いで薄く笑みを向ける。
「先ほど、あなたのクラスの成瀬さんの騎馬を倒してしまいました。彼女は軽い怪我を負ったかもしれません。しかし、あれは故意ではないのでご容赦ください」
故意じゃない……ね。
あんな不自然な倒れ方が、偶然に起こるはずがあるかよ。
おそらく、前日までに念入りにシミュレーションしたはずだ。
教師や観客の注意を騎手に向けさせながら、3つの騎馬の相手の騎馬の足を必要に狙って転ばせたんだろう。
木島の口振りからして、特に先頭の成瀬の騎馬を中心に狙ったはずだ。
三角形に固まると言う事は、いろんな角度からの攻めに対応できるということ。
しかし、1つの騎馬が倒れればドミノ式にその余波が他の騎馬を襲うからだ。
戦力的にも精神的にもな。
そして、成瀬を必要に攻めたのは後のクラス競争で少しでも彼女にプレッシャーを与えるためと考えるのが普通だろう。
だから、勝手にEクラスの切り札だと思われている俺に謝罪して言い逃れをするための先手を打ったってところか。
「容赦も何も、俺はあいつに関してとやかく言うつもりはねぇよ。それで、宣言って言うのは?」
「この後のラビリンスでは、私は全力で競技に臨むつもりです。確実に1位を取りますので、どのような結果になったとしても……私に憎しみの矛先を向けないでいただきたいのです」
「……言っている意味がわかりたくねぇな」
「すぐにわかってしまいますよ。その時をお楽しみに」
そう言って優雅にお辞儀をし、木島は次のラビリンスのコースに並びに行った。
さっきの騎馬戦からして、あの女が正攻法を取るとは考えにくい。
それに1位を取るという自信があって、俺に宣言してくるくらいだ。
何か企んでいる、あるいは現在進行形で動いていると見て十中八九間違いない。
グラウンドに再度巨大なモニターが4つの団に画面を向けて設置される。
画面に映し出されるのは、別の場所に準備されているラビリンスが行われる会場だ。
黒い巨大なボックスルーム。
それ単体がドアップで映る画面に、目を細めてしまう。
「黒っていうのが不気味だな…」
ラビリンスは迷宮と言う意味を持つ。
これは脱出ゲームに近いのかもしれない。
仕掛けがわからない迷宮の中を進み続けるには、あらゆる場面での注意力と想像力が必要になるだろう。
会場に向かうためにグラウンドを出ていく連中の中の1人が、黄団のテントの後ろを通っていく。
後ろに座っている俺はさりげなくそいつに呟いた。
「無理すんなよ、成瀬」
「無理するなって言う無理を言わないで。今度は負けないわ」
「……あっそ」
闘志と屈辱に燃えている成瀬には何を言っても意味はない。
自分で気づくまで、俺は何も言わないでおくか。もしくは、うちの影がどうにかするだろ。
他に誰か知り合いが出ていないかが気になって後ろを振り返ると、銀髪の頭に青い鉢巻とヘッドフォンをしている少女が視界に入った。
「恵美…!?」
あいつ、あんな密閉空間でやる競技に出ても大丈夫なのか!?
組織に狙われている自覚はあるのか。
心の声が聞こえたのか、恵美はこっちを見ずにさりげなく俺に一瞬だけ小さくピースサインを向けてきた。『大丈夫』と言う意味だろう。
「ったく……油断すんなよな」
成瀬に恵美……そして、遠目で印象的な白髪が見えたので麗音も出るのか。
木島がどういう手段を使うのかは知らないけど、変に嫌な予感がする。
こういう勘だけは当たってしまうのが経験則だ。
俺の心配を他所に、ラビリンスの会場に選手が全員集結していった。
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恵美side
ラビリンスが行われる巨大な黒いボックスの前に到着すると、それぞれの団が順番に並び始める。
私が最後の6番目のコースに並ぶと、横に居る女と目が合って露骨に「げっ」と嫌みな声が聞こえた。
最悪、隣に居るのは住良木だった。
「選りにもよって、あんたと同じコースなんて……はぁ」
「溜め息つくなんて傷つくなぁ。一緒に頑張ろうね、最上さん!」
人前だから猫被っている優等生(笑)に呆れた顔を向けていると、その住良木の右隣から成瀬の声が聞こえてきた。
「相も変わらず仲が良いわね、2人とも」
「別に仲良くない。皮肉はやめて」
「それは失礼したわね。善処するわ」
私と住良木、そして成瀬が同じ順番で参加するとなるとEクラスとしては、かなり有利な状況にあるのかもしれない。
残り4人目の黄団もEクラスなら、誰がゴールしても良いってことになるんだけど。
右端の黄団の選手を見ると、そこに並んでいた女が私に薄ら笑みを向けてきた。
「先日はどうも、最上さん」
Dクラスの木島江利だ。
声を聞いて、成瀬が鋭い眼光で彼女を睨みつけた。
「木島さんっ…!!」
「ウフフっ。成瀬さん、そんなに怒りを私に向けないでください。先程の騎馬戦のこと、まだ根に持っているのですか?」
「あなたは卑怯な手を使って私たちを敗退させた。それは許されることじゃないわ」
成瀬と木島の騎馬戦での対決は、私から見ても不審な点がいくつかあった。
「卑怯な手って何をしたの?」
2人の話に割って入るように成瀬に聞いた。
「木島さんは鉢巻を取る姿勢を見せながら、騎馬を倒そうとしてきた。それも騎手を狙った者ではなく、騎馬自身への攻撃をしてね。騎馬への攻撃行為は禁止だったはずよ」
「まぁまぁまぁ、敗北の責任を自分ではなく他者に押し付けるのですか。私は成瀬さんがそんな小さい人だとは思いませんでした」
成瀬の話が本当なら、あの成瀬を囲むようにした陣形も頷ける。
和泉たち他の2体の騎馬には騎手が激しい攻めをしているように見せて、騎馬自体への攻撃から注意を逸らしていたと見るのが必然。
だけど、それを証明することはできない。
もう既に起こってしまったことだし、成瀬が進言した所で木島は事故で突き通してくるのも間違いない。
「白を切らないで。今度もあなたの思惑通りに進むとは思わないことね」
怒りを向ける成瀬を前にして、木島は肩をすくめてやれやれと少し呆れたような表情をする。
「私はただ日々全力で事に打ち込んでいるだけです、そこに思惑なんてありませんよ。あるのは結果だけ、その過程でどんな考えや手段があったとしても問題ではありません」
それは暗に自分で不正を認めているように見えるけど、確証はないし証拠もない。
正統なる勝負をすることが前提の成瀬には相性が悪いかもしれない。
挑発するように薄ら笑みを向ける木島。
「や、やめようよ。こんな所で言い争ってもよくないよ?」
住良木が2人の間に止めに入ろうとするけど、成瀬の怒りは収まらない。
さらに迫ろうとする前に、私は2人に聞こえるように露骨に溜め息をついた。
「まぁ、別に木島が何をしてきても関係ないんじゃない?」
成瀬は目を見開いて、木島は目を細めて私を見てくる。
「それはどういう意味でしょうか?最上さん」
「どういう意味も何も無い。相手が何を準備してきても、何を企んでいたとしても結果を残せればそれでいい。それは何もあんたにだけ当てはまることじゃないよねって話だよ」
「ウフフっ、それもそうですね。しかし、あなたにそれができるでしょうか?」
「当てはまるって言っただけで、私がやるかどうかは言ってないんだけど。勝手な憶測はやめてくれる?」
10秒くらい互いの目を見ていると、同時に視線を逸らして何も言葉を交わさなくなった。
木島もバカじゃないはず、ここでいくら挑発しても私には通じず、逆に自分にストレスを感じるだけだと言う事に。
まぁ、そう言う言葉遣いをしただけなんだけどね。
無駄な言い合いも終わり、ラビリンス開始の時間になった。
まず最初の4人が、巨大なボックスルームに入って行った。
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