正攻法の限界
借り物競争が終わってテントに戻ると、伊礼がお茶の入ったペットボトルを渡してくれた。
「お、お疲れ様、椿くん。えっと……その…」
何か言葉を続けようとするが、伊礼の顔は苦笑いを浮かべている。
「大丈夫だ、伊礼。気にしてない。まっ、こういう時もあるさ」
表面上は平静を装っているが、内心大分自分の運の悪さを恨めしく思っている。
テントの天井を見ながらタオルを顔の上に置き、誰にも気づかれないように深い溜め息をつく。
いや~、まさかの最下位ですよ。
スタートダッシュは完璧だったけど、お題のカードで外れくじを引いた。
お題は何度も変更可能だけど、悉く運に見放された。
最初は校長室に置いてある校長のカツラ?次は身近な女子が付き合っている彼氏?つか、グラウンドにエロ本持ってきてる奴なんて居るわけねぇだろ!
悪意あったよ、あれ。
あれこそ、学園側からの俺への妨害じゃないか!?
結局、俺にとっては難易度MAXなお題続きで、他の3人がゴールした結果、見事最下位になってしまったって話ですよ。
マジでふざけんじゃねぇ。
俺って賭け事には強いと思ってたんだけどなぁ。
「終わったことを気にしても、仕方ないか……」
タオルを取ってグラウンドを見ると、次の競技である騎馬戦の準備が始まった。
真央に代わっておいてよかったかもしれない。
今の精神状態で騎馬戦に出ても、足を引っ張るだけだからな。
最初は女子からか。
4つ巴になっており、各団から3つの騎馬が出ては12の騎馬が入り乱れることになる。
相手から頭に巻いている鉢巻を取られるか、騎馬から騎手を落とされれば脱落となる。
奪取した鉢巻の所持数×1000の能力点が個人に加算されるというルールだ。
うちの団からは木島江利が騎手として参加するみたいだな。
あいつは頭脳派だと思っていたから、こういう力任せに近い競技に参加するとは意外だった。
見ると、赤団からは成瀬と和泉が出るらしい。
あの2人の策なら固まって連携し、団として確実に鉢巻を奪取するってところだろう。
緑団は運動部の女子で固めては個人個人で攻める姿勢と見た。
そして、警戒しなければならない青団からはぁ……何だ?ギャルっぽい見た目の女子が欠伸しながら出てきたよ。
見るからにやる気無さそうだ。
他の2人の騎手も同様に生気を感じない。
4つの団から選手が出そろっては東西南北に分かれて配置され、騎馬を作っては準備が終わる。
体育教師が上に向かってピストルを発砲し、開始の合図になった。
4つの団の騎馬が同時に、それぞれの思惑を胸に動き出した。
黄団が赤団を、青団は緑団を相手にする。
青団は黄団を必要に狙うと思っていたけど、そうではなさそうだ。
それとも、多くの鉢巻を取ることで差を付けようという狙いか?
「柘榴……何を考えている?」
裏切り物からリストを得ている以上、黄団の参加者を把握している。
その上で青団の女子の中には勝てる者が居ないと判断し、他に狙いをシフトしたと考えるべきか。
木島たちに視線を向けて人選を確認してみるが、Dクラスで固めただけの3つの騎馬だ。
黄団の騎馬は成瀬と和泉の三角形を作った固い守りに対して積極的に攻めていくが、善戦しているとは言い難い。
鉢巻を取りに行く姿勢を見せているが、全て成瀬や和泉の体裁きで伸ばす手を弾かれる。
攻め切れない状況の中でも、木島の表情からは焦りが見えない。
逆に守りに入っている成瀬や和泉は、何度も下を確認しては不安と動揺の表情を見せる。
2人の視線の先を確認しようとするとその瞬間。
何の前触れも周りの観客に感じさせず、突然赤団の3つの騎馬がドミノ倒しのように次々と崩れていった。
「今のは偶然……なのか?」
幸い、大きな怪我をした者は居ないようだが、成瀬たちは木島に鉢巻を渡さなければならない。
成瀬が木島に頭に着けていた鉢巻を外して渡そうとしたとき、悔しそうな顔で何かを言った。
それに対して、木島は薄ら笑みを向けた。
口の動きで察しは付く。
『卑怯者』だ。
その後青団も緑団から鉢巻を全て取ったようで、黄団と青団の激突かと思われたが、その時には時間切れの合図が鳴った。
次は男子の騎馬戦の番になり、女子の時と同様にそれぞれの団から3つの騎馬が参戦する。
黄団からは、俺の知り合いでは真央と梅原が出る。
真央は騎手で、梅原は騎馬の右側を支える。
他にはラグビー部などの馬力と耐久力に特化したメンバーで固められ、普通ならば万全の準備と言えるだろう。
しかし、今回はそうはいかないだろうな。
急遽変えたとはいえ、柘榴は俺が騎馬戦に出ることを前提とした対策をしてきているはずだ。
並の考え方だと、奴の策に陥れられる。
力だけを望む真央に、それを打ち破ることができるのか。
青団は柘榴が参加し、内海などのBクラスとFクラスのみで騎手と騎馬を作っている。
他の2つの団を見ると、状況が最悪であることが見て取れた。
緑団からは坂橋と長身の平田という男が出ており、赤団もBクラスとFクラスで固められていた。
どういう手を使ったのかは見当が付くが、柘榴は直営の支配下の奴隷のみを使うみたいだな。
その方が自分の思い通りに事が進むと思っている…って感じか。
この人選からして、開始からの展開は目に見える。
それを知ってか知らずか、真央は落ち着いた様子で目線の先に居る柘榴を凝視していた。
それぞれの団の騎馬の準備が完了し、理不尽な戦が始まった。
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真央side
この騎馬戦には柘榴くんが参加するみたいだ。
いい機会だ、彼にも僕の実力を思い知らせよう。
僕ら黄団の騎馬に向かって、3つの団の騎馬が一斉に迫ってきた。
赤団と緑団が左右から、青団が柘榴くんを先頭に真正面から接近しては腕を伸ばして仕掛けてくる。
3対1の抗争になり、僕の他の2つの騎馬はすぐに落とされてしまった。
残りの僕は柘榴くんの騎馬とぶつかった。
仕掛けてくる柘榴くんは両手を伸ばして鉢巻を取ろうとしてくるが、それは容易に払うことができる。
彼がその気ならば、素早い動作で仕掛けてくるはず。
つまり、目的は鉢巻を奪う事じゃない。
「残念だなぁ。俺の相手がおまえとは拍子抜けも良い所だ。椿はどうした?」
「やる気のない人が居た所で、戦力にはなりませんからね。僕と交代してもらいました」
「椿がやる気ないだと?おまえの目は節穴だな。今のあいつはこの体育祭で勝つことに執念を燃やしているはずだぜ。俺がそうするように仕向けたんだからなぁ」
「何を仕向けたかは興味ありませんが、今の相手は僕であることをお忘れなく!!」
防御に徹しているわけにもいかず、次はこちらから仕掛ける。
柘榴くんは両手で捌くことができず、頭を傾けることで回避しては不敵な笑みを見せる。
「今のは良い動きだった。正直、ヒヤッとしたぜ。……どうだ?俺とこのまま、1対1に持ち込まないか?」
「……何ですって?」
目を細めて聞き返すと、柘榴くんが指を鳴らして合図を送り、3つの団の騎馬が僕と彼を隠すように囲み、形式上の鉢巻の奪い合いを始める。
「ここで物量差に押し切られて負けても納得いかねぇだろ?9対1じゃ、おまえに勝ち目はない。だが、俺がおまえに負ければ、他の全員の鉢巻をおまえに奪わせてやるよ。リスク&リターンって奴だ。さぁ、選べよ」
柘榴くんは頭の鉢巻を外し、人差し指で回しながら挑発してくる。
「まぁ?1対1で負けて、プライドを折られるのが怖いって言うなら無理は言わねぇ。その時は武士の情けとして、一瞬で終わらせてやるからよ。……どういう形で終わるのかは、俺にもわからねぇけどな」
その言葉は、暗にただ鉢巻を奪うだけでは終わらないということを示唆している。
乱闘に乗じて、徹底的に僕たちの身体を壊しに来るかもしれない。
そして、騎馬戦の間に起きた事故だと言うのだろう。
大丈夫だ、柘榴くんは僕のことを敵ではないと思っているようだけど、今の僕は前とは違う。
圧倒的な力を手に入れたんだ。
「良いでしょう……その勝負、受けて立ちます!!」
「クフフッ……良い返事だ」
柘榴くんは再度、頭に鉢巻を着け直す。
僕と柘榴くんは同時に相手に仕掛けた。
こちらは鉢巻をしている頭に手を伸ばすが、彼の狙いは違った。
低く背中を丸めて回避し、右手で拳を握れば僕の腹部に直撃させる。
「っ!?」
「おいおい、反則なんて言うなよ?誰も騎馬戦の最中に鉢巻だけを狙えなんて言ってねぇぜ。騎馬を倒せば勝ち、それは騎手を再起不能にさせるのと同じだろ」
不意打ちを食らわせ、いい気になっているようだ。
しかし、僕はその手を掴んで離さない。
「その程度で、殴ったつもりですか?痛くもかゆくもないですよ」
「……あん?」
柘榴くんの顔から笑みが消え、目を見開いた。
僕の目を見て、驚愕の表情を浮かべている。
「おまえ……その目は、あの時の椿と同じっ…!!」
「椿さん?関係ないですよ!!あなたは、どうしてそこまで椿さんに執着するんですか!?」
「おまえには関係ねぇことだ!!」
柘榴くんの目に憎しみの怒りが宿る。
僕が掴んでいる手とは反対の手で再度鉢巻を狙いに行くが、ギリギリの所で何度も回避される。
「おまえらにはわからねぇだろうな!あの怪物と仲良くやっている奴には、その本性がわからねぇのさ!!」
「そう言うあなたには、その怪物の本性がわかるんですか!?」
「当然だ!今は鳴りを潜めているみたいだが、あいつはまた内に秘めた獣を露わにする!!血に飢えた獣の殺戮の本性をな!!」
柘榴くんは僕の手を強く掴み、互いに攻撃できない状況になった。
僕らは片方の手に力を入れて相手の腕を掴み、もう片方の手で相手の手を離そうとする。
しかし、この均衡状態において、柘榴くんは再度不敵な笑みを見せた。
「その時が来るのを、俺は楽しみに待ってるんだよ……。俺が奴を完膚なきまでに潰すためにっ…!!」
悪魔の笑みの柘榴くんは、僕の後ろに視線を向けていた。
そして、僕の耳にスルっと何かが抜ける音が聞こえた。
「えっ……」
視界に一瞬黄色の鉢巻が視界に入り、後ろに引かれていくのがわかった。
「まさか…!?」
後ろを振り向いた時にはもう時すでに遅く、緑団の鉢巻をしている坂橋くんが僕の鉢巻を持っていた。
柘榴くんの不快な笑いが聞こえてくる。
「クフフフッ、クハハハハハァ!!おまえは本当にクソ真面目だなぁ、石上ぃ」
その笑みを見た瞬間、彼に対して怒りが湧き上がった。
「柘榴くん……あなたって人はっ…!!」
「お~っと、俺に怒りを向けるのは筋違いだ。おまえの鉢巻を取ったのは坂橋だぜ?俺はおまえでもう少し遊んでやろうと思っていたんだけどなぁ」
元から柘榴くんは1対1で戦うつもりなんて無かった。
僕を自分に集中させ、隙を作りたかっただけだったんだ。
「本当は椿に使うつもりだった手法だったんだけどなぁ。まぁ、おまえでも楽しめたからよしとするか」
坂橋くんの騎馬がさりげなく近づき、柘榴くんに指示を仰ぐ。
「柘榴さん、次はどうすれば?」
「俺はもう石上の間抜け面が見れただけで楽しめた。あとはおまえらで好きにやれ」
柘榴くんは騎馬から降り、脱落者としてグラウンドからテントに戻って行った。
僕はそんな彼を追うことができず、ただ騎馬を降りて立ち尽くしてしまう。
「……元気だしてよ、石上くん。相手が少しだけ君の予測を超えただけさ。決して、君の実力が彼に劣っているわけじゃないさ」
「勝てなければ、何の意味も無いんです。……僕は誰にも負けない力を手に入れたはずなのに……。完全な1対1なら、僕が柘榴くんに勝てていたはずなのにっ…!!」
爪が食い込むほどに強く拳を握り、悔しさと怒りを抱えながら僕もグラウンドを後にする。
こんなことは在ってはならない。
許されるはずがない。
しかし、どんな過程があったにせよ、結果が全てだ。
僕は僕の存在を認めさせるために、勝たなければならない。
そのために欲しい力は手に入れたはずだ。
それなのに……。
もっと、もっと欲望を解放しよう。
そうすれば、希望が僕に答えてくれる。
そうだ、まだ足りないんだ。
もっと……力をっ…!!
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