蚊帳の外からの観察
基樹side
グラウンドを歩きながら、1人で午前の部の競技を振り返ってみる。
役に立つわけでもなく、邪魔になるわけでもない程度に競技に参加していたけど、緑団は優勢らしい。
流石に学園内で最強に位置する生徒会長であり、桜田家次期当主様が居ると下々の思考や団結力なんて意味を成さないか。
昼食であるおにぎりを食べながら欠伸をし、他のテントを確認する。
こっちの団は特に何の問題もないけど、他はそうもいかないらしい。
円華が居る黄団を見ると、うちの主は深刻な顔をして口元を手で隠している。
あのポーズをしている時は、長考しているのがほとんどだ。
また面倒事に巻き込まれてるんじゃないかねぇ。
最初に円華に注意が行ったが、すぐに異質な気配を感じて視線を向ける。
「同じ団だったのかよ」
円華から少し離れた所に、見覚えがある緑髪の細身の男が居た。
Cクラスの梅原改。
夏休みの時に奴を見てから、気にかかって周辺を調査していたけど、目立った経歴がない。
分家の中でも、梅原は遠縁にあたる存在で桜田との関係も軽薄だ。
それでも、何かが俺を焦らせる。
焦りと言ったら、円華も梅原のことを良く思っていないみたいだ。
息苦しさを感じ、俺は左胸に手を当てる。
梅原のことを考えると、吐き気がするほどの不安感に駆られた。
別のことを考えよう。
調度青団のテントを通り過ぎようとしていたので、一瞬だけ見れば小さく溜め息がこぼれた。
「まるで王様だな……」
Bクラスの男子も女子も柘榴を囲むような位置取りをすれば、王のご機嫌伺いに必死だ。
冷えた水の入った瓶を丁寧に手渡したり、パシリで言われた物を買ってきたり、見てて気分が良いものじゃない。
その中でも、柘榴に何の接待もしない者も居る。
いや、あいつの顔色を見なくても良いのか。
内海景虎は、1人席に座ったまま居眠りをしている。
触らぬ犬にたたりなしってことで、周りはあいつに関わろうとはしない。
1年の青団はBクラスの独壇場だ。
そうなると、危険なのは青団に属するEクラスになるわけだけど……。
案の定、男女ともに顔色は良くないな。
見ると、特に恵美ちゃんの表情は曇っている。
円華が動けない以上、俺が少しでもアシストするしかないか。
久実ちゃんと一緒に弁当を食べている彼女に歩み寄ろうとするが、立ち止まってしまって近づけない。
助ける……俺が?
ある男の存在が頭をよぎる。
同時に生まれる感情は、怒りと殺意。
「……やめろ。今は関係ない」
だけど、すぐにそれを精神の中のパンドラの箱に押し込んだ。
俺は影だ。今は何があっても、影に徹しなければならない。
無用な感情の重りを足で引きずりながら、歩みを進めて2人に声をかけた。
「ヤッホー、2人とも元気?」
「おー、基樹っち!どうした?暇なのか~?」
久実ちゃんは元気に返してくれたけど、恵美ちゃんは無表情に「おっす」の一言だけ。
ちょっと寂しい。やっぱり、俺には心を開いてくれてないのね。
「まぁね。麗音ちゃんは女友達と学食に行っちゃったから、話相手が居ないんすよ」
「だったら、基樹っちも聞いてよぉ~。うちら、午後から完全に蚊帳の外なんじゃよ~」
「蚊帳の外?」
どういう意味かわからずに聞き返すと、久実ちゃんは膨れっ面になってBクラスの連中を睨みつけた。
「午後の部の競技をね?いきなり、恵美っち以外全員選手交代させられたの!!」
「……はい?」
「うちだって好きで競技に出たかったわけじゃないけど、いきなりゴミ呼ばわりされて、そのまま選手交代させられたらいい気がしないぞ!!」
「それって、Eクラスのみんなが全員って意味?」
「そうなんだよ~。他は良くて、うちらだけダメなんて酷すぎない!?」
「だけど、恵美ちゃんだけは例外……か。何だかあからさま過ぎる気がするな……」
いろいろな意味で。
柘榴が何かを企んでいることは間違いなく、それを避けられない理由が彼女にはあると見た。
恵美ちゃんを横目で捉えると、不安な表情を浮かべている。
「恵美ちゃん、午後の競技は何に出るの?」
「ラビリンスだけ。他に出る競技は、全部午前の内に終わったから」
ラビリンス……個人のポイントの配点が大きい競技の内の1つか。
それこそ、Bクラスがポイントを独占したいなら交代させてもおかしくない。
それなら、柘榴の狙いは一体何なんだ?
「そう言えば、ラビリンスって麗音ちゃんも出る予定の競技だったな……」
麗音ちゃんも出るって言ったら、恵美ちゃんの目付きが変わった。
あ、言わない方が良かったかなぁ。
「め、恵美っち……顔、恐いよ?」
「……え、そう?別に何も無いんだけどなぁ。私、凄く冷静だよ?」
いや、全然冷静そうに見えませんけど?
闘志が溢れ出てますけど!?
ダメだ、これは麗音ちゃんにも言えないことだわ。
2人とも犬猿の仲過ぎるから!!
とりあえず、青団で心配しなきゃいけないことはわかった。
赤団の方は瑠璃と要ちゃんがまとめているみたいだから、問題は何もな―――いわけがないか。
テントを見ると、周りから離れて座っている鈴城紫苑から不穏な空気を感じた。
鈴城が特別試験などの行事に参加するのは、初めてのことだ。
あの女帝がこのまま何もせずに体育祭を終わらせるとは思えない。
側近の森園に何かを耳打ちし、彼女はそれに静かに頷いた。
周りを気にしている様子から、飲み物を買ってこいという内容ではないだろう。
黄団は円華が何か思い詰めているし、石上の姿が見えないのが気がかりだ。
青団は恵美ちゃん以外のEクラスの大胆な選手交代の意味。
赤団は鈴城のこの体育祭での動向。
こうしてみると、緑団は何も無くて平和に見えるのは俺の気のせいだろうか。
そろそろ昼休憩も終わり、午後の部が始まる。
2人と別れて緑団のテントに戻ると、1年テントの前で桜田奏奈が立っていた。
「遅いわよ、基樹」
「生徒会長、どうしたんすか?俺に用があるなんて珍しいっすね」
一目がある手前、いつものキャラで元主に接する。
彼女は真剣な表情で胸の下で腕を組み、俺の横に立って小声で呟いた。
「この体育祭の間だけで良いわ。ある男を見張っていてほしいの」
「監視なんて、穏やかな話じゃないですね。梅原改ですか?」
「いいえ、相手は2年生よ。名前は―――」
男の名前を聴いて、俺は目を細めた。
「理由、聞いても良いですか?」
「私が警戒している。それだけじゃ不満かしら?」
「そんなことはないですよ。わかりました、気づかれないように観察しておきます。おかしな動きをしたら、報告すれば良いんでしょ」
「流石はわかってるわね。頼んだわ」
生徒会長は言う事を言ったら離れていき、3年のテントに戻って行く。
俺は周囲を見渡し、目標を捜して視界に捉え、さりげなく注意を向けた。
「……確かに、あの人にとっては脅威だよな。敵に回ったら、厄介極まりない相手だし……」
2年のテントを見ながら、俺も気持ちを引き締めた。
この体育祭では何もやることが無いと思っていたけど、思わぬ所から仕事を吹っ掛けられたもんだ。
そろそろ、1時を回って次の競技が始まる。
最初は、コロシアムだ。
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