足を引っ張る者
円華side
綱引きは一年生の大半が出る競技だった。
4つの団が十字に配置され、4つの方向に引っ張り、十字の綱の中心を自陣に5センチ引き寄せた団が勝利する。
獲得できるのは1人につき500ポイント。
団同士の力は、あくまでも均等にすることが条件だ。
どちらか1つの団が優勢になるようにはなっていない。
もしそうなれば、学園側が再度調整するように指示を出すようになっている。
強すぎてもいけない、弱すぎても調整させられる。
勝ち試合にも、捨て試合にすることもできない。
それぞれの団から50人が出る中で、これは少しでも腕力に自信がある者が活躍する場と言って過言ではないだろう。
俺も体型の割には単純な力比べには自信がある。柔な鍛え方はしていないからな。
綱引きに出る連中の中で、黄団には顔見知りは全く居なかった。
男女が混ざって縦2列に並び、足下にある太い綱を持つ。
中央に立つ審判のピストルが鳴った瞬間、4つの団がそれぞれの方向に引っ張り出した。
「マジかよ!?」
流石に力が強い。
前から引っ張られる強さは普通の綱引きの比じゃねぇ。
一瞬で他の3つの団を確認すれば、体格の良い生徒ばかりが出ているわけじゃない。
緑団にドレッドナルシストの姿が見えるが、片手で綱を引いては使っていない手で乱れる髪を整えている。
あいつ、絶対にやる気ねぇだろ。
つか、そんなことはどうでも良い。
緑団以外は警戒すべき者が居ない中で、何故こうも引かれる力を強く感じるんだ。
全員が非力だと言うつもりはないが、それでもこの力量差は想定外だ。
いくら力を入れて踏ん張っても、引きずられてしまう。
人数は同じ、力量差も同じように設定され、本当ならば今みたいな状況にはならないはずだ。
そう言う学園側の理争論が通らないのであれば、何かが想定を覆す行動をしたということだ。
誰だ?
一体、誰が崩している?
それを確かめる方法は、どちらが優勢かを見れば明らかだ。
「……それは単調すぎるな」
周りに聞こえるように舌打ちをすれば、青団のテントでふんぞり返って不敵な笑みを浮かべている赤毛の男が目に浮かんだ。
周りから感じる敵意の視線。
いい加減、鈍感な部分を演じるのもうんざりしてきた所だ。
引く力の大きさは直線上の先。
俺たち黄団が向き合っているのは青団だ。
周りに聞こえるように、綱を引きながらも重い声で呟いた。
「どんだけ浸透してるんだよ……。いや、ただの恐怖心か」
この至近距離で、声が聞こえていないはずがない。
無視かよ、もしくは俺のことを無視するように命令されたか。
それなら、無視できないように名指ししてやるよ。
「おまえらに言ってんだよ、BとFクラス」
低い声で言ってやれば、前に居る女子が後ろに下がって俺の足を強く踏んだ。
「っ!?」
驚きはしたが、痛みは感じない。
これが俺に違和感を与える。
そして、それだけでは終わらない。
隣に居た男子から肘打ちを脇腹に受けた。
「おまえらなぁ、俺の邪魔をしている余裕があるなら、少しは綱を引く力を強めたらどうだ?いや、できるわけないか。柘榴から手を抜くように命令されてるんだろ」
図星を突かれ、俺への攻撃の手が怯んだ。
そう、簡単な話だ。
力が拮抗するはずの勝負の中で、1つの団だけが力負けしている状況が成立する理由は2つしか考えられない。
1つは他の団に腕力バカしか居ないこと。しかし、これを学園側は許さない。
それならば、自ずと答えは1つに絞られる。
「この綱引きで獲得できるポイントは大きい。ここで黄団が負けて青団が勝利すれば、その差を縮めるのは難しくなるだろうな。だから、柘榴は黄団に居る奴隷に命令したんだ。綱を引く振りをしていろ的なことをな」
図星を突かれたのだろう、俺の前後と隣の3人の動きが完全に止まった。
ここまで見抜かれてしまえば、その責任は誰に向かう?
そして、誰が柘榴の制裁を受ける?
言うまでもなく、それは見抜かれてしまった本人たちだろう。
「さて、ここで問題だ。俺はこの事実をそのまま柘榴に伝える。あいつは認めないだろうし、はぐらかすだろうな。だが、俺と同じ団に属する駒には確実に制裁を与えるだろうな」
「そ、そんなことはっ…!!」
前の女子が動揺した反応を見せた。
隣の男子も震えている。
やはり、柘榴の恐怖政治は相当のもののようだな。
「悪かったよ、冗談だ。信じるかどうかは別だけどな」
「……どうしたら、言わないでくれますか?」
隣の男子の震えた声が聞こえてきた。
この綱引き、遅かれ早かれ青団が勝利し、黄団が敗北する未来は確実だ。
それなら、この競技を捨てて必要な情報を引き出すだけだ。
「柘榴は俺以外の誰かを狙っている。そして、そいつに危害を加えた。違うか?」
「し、知らない。俺たちは、ただ綱引きでは手を抜けと命令されただけだ‼」
心理的にはこちらが有利に立っている。
このまま、脅してでも柘榴の情報を手に入れる。
体育祭で勝つためじゃない。
この先の戦いのために。
隣と前が俺に怯えている中で、後ろの男子が口を開いた。
「椿くん……君に良いことを教えてあげますよ」
「良いこと?」
その声は冷静で、俺の精神的な追い込みに屈しているようには思えない。
少なくとも、この3人の中で最も精神力が強い。
そして、その男子は前置きもなくこう言った。
「最上恵美さんは、柘榴さんの手中にあります。この体育祭で青団が黄団に勝った場合、彼女はFクラスに落ちるようですよ?」
「……ふざけるな」
それは後ろの男子に反応しているが、柘榴に向けた言葉でもあった。
あいつはまた、手を出してはならないものに手を出した。
どれだけ俺を怒らせれば気が済むんだ。
結局、俺1人の力で綱引きがどうにかなるわけではなく、この競技は青団の勝利に終わった。
午前の部はこれで終了。
午後から、それぞれの思惑が渦巻いていく。
その中の台風の目は……。
ーーーーー
午前の競技が全て終わって昼休憩となり、俺は黄団のテントに戻るが気持ちが落ち着かず、何かを口に入れようという気分じゃない。
柘榴は懲りずに、また恵美を利用しようとしている。
青団が黄団に勝ってしまえば、あいつがFクラスに落ちることになるだと?ふざけんじゃねぇよ。
2つの団のポイントを確認すると、32000ポイントと大きく差が開いている。
さっきの綱引きが影響しているに違いない。
考えろ、どうすれば良い?
黄団に居るBとFクラスの連中は、柘榴の命令に忠実に従う。
あいつらが居る限り、青団との差を縮めるのは困難になる。
柘榴の駒が出る競技を全て選手交代させたらどうなる?
ダメだ、それだと柘榴の思惑が俺に知られていることを悟られてしまう。
その後にどんな手段を取るかわからない。
最悪、恵美たちに被害がでないとも限らない。
柘榴に気づかれず、奴の駒に邪魔されずに青団に勝利する方法。
そんな方法があるのか?
可能性が見いだせたとしても、机上の空論じゃないのか。
俺1人の力で、どうにかできることなのか。
こんな時、姉さんならどうする……。
解決法が見いだせずに頭を片手で押さえていると、突然誰かに肩を軽く叩かれた。
「思い詰めたような顔をしているね、椿くん」
「……梅原」
俺に笑顔を向け、梅原は隣の椅子に座ってきた。
「隣、良い?」
「言う前に座ってんじゃねぇよ」
「アハハッ、これは失礼したね。ごめんごめん」
平謝りをしながらも、こいつに席を立つ気はないらしい。
「何の用だ?こっちはおまえと雑談をしている余裕ねぇぜ」
「釣れないな。俺たちは桜田の分家でしょ?仲良くしようよ」
桜田家の分家……ね。
こいつもどういう経緯かは知らないけど、俺と同じく養子として預けられたはずなのに。
梅原改は、その真実を知らないのか?
まぁ、今はそんなことはどうでも良いか。
「前も言ったはずだ。桜田の一族の中で、俺は忌み嫌われている。関わろうとする理由がわからない」
「そうだよねぇ、大人って頭が固いよねぇ。俺は周りには関係なく、ただ純粋に君に興味と関心があるだけさ。それと、できることなら友達になりたい……かな」
「俺とおまえが?」
「そう、俺と君が」
怪訝な顔をする俺と、さわやかな笑みを向けてくる梅原。
本心からそう思っているのか、それとも、何か狙いがあるのか。
梅原は4つの団のポイントを確認すると、露骨に大きな溜め息をついた。
「この分だと、俺たちの優勝は無いかもねぇ」
「おまえは優勝を狙ってたのか?」
「薄い希望としてね。でも、今の順位は最下位だし、ここからの大逆転は難しいんじゃないかなぁって。良くても3位、最高で2位かな」
「そんなことはどうでも良い。何位だろうと関係ない。俺は……黄団は、青団に勝たなきゃいけないんだ。だけど、そんな方法は……」
つい弱気になって余計なことをしゃべってしまった。
梅原は俯いている俺を一瞥し、青団のテントをじっと見た。
「……何があったかを聞く気はないけど、君のその青団に勝つって目的を果たすのは、とても難しいことだと思うけどね」
「そんなことは、言われなくてもわかってる。柘榴の駒が黄団に居る以上、あいつらは必ず青団が有利になるように事を進めるはずだ。それを何とかしねぇと、こっちの勝利はありえない」
口に手を当てて午後の部でどう乗り切るかを考えようとするが、梅原が声を押し殺して笑っている。
それが耳障りで集中できない。
「何がおかしい?」
「いや~、君って目の前のことしか見えてないんだなぁ~って思ってさ」
バカにする言い方をする梅原に対して、苛立ちを覚えてしまう。
「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「じゃあ、言わせてもらおうかな。この体育祭で、黄団が青団に勝つ可能性は0に限りなく近いよ。それは午前の部の状況を顧みれば、すぐにわかることさ」
「……結果じゃなくて、状況だと?」
「無能で凡人な俺にもわかったんだ。君がわからないはずがないよねぇ」
挑発する口調の梅原の誘いに乗り、午前の部のことを思い出してみる。
全ての競技の結果ではなく、状況を思い出してみると、1つの違和感と誤算が頭に浮かんだ。
「そうか……。最初から柘榴は、勝てる前提の勝負を俺に挑んでいたんだ。八百長じゃねぇか」
結果はそうなる状況があってこそ、条件があってこそ生まれるものだ。
そんな当たり前のことを見落としていた。
全ての競技がそうだったわけではないはずだ。
それなら、流石に学園側も気づくはず。
100メートル走から続く1年の個人競技で、青団は黄団に確実に勝てる人選がされていた。
個人競技では、こちらの人選よりも上を行く相手を当てられれば、勝率は低くなるのは必然。
団体競技だって、BクラスやFクラスの生徒が配置されていれば、青団が有利になるように加減される。
俺は天を仰ぎ、こんなくだらない事実に気付くのに時間をかけ過ぎたことを情けなく感じた。
「黄団の参加者の情報は、青団に誰かによって横流しされていた」
「ビンゴ。その事実を元に考えると、もう勝率は絶望的だねぇ」
何も知らずにこの状況を面白がっている梅原は、呑気に笑っていやがる。
「この状況で逆転勝利は難しい……と言うよりは、無理だよね。ここから大幅に競技の選手交代をしたとしても、その情報は裏切者を通して柘榴くんに伝わる。そしたら、彼の頭の回転の速さなら最適解を導き出され、即座に対策の一手を出してくるだろう」
「今日までに裏切者のことを見つけられなかった、俺の落ち度ってことか」
「そうは言わないけど、ここから青団に勝ちたいなら、君が裏切り者を見つけることを勧めるよ」
「今更裏切者を見つけた所で、意味なんて……」
「あるよ。君が見つけるということに、意味はある」
梅原は椅子から立ち上がると、大きく伸びをしながら言った。
「柘榴くんもバカじゃない。少なくとも、君の言う駒にはそんな役割はさせないよね。裏切者の存在に気づかれたら、真っ先に警戒されてしまう。それなら、BクラスとFクラスは除外される。そしたら、どこのクラスに協力者が居るんだろうね?」
「おまえは、柘榴の協力者が誰なのかに気づいているのか?」
「目星はついてるけど、俺みたいな無能が『君、裏切者でしょ?』って言っても素直に認めてくれるはずが無いよね。それに、いろいろと条件をつけた上で除外していけば、君ならすぐにわかるはずだよ。裏切者は、君が見つけてこそ存在を認めるんじゃないかな。……それじゃあね」
「待てよ!!どうして、俺なんだ!?おい、梅原!?」
梅原は軽く手を振って俺から離れていき、校舎に向かって歩いて行った。
あいつは何かを知っている。
知った上で、俺と裏切者を接触させようとしているのか?
BクラスでもFクラスでもなく、柘榴と手を組むような存在。
一体、そいつと俺に何があるって言うんだ。
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