暗躍の基の体育祭
体育祭当日。
教室で体操服に着替え、それぞれの団のテントに向かうことになる。
クラスの方針は今回、特に決まっていない。
各々の判断に任せ、成瀬たちも自分たちのことに集中したいのだろう。
正直、変にクラスの意向を決めるよりはいいと思う。
残念なことに、成瀬にも麗音にも、まだBクラスの柘榴やAクラスの和泉ようにクラス全体を動かす実力は備わっていないからだ。
統率力が無い中で人を動かそうとすれば、どこかに隙が生まれるものだ。
そこに付け込まれる可能性は大いにある。
それなら、かえって各々に自由にやらせる方が後に響くダメージは少ない。
この判断が成瀬や麗音によるものなのか、それとも影の入れ知恵なのかは知らねぇけどな。
テントに着くと、当然のことながら1、2、3年でグループが分かれており、俺は一番後ろに置いてある椅子に座った。
さりげなく周りを見ていると、後ろから裏返った声で名前を呼ばれた。
「つ、つつ、椿くん!!」
「ん?…ああ、伊礼か。どうかしたか?」
「あ、あの…えっと……隣、良いかな?どこに座れば良いのか、わからなくて…」
俯いてモジモジしている伊礼の態度に疑問を抱くが、「別に良いぜ」と言っておく。
控えめな性格の伊礼は、クラスでも誰かと一緒に居る所を見たことがない。
大方、彼女にとっては最悪なことに、話せる相手が俺しかいないのだろう。
誰とでも話せる久実とは、対極的な性格だな。
恵美に少し似ている……かもしれない。
2人並んで座るが、特に会話はない。
周りを見ると、この団の中でも注視している3人を見つけた。
木島江利は取り巻きに囲まれる形で座っており、談笑しては余裕を見せる。
梅原改は1人でスマホを弄っており、周りの空気に溶け込んでいる。
そして、石上真央はSクラスの集まりから離れ、目を閉じて精神統一をしていた。
真央の周りだけ、流れている空気が違う。
周りはそれに気づいて、彼に近づかないようにしているように見える。
昨日よりも、真央の様子は悪化している。
「一体どうしたんだよ、真央…」
追い詰められているという表現が適切かもしれない。
経験から、この先に起こることで悪い予感がする。
仮面舞踏会での柘榴の最後の言葉や、鈴城の思惑、そして、真央の不安と焦り。
この体育祭、誰かが傷つくのは間違いないな。
肉を切らせる覚悟はしておいた方が良いかもしれない。
考えを巡らせていると、集合の放送がかかった。
開会宣言の時間だ。
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最初の競技は50メートル走。
1年から3年まで、全員が走ることになる。
俺の順番は後半であり、同じ列の相手は知らない生徒ばかり。
少なくとも、同じクラスの奴じゃないことは確かだ。
目を見ると、団としてかクラスとしてかは知らないが、敵意が伝わってくる。
絶対に負けないという想いも。
別に能力点にも金にも困っていない俺にとっては、競技の順位はどうでも良い。
全力を出して変な恨みを抱かれるのも面倒だ、手を抜いて勝ちを譲ってやるか。
俺の順番は刻一刻と迫り、団によって順位にバラつきがある。
一応、学園側は団決めでバランスは配慮していたようだ。
表面上は全員、真面目に正々堂々と走っているように見える。
しかし、このまま王道展開で事が運ぶとはどうも思えない。
誰かが何かを企んでいるのは、もはや想定済みだ。
それならば、誰が先に事を起こすかが問題になる。
あるいは、俺の気づいていない所で事態は既に起きているのか。
考えれば考えるほど、息苦しいったらないな。
真綿で首を絞められている気分だ。
前のみんなの走りを見ていると、真後ろから小声が聞こえた。
「そのまま、こっちを向かずに話を聞け」
それが俺に向けて言われていることだと判断するのに、時間はかからない。
こっちも小声で話す。
「……何の用だ。誰の命令で俺に接触する?」
「柘榴さんからの伝言だ。『今日、おまえに敗北を味合わせてやる』ってな」
「興味ないって返しておけ」
最初に動いたのは柘榴だったか。
わざわざ宣戦布告してくるとは思わなかった。
どれだけ俺と戦いたいんだ、好戦的にもほどがある。
そして、呆れたことはもう1つ。
この後ろに居る奴の声に、聞き覚えがあったからだ。
「まさか、おまえが柘榴をさん付けで呼ぶとは思わなかった」
「俺が誰なのか、わかるのか?」
「坂橋彰だろ」
「……ふっ、正解。流石は石上が認めた実力者だな」
坂橋は今、Fクラスだ。
BクラスがFクラスを指揮下に置いているのは知っているが、坂橋が入れば柘榴の支配に抵抗すると思っていた。
そのまま支配下に入るのは、少し予想外だ。
それとも、従順なふりをして隙を窺っているのか。
「堕ちたな。柘榴の下に着くなんて、正気の沙汰とは思えない」
「俺は自分が生き残るためなら、誰の上にも立つし、誰の下にでも着くのさ」
世渡り上手な性格してるな。
しかし、それには危惧すべき点も存在するが。
まぁ、坂橋がどうなろうと、俺には知ったことじゃない。
「敗北と言っても、何をもって勝者と敗者を決めるつもりだ?」
「簡単に言えば、黄団が青団に負けるってことだよ。回避不可能だそうだぜ?」
「当日になって言う事かよ。後だしじゃんけんも良いところだな。絶対に負ける勝負を受けるバカがどこに居る?」
「受けなかったらどうなるか。わかってるよな?」
Eクラスを徹底的に潰すって脅しだろう。
その中でも、恵美たちを重点的に狙うはずだ。
「やりたきゃ勝手にしろよ」
「確かに聞いた。柘榴さんに伝えておく」
坂橋と話している間に俺の番になり、クラウチングスタートの体勢を取る。
勝ちに行く姿勢は、見せておかないとな。
ピストルの合図が聞こえたと同時に、全力を出して走り出した。
結果は1位。
あの時、仮面舞踏会で柘榴に言った一言は本心だ。
あいつを敵と判断した以上、俺の中で柘榴恭史郎も倒すべき標的。
部下を使って宣戦布告してくる以上、あいつは俺に勝つための戦略を立てている。
それがどんな方法かを断定することはできないが、想定はできる。
勝負を挑んでくるのなら、受けて立つ。
今回は、勝つか負けるかの勝負だけで良い。
もちろん、それだけでこの体育祭を終わらせるつもりはない。
柘榴の注意を俺に引いておくことは、目的の一部に過ぎないのだから。
ーーーーー
その後、大縄跳び、障害物競走と続いていき、俺が最初に出る綱引きまではまだ時間がある。
今やっているのは女子の100メートル走であり、4つの団でレーンが別れている。
何気なく見ていると、出ているメンバーに見知った顔が居た。
恵美と成瀬、そして金本だ。
しかも、恵美と金本にいたっては同じ列のようだ。
2人とも身体能力は高い方だが、足の速さに関してはわからない。
どちらが勝つのか、予想がつかないな。
成瀬の番が終わり、彼女は2位だった。
周りから聞こえてくる声からして、不運なことに青団の女子は陸上部だったらしい。
その後も似たり寄ったりな展開になっていき、恵美たちの順番になる。
遠目からでもわかるが、2人とも真剣な目をしている。
恵美と金本以外の2人は、その気迫に押されているのが見てわかる。
これは俺の勝手な予想だが、この順番の勝負は、青と緑だけのものになるだろうな。
4人はクラウチングスタートの体勢に入り、ピストルの合図が鳴った。
その瞬間、金本が他の3人よりも足を速く回転させ、先頭に立った。
恵美の反応が遅かったのかはわからない。
遅れを取り戻そうと、恵美も他の2人を引き離しては金本との距離を詰める。
最初は有利に見えた金本だが、コーナーの半分を過ぎる頃には恵美と並んでいた。
2人は接戦を繰り返す。
恵美が前に出れば、次に金本が前に出る。
お互いに勝利を譲ろうとしない。
「そうだった。恵美って意外と負けず嫌いなんだったな」
最初に会った日にゲームで何度も勝負しては膨れっ面で悔しがっていたことを思い出した。
しかし、今は観戦に集中しよう。
2人とゴールの距離は10メートルを切っている。
金本が恵美の前に出ては、2人の距離は開いていく。
スタミナが切れたか。
恵美には酷なことだが、最終的には基礎能力がものを言う場面が生まれてくる。
この勝負は、金本が1位で終わると誰もが思ったことだろう。
しかし、5メートルを切った所で不自然なことが起きた。
金本のスピードが落ちてきたんだ。
こちらも体力的な問題かと思ったが、スピードの落ち方が徐々にではなく急激だった。
その瞬間を見逃さず、恵美は力を振り絞って脚を早く動かして金本を追い越した。
それがゴールの手前で起きたことであり、結果的に青団の恵美が1位となった。
そして、金本が2位でゴールした瞬間、一瞬だけ光の反射で眩しく感じた。
どこからかと思い辺りを見渡すと、既に走り終わってテントに戻ろうとしている女子の中に鏡を持っている者が居た。
その女が着けていた鉢巻は、青色だった。
「まさか……」
今までの100メートル走の結果を思い出してみる。
ほとんど、青団が1位を取っていた。
そして、黄団が1位を取っているケースは2、3回しかないはずだ。
良くて2位、最悪の場合は最下位。
他の団もそれほど多くは良い順位には居ない。
これが実力と運の差だと言われればそれまでだが、何かが引っ掛かる。
まるで図られているかのように、黄団だけが不運を被っている。
逆に青団は1位から3位の間にしか居ない。
「……偶然……だよな」
柘榴が勝負を挑んでくる以上、裏で何かを仕組んでいるとは思っていた。
だが、こればかりは不可能だ。
今のように、黄団の女子に鏡による妨害を行ったのか?
もしそうなら、学園側に見抜かれる危険性が大いにある。
そんな単純な方法を、柘榴が取るだろうか。
何かがおかしい。
今、青団のテントで、柘榴が笑っているような気がした。
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真央side
女子の次は男子の100メートル走になる。
今、黄団のポイントは他の団よりも低く、特に青団と徐々に差が開いていく。
赤団との差はそれほどないのが、僕にとっては救いだ。
あくまでも、この体育祭で僕らが勝たなければならないのは赤団だ。
100メートル走の列に向かっていると、隣に威圧感を放つ異端児が並んできた。
「よぉ、石上。そんなに思い詰めた顔をしているなんて、らしくねぇじゃねぇか」
「……柘榴くん」
僕の顔を見て、柘榴くんは不適な笑みを見せる。
「その顔を見るに、おまえじゃ俺の相手にはなりそうにねぇな。今回は見逃しておいてやるよ」
「何の話ですか?」
「そんな不審な目をするな。今のおまえは、俺の眼中にねぇ。そして、断言してやる。おまえら黄団は、俺の支配する青団には絶対に勝てないとなぁ」
その笑みからは、これが挑発ではなく自信からくる言葉だとわかる。
確かに、今のところは青団がリードしているのは事実だ。
しかし、この先大量の能力点を獲得できる競技もある。
逆転は十分に可能なはずだ。
「そんなことはわかりませんよ。何でも、君の思い通りになるとは限りません」
「ああ、何でもはそうだな。だが、ある程度の細工をしておけば、先の予想は簡単にできる。いくら、おまえや椿が相手になろうと、それは個々の実力の範囲でしか動けない。そして、個人の能力には限界がある」
「……何が言いたいんですか?」
「おまえたちはクズどもに足を引っ張られ、敗北の沼に溺れるってことだ」
話している間に列に到着し、柘榴と別れることになる。
「話になりませんね。あなたの思い通りにはさせませんよ」
「クフフフッ、良いねぇ、その闘争心。精々足掻いてみせろよ」
不敵な笑みを浮かべたまま、柘榴くんは青団のレーンへ行く。
僕も黄団のレーンに行き、列に並ぶ。
横を見て他の団の相手を見ると、それほど速い選手は居なかった。
1年の身体能力のデータは頭に入っている。
これなら、僕の1位は確実かもしれない。
自信をもって気持ちを落ち着かせて順番を待つ。
前を見てそれぞれの競争の様子を見ていると、そろそろ僕の順番が回ってくる。
前の2つの列が終わった瞬間、突然右足に激痛が走った。
「痛っ…!!」
足元を見ると、シューズから血が滲み出ていた。
何が……いや、誰かがシューズで足を踏んだのか。
でも、一体、どうして……。
考える間も無く、すぐに僕の順番が回ってきてしまった。
結局、足の痛みに耐えながら全力で走ったけど、確実に1位になれると思っていた僕の結果は3位だった。
これが誰の仕業なのかは見当が付くが、それを本人に追及したところではぐらかされるだけだ。
「柘榴……恭史郎……!!」
勝つためなら、こんな卑劣な手段も取らせるのか。
しかし、誰が邪魔をしようとも、僕は勝たなければならないんだ。
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