異常者の邪道
恭史郎side
仮面舞踏会では敗北を認めたが、体育祭ではそうはいかない。
あんなパーティーは遊びだ。
今回は事前に準備を整えている。
各団から参加する競技の名簿を学園側に提出するのは3日後まで。
まだ時間はあるってことだ。
既に椿に毒は仕込んである。
そして、重要な駒は俺の手中にある。
あとは使い様ってことだ。
体育祭当日、椿は俺に完敗する。
それはもはや、決定事項と言っても良いほどだ。
しかし、油断はできない。
頭が死んでも、あいつ自身の能力は計り知れない。
当人が気づいている可能性すらある。
使えるものは全て使わなければならない。
全ては、俺の復讐の道具でしかない。
時間は午後の8時。
マンションの自室で電話を待っていると、スマホが鳴って待ち人の名前が出た。
「よぉ、クイーン。決めていた時間よりも10分遅いじゃねぇか」
『レディーには準備が必要なのよ、ボウヤ。あなたの言った通り、私の権限で団の振り分けを少し操作しておいたわ。これで満足かしら?』
「ああ、椿は俺とあいつの関係には気づいていない。同じ団で注意を向けるにしても、それほどまでの脅威は感じていないはずだ。それが仇となることにも気づかずにな」
『その邪道でも勝利に拘るあなたの姿勢、嫌いじゃないわ。でも、彼にだけ注意を向けていても良いのかしら?あなたの復讐を邪魔しようとする虫は確実に存在するのよ?』
「その虫避けの殺虫剤はもう用意してあるさ。まぁ、見てろよ。椿を潰すための準備は確実に進んでいる。何も今回の遊びで全てを刈り取るつもりはねぇ。毒って言うのは、気づいた時には手遅れなのさ」
『フフッ、あなたと言う猛毒の脅威に気づいた時に、椿円華はどんな反応をするんでしょうね?それにしても、あなたの彼に対する執念はとても深いものね。陥れるためなら、非道なことでもしようとする。まぁ、あなたの過去を考えると、その気持ちもわからなくもないわ』
クイーンの要らない一言に、苛立って舌打ちをする。
「おまえの、その踏み込まなくても良い所に踏み込んでくる所は好かねぇ」
『あら、ごめんなさいね。でも、椿円華を追い込むためには私の協力が不可欠だと言う事を忘れちゃだめよ?あなたが学園内で好き勝手できるのは、私が与えている情報のおかげだと言う事を理解して』
「お互いに利用し合ってるだけだろ。利害の一致だ」
『そうね、そう言う事にしておいてあげる。でも、あなたにいくら投資をしても、私への見返りが期待できなくなったらどうなるかは、わかっているんでしょう?』
「こっちは昔から命掛けで生きてきてんだ。最強の暗殺者様に、人生を狂わされてからな……」
あの時のことは、10年経とうとも忘れない。
それからの身体と精神の苦痛は、奴の血を浴びることでしか癒すことはできないだろう。
俺にとっての幸せは、あいつらに奪われたんだのだから。
だが、これ以上感傷に浸っている暇はない。
『あなたの過去のことは私にとってはどうでも良いけど、私とあなたの未来については確認しておきたいことがあるわね。標的を椿円華に絞るとして、その周りはどうやって抑え込むつもり?』
「そのための計画は既に言ってある。動きが読めないのは鈴城だが、あれと敵対するのは今じゃねぇ。それ以外なら、既にこの前の舞踏会で仕込んであるさ」
この前の仮面舞踏会で、EとFクラス以外には最低でも3人は奴隷を送り込むことができた。
あとは、それを上手く動かすだけだ。
既にEクラスを追い詰める算段は整っている。
『用意周到ですこと。じゃあ、あとは頼むわよ?あなたの結果次第で、私に利益があるかどうかが違ってくるんだから』
「吉報を待ってろよ。損はさせない」
電話を切ると、タイミングよくメールが届いたので確認する。
「あいつからか、仕事が早い」
これで足りなかった道具はそろった。
椿がこのことに気付こうと、気づくまいと関係はない。
動いた歯車は、もはやあいつがどうしようと止められない。
この体育祭がどう転ぼうと、この前のようにEクラスが勝つ未来は存在しないんだからな。
早速作業に取り掛かろうとすると、その前にインターホンが鳴った。
この時間に来る客の予定はないはずなんだけどなぁ。
確認すると、そこに居たのはじゃじゃ馬娘だった。
居留守を使うのも面倒だ、入れてやるか。
ドアを開け、不敵な笑みを向ける。
「こんな時間に何のようだ?金本。俺の部屋に来るってことは、襲われる覚悟はできてるんだろうなぁ?」
「そんな隙をあんたに見せるはずが無いでしょ。柘榴、あんたに話がある」
その目は何か覚悟を帯びており、断れば蹴りが来そうなほどの気迫だった。
ここで怒りを買い、戦いをおっぱじめるのも面白そうだが、今はそんな時間はない。
「わかった、聞いてやる。入れよ」
礼も言わずに金本は部屋に上がり込む。
特に何か飲み物を出すでもなく、椅子に座って背もたれに身体を預けて突っ立ったままの奴を見る。
「この俺に直談判するんだ。くだらねぇ内容だったら、制裁を与えるからな」
「あんたの脅しには屈しない。でも、これはあんたにしか頼めないことだから」
「頼み?おまえが、俺にか?」
予想していなかったことだ。
俺に反発するつもりで来たわけじゃないらしい。
金本はスカートのポケットに両手を突っ込み、俺を見下ろした。
「体育祭で戦いたい奴が居る。そいつをコロシアムに参加させて。どうせ、あんたが1年の青団を占めてるんでしょ?」
「それで俺が得る物は何だ?」
「どっちにしろ、あんたの支配体制は変わらないってこと。今のところ、あんたは私よりも強いんだから」
「現状維持か。俺にとっては暇つぶしになるな」
気分が乗らずに言うが、金本の無表情は変わらない。
「そんなことは無いわ。私の頼みを聞くことで、Bクラスの力を他のクラスに知らしめることができる」
「……奴隷どもの士気が上がるってことか」
「そういうこと。悪くない話でしょ?」
肘掛けに頬杖をついて少し考えるふりをし、すぐに頷いておいた。
「わかった。それで、おまえの言う相手は誰だ?」
「それは―――」
金本が呟いた名前に、俺は心の中で笑ってしまった。
こいつがどこまで足掻けるか、見物だな。
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