独自の競技
1年黄団の方針は、暗黙の了解でSクラスの真央の指揮で動くことになる。
その中でも、木島が率いるDクラスやB、Fクラスが素直に言う事を聞くかどうかは別の話だ。
プログラムが黄団担当の教師から配られ、それに目を通す。
1つ1つの競技を確認するが、ほとんどのものは普通の学園と同じものだ。
しかし、3つだけ奇妙な名前の競技があった。
「コロシアムとラビリンス……そして、バトルロワイヤル?」
この2つだけは、詳しい説明が書かれていた。
『コロシアム=決闘システムを基にした競技であり、戦闘に自信がある者がコロシアムルームで1対1で勝負をする。勝者は能力点10000、敗者は-10000のペナルティを負うことになる。なお、コロシアムで戦闘できる者は1つの団の各々の学年から1人までであり、制限時間は5分。どちらかが戦闘不能になるか、降参させることができ、それを受理すれば戦闘終了となる。引き分けの場合は両者ともに−5000のペナルティを負う』
『ラビリンス=各団から1レースに1人ずつ巨大な迷路に入り、多くのトラップが仕掛けられている中をゴールを目指して走ってもらう。しかし、ゴールは4か所に設置されており、1人が抜けるとそのゴールから出ることは不可能となる。トラップに嵌った者は脱落となり-1000のペナルティを負う。なお、制限時間は10分であり、ゴールできた人数によって能力点の配分の割合は異なってくる。4人全員が残っている、あるいは脱出できた場合、獲得できるのは2500ポイント』
『バトルロワイヤル=各団から1人ずつ代表者を決め、校舎の限定した空間で4人でバトルをしてもらう。各々にはゴム製のナイフを一本ずつ預けられ、その刃に当たるとそれぞれの団の色のペイントが付き、敗退となる。制限時間は30分であり、勝敗の順位によって獲得できる能力点が異なる。4人全員が残っている場合、獲得できるのは2500ポイント』
これが、本当に体育祭の種目なのかよ。
異色を放ちすぎだろ。
しかも、バトルロワイヤルは最終種目のリレーの直前だ。
他の競技の横には、順位によって獲得できる能力点が細かく書かれている。
団体競技では、1人につき払われるポイントが振り分けられている。
当然と言えば当然なのか、団体競技よりも個人競技の方が結果によっては多くのポイントが獲得できる。
さて、細かくポイントが振り分けられている競技の中、1つ問題が生まれてくる。
それに気づいたと同時に、1人の男子が真央に話しかけた。
「石上、俺を100メートル走に出させてくれ。俺、陸上部だから1位になれると思うんだ」
「はい、わかりました。内田くんは100メートル走ですね」
「ちょっと、待ってくれよ」
話を聞き、他の男が待ったをかけた。
「俺も陸上部なんだ。だから、俺も走る方に入れてくれよ」
「あ、水口くんもですか?了解です」
その後も話を聞いていた陸上部が集まり、100メートル走に参加したいという申請が来る。
50メートル走は1年が全員参加する競技だ。
しかし、100メートル走はそうではない。
見る限り、参加できるのは1年だけで5人程度。
必ずあまりが出る。
「どうしましょうか……まさか、5人の定員に対して8人も来るとは思いませんでした」
この団に陸上部が8人も居るのかよ。
それを戦力と見ることができるかどうかだな。
「おい、おまえ、俺よりもタイム遅いんだから別のに出ろよ!!」
「はぁ!?いつの話してんだよ!!」
案の定、出る競技を決めるだけでも衝突が起きるというわけだ。
指導者が必要な理由は、この中で勝つための選択ができるかどうかがかかっているからだ。
陸上部が言い合いをしている中、真央が静かにさせるために1度手を大きく叩く。
「みなさんの主張はわかりました。しかし、僕は団の勝利を望みます。ですから、部活中に計測したタイムの速い順にさせてください。あくまでも、実力で判断したいので」
彼の決定を、渋々陸上部たちは承諾する。
体力や運動神経が自慢の者たちにとっては、体育祭で少しでも多く能力点を集めたいと思うのは当然の心理だろう。
その後もスポーツ系の部活に入っている者が、個人競技で自分をアピールしてくる。
女子も木島に出たい競技を主張する。
他の団の相手によっては、負けるかもしれないのに。
真央から離れて1人で様子を見ていると、後ろから「あ、ああ、あのっ!」とどこか緊張している甲高い声が聞こえてきた。
振り返ると、そこに居たのは伊礼瀬奈だった。
彼女はぎこちない笑みを向けながら俺に話しかける。
「つ、椿くん……も、黄団だったね。その……えっと……」
「伊礼は、どの種目に出るのかは決めたのか?」
「え、私!?あの……み、みんなの迷惑にならないように……だ、団体競技にだけ、出ようかなって……」
「団体競技って言うと、綱引きとか玉入れだな。がんばれよ」
社交辞令として応援しておくと、伊礼は顔を紅くして何度も頷く。
「椿くんは……どれに出るの?」
「俺はぁ……まだ決めてねぇな。人数が余っている種目に出れば良いかなって思ってる。個人でも団体でも、モチベーションは変わんねぇよ」
欠伸をしてやる気がないことをアピールしておく。
「もしかしたら、伊礼と同じ競技に出ることになるかもしれないな。その時は一緒に頑張ろうぜ?」
「い、一緒に!?」
「ああ、一緒に」
何の気なしに言ったが、伊礼は過剰に反応してしまう。
「わ、私なんて……全然役に立たないよ。ドジだし、運動もできないし……団のお荷物になります」
ネガティブ思考かぁ……。
どっかの銀髪の誰かさんが落ち込んでいる時みたいだ。
こういう女子への対応は心がけている。
「自己評価よりも、他者評価だろ」
「え……?」
「自分で自分がダメだと思っているかもしれないけど、誰かからしてみれば、良い所があるかもしれない。伊礼には、伊礼にしかできないことがあるんじゃねぇの?」
『そんなことはない』って言っても効果がないのは検証済みだ。
それなら、勇気づけるわけでもなく、ただ思っていることをそのまま言う事にした。
「この体育祭だって、団やクラスには関係なくとも、伊礼が誰かの役に立つことがあるかもしれないだろ?本当のお荷物ってのは、何もできないと決めつけて自分で動こうとしない奴のことを言うんだ。だから、団体競技でも良いから参加しようとしている伊礼は、今のところは足手まといかどうかなんてわかんねぇよ」
「……本当に、そうなのかなぁ?」
「まっ、『今のところは』だからな。あとは伊礼のやり方次第だろ」
頑張ることは、みんながすることだ。
その頑張りが報われるかどうかは、その方法に関わってくる。
伊礼が俺の言葉で何を思い、何を感じているのかはわからない。
それでも、少しは元気を取り戻してくれたみたいだ。
伊礼の表情に笑顔が戻る。
「ありがとう、椿くん」
「俺は思ったことを言っただけだけどな」
俺個人の検証終了。
とりあえず、今の伊礼との会話の中で『闇』が出てくることは無かった。
なら、誰との時に闇は出てくるのか。
周囲を見渡し、その中で梅原を捜すとすぐに見つかった。
あいつは笑顔で1人、観察するように団員を見渡していた。
ここで、反応するかどうかはわからないが心の中で呟いてみる。
なぁ、闇は梅原のことをどう思う?
『……』
無視しているのかは知らないが、反応がない。
闇のことも、梅原のことも、わからないことだらけだ。
結局、俺は余りものの競技に出るというスタンスを貫いた結果、50メートル走の他に3つの競技に出ることになってしまった。
騎馬戦、綱引き、借り物競争。
余り物に福は無かった。
ーーーーー
参加する種目決めが終わり、解散する黄団。
真央は2年と3年と話し合いに行くと言うので、俺は1人で帰路につこうとする。
誰とも関わるつもりはなく、例え恵美たちに会っても無視する気だった。
しかし、その決意を踏みにじるかのように、体育館の入り口の前に立っている男が俺に軽く手を振ってきた。
「やぁ、椿くん。夏休みぶりだな?」
「……梅原」
思わず足を止めてしまったが、すぐに歩行を再開して無視しようとする。
しかし、梅原は俺を追いかけてきては隣を歩く。
「まさか、君と同じ団になるなんて予想もしてなかった。これは面白いイベントだな~」
「知るかよ。俺に関わろうとするな」
陽気に話しだす梅原に、素気なく言う。
梅原は頬をかいては苦笑いを浮かべる。
「もしかして、俺って嫌われてるのかな?」
「俺が本家と関わる人間を好きになると思うか?」
ここであえて、サンプルベビーのことは触れない。
そのことを抜きにしても、俺はこいつが気に入らない。
「どうだろうねぇ。桜田家に関わる一族は、ほとんどの人が君のことを毛嫌いしているみたいだけど、俺はそうでもないんだ」
「俺が大量殺人者だとしても、そんなことが言えるのか?」
「椿家に身を置いているなら、それは仕方がないことなんじゃないか?誰にも責める権利はない。それに、俺は君の持つ力は素晴らしい才能だと思う。尊敬しちゃうな」
「くだらねぇことを言ってんじゃねぇよ」
梅原の発する言葉が全て、嘘のように聞こえてしまう。
しかし、どうして俺はこんなにも気味が悪く感じてしまうんだろう。
最初に会った時は、ただの一般人だと思ったし少ししか記憶に残っていなかった。
夏休みに玄獎と居る所を見ても、何も感じなかった。
何かを感じた時と言ったら、罪島で点と線が繋がった時。
そして、梅原と恵美が接触してしまったからかもしれない。
あの時、激しい怒りと絶望を覚えたんだ。
恵美が俺から離れていく気がしたから。
梅原に取られると思ったから。
だけど、あいつは変わらずに俺の側に居てくれる。
それなら、俺はどうして梅原にここまで……。
「俺さ、椿くんにちょっと相談したいことがあったんだ」
「……俺に?」
「そう。相談するなら、君が適任だと思ったから」
「何で俺なんだよ。他を当たれ」
こんな得体の知れない男の相談になんて乗りたくねぇ。
それに、一刻も早くこいつから離れたい。
俺の想いには気づかず、梅原は勝手に話し出した。
「俺さ、好きな女の子が居るんだ。最初にその子を見たのは、入学式の日。一目見た瞬間に、この子は他の人にはない才能があるって思ったよ。そして、彼女に興味が出てきたんだ。でも、その入学式以来、彼女を見ることは無かった。君がこの学園に転入してくるまでは」
「・・・はぁ?」
女子の見方がどうなってるんだよ。
いや、人間の見方か?
才能って……。
ここにも居たのか、話しているだけでも疲れる奴。
「それが俺と何の関係があるんだ。恋愛相談は恋愛したことがある奴にしろよ」
「つまり、君は恋をしたことがない……と?」
「期待に応えられなくて悪かったな。もう、良いだろ。俺に関わらないでくれ」
速足で離れようとすると、その前に梅原が言う。
「最上恵美だよ」
恵美の名前を聞いた途端、足が止まる。
「……何が?」
威圧感を放ちながら梅原を見て目を細める。
梅原の笑顔は変わらない。
「わかっている上で聞いているんだよね。なら、もう1度言うよ。俺は最上恵美が異性として好きなんだ。君もそうだよね?」
こいつ、俺を怒らせたいのか。
問いには黙秘を使った。
「目が怖いな、そう睨むなよ。この前会った時に、君の彼女に対する気持ちは痛いほど伝わったからさ。でも……その好意は俺みたいに恋なのかな?」
「……何が言いたい?」
ここで否定しても、確信を突いている梅原を納得させる方法はない。
話の中から、こいつの真意を探る。
「君が最上恵美に好意を持っているのは、疑いようのない事実だ。それを否定することはできないよね?」
「今否定しても、おまえの根底にある考えは変わらないだろ」
「人間観察は得意分野だからね」
「俺も似たようなもんだけど、おまえのことだけは観察してみてもよくわからねぇよ」
「よく言われる。おまえは何を考えているのかがわからないって。でも、俺は君のことが少しだけわかる」
何がわかるってんだ。
憎しみか、復讐心か、それとも俺の中の闇のことか。
どれでも他人が簡単に気づけるようなことじゃない。
梅原の観察結果は、想定していたどれとも違うものだった。
「君が最上恵美に向けている感情は、ただの依存だよね」
奴の口に出した言葉は、俺の想定していたどれとも違った。
「椿涼華に対して抱いていた想いと似ている……ううん、同じだ。お姉さんが死んだら、次の寄生先は彼女か。溜まったものじゃないよね」
「おまえっ……!!」
冷静に受け流すことができず、頭に血が昇ってしまう。
それを狙っていたのか、梅原は俺の左目の付近に触れる。
「へぇ……これが君が忌み子って呼ばれる理由か……。感情の起伏によって、瞳の色が変わるみたいだね」
手を払い、左手で左目を隠す。
「俺を……試したのかっ…!?」
「ううん、今言ったのは全て俺の本心だよ。挑発でもなんでもない。最上恵美に好意を持っているのも、君を寄生虫と思っているのもね」
「……どうやら、俺とおまえは仲良くできないみたいだな」
嫌悪感を隠さずに言えば、梅原は満面の笑みになる。
「そうかな?俺は君と仲良くしたいと思っているんだけど」
「おまえは、確かに鋭い観察眼を持っているかもしれない。でも、欠落している常識があるみたいだ。人には、どうしても押し殺せない感情があるってことを」
欠点を指摘すると、頭の後ろをかいて苦笑いになった。
「あ~、もしかして、また失敗しちゃったかな。人の気持ちを推し量るのは苦手なんだ。気を付けるよ」
「反省の色が全く見えねぇ」
「そう言う顔をしているんだから、しょうがないよ。だから、結果で示すことにする」
話している間にEクラスのアパートに到着してしまった。
自然とここで別れる空気になる。
「じゃあ、俺は帰るよ。君と話せて良かった」
「こっちは不快感しかなかったけどな」
「そのことは謝るよ。どうも、俺はいろいろと欠落しているらしいからね。取るに足らない凡人の戯言だと思ってくれ」
そう言って、梅原は俺から離れていく。
そして、前を向いたまま「でも」と言い足す。
「最上恵美については、君に負けるつもりはないから。真実の愛と寄生する者、どっちが勝つのか。面白そうでしょ?」
「……ふざけるな」
「そう言うと思ったよ。じゃあね」
最後に満面の笑みを見せて手を軽く手を振り、梅原は帰路に戻って行った。
今の会話の中でわかったことは、1つだけだった。
俺は梅原改という男に、言い知れぬ敵意を持っている。
梅原の口にしたある言葉が、頭から離れない。
反射的に否定しようとしたが、できなかった。
「俺が恵美に……寄生している…?」
寄生。
その言葉は俺の心に深く突き刺さった。
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