集められた敵対者たち
後日、放課後に黄団の1年は第1体育館に集められた。
知らない人間が、壁に背中を預けている俺にちょくちょく視線を向けてくる。
その目がうざったい。
だが、知らない者が多いのは助かる。
他クラスの場合、ほとんどの場合が俺に良くも悪くも注意を向けてくるからな。
頼むから、面倒な知り合いとは一緒の団になりたくない。
「あれ……椿さんじゃないですか?」
「ん?ああ、真央」
名前を呼ばれて相手を探せば、横に真央が立っていた。
「同じ団のようですね。あなたが居てくれて心強いです」
「……悪いけど、俺は今回の体育祭には乗り気じゃねぇぞ?」
頭数に入れられる前に釘を刺しておく。
それにしても、真央が一緒の団なのはありがたい。
俺に変な期待や注意が向けられず、そう言うのは真央の方に向くはずだ。
「あらあら、石上くんに椿くん、あなたたちと同じ団になるんですね」
次に聞こえたのは女の声だ。
目の前に、黒髪ショートの女が取り巻きの男と女を連れて立っていた。
「木島さんですか。よろしくお願いします、一緒に頑張りましょう」
「ええ、こちらこそ。お互い、いい結果を残せると良いですね」
真央が社交辞令を言えば、木島は作り笑いをして返す。
2人とも、本心で言っているとは思えないな。
木島は俺と真央を交互に見てはクスリっと笑む。
「それにしても、あなた方が一緒に居るのは意外でした」
「どういう意味ですか?」
「ただの個人的な見解です。石上くんは椿くんに煮え湯を飲まされた経験があり、それでSクラスを追われるかもしれないリスクを背負っています。それなのに、彼と友好な関係を築いていることに驚いているだけです」
木島の台詞の中には、俺の知らない情報が入っていた。
「真央がSクラスから追われる?」
「気にしないで良いですよ、椿さん。これは僕個人の問題ですから」
こいつも俺と同じで、自分で問題を抱え込んでしまうタイプか。
Sクラスを追われる理由の中に、1学期に俺に負けたことがあるのは否定できないだろう。
しかし、それだけなのかは信憑性に欠ける。
「私もあなた方と良い関係を築きたいと思っています。協力し合っていきましょう」
「……それは本心か?」
「椿くん、それはどういう意味ですか?疑っていらっしゃるのなら、私は私で動かせていただきますが」
それの意味するところは、俺を潰すってことだろうな。
俺はEクラスで、木島はDクラス。
こいつはこの前の花園館での茶会で俺と敵対する意思を他クラスの前で示している。
それに、俺個人もこいつの目がどうも信用できない。
信じるための疑心ではなく、信用することが危険だと経験が言っている。
良い関係を築けるわけがない。
それでも、観察対象として見ておく必要があるかもしれない。
笑みを浮かべている木島に、俺も作った笑みを向ける。
「疑ってるわけじゃねぇよ。ただの確認だ」
「そうですか。私の言う言葉は全て本心ですよ。嘘をつくのは、弱者のすることですから」
つまり、自分は強者だって言いたいわけか。
それは自信か、自惚れか。
「私たちは団が優勝することを優先します。あなた方はどうでしょうか?」
「僕も団を優先に行動します」
「じゃあ、俺も右に同じで」
特に何も考えていなかったから、ここは流れに任せておく。
俺たちの意思を聞き、木島は満足げな表情をする。
「では、私たちの行動理念は1つと言うわけですね。悔いの残らないようにしましょう」
顔合わせは終わり、木島は取り巻きと一緒に離れて行った。
「今の話、言葉を1つでも間違えたらどうなっていたと思いますか?」
「……多分、Dクラス全体からイジメのターゲットにされてたな」
「同感です。木島さんは、敵対する者には手段を選ばない人だと聞いたことがありましたから」
「そう言う雰囲気だしてるよなぁ……面倒」
溜め息をつき、他に知り合いが居ないかと思って周囲を見る。
木島に続いて柘榴でも幸崎でも居たら、溜まったもんじゃない。
他には誰も居ないことを確認すると、1人の男子が視界に入った瞬間に身体が強張った。
「……嘘だろ……」
そこに居たのは、存在感が薄い緑髪の男だった。
梅原改だ。
こんな偶然、ありえるのかよ。
ずっと見ていると、梅原も俺の存在に気づいたようだ。
そして、薄く笑みを向けてきた。
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恵美side
1年の青団が集まったのは講堂。
同じ団になった久実と一緒に行くと、既にほとんどの人が集まっていた。
知らない人ばっかりだけど。
「うわぁ~、本当に他のクラスの人ばっかりだなぁ~」
「久実の仲が良い人とか居ないの?」
「う~ん、今は見当たらないな~」
Eクラスからは、私と久実以外にも6人ぐらい居たはずだけど、それも見当たらない。
交友関係を広げていない私にとって、極少数の他クラスの知り合いが偶然同じ団なんて奇跡が起こるはずもないか。
「あれ?もしかして……最上さんだよね?」
「はい?」
つい名前を呼ばれて反応してしまったけど、目の前に現れたのは見たことが無い女子だった。
「ん~?恵美っちの知り合い?」
「え?あの……う~ん……」
どうしよう、知り合いだったのかもしれないけど、全く記憶にない。
私が困っているのを察してくれたのか、彼女は名乗ってくれた。
「井塚舞だよ。入学式の時、Sクラスで同じクラスだった」
「……ごめん、全然わからなかった」
「しょ、しょうがないよね。最上さん、入学式からずっと休んでたから。今は確か、Eクラスだったよね?」
「うん……」
初めて話す人で言葉が詰まってしまうと、久実が間に入ってくれた。
「えーっと、井塚さん?は、どこのクラスなの?」
「私は今はSクラスなんだ。でも、1学期の期末試験では点数がギリギリだったんだけどねぇ~」
苦笑いしながら言う井塚に、どう反応して良いかわからない。
「大丈夫っしょ、うちなんて赤点ギリギリだったんだよ?」
「そうなの?でも、FクラスからEクラスに上がったんでしょ?頑張ったじゃん」
私を置いて、話が進む久実と井塚。
ちょっとだけ、久実のコミュ力が羨ましかった。
自然と会話できている2人を見ていると、その向こうに1人で仏頂面で立っている見覚えのある男が見えた。
雨水蓮……だったはず。
久実に目で合図してから離れ、雨水に話しかけようとしてみる。
「あの……えっと……」
「ん?貴様は確か、椿円華と一緒に居る……」
「最上……恵美……です」
「ああ、そうだったな。確か、そういう名前だった」
自然に隣に立って、2人で人混みを見る。
「ぼっち?和泉は?」
「お嬢様のことを呼び捨てにするな。別の団なんだ。お嬢様の世話で、俺自身の友好関係を広げている時間は無かったからな。見ての通りだ」
「ふ~ん。時間は無かったのに、円華とは話せる仲なんだ?」
「成り行きだ。好んでそうなったわけじゃない。貴様こそ、よくあの気難しい男と共に居られるな?」
「私は円華の……パ、パートナーだから。そう、和泉……さんにも、言っておいて」
一応、和泉も牽制しておかないと。
「パートナー?あいつには似つかわしくない言葉だ。本人は認めているのか?」
「本人が言っていたので、公認」
「意外だな。しかし、それだけ貴様はあの男に信頼されていると言うことか」
信頼……今は、あるのかな。
「う、うるさいな」
雨水の話相手になってあげていると、突然大きなマイクのノイズ音が講堂に響き渡った。
そして、次に耳障りな男の声が聞こえた。
「どうやら、全員集まったようだな、クズども」
その場に居た全員の視線がステージの方に集中する。
そこに居たのは、柘榴恭史郎。
ステージに膝を立てて座り、マイクを持っている。
その前には、彼を守るように内海が鉄パイプを持って立っていた。
まさか、あの2人と同じ団だなんて……。
柘榴はステージの下を見渡し、鼻で笑う。
「見渡せば、どいつもこいつもクズばかり。このまま本番を迎えても、最下位一直線だろうなぁ」
いきなりバカにする柘榴の言葉に、人混みの中から複数人が言い返す。
「ふざけるな!!」「何様のつもりだ!?」という声が聞こえてくる。
それを柘榴は俯きながら聞き、勢いよく頭を上げてマイクを床に向かって投げ落とす。
またマイクの大きな音が響いた。
「人の話は最後まで聞けよ。俺は救いの手を差し伸べようとしてるんだぜ?クズのおまえらが勝てるように、この俺が動かしてやるって言ってんだ」
柘榴の言葉と態度は矛盾している。
最悪なことに態度の方が本性。
ステージから降り、内海の隣に立って彼の肩に手を置く。
「俺が気に入らない野郎は、今ここで前に出てこい。何人でも良いぜ?何なら、ここに居る全員でも構わない。俺と景虎を倒してみろ。そしたら、おまえらの言う通りにしてやるよ」
柘榴は笑いながら、私たちをゆっくり見渡す。
「土下座をしろと言うなら、してやろう。靴を舐めろと言うなら舐めてやる。指を詰めろと言うなら、躊躇いもなく切ってやる。命を差し出せというなら、心臓を取り出してやるよ。さぁ、どうした?誰か1人でも、俺たちに挑んでくる奴は居ないのか!?」
異常。
この場に居た全員がそう思ったはず。
その異常さに恐怖し、誰も2人の前に立とうとはしない。
「柘榴……恐怖を利用し、この場を支配したな」
「……うん」
柘榴が利用したのは、目に見える恐怖と見えない恐怖。
内海景虎という人殺しの狂人を表に出して威圧的な恐怖を与え、そこに自身の異常さという恐怖を付け足した。
ここで誰かが挑んで勝てたとしても、その異常さに飲まれてしまう。
この場に居る者には、覚悟が足りない。
誰かを本当の意味で傷つけるという覚悟が。
そのことに、柘榴は気づいていたんだ。
そして、この青団の1年の恐怖心を掌握した。
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瑠璃side
赤団の集合場所は会議室。
私はクラスメイトと共に入室して一番乗りだった。
「何だよ、まだ誰も居ねぇじゃねぇかよ」
川並くんが不満を隠さずに言い、デスクの上に座ってしまう。
「川並くん、行儀が悪いわよ?」
「俺ら以外、誰も見ちゃいねぇって」
川並くんが気を抜いていると、入口の方から「悪い子見ーつけた!」と言う声が聞こえた。
「和泉さん……」
「ヤッホー、成瀬さん。ここに居るってことは同じ団だね。嬉しいよ」
笑顔を向けて言ってくれた和泉さんに、私も薄く笑みを浮かべる。
「私もよ。あなたが居てくれたら、安心だわ」
「他のクラスの人も気になるけど、一先ず私もほっとしたかな」
私と和泉さんがそろうと言う事は、必然的にEクラスとAクラスは協力関係を築くことができる。
それでも、他のクラスは警戒しなければならない。
特にBクラスとFクラスは要注意であることは言うまでもないわ。
5分ほど時間が経つと、他のクラスの人も会議室に入ってくる。
その中で、ある長身の男子生徒に見覚えがあった。
「確か、プールで柘榴くんと一緒に居た……」
「重田平くんだよね。私も入ってきた時に気になってたんだ」
雨水くんをプールに投げ飛ばした時のことは、記憶に新しい。
前髪で目が隠れていて寡黙な感じだけど、どこか危険を感じてしまう。
彼に注意を向けていると、ある女子の声がその場で反響して空気が変わった。
「どうやら、私たちが最後のようだ。皆、早くて助かる」
そう言って入ってきたのは、Sクラス。
先頭に居るのは、鈴城紫苑。
彼女は会議室の中を見渡し、私と和泉さんを見つける。
「瑠璃に要か……人選としては及第点だな」
「相変わらずの上から目線ね。遅れてきたことに対しての謝罪はないのかしら?」
「平謝りで良いのなら、形だけしても構わないが」
悪気はないし、悪いとも思っていないと遠回しに言われた。
「私が遅れてきたことには理由がある。態度でこちらの意思を伝えようと思ってな」
「Sクラスの意思?それって、団とは関係ないことなのかな?」
「あくまでも私個人の意思だ。鈴城紫苑は、今回の体育祭で動くつもりは毛頭ないので、そのつもりでいてほしい」
鈴城さんからの不戦通告。
それはその場に居た全員をざわつかせた。
私は鈴城さんに詰め寄る。
「あなた、それがどういう意味かわかっているの?」
「ああ、わかっている。したがって、私が得るかもしれなかったポイントはおまえたちで好きなだけ獲得すると良い」
それは私たちに対する挑発なのか、それとも侮辱なのか。
『私が参加しないのだから、そのうちに足掻くが良い』と言っているように見える。
余裕な笑みを浮かべる鈴城さんは、Sクラスの取り巻きを置いて1人で会議室を出ようとする。
「そこの私の部下は好きに使ってくれて構わない。後はおまえたちに任せる。いい結果が出ることを、期待しているよ」
私たちが止めるよりも先に、鈴城さんは会議室を出て行った。
止めようとした瞬間に、取り巻きの女子の1人である森園さんに道を塞がれたから。
「紫苑様の邪魔をするな」
「邪魔をするなと言うなら、彼女も私たちの足を引っ張っているわ。1人戦力が抜けることで、団体がかかる負担は重くなるのよ?」
「そんなことは知ったことじゃない。紫苑様の決定は絶対だ。Eクラス風情が逆らうというなら、正義の名の元に粛清する」
森園さんは拳を握り、私に闘志を向ける。
これだから、頭の固いスポーツ系は困るのよ。
私と森園さんが殺伐としていると、間に和泉さんが入る。
「ま、まぁまぁ、ここは穏便に済ませようよ。せっかく同じ団になったんだし、協力し合っていこうよ」
「……そうね。ごめんなさい、和泉さん」
こちらが和泉さんに謝罪をしても、森園さんはそれを無視して離れていった。
あの態度からして、Sクラスはこちらに表向きでも協力的になりそうにない。
この赤団は、大きな問題を抱えることになりそうね。
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麗音side
緑団が集まったのは第2体育館。
気乗りしないながらも女友達と一緒に行くと、そこには既に人が集まっており、何か言い合いが聞こえてくる。
「私は何度も言っているじゃあないか。無能な庶民の君たちは、私に従っていれば良いと」
「おまえに従って勝てるとは、俺にはどうしても思えないんだけどねぇ」
Cクラスの幸崎ウィルヘルムと、DクラスからFクラスに落ちた坂橋彰だ。
どっちが団を引っ張るのかを話し合っているみたい。
「不毛な争いだよなぁ……どっちも自己主張が激しいし」
隣から声が聞こえて横を見ると、いつの間にか狩野くんが居た。
「何時から、そこに?」
「ん?割と最初から」
「この無駄な話し合いは何時からなのかな?」
「俺がここに来た時には、もう始まっていたよ。どっちも主導権を譲ろうとしないんだ」
2人の話し合いを見守っていると、これがどれほどバカらしいことかがよくわかる。
「君は何もわかっていないようだねぇ。この体育祭で大事なのは、誰がいかなる結果を残すかだ。私が導けば、庶民の諸君に平等にポイントを得る権利を与えると言っているのだよ?」
「それはマニフェストか?だが、おまえの自由奔放ぶりは聞いている。おまえの勝手で動く人間は、金に釣られたCクラス以外は誰も居ないだろうぜ?」
「金?何のことだかさっぱり。私は貴族の精神に乗っ取り、正々堂々と行動している。金を使って人を動かすのは、庶民のすることではないかね。私には似つかわしくない行動だ」
「言葉では何とでも言えるな。やはり、おまえは信用できない」
「私もFクラスに落ちた君の実力を信じる気にはなれないねぇ。何か隠し事をしているような気がしてならないよ」
互いにただ罵倒し合っているように見えて、少しずつだけど真意を探ろうとしている。
ほとんどの人が2人の言い合いに気が向いている中、1人壁際でスマホを弄っている女子が1人。
「あの子って……」
「あの子?誰?」
「ほら、あの壁に寄りかかってる女の子。見覚えがあるなって」
狩野くんも彼女を見つけ、目を細める。
「ああ、あれって確かBクラスの女子だろ?金本蘭だったか……」
「Bクラス?他の人と雰囲気が違うね」
「クラスの中でも、柘榴とは対立している女だって話だぜ。本当の所はどうかわからないけど」
やけに詳しいと思って狩野くんに疑念の目を向けると、それを察したのか苦笑いをされた。
「いや~、他のクラスの女友達から情報が入りやすいんだよねぇ~。俺って意外とモテるんだぜ!」
ウインクして言ってくるので、満面の笑みを向けておく。
すると、狩野くんは落ち込んだように肩をすくめて「冗談です」と言った。
「Fクラスの坂橋くんにBクラスの金本さん……。偶然……だよね?」
「……まぁ、疑うのは必然だよな。Bクラスが一枚岩なのかどうか、円華の今後のためにも探っておく必要があるかもしれないな」
2人を交互に観察し、幸崎くんに関しては無視する。
この緑団で私と狩野くんがするべきことは決まった。
あとは、円華くん自身がどう動くかだけ。
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