大きな実力試験
10月に入った初日のホームルーム。
2週間前に特別試験があったにも関わらず、その次の大イベントを担任が宣告した。
「10月に入ったな。体力自慢の奴は喜べ、1週間後に体育祭だ」
やる気なく棒付きキャンディーを口にくわえながら言う岸野先生とは対照的に、体育会系の男子や女子はパレードのようにはしゃぎだした。
「よっしゃー!!ここでこそ、俺の真骨頂だぜー!!」
「走りなら、自信あるしな」
「勉強だけが学校じゃないって所を見せてやる!!」
乗り気の奴が多いなぁ。
岸野の感じからして、ただの体育祭じゃないことは明白だろうに。
岸野先生が騒がしい奴らを手を2回叩くだけで静止させ、溜め息をついて説明に入る。
「えぇ……面倒だが、一応説明する。体力自慢の浮かれている奴には申し訳ないが、筋肉バカが活躍するだけっていう単純な体育祭ではない。おまえたちはそれぞれ、4つの別の団に分かれてもらう」
クラスを4つの団に分けるのか。
その理由は単純では無さそうだな。
「体育祭は、今までのようにクラスが団結して勝利を目指す試験ではない。おまえたちには、別のクラスの団員と団結して競技に臨んでもらうことになる」
「えぇ~、でも、いきなりじゃない?今まで競争していた相手と、協力しろってことでしょ~?」
久実が机の上に胸と腕をついて不貞腐れていると、岸野先生は「まぁな」と返す。
「新森の言う通り、他のクラスと協力して団の勝利を目指すのも1つの方法だ。しかし、先々を見通した戦略を練ることも可能だということを視野に入れておけ」
含みのある言い方だ。
まるで、団の勝利以外にもメリットがあるということを示唆しているようだ。
岸野先生は黒板に大きなプリントを貼り付けた。
そこには、体育祭の結果によって振り分けられる能力点と現金についての説明書きがされていた。
団とクラスの勝利の結果によって、2つの振り分けは大いに異なってくる。
「見てわかるように、最終的な団の勝利と、それぞれの競技においてのクラスの勝利では得られる物が異なる」
岸野は最初に、団の方の説明に入る。
「団は赤、青、黄、緑に分かれており、その順位によって団員に平等に振り分けられる現金が違ってくる。1位の団は1人につき10万円。2位は5万、3位は1万、最下位は0だ。金欠の奴には、優勝を目指す者も居るかもしれないな」
現金で差が出てくるのか。
柘榴の件で、現金は財力としてカウントされ、その使いようによっては常識では考えられないことも可能にすることは把握済みだ。
能力点だけに目を向けていると、他クラスの財力に足をすくわれるかもしれない。
次に能力点の説明に入った。
「言うまでもなく、今回の試験で学園が試すのは身体能力と団結力だ。あらゆる競技で順位を決め、それによって与えられるポイントも違ってくる。間違っても、自分は運動ができないからできる奴に活躍してもらおうなんて、他人任せの考え方では体育祭でポイントを得ることは不可能だろうな」
手を抜くことを許さないためのシステムか。
本格的に身体能力を測るつもりだ。
「では、団についてはもう振り分けられているわけだが……質問はあるか?」
岸野が生徒を見渡すと、成瀬がすぐに手を挙げた。
「成瀬か」
「はい。体育祭で見るのは身体能力と団結力と先生はおっしゃいましたが、それならばクラスを1個体として団を分けるべきじゃないでしょうか?」
「そうだな。それは確かにやり易いだろう。しかし、それでは直接的な団結力しかつかなくなる。学園側の狙いは、間接的な団結力を測ることにあるんだ」
「間接的な……団結力?」
「これ以上のことは言えない。あとは自分で考えろ。他に質問は?」
成瀬から視線を外し、他に目を向ける。
次に手を挙げたのは麗音だ。
「団によって分かれるなら、競技によっては同じクラスの人とも競い合うことになるんですよね?」
「その通りだ」
「それなら、その場合の能力点はどうなるんですか?」
「仮に50メートル走で4人が走り、それが全員Eクラスだとしよう。その場合はEクラスにとって幸運と思った方が良い。その4人の中の順位がどうなろうと、クラスに入るポイントは1つのレース分まるごと獲得できるんだからな」
岸野が麗音に説明しながら、俺に一瞬視線を合わせた。
サングラス越しの目から、『おまえなら意味がわかっただろ?』と言っているのが伝わった。
やる気のない目で『関係ねぇよ』と返そう。
おそらく、麗音もわかった上での質問だったんだろう。
「他クラスはわかるんですけど、学年を越えた競技の場合は能力点が変わるんですか?」
「その場合でも、順位によって獲得できるポイントは変わらない。例えリレーで1年が2年を、2年が3年を抜いたとしても、上乗せポイントは存在しない。逆に上級生が下級生よりも順位が下の場合でも、ペナルティは存在しない」
学年を越えた競技となると、団体競技だな。
確かに、上乗せもペナルティも付けようがない。
その後、質問は誰もせず、団分けがなされた。
俺は黄団で、他のクラスメイトに話せる者は居なかった。
誰とも関わらなくて良い分、俺にとっては救いかもしれない。
恵美たちも、ほとんどが別々の団に振り分けられている。
「この団分けの意味を理解できるかは、おまえたち次第だ。後日、それぞれの団に分かれて競技のプログラムについて決めてもらう。今までとは違う試験に戸惑うこともあると思うが、それぞれ頑張るように。以上だ」
岸野先生は欠伸をしながら、チャイムもなっていないのに教室を出て行った。
クラスメイトが別々の団に配属され、他クラスと共に臨むことになる体育祭。
財力を取るか、能力点を取るか。
それを獲得するためにどの競技に参加するのか。
「確かに、運動ができるだけじゃ乗り切れないな……」
確かに団として他クラスと協力しなければならない場面は出てくるだろう。
しかし、これも根本は変わらない。
クラス同士の駆け引きと競争だ。
さて、俺はどちらを取るべきか……。
団のメンバーを見てから考えるか。
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