愛と言う感情
円華side
目が覚めて目蓋を上げると、見覚えのある天井が広がっていた。
俺の部屋か。
そうか、また気を失ったのか。
紅氷の籠手は強力だけど、体力が保てないのが難点だな。
外の明るさからして、もう日が変わっているのか。
身体を起こそうとすると、その前に誰かが寝室に入ってきた。
「あ、起きたんだ?大丈夫?」
「恵美……。ああ、何とかな。俺、どうやって部屋に……」
「狩野が運んでくれたんだ。それで私が呼ばれて、ずっと看病してた」
濡れタオルが入った桶を持っているところから、それは言われる前に推察できた。
額の上に乗っていたタオルを取って身体を起こすが、脱力感がまだ残っている。
恵美はベッドに座り、顔を覗き込んでくる。
「目が死んでるみたいだけど、何かあった?」
心配した顔をしているので、自然と事実をそのまま告げた。
「キングが目の前で自殺した。残りのポーカーズは3人だ」
「……自殺?キングが?一体、どうして……」
俺は昨日の夜のことを恵美に全て話した。
すると、彼女の表情が曇る。
「円華の中にある『闇』……。でも、それで円華がまた思い詰めることは―――」
「そうじゃねぇんだ。どっちにしても、俺は復讐を完遂する。それは変わらない。だけど、自分で自分がわかんねぇ。これは俺個人の問題だ。誰の手も借りることはできない」
「そんなことないよ。私は円華の精神世界に入ったことあるし、何かできるかもしれないでしょ?」
「こればっかりは、自分1人で解決しないと意味がねぇよ。恵美には……関係ないことだから」
お節介を焼こうとする恵美に対して、俺は冷たく言い放つ。
これは自分1人で答えを出さなきゃいけない問題だから。
この話をしていても、話は平行線なのは目に見えている。
話題を変えるか。
「俺のことよりも、おまえの方は何もなかったのか?」
「え?う、ううん……何も無いよ」
目が泳ぐ恵美。
これで今の言葉を信じろという方が無理な話だ。
「はぁ……何も無いって顔をしてねぇだろ」
「……何も無いし」
「あったんだな」
俯いてモジモジしている恵美に深い溜め息をつく。
「言えよ。俺だって、おまえに昨日のことを話したんだぜ?」
しばらく俺の目を見て唸っていたが、頬を紅くして気まずそうに目を逸らした。
「な、何だよ?言えないようなことなのか?」
「そんなんじゃっ!!……ない、けど……何か……言いづらい」
「言いたくないじゃなくてか?まぁ、大したことじゃないんだったら、気にしねぇけど」
「大したことある!!……けど、えっと……」
段々と顔から耳まで真っ赤になり、ボソボソっと何かを呟く。
「こ……く……たんだ」
「……は?聞こえない」
「だからっ!……こ……され……だ」
「いやいや、小声過ぎて聞こえないって!!」
俺が少し声が大きくなってしまうと、恵美はグイッと顔を近づけて声を大きくして言った。
「だから、告白されたの!!パーティー中に!!」
……?
聞き間違いだと最初思った。
しかし、いろいろな脱力感が消えて一気に意識が覚醒した。
こ く は く さ れ た ?
「はぁああ!?」
2学期が始まって2週間が経ったが、序章からいろいろと波乱過ぎた。
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紫苑side
退屈な仮面舞踏会の翌日。
地下から地上に上がるエレベーターに1人で乗ると、1人の緑髪をした優男が飛び込んできた。
「はぁ……ふぅ、良かった。間に合った」
「遅刻しそうになったのか?梅原改」
「あ、アハハっ、おはよう鈴城さん。こんな所で会うなんて偶然だね?」
無邪気な満面の笑みを見せる梅原に、私は不適な笑みで答えよう。
「偶然か。それならば、好都合だ。地上に上がる前に確認作業に入ろう。梅原、何故おまえは私の茶会に来なかった?」
背中を見せる梅原。
一見隙だらけに見えるが、それは私に対する挑発行為に思える。
この私が眼中にないっと。
「俺がその場に居るのは似合わないよ。俺は平凡で、無能な人間なんだ。大きな才能を持った人たちが居る中で、俺みたいな人間は道端の石ころだからね」
「私が来いと言ったんだぞ?」
「俺は君たちのために出なかったんだよ。わかってくれないかな?」
目を合わせるが、梅原の目からは何も感じない。
喜怒哀楽も、恐怖も。
それがこの男の才能だ。
まるでその場に居ないかのように、全てを隠すことができる能力。
私はこの男の、その閉ざされた門の先を見てみたい。
「梅原、おまえの目的は何だ?」
「目的?う~ん……そんなことを言われてもわからないな。無能な俺はみんなの素晴らしい才能を見ながら、この異常な高校生活を謳歌したいだけさ」
「その中に、あの小娘……最上恵美と接触することも含まれているのか?ならば、私が小娘を殺したらどうする?」
試しに思ってもないことを訊いてみれば、奴の希薄な存在感が段々と濃くなる。
「……君、何を言っているのかな?」
満面の笑みを向けながら、白く透き通った覇気を放つ梅原。
それは感情を見せているようで、見せていない。
ただ、それ以上踏み込むことを一瞬だけ憚らせる。
異質ながら、私を楽しませるだけの素質がある。
「彼女に何かをしようとするなら、僕は永遠に君を無視する。関わらない。君が俺を認知できないように……消える」
「それは困るな。しかし、おまえの行動を観察するに、あの小娘に異様に拘っているように見える。その理由が興味深い」
恐れることなく心の中に踏み込めば、梅原の笑みが消える。
そして、聖者のような温かな表情をして答えた。
「最上恵美は、俺にとってかけがえのない女性なんだ。俺は彼女を『幸福』にしたい。そのためだったら、なんだってできるよ」
正常のような顔をし、歪な愛に狂う梅原。
この男の深淵は、底が知れない。
「それもまた、愛……か。つまらない」
「君も恋をしたらわかるよ。人を愛することの素晴らしさをね」
「恋……か」
この男には、何の感情も抱けない。
求めるとすれば、好敵手という関係。
それでも、この男では私に勝てるかどうかは微妙と言ったところだろう。
私が愛なる感情を抱くとすれば……。
本を貸してもらう約束をした、自身と趣味を持った男のことを思い出す。
あいつならば、あるいは。
「私に勝てる男ならば、抱くのかもしれないな。そういう相手が現れることを、心から待ち望んでいるよ」
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