叶わなかった断罪
キングはエースを見て、小さく呟く。
「そろそろ、潮時か」
エースを庇うように俺の前に立って背中を向ける。
「エース、もう良い。この戦いは、おまえの負けだ」
「キ、キングぅ……!!」
頭を氷っている左手で押さえながら、キングを見上げるエース。
奴には視線を向けず、キングは俺に身体を向ける。
「お見事……と言っておこう。流石はジャックを倒しただけはある。エースが相手では、ありえる展開だ」
キングはこの結果を予測していたかのように呟く。
そして、薄く笑みを浮かべた。
「おまえは、この結果がわかっていたのか?」
「それは何とも言えないな。しかし、数ある結末の1つとして想定はしておいた。君はジャックを倒した強者だ。それなら、エースに勝ててもおかしくはない。流石は最強の暗殺者……いや、カオスと呼ぶべきかな」
キングの笑みからは、その奥底で何かを企んでいるのが窺える。
この状況で何を仕掛けてくるつもりだ。
周りには人の気配はない。
それなら、やはり……。
氷刀を構え、キングに向ける。
「くだらない話はどうでも良い。さっさと次を始めようぜ?涼華姉さんの話はそれからだ」
「……さっき言った通り、俺はおまえと戦うつもりはないんだよ、復讐者くん。この世を離れる余韻に、懐かしい話をさせてくれ」
地下の空を見上げ、刃を向けられているにも関わらず、構わずに小さく息を吐くキング。
警戒できない。
故に敵意を向けていても、攻撃することができない。
「涼華さんと俺は、2年前に生徒と教師の関係だったんだよ。彼女は俺が1年の時の担任だったのさ」
「担……任…?」
そんなこと、手帳のどこにも書かれていなかった。
「彼女は良い教師だったよ。どんな生徒でも見捨てず、その才能を開花させていく能力に長けていた。Fクラスの担任だったにも関わらず、夏までに多くの生徒をSクラスに上げることに成功した実績もある。絶望に落ちた生徒の心をいろいろな方法で開き、希望を抱かせて上を目指していた。多くの生徒が彼女の教えを請い、誰からも慕われていたよ」
学園長から聞いた話と似ている。
キングは本当に……涼華姉さんの生徒だったのか。
「しかし」と間を置き、キングの声音が低くなる。
「愚かな女でもあった。首を突っ込むべきでない所にまで首を突っ込み、たった1人の人間を救うために、巨大な組織の闇に1人で挑もうとしたんだからな。そのせいで組織から目を付けられ、消された」
キングは思い出し笑いをし、それが姉さんを嘲笑っているように聞こえる。
「クックック。涼華さんもバカだよなぁ。あの人はいつも、周りのことを顧みずに1人で突っ走っていく。それが功を制してきたみたいだが、自信過剰な所があったし、自分1人で組織を潰せると思っていたのかねぇ……っふ、身の程を知れって奴だ。挙句の果てには、誰かに殺される始末だからな」
「……他人事みたいに言ってんじゃねぇぞ。姉さんを殺したのは、おまえたちポーカーズだろうが!?」
怒りを隠さずに声を荒げ、一歩前に踏み出す。
「答えろ、キング‼姉さんを殺した、あの白い騎士はおまえなのか!?それとも、別の誰かなのか!?」
しかし、キングは俺とは対照的にどこまでも冷静だ。
「そうだったな。復讐者くんは、俺たちが涼華さんを殺したと思っている。だから、ポーカーズを目の仇にしている。そう言う意味では、君にはお悔やみを申さないといけないわけか。今更ながら、2年前は本当に……残念だったなぁ」
「キングっ!!」
優雅にお辞儀をするキングに刀を振るおうとすれば、一瞬でその姿が消える。
瞬間移動でもしたみたいに。
「どこ―――」
周りを見渡そうとすれば、後ろからキングの声が聞こえた。
「慌てるなよ、約束は守るさ。しかし、その憎しみでは俺には届かない。その怒りでは俺は斬れない。涼華さんの義弟のくせに、彼女の側に長くいたくせに、あの人から一体何を学んだんだ?」
少し間を置き、俺の耳に言葉を染み込ませる。
「涼華さんなら、どんなに恨んでいようと、私怨では誰も斬らないはずだ、斬らせないはずだぁ。それなら、何故おまえは俺たちを斬ろうとしているんだろうな?」
「っ!?」
「涼華さんを殺された恨みからか?本当にそれだけか?もっと、おまえの心の奥底を見せてみろ」
突然、激しい頭痛が起こる。
胸が苦しい。
心臓の鼓動が速くなる。
「やめろ……違うっ‼」
「違わないだろ!?現におまえは、涼華さんとは違う道を辿っている」
聞くな。
「彼女なら、復讐なんて選ばない。選ぶはずがない。それが虚しいだけだと知っているから‼」
俺は違う。
「それなら、何故その弟がその虚しいだけの道をあえて選ぶんだ?」
俺は姉さんの仇を討つために、そのためだけに犯人に復讐するってあの時にっ…‼
それだけじゃない。
恵美たちを守るためにポーカーズを倒すって決めたじゃないか!!
「どんな大義名分を並べようと無駄だ。おまえの心の奥底では、ドス黒い『闇』が今か今かと表に出たがっている。何故わかるかって?ずっと、おまえを見てきたからさ。今のエースとの戦いからもわかる。ジャックとの戦いだってそうだろ?おまえは復讐心だけで俺たちに挑んでいたわけじゃない」
何を感じていた?
怒りだ、憎しみだ、悲しみだ。
それは姉さんを失ったあの頃から、変わっていない。
こんな……こんな男に俺の何がっ……!!
「おまえは復讐心にかられながらも、戦いを欲していた。姉を殺した者との身を削るような戦いをな。なのに、いざ戦ってみると感じるのは、期待外れの苛立ち」
期待外れ?何の期待をしていた?
「姉を追い詰めた者の実力が、こんなもののはずがないと期待していたからだ。おまえは知らず知らずの内に心の中で求めていた。もっと自分を追い詰めてほしい、もっと痛みを、苦しみを感じたい。その上で相手を痛め付けたい、心を踏みにじりたい、圧倒的な敗北を味合わせたいとな」
俺の欲するもの……そんなものは―――。
『無い、なんてことはないだろ?』
頭の中に、声が響いた。
「相手を全力の状態から叩き潰すことで、絶望の底に陥れる。それが、おまえの本性だ‼そして、その根底にある欲望は……」
キングの言葉を心の底から全否定したい。
心の中に何枚も壁を作っているのに、それを王は何でもないように飴細工のように簡単に壊していく。
そして、俺自身ですら気づいていなかった深淵に着いてしまった。
「椿凉華を否定することだ」
俺が……姉さんを……否定……?
姉さんは俺を絶望から救ってくれた。
俺の全てだった。
生きる目的だった。
俺の全ては、姉さんから貰ったものだ。
だから、姉さんのために使おうと思ったんだ。
『それなのに、涼華姉さんは俺の生き方を否定した。だから、俺も姉さんの生き方を否定する』
違う!!姉さんは俺のことを思ってっ……!!
『どうかな。あの人だって、本当は俺のことを嫌っていたのかもしれないぜ?』
姉さんは俺に生きる道を示してくれたんだ!!
『自分にしがみつく俺を、手放したかったからじゃないのか?』
違う!!姉さんは……
『姉さんは……』
俺をずっと救ってくれたんだ
『俺をずっと否定していたんだ』
心が―――裂けた。
「うわぁああああああああああああああああああああ!!!!!」
頭を右手で押さえていると、無意識に右目の眼帯を取っていた。
紅と蒼の瞳が、それぞれにその鮮やかさと濃さを増している。
紅の氷刀の刃が変化し、牙のように鋭くなり連なっていく。
身体の右半分全体に紅の氷が侵食し、顔まで広まっていけば狼のマスクが形成されていく。
氷狼の部分と人間の部分が並立し、怒りが込み上げる。
そして、振り向くと同時にキングの心臓を突き刺そうとする。
この男のせいだ。
俺は純粋に姉さんのためを思っていたのに。
こんな感情、気づきたくなかったのに。
せめて、この男は俺の手でっ……!!
氷の刃が届きそうになった瞬間、キングは仮面を外して不気味な笑みを見せた。
そして、仮面に付いていた小さなスイッチを押した。
「中々面白かったよ……混沌を背負う復讐者くん」
パァ―――――――ンっ‼
その言葉を最後に、キングの身体は風船が割れるかのように一瞬にして爆散した。
「……ぇ……」
何が起きたのか、最初はわからなかった。
幻覚じゃないかって、錯覚じゃないかって思った。
しかし、後ろから聞こえるエースの声で現実だと思い知らされた。
「キングァアアアアアア」
キングが死んだ。
俺の目の前で。
『「あぁ……あぁぁ……うぅぅ…っぐ!!」』
俺の手ではなく、自分の手で。
これほどまでにキングに負の感情を抱きながら、俺は……この手であの男を断罪することができなかったんだ。
声にならない声で言葉を探しながら、見つけた言葉を腹の底から吐き出した。
『「畜生おぉおおおおおおおおおおおおお!!!」』
キングへの復讐は、もう叶わない。
露わになった怒りは、もう収まらない。
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