嘗めんな
円華side
試験が終わった後、残りのただのパーティー時間は無視し、俺は会場を出てトイレで着替えた後で竹刀袋を片手に広場に向かう。
3学年合同でパーティーをしている最中とあって、木岐で囲まれた円形の広場には誰も居ない。
左胸に手を当てると、心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。
ジャックとの戦いの時も、速くなっていることには気づいていた。
今の俺は復讐者だ。
その対象が、自ら復讐の舞台を用意する。
挑発とも、侮辱とも取れる行為だ。
遠回しに、自分たちが自ら現れなければ俺が辿りつけないと思われているから。
それでも、キングには後悔してもらう。
今日、ここであの男を断罪する。
広場に到着して中央に立つと、周りのライトが点いて四方から交差するように俺を照らす。
そして、木陰から黄金の仮面を着けた男が姿を現して近づいてくる。
「逃げずに来たのか。偉いじゃないか」
「おまえこそ、来いと言いながらブラフだと思ったぜ」
「これでも王を名乗っているんだ。嘘をつくわけにはいかないのさ」
キングは足を止め、両手をズボンのポケットに入れる。
「女装したまま来ても良かったのにな。意外と美人だったし」
「過去の自分を使ったのは、おまえをおびき寄せるためだと言ったはずだ」
「そうだったっか?すまない、俺はどうでも良いことを覚えるのが苦手なんだ。どうして、アイスクイーンの姿をすることで、俺…いや、ポーカーズを釣れると思った?」
「俺が本気で変装すれば、赤の他人に化けることは容易い。しかし、今回の目的はおまえたちの誰かに接触することだった。それなら、涼華姉さんのコードネームだった『アイスクイーン』を名乗る方が、正体が俺だという事で軽視できなくなる。そして、ダンスは男女のペアだ。こっちが女装をした方が、男の場合はすぐに食いつく」
「ついでに言うと、ポーカーズの中でキングは男だとでも、涼華さんの残した手がかりに書いてあったんだろ?」
確かに、姉さんはキングの説明欄でこいつのことを『彼』と使っていた。
だから、こいつが男だとわかったんだ。
姉さんは殺される前に、キングと会っている。
「おまえと姉さんは、何の関係があったんだ?」
「おまえおまえって……俺、一応先輩なんだけど?3年生だし。もっと敬意を込めて話してくれないか?」
「ふざけるな。おまえは俺の姉さんの仇だ。敬意なんてあるわけないだろうが!!」
竹刀袋から白華を取り出し、来るまでに予め生成しておいた氷刀を鞘から抜く。
「俺はおまえを倒す。そして、姉さんの仇を取る」
俺の殺意を受けながらも、キングの平然とした態度は変わらない。
「涼華さんは愛されていたんだな。血のつながりがない弟が復讐のために、自分が死んだことにしてまで軍を抜けてこの学園に入ってきたんだから。だけど、おまえは一体涼華さんの何を見て、何を聞いてきたんだ?彼女なら、今のおまえにこう言うだろうな。『復讐なんてくだらないことは止めろ。オレはもう居ないんだ』ってな。いやいや、涼華さんが哀れだな」
「おまえが……姉さんの名前を呼ぶな。姉さんを……語るなぁあ!!!」
怒りで左目がうずき、瞳が紅に染まる。
大きく一歩踏み出しただけで距離を詰め、キングの首を狙って白華を横に振るう。
「姉さんを死に追いやった罪!!その命で清算しろ!!」
しかし、キングはその場から動こうとせず、間に誰かが入ってくる。
カキンッと何かが白華にぶつかって刃を止められる。
「っ……!!」
「キングに刃を向ける者は、誰であろうと俺が止める」
髑髏の仮面を着けた男だった。
手に握っているのは、先端に3つの刃が在る三股の槍。
スマホを装着する窪みが無い所から、異能具ではない。
「エース、出るのが早すぎるだろ。合図があるまで待てと言ったはずだ」
「申し訳ありません。しかし、あなたにもしものことがあっては、俺は自分を許せません」
エース……もう1人のポーカーズだと!?
キングは俺に顔を向け、口元に笑みを浮かべる。
「良かったな、復讐者くん。おまえの獲物が2匹も釣れた」
「元から2人で俺を殺すつもりだったんだろ?」
「それは早計だな。俺は今回、おまえに手を出すつもりは毛頭ない。この舞台は、君とエースのために用意しただけなのだから」
「……何?」
目を細めて聞き返し、2人から距離を取って白華を両手で握って構える。
エースは槍の先を俺に向ける。
「おまえはキングの覇道の邪魔になる。俺が直接おまえを殺すために、キングに許可を取ったのさ」
キングの態度から見て、戦う意思がないのは容易にわかる。
俺はキングに誘き寄せられたということか。
「……じゃあ、何か?俺の相手はキングじゃなくて……エースってことか?」
「そうだ。おまえなど、キングどころか俺の相手にもならん。今すぐにでも、おまえは俺の手で――——」
「嘗めんなっ!!」
その場で大きく白華を振るって暴風を起こし、その圧で周りの木岐が揺れる。
ズボンのポケットから眼帯を取り出し、右目を隠して白華の刃をキングに向ける。
「良いぜ、やってやるよ。……けどな、ここから逃げるんじゃねぇぞ?エースの次は、おまえだ」
「わかった。エースに勝つことができれば、俺はおまえの望み通りに死んでやろう」
もはや理性は働いていなかった。
キングへの怒りが、エースからの屈辱が、俺の怒りと憎悪を増幅させる。
「さっさと始めようぜ。まずはおまえから断罪してやる」
「不可能だ。おまえの実力では俺にはおろか、キングにも届きはしない。この場でおまえを殺すことで、それを証明してやる」
「……抜かせ」
殺す……か。
軽々しく口にしてんじゃねぇよ。
エースの槍の懐にすぐに入り、腹部に刃を押し付ける。
「っ!?」
そして、両手に力を集中させ――――振り払う。
「んぎぃぃぃぃ!!!!」
防御することもできずに10メートル先まで吹っ飛び、槍を地面に刺して減速して止まる。
それを見て、キングは「ほぅ」と感心したような声を出してポケットから手を出して腕を組む。
「はぁ……はぁ……何だ、今のは!?何が!?」
「だから言っただろ、嘗めんなって。まさか、号令があって始まると思っていたのか?よーいドンって掛け声が無かったから、速さについてこられなかったか?力を入れるタイミングが遅かったか?こちとら、試合してんじゃねぇんだよ」
左目を見開き、エースを獲物を狙う獣の目で捉える。
「俺を殺すって言ったんだろ?俺だって、おまえの全てを奪うつもりだ。殺し合いをするなら、余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!!」
まずは、この嘗め腐った髑髏野郎を叩き斬る。
エースは俺の最初の一撃に動揺していたようだが、すぐに気を取り直して槍で攻撃を仕掛けてくる。
乱れ突きをしてくるエースに対して、白華で突きを捌き続ける。
隙を見つけてはこちらも攻撃に転じようとするが、それは槍の柄を巧みに使って防がれる。
「防戦一方のようだな。さっきのパワーはまぐれか」
「どうだろうな」
実力は互角———だとは、お互いに思っていないだろうな。
少なくとも俺は今、実力の半分も出していないはずだ。
わからない。
自分が今、全力を出したらどれほどの力を発揮することができるのか。
こいつとの戦いで、試してみるのも悪くない。
軽く深呼吸をし、全身に意識を集中させる。
主に目と腕と脚に。
すると、エースの槍が目の前まで迫ったが、紙一重で首を傾けるだけで避けることができた。
「っ!?」
寸前で避けられたために、エースのバランスが崩れる。
直撃すると踏んで、力を槍に入れ過ぎたんだ。
その隙を逃がすほど、俺は甘くない。
「椿流剣術……十紋刃‼」
氷刃でエースの胴体に十字を描くように2連撃を叩き込み、次に刃先を速度を付けて突き出す。
「瞬突‼」
「ぐぁあああ‼」
エースは俺の目を見て力んでいるが、こっちは力を調整している。
「なぁ……全力で来いって言ったよな?こんなんじゃ、張り合いが無いぜ」
「バカにするな!!」
髑髏の目の向こうが、赤く光った。
力が増大し、薙ぎ払われて距離を取られる。
本気を出したってわけか。
「キングの前で敗北は許されない。信頼に応えるために、おまえはここで消えろ‼」
「……イライラするぜ、おまえを見てたら」
昔の自分を見るようで。
姉さんに認められたいがために、それだけのために何でもした愚かな自分を。
エースが槍を回転させると、槍の先端の形状が鈍器に変わる。
「メイスモード。ここからが、本当の闘いだ」
「本当の闘い?もしかして、俺を本気にさせたことを後悔しろとか言う気かよ?」
「後悔する時間をも与えん‼」
メイスを大きく振り上げて縦に降ろしてきては、それを横に跳躍して回避する。
地面に激突すると同時に周囲に軽い地響きが起きた。
一撃受けるだけでも大ダメージだな。
「避けるな‼一撃で楽にしてやる‼」
「逃げるなって言うなら、当ててみろよ‼」
普通、あれだけの威力のメイスなら、重量の関係で慣性の法則が働いて隙も生まれてくるはずだ。
しかし、エースの腕力はそれを捻じ曲げて素早く連続でメイスを振り回してくる。
白華で受け流そうとするが、何度か受けているうちにメイスの攻撃に押されてしまっている。
「どうした?全力で来いと言ったのはおまえだろ?疲れてきたか?」
「ふざけんな。だったら、そうじゃないってことを証明してやるよ」
温存なんてしていられない。
「そっちが全力なら、こっちもそれに応えねぇとな」
この一週間、右手だけは使えるように特訓してきた。
今日、この日のために。
俺の脅威を、こいつらに恐怖として認めさせるために。
自身の腕に噛みつき、血を流させる。
そして、そこから氷らせて白華と同化させる。
右腕に纏うは、紅氷の籠手。
それを見て、キングが真剣な声音で呟く。
「あれが、混沌の能力か……」
エースは「それがどうした!?」と叫び、距離を詰めてメイスを振るってくる。
こいつの動きは単調だ。
未来を視なくても、動きはすぐにわかる。
籠手に意識を集中させ、手の大きさを変えてメイスを掴んで受け止める。
メイスの重量も、この手は軽々と受け止める。
「んなっ!?」
「おいおい、驚くなよ。自慢の本気を止められたくらいで心を折られたら、俺が本気を出した意味ないだろ?……まさか、これで全力じゃないよな?」
「ふざけるな!!」
エースはすぐにメイスを戻そうとするが、籠手からメイスが離れない。
まず最初に、こいつは気づくべきだった。
籠手に握られた部分から氷が広がっていき、柄の部分まで広がっていく。
エースはメイスから手を離し、懐から2本のナイフを取り出して構える。
俺も氷って使い物にならなくなったメイスを捨て、籠手の形状を刃に変えて片手持ちの構えを取る。
エースが特攻してナイフを振るってくるが、それを紅の氷刃で弾くだけで、接触した部分から氷って使い物にならなくなる。
氷はナイフを侵食しては両手に広がっていき、そのままの形状で固定される。
それを確認した後で、防御態勢から攻撃に転じる。
下段構えから地面を抉るように、氷刃を振り上げる。
「椿流剣術 燕返し‼」
「ぐぁわぁああああ!!!」
地面に倒れて氷っている自身の手を見ては、エースは身体を震わせていた。
「ありえない……こんな…‼俺は、こんなはずじゃ…‼」
俺に圧されている。
この事実を受け止められないエースを見下ろし、ここまで戦ってきてある結論に辿り着く。
「エース……おまえ、ジャックよりも弱いな」
「!?」
エースからは、ジャックとの戦いで感じた脅威がない。
奴は自分が有利になる戦いをしていた。それに追い詰められたことは認める。
しかし、エースはただ暴れまわるだけだ。攻撃力はジャックよりはあるだろうが、それでも動きは先読みできる。
何より、俺を追い詰める一手がない。
「今のおまえじゃ相手にならない。二手三手先を読んでから仕掛けてこいよ。じゃないと、今の俺には勝てないぜ?」
エースの身体の震えが止まった。
そして、また震えだす。
しかし、それが恐怖とは程遠い感情だということは仮面の奥の瞳から伝わってくる。
「それを……あの男と同じ台詞を……言うなぁあああああああああああああああああああ!!!!!」
あの男……誰だ?
こっちの疑問は無視し、エースの殺意が増大する。
氷っているにも関わらず、相手は再度迫ってきた。
そして、その右手で殴ろうとしてくるが、氷刀を籠手の形状に戻して掴み、そのまま地面に向かって投げ落とす。
さらに侵食している氷が肩まで広がり、右腕はもう使えない。
それでも、奴の眼力は憤怒で増していく。
「俺は……キング……を……俺は……俺の……居場所は……っ!!うぐぁああああ!!!!」
エースは突然苦しみだし、頭を地面に何度も叩きつける。
それでも割れない仮面の強度にも驚いたが、奴の様子はどう見てもおかしい。
「何だ……一体、何が起きてるんだ……?」
目の前で起きていることについていけないという思いはある。
しかし、この状況にデジャビュを覚えている自分が居るのは、何でなんだ。
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