獣の目
さてさて、これまでの下準備を考えたら『どうしてこんな結果になるんだよ、おかしいだろ!?』と前回の人狼ゲームのような苦情が来そうなものだよね。
Dクラスは圧倒的に有利だったし、Eクラスは裏切者が居たから劣勢だった。
確かに、傍から見たら俺たちは大ピンチ。
だけど、ここである前提を入れた場合は全然不利じゃないんですよね、この状況。
裏切者は裏切者でも、クラスを勝利に導く裏切者だった。
じゃあ、みんなの言うEクラスの裏切者って誰かって?――――俺のことっすよ。
そう、この狩野基樹くんなんですよねぇ。
もちろん、円華以外は知らないことなんだけど。
Bクラスの柘榴とDクラスの坂橋にEクラスの名簿情報を教えた理由は、あの2人ならどっちにしろ何かしらの手段を使い、脅してでも情報を聞き出そうとすると踏んでいたから。
クラス内に円華を追い出そうと思っている者が居るのは前提条件。
そんなことを、あの2人が気づいていないはずがない。
気づいている上で嵌めれば良いだけだ。
名簿のコードネームが決まった日の放課後、坂橋が奴隷を使って内のクラスの女子から情報を聞き出そうとしていたことを、呼び出した女子である佐藤から聞いた。
何でも、瑠璃に言う前に俺に相談したかったのだそうだ。
俺って軽薄そうに見えて、表向きは信用があるんだよね。
そこから先は簡単だった。
坂橋は佐藤のことを知らない。彼女を狙って聞いたのではなく、他の不特定多数にも奴隷を接触させているに違いない。
俺はその不特定多数の内の1人を装い、もう1つメールアドレスを作ってEクラスの情報を流した。
しかし、柘榴には何も装うことはせずに、ただの支援者としてメールを送った。
彼の場合は変に信用させようとすれば、逆に不信感を抱かせるだけ。
情報の信憑性は自身で確かめさせる。
そして、俺が流した情報を信頼した時点で、奴らがEクラスに勝てる確率は0になる。
ーーーーー
~パーティーが始まる10分前~
トイレを済ませた後、全てのクラスが封筒を渡したのを見計らい、仮面を変えて受付のスタッフに話しかける。
わざと、疲れ切った演技をして。
「はぁ……はぁ……す、すいません……ちょっと、良いですか……?」
「何か?」
「あの……Eクラスの名簿が入った封筒の中身……確認してもらえますか?」
「Eクラスの?……少々お時間を」
1分くらいした後で、スタッフが怪訝な顔をしてこっちに封筒を持ってきた。
「中に名簿表が入っていないのですが?」
「や、やっぱり、そうですよね……。これ、名簿表が入っている方の封筒です。何か渡した本人焦ってたみたいで、ついさっき入れ忘れたのが分かったみたいなんですよね。それで、遅刻した俺が……」
「……そうですか。確かに先ほど、Eクラスには遅刻者が居ると聞いていました。あなただったのですね。今度こそ、名簿表は受理しました。試験、頑張ってください」
「どうもっす」
その後、仮面をレッドアイズの物に変えて、何食わぬ顔でパーティーに参加した。
ーーーーー
無論、空の封筒と変えたのは俺。
教室に保管してあった名簿入りの封筒と変えた。
そして、ここからが本題。
みんなが自分で思っていたコードネームは、実は彼らが考えていたものではない。
提出する前に、一段ずつずらしておいたんだ。
パーティーに参加する前から、仮装を終えた時点でコードネームを呼び合うことは決まっていた。
それはスタッフにも聞かれる可能性もある。
今更クラス全員のコードネームを変えるのは不可能だ。
そして、みんなは自分のコードネームだと思っていた他人のコードネームを自信満々に名乗っていたという事だ。
皆の嘘の中に、俺からEクラスに対する嘘を混ぜた。
偽りの上に偽りを重ねたのさ。
結果から見て、坂橋は策に嵌ってしまい、柘榴は逆に裏があると思って乗らなかったということか。
ちょっと、惜しいなぁ……。
流石に柘榴は一筋縄ではいかないか。
それか、俺じゃなくて円華の策に嵌ったのか……。
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円華side
一先ず、安心したと言ったところか。
取引は上手くいったみたいだ。
今頃、柘榴は驚きと屈辱を感じていることだろう。
何せ、自信満々に俺の正体とコードネームを当てたと思ったのに、それがオークションの名簿欄に無いのだから。
オークションには、生徒を買収する権利があるクラスの名前も横に書かれることになるが、Eクラスには関係ないことか。
策が上手くいったみたいだな。
確かに俺のコードネームはキングと柘榴の予想通り、アイスクイーンだった。
柘榴は意気揚々と、Eクラスの欄に俺の名前とコードネームを書いたことだろう。
そう、Eクラスの方にな。
「どうやら、作戦は上手くいったみたいだね、椿くん」
「お、おい……いきなり名前の方で呼ばないでくれよ」
緑のドレスに身を包んだ薄い赤い長髪をした仮面の女子が話しかけてきた。
和泉要だ。
「でも、最初に作戦を説明された時は驚いたよ。あんなの普通の人は思いつかないよ?」
「そうだろうな。俺だって、考えたのは2週間前だし。パーティーが終わったら、約束通り能力点は振り込んでおく」
「ありがとう。でも、本当に良いの?私は別に、このまま椿くんと一緒でも……」
「俺がそうしたいんだ。近くに居ないと、何かとうるさい面倒な女が居るから」
「そっか。それはざ~んねん」
フフンっと鼻で笑う和泉から、冗談だということはわかっていた。
それにしても、本当に大変だったし上手くいく確証は無かった。
和泉……いや、Aクラスの皆やその担任の坂本先生には感謝している。
一時的にではあったけど、俺をAクラスに昇格させてくれたんだからな。
そう、俺の名前もコードネームも、Aクラスの名簿に書かれていたんだ。
ーーーーー
~1週間前~
和泉との取引は、お互いの信頼が無ければ、そしてクラスから彼女への信頼が無ければ成立しないものだった。
いくら担任2人の許可があろうと、決めるのはAクラス自身なのだから。
取引の内容はこうだ。
「俺が一時的にAクラスに上がるために、能力点を貸してほしい」
「?一時的にって、どういうことかな?」
「仮面舞踏会が終われば、Eクラスに戻るつもりだからだ。和泉たちへの見返りは、貸してもらった分の2倍のポイントを支払うってことで了承してもらえないか?」
聞いてはみたが、取引として成立するかは微妙なところだ。
この学園のシステムに対する俺の推理と策がかけ合わされば、2倍にするのは容易いことだが、それでも成功するかは賭けになる。
成功したところで、俺が何時心変わりするかもわからない。
今のところは天と地ほどの差があるAクラスとEクラスでも、所詮は敵同士だ。
信頼できる保証は―――。
「良いよ、わかった。必要な分のポイントは、今ここで渡した方が良いよね?」
「えっ……あ、いや……それは…」
まさか、何の迷いもなく笑顔で承諾されるとは思っていなかった。
時間からして即決だった。
何の疑いもなく、受け入れられたということだ。
俺が面食らっているのを見て、岸野先生もサングラス越しに意外そうな目をしていた。
坂本先生の態度はひょうひょうとしており、彼女の決断を止めようとしない。
たじろいで言葉が出ない俺に、和泉は笑顔を向けたまま言った。
「私、こう見えても人を見る目には自信があるんだ。椿くんは信用しても良い人で、信頼した分いい結果になるって思う。君がAクラスに入りたいんだったら協力するし、その理由も聞かないから」
「随分と俺に都合の良い話だな」
「そうだね。でも、今まで君と何度か会ってわかっちゃったんだからしょうがないよ。椿くんは私の信頼を裏切らないって」
和泉要という人間を誤解していた。
ずっと和泉は俺のことを観察していたというわけか。
彼女の強さと恐ろしさを、今の言葉で気づいた。
俺は和泉を裏切ることはできない。
人を見る目があると言う事は、その目を裏切る瞬間もすぐにわかってしまうと言う事だ。
白と黒を見分ける観察力は、集団をまとめて上に行くうえで最も重要な才能だ。
それを裏付けているのが、Aクラスという地位であり、その長であること。
彼女の能力は人を引きつける人柄だけでなく、どういう人間が白か黒かを判断できる観察力もあったのか。
そこから、白を動かすだけの信頼を得ていると見ることもできる。
クラス間の競争は仕方ないとしても、個人的には敵に回したくない女だと改めて思った。
「でも、Eクラスに戻るってどうやって?そんな方法聞いたことないよ?」
「降格申請をすれば、その日の内にでも戻ることはできる。当日の試験終了後、坂本先生がすぐに受理してくれれば、俺はEクラスに戻ることができる。そして、クラスに戻ると同時に、Aクラスに上がった時に所持していた分の能力点は返済される。それと特別試験で得たポイントを足して、そっちに支払うってことだ」
BクラスとFクラスのデータファイルを見て、有野のデータで気づいた変化。
それは降格したにも関わらず、能力点が莫大に増えていることだった。
そして、そのポイントは40万ポイント。
EクラスからAクラスに上がる時に必要な能力点は、40万ポイント。
俺が所持するポイントは4万3427。
2倍にする伝手は、既に考えてある。
あの男なら、必ず俺に一泡吹かそうと動くはずだから。
だが、ここで1つ問題が生じる。
それを岸野先生が突いてきた。
「しかし、おまえがAクラスに上がるとなると、AクラスでもEクラスでも少なからず混乱が生じるだろうな。他のクラスでも、おまえへの注目が増すだろう」
「そこについても対策はしてあります。だから、お2人をここに呼んだわけですよ」
「面倒そうだが、とりあえず言ってみろ」
岸野先生は腕を組んで仕方なくといった感じだったが、坂本先生は興味を抱いた目を変えない。
「名前だけAクラスに置いてもらって、俺自身はEクラスに残るってことでどうですか?その分の出席は欠席扱いで良いんで」
「……許可ってそう言う事か」
「確かに、僕たち教師が知っていないと成り立たない作戦だね」
Aクラスに位置しながら、あえてEクラスに留まる生徒なんて普通は居ない。
その盲点を突くことで、俺に疑いをかけた者のポイントを奪う。
俺の姿を見て、名前とコードネームを当てられる人間は限られてくる。
そいつらに、むざむざと敗れるつもりはない。
そのための個人契約だ。
「わかった。俺は了承するが、坂本は?」
「僕も良いよ。だって、Aクラスのもらえるポイントが2倍になるって話でしょ?Sクラスがどれだけポイントを持っているかは把握していないけど、追い詰めるための大きな一手になるからね。だけど、この約束を破ったら……どうなるかはわかってるよね?」
坂本先生は笑顔で俺を威圧するが、すぐに和泉が間に入る。
「大丈夫ですよ、先生。椿くんは約束を守ってくれる人ですから」
「……まっ、和泉さんがそう言うなら、心配は要らないかな」
威圧の笑みが満面の笑みに変わって一安心。
この人、絶対に怒らせたらいけない人だ。
こうして、Aクラスと坂本先生の計らいで俺はAクラスに昇格できた。
あとは、結果を出すだけというわけだ。
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結果を見て、俺と和泉の後ろに立った赤毛の男が声をかけてきた。
「どんなトリックを使ったのかは知らねぇが、今回は負けを認めてやるよ。だが、次はどうなるだろうな?」
「さぁ、次なんて誰にもわからないさ。俺は俺の目的のために、最善を尽くすだけだ」
仮面を取って後ろを向いて答えれば、柘榴は既に仮面を取ってギラギラした目を俺に向けていた。
「クフフっ、良いねぇ。おまえのその獲物を狙う獣の目、ゾクゾクするぜ。その目が捉える獲物はどんな奴なんだろうな?」
「おまえには関係ないはずだろ。それとも、有野を降格させて大量のポイントを得るという手法は、俺の獲物から教えてもらったのか?」
「……さぁな。自分で考えろよ、バカが。束の間の勝利を噛みしめて、次の体育祭を楽しみにしていろよ」
柘榴は割れたスマホを軽く上げて振り、そのまま会場を後にした。
そして、俺のスマホが鳴ったので確認する。
『柘榴恭史郎様より、40万の能力点が振り込まれました』
こっちの所持しているポイントは約4万。
そして、間違えた場合のペナルティは疑われた方の所持ポイントの10倍。
ルールに従って、律儀に支払ったというわけか。
あとは坂本先生に降格の手続きをしてもらえれば、もう40万入ってくるのを待つだけ。
合計80万ポイントになり、取引は達成される。
和泉は俺と柘榴を交互に見て、首を傾げる。
「どうして、柘榴くんは椿くんのことを目の敵にするんだろうね?」
「俺にもわからない。だけど、何かしらの因縁があるんだろうな……俺と柘榴は」
殺した人間を覚えているか。
俺の中で覚えている人間と、そうでない人間が居る。
そのどちらかに、おそらく……。
しかし、今はそれを考えている時間はない。
俺の余興は終わった。
あとは、今日の復讐を完遂するだけだ。
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