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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
偽りだらけの舞踏会
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狐に摘ままれた敗者は

 麗音side



 みんながペアを組んでダンスをしている中、あたしは誰とも組まずに1人でジュースを飲んでいる。


 何人かに一緒に踊らないかと誘われたけど、体調不良ということで断っている。


 この特別試験であたしが優先しなきゃいけないのは、正体を誰にも知られてはいけないこと。


 住良木麗音は緋色の幻影の裏切者。


 それを知っている者は、岸野先生が記憶操作の異能具で記憶を消された。


 最初はにわかには信じられなかったけど、2学期が始まってからの2週間でそれは本当だったのだと確信した。


 まず大前提として、住良木麗音が組織に属していたことすら忘れられているかもしれない。


 それならそれで、今後の学園生活を謳歌おうかするのに何の問題もない。


 そう、学園生活では何の支障もない。


 支障があるのは、あたしのこれからの立ち回り。


 このパーティー会場には、あの男も居る。


 存在を知られてはいけない、あの道化師の犬が。


 今もどこかで、牙を剥いて獲物を探しているかもしれない。


 その中で、もしもあたしの存在に気づかれたら……。


「大丈夫。記憶は消されているはず……あたしに気づくはずがない」


 そう頭に言い聞かせようとしても、心に染みついた恐怖が消えない。


 利用するためとは言え、彼との日常は死と隣り合わせだったのは言うまでもない。


 衝動に任せて躊躇ちゅうちょなく人を傷つけ、殺すことができる人間と共に居ることは、自分の命も何時失うかのリスクが生じるから。


 正直、彼と居る時は生きた心地はしなかった。


 思い出すだけでも、吐き気を覚えてきた。


 今もこのパーティー参加者の中から、『俺は覚えているぞ』と睨んできているかもしれない。


 講堂から出て女子トイレに向かっていると、周りからの視線すらも気持ち悪く思ってしまう。


 今は誰の助けも得られない。


 円華くんだって、どこに居るのかわからない。


 それなら、ずっとトイレにこもって身を隠していた方がマシ。


 トイレが見えてきて駆け込もうとすると、その前に男子トイレから出てきた乱れた髪の男子と目が合ってしまった。


 仮面はもちろんしている。


 だけど、隠す気のない狂気があふれ出ている。


 そして、あたしを見た瞬間に彼の足が止まってしまった。


 息を大きく吸う音が聞こえる。


「……すうぅぅ。おまえ、嗅いだことのある匂いしているな。甘くて……甘ったるい……吐き気するほどの甘ったるさ」


「……知らない。あたしは、あんたのことなんて……知らない」


「そうか、知らないか。なら、俺の勘違いかもしれないな……。こんな甘ったるい匂い、いだのは後にも先にもたった一人の女だけなんだけど……さぁ~」


 彼の仮面の奥の焦点の合っていない狂気を放つ瞳が、あたしを逃がさないというように視界に捉える。


「……知ってるんだよ、この匂いを。記憶に残ってるんだよなぁ……確かぁ……名前はぁ……」


 嘘でしょ……本当に岸野先生が記憶を消したなら、あたしのことを覚えているはずがない。


 あの人が、この狂人……内海景虎の記憶だけ消していないってこと?


 心の中で舌打ちをし、内海を無視して女子トイレに入ろうとする。


 しかし、その前に腕を掴まれて壁に身体を押し付けられた。


「……おまえの名前を聞いたら、その女のことも思い出すかもしれないな……。言えよ、じゃないと……」


 腕を掴んでいる手を逆の手で、首を掴んでくる。


「おまえの首をへし折ってやる」


「っ……!!」


 狂犬の殺意が向けられる。


 本当に、容赦なくあたしを殺すつもりだ。


「さぁ……言えよ。言わないと、死んじゃうよぉ?」


 徐々に首を絞める力が強くなってくる。


 ここで偽名を使っても、匂いを覚えられている時点でその場しのぎにしかならない。


 どうしたって、詰んでいる。


 ここは一か八かで、住良木麗音であることを明かすしかないの?


「あ……たし……は……っ!!」


「おまえたち、一体何してるんだ?」


 あたしが名前を言おうとした瞬間、遠くから怠そうな男の声が聞こえてきた。


 それを聞くと、内海の視線が男の方に向く。


「岸野……」


「先生を付けろ。そういうところは、俺の担任を外れても変わらないな……内海」


 内海はあたしから両手を離し、岸野先生に戦意を向ける。


「彼女はうちのクラスの生徒だ。暴れたいなら、非力な女子に代わって俺が相手になる」


「おまえはそんな玉じゃないだろ。何か企んだ上でここに来た。あるいは、何かを警戒して、俺を見張っていた。……そうだろ?」


「ほぉ、柘榴の下に着いて、考えることを覚えたのか。成長したな、内海。元担任として嬉しいよ。しかし、まだまだだな。深読みしているだけさ。本当にここに来たのは偶然以外の何でもない。煙草が吸いたくなっただけだ」


 白衣の懐から煙草の箱を取り出して言う岸野先生に、内海は距離を詰めて仕掛ける。


「おまえのその煙草の匂いは嫌いだっ……!!」


 そう言って右拳を振るう内海を、白衣をひるがえして闘牛の要領で回避する。


「諸突猛進な所は変わっていないな。攻撃が単調なところも。今日の所は手を出さずに見逃してやる。おまえも本調子じゃないだろう。俺に挑んでくるのなら、いつでも相手になってやる」


 目を見開いて殺意を押し殺している内海。


 唇を噛みしめ、血も出てきている。


 仮面の奥の瞳が一瞬だけ、本当に一瞬だけ蒼く染まったのが見えた。


 そして、落ち着きを取り戻した内海は何も言わずに、何事も無かったかのように講堂に戻って行った。


 2人で彼の背中を見ながら、小声で岸野先生に確認する。


「先生……内海のあたしに関する記憶は消したんですか?」


「もちろんだ。この学園に居る、椿たち以外の生徒、教師からおまえの記憶は消した。……だが、あの様子からして、内海の中で記憶は残っている」


「そんな……記憶操作の異能具は、完全に記憶を消せるんじゃ……」


「完全に記憶を消せるはずだった。しかし、俺たちはその認識を改めなければならないかもしれないな」


 岸野先生は不安を抱いているあたしの頭の上に手を置いた。


「安心しろ、内海のことは俺が目を光らせている。おまえに手は出させない」


「……先生、女子の髪を許可なく触るのはセクハラですよ?」


「あれれ、おかしいぞ~?今教師としてカッコいいことを言ったはずなのに、セクハラで訴えられそうになってる」


「先生がそんなことを言っても、似合わないからですよ」


「……超ショック。先生泣きそう」


 サングラス越しの先生の目からは、無表情で何も伝わらなかった。


 記憶操作の異能具『メモリーライト』。


 その本当の能力を、あたしたちはまだ気づいていないのかもしれない。



 ーーーーー

 瑠璃side



 この特別試験でのEクラスの敗北は決まっている。


 全ての敗因は私の統率力と偽装力の至らなさから。


 勝負が試験当日からとは、誰も言ってはいなかった。


 クラウチングスタートで、一斉に走り出すわけじゃない。


 勝負は準備期間から始まっていた。


 それを今後の教訓とするしかない。


 あの女のことに頭を働かせている余裕は、私には無かった。


 社交ダンスの時間は終わり、クラスで集まってスタッフから教えられたサイトにスマホでアクセスし、今回の試験でわかった他のクラスの生徒のコードネームと名前を解答欄にわかる限り書いていく。


 みんなもそれぞれアクセスして、自分の推理から導き出した答えを入力していく。


 これが無駄だとは必ずしも言えない。


 Dクラスと差が開くことはわかっている。


 それでも、もしかしたら、Dクラスとの差を少しでも埋めることができるかもしれないのだから。


 レッドアイズ……基、円華くんの偽物にさりげなく近づいて小声で話しかける。


「あなた、基樹くんなのよね?」


「……さぁ、何のことやら」


「クラスメイトにも隠している理由は何?円華くんはどこにいるの?」


 周りを見ると、あのベージュの髪をした美人の女装男子は居ない。


 意地でも正体を隠すつもりなのかしら。


 彼のこともそうだけど、恵美の様子が変なのも気になる。


 1人で影を薄めて、周りからわざと孤立している。


 どこか思い詰めているのが、仮面越しの表情でもわかってしまう。


「一体、何があったのかしら……」


「人のことよりも、今は自分の心配をした方が良いんじゃねぇの?」


「彼の話し方で話さないで。種が分かった後だと、見てて虚しくなるわ」


「……しょうがないっしょ。円華に俺に成りすまして参加しろって言われたんだから」


「やっぱり、円華くんからの命令だったのね。他のクラスの人たちは、気づいているのかしら」


「Dクラスの木島江利には、少なくとも偽物だってバレた」


「影の名が泣くわね」


「す、すいません、傷口に塩塗るの止めてください」


 周りの様子を確認すると、各クラスで動きが違う。


 私たちのようにまとまっているのは、わかっている生徒から見るにBクラスとDクラス、そしてSクラスだけ。


 他はバラバラで、それぞれで解答をスマホに入力しているのでしょう。


 CクラスとSクラスを見ると、それぞれの指令塔の姿が見えない。


 Sクラスのエリアを見ると、数が他のクラスの半分の人数しか居ない。


 今クラスをまとめているのは、おそらく石上真央ね。彼と当たらなかったのが吉だったのか凶だったのか。


「はぁ……それぞれのクラスの動き見てたんだけどさ。Bクラスは完全に守りに入ってた。形だけダンスしていたけど、コードネームは絶対に言ってなかった。雰囲気から名前はわかっていたけど、コードネームがわからなかったら意味ねぇよ」


「完全におちょくられていたってことよ。私はCクラスの知り合いと当たったんだけど、見てて可哀想だった。自分がどうすれば良いのか、全然わからないって感じで。多分、あのクラスは作戦とか立ててなかったんだと思う」


「SクラスもAクラスも、正攻法で来てた感じだったな。無駄に当てようとしないで、ダンスの評価だけに委ねたんじゃないかな」


 それぞれ、他クラスに対して思い思いの見解を話す。


 今までは積極的でなく受け身だったクラスメイトが、ちゃんと考えて観察していたことに驚きを覚えたと同時に、頼もしさも感じている。


 このクラスはもっと上に行ける。


 これから先、私1人の力では限界でも、みんなとなら。


 それでも、裏切者の存在を許すことはできないわ。


 何としても解決しなければならない問題。


 Dクラスのエリアから、坂橋くんが私を見て勝ち誇ったような笑みを見せているのがわかる。


 結果は重く受け止める。


 私が反省していると、基樹くんが小さく溜め息をつく。


「だから言っただろ。自分だけの思いで突っ走ったら、気づいた時に手遅れになるって」


「……もしかして、あなたは元から裏切者の存在に気づいていたの?」


 何も答えない基樹くん。それは無言の肯定としか捉えられない。


「今回はあなたが正しかったのね。あなたの言う通り、現実は残酷だったわ。これからは、疑う事も覚えなければいけないわね。完全に……私の落ち度だったわ」


 目が熱くなり、視界が滲んでしまう。


 私らしくもなく、悔しさで涙が出てきた。


「……いや、瑠璃は信じ続けろよ」


「えっ……」


 予期しなかった言葉に目を見開くと、こちらを見ずに基樹くんの言葉は続く。


「瑠璃は仲間を信じ続ければ良い。その代わり、俺は疑い続ける役を請け負う。それで良いだろ……多分、それが理想的なんだ」


「基樹くん……」


「俺は君をサポートする。俺なりのやり方でな。……その結果は、自分の目で判断してくれ」


 意味深な言葉を言い、彼はスマホに目を落とす。


 そろそろ、このパーティーでのクラスごとの合計獲得ポイントが掲示される。



 -----

 彰side



 笑いが止まらないったらないよな。


 勝負は既に決まっている。


 結果なんて、今更見るまでもない。


 DクラスがEクラスと圧倒的な差を開き、俺が自身の能力点アビリティポイントで『椿円華』という最高の駒を手に入れる。


 木島も何か企んでいたようだが、この際それはどうでも良い。


 俺はEクラスの狩野以外の全ての生徒のコードネームと名前をスマホの解答欄に書いていく。


 自身の正体を当てられた生徒は、当てた生徒に半分の能力点アビリティポイントを支払わなければならない。


 俺の起こす結果によって、Dクラスからは多くの信頼を勝ち取り、意のままに動く駒が増える。


 Eクラスの裏切者さん、感謝するよ。


 いやぁ~、椿円華くん、君が嫌われていることに感謝すべきか~?


 すべてを書き終え、解答欄の下の『送信』を押した。


 あとは結果を待つのみ。


 今からでも目に浮かぶ。


 Eクラスの不良品たちと、椿円華の絶望する顔が。



 -----

 恭史郎side



 俺の知る限り、全ての生徒の名前とコードネームをスマホの解答欄に記入し、『送信』を押した。


 今回の茶番では、軽くジャブを繰り出した程度だ。


 来るべき時のために、外堀を埋める。


 そして、椿の野郎を着々と追い詰める。


 あいつが過去の自分を利用したときは多少驚いたが、面白いとも思った。


 しかし、それがあいつの今回の敗因となった。


「椿……油断したな。俺はおまえの正体を知っているんだぜ?その本性もな」


 1人孤独にたたずみ女装している獲物を睨み、憎しみを隠しながら小さく笑う。


 さぁ、俺に見せてくれよ。


 俺に負けた時の、おまえの悔しがる表情を。


 おまえに敗北の味を教えるのは、この俺だ。



 -----

 基樹side



 そろそろ、特別試験の結果が出る。


 敵味方それぞれの想いが、策略が、結果となって現れる。


 その瞬間を待つ中で、今回の標的たちに少しだけ視線を向けた。


 抱く気持ちは特にない。


 やることをやれば、それはおのずと結果に出る。


 そこに感情移入はない。


 俺も円華も、この試験に対する目的はこの場に居る誰とも異なる。


 それでも、結果はクラスの今後に影響する。


 おそらく、この試験の終幕はある程度予想通りだろう。


 ポイント集計が終了したようで、ステージの上にマイクを持った間島先生が登壇する。


「それでは、今回の『マスカレードダンスパーティー』の結果を発表する。皆、スマホの画面を見てほしい。各クラスのポイントと、正体を当てられた者の名前を載せる。……念のため言っておくが、これは不正なく、公平な試験だということを肝にめいじてほしい」


 念を押しをされ、この場に居た1年生全員が結果を見る。


 クラスの獲得ポイントは、生徒1人1人の獲得したポイントを÷100して小数を切り捨てた数字だ。


 ---


 マスカレードダンスパーティーでの合計獲得ポイント



 Sクラス  10334pp

 Aクラス  8853pp

 Bクラス  7432pp

 Cクラス  4661pp

 Dクラス -32168pp

 Eクラス  43512pp

 Fクラス  5678pp



 ---



 俺たちEクラスの圧勝にして、Dクラスの惨敗。


 そして、見るべきはこれから行われるクラス間のオークションの名簿。


 その中には、誰1人としてEクラスの生徒の名前は書かれていなかった。


 もちろん、どこの欄にも椿円華の名前は無い。

この話のプロットを書いている時に聞いていたのは、『千載一遇来りて好機』です。わかる人、居るかなぁ……。


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