復讐者たちの対立
瑠璃side
ダンスのペアは他のクラスの男子でなければならない。
基樹くんが居ない今、欠席者が居ることで減点される可能性もある。
私がより多く仮面の下の正体を暴き、クラスに貢献しなければならない。
1人目の相手も、2人目の相手も一挙一動、言葉使いからも目星はついた。
次の相手は、長髪を後ろで束ねた青い仮面の男子。
「白いドレスって、清純そうで好きだな。スカイウォーカーで~す。よろしく」
「どうも、私はパープルです。楽しい時間にしましょう」
本当は知らない人と身体を密着させるのは嫌なのだけれど、これは試験。
私情を持ち込んではいけない。
ダンスをする体勢になると、演奏が始まる。
さっきはスローな落ち着いた曲だったけど、次はアップテンポの曲。
速いステップと、激しい動きが求められる。
まずはダンスに集中しようとしたその瞬間、彼はこちらの集中力を切らそうとしているのか話しかけてくる。
「君、1年だよね?どこのクラス?」
「それを当てるのが、この試験の目的でしょ?聞いたら負けだと思った方が良いわ」
「硬いなぁ~。もっとフラットにいこうよ、これはパーティーだぜ?」
「パーティーと言う名の、特別試験よ」
「あらら、これは話が平行線かな」
口元に笑みを貼り付けたまま、私の仮面を見てくるスカイウォーカー。
その笑みの中に、闇が見え隠れしているように見えるのは女の勘。
「残念だな。君のような可愛い子が、俺の敵に回っちゃうなんてさ」
「可愛いかどうかなんて、仮面をしていてでもわかるのかしら?」
「まぁね。だって、君————成瀬瑠璃でしょ?」
「……ぇ」
すぐには言葉が出なかった。
否定することを優先するよりも、言い当てられた衝撃が強くて反応するのに遅れてしまった。
その隙を逃がさず、スカイウォーカーは追撃してくる。
「どうした?何でわかったのかって?それとも、自分のどこかにミスがあったのかって分析しているのかな?安心しなよ。君には何の落ち度もない。君の偽装力は完璧さ。声色を変えて、口調も少し変えて、髪型も……少しフワッとさせてるね?いつもストレートなのに。それだけ正体を隠そうと頑張ったのに、俺みたいな奴に何で正体がバレたのか、知りたい?」
踊りながらも、口元に挑発的な笑みを向けてくる。
それに対して肯定も否定もしないでいると、彼は勝手にご丁寧に説明してくれた。
「君のお仲間から、俺に情報が入ったんだよね~。椿円華を追い出すために、クラスの情報をタダで売ってくれたんだよ」
「っ!?そんなこと、私のクラスメイトがするはずがっ……!!」
「はい、今の一言いただきました~。感情的にならない方が良いよ?今みたいに、自分で正体を明かしているようなものだから。でも、悲しいことに事実なんだよ。俺も君のクラスメイトに友達が居るから、優しく問いただしてみたらさ、その子たちの名前が手持ちの情報と一緒だったんだよね」
基樹くんの忠告が本当になるだなんて。
裏切りを想定した作戦をしなかった、私の敗因。
私が黙っているのが愉快なのか、彼は饒舌に語る。
「名前をあげようか?西野南ちゃん、彼女のコードネームは009。岡野香苗ちゃんはマジェスティック、下田ノエルちゃんはブラッククローバーでぇ……」
スカイウォーカーは嬉々として答えを言っていき、それを聞くしかないのが悔しい。
ここで否定しても、解答は全て相手が握っている。
100点満点の回答をしているのに、裏付けも取れているのに、どうやって誤魔化せば良いのよ。
私が今ここで、このスカイウォーカー……いいえ、この相手を挑発するような追い込み方から、彼が坂橋彰だという事はわかる。
でも、それを言ったところでEクラスのダメージは軽減されない。
1人の正体を見破った所で、私たちEクラス36名の正体を知られている以上、意味はない。無駄な足掻きになるだけ。
「この試験で俺たちのクラスは君のクラスから大量の能力点を得る。当然、椿円華の正体もわかっている。そしたら、ポイントで誰を買収すると思う?」
そんなことは聞くまでもない。
彼の実力は、1年の中では誰もが認めているのだから。
「椿円華さ。君たちは惨敗しながら、切り札を俺に奪われる。哀れだねぇ、可哀想だねぇ……クラスの中で徹底的に裏切り対策をしていれば、こんな結果にならずに済んだのに」
なおも追い込んでくる坂橋くんに、何も言い返すことはできない。
勝負の結果は始まる前から決まっていた。
私たちは、Dクラスに完敗した。
それを痛感していると、周りの歓声が一組のペアに集中していることに気づく。
そのペアを見ると、女子の方の雰囲気が誰かに似ていることに気づいた。
「……まさか……でも、私は何も……」
「何々、どうしたの?何か意味のない思わせぶりなことでも言う?」
あの女子が私の想像通りなら、私が何も知らないのは好都合だったかもしれない。
だって、女装してくるとは聞いていなかったから。
なら、あのレッドアイズは……彼を演じられるのは、彼の影だけね。
「確かに、勝負の結果は決まっていたかもしれない。でも、それがあなたの思い通りとは限らないわよ?坂橋彰くん」
「へぇ……負け惜しみを言う気力はまだあるんだ?」
これは願望に近いものかもしれない。
それでも、この後も続くパーティーを戦い抜く気力は蘇った。
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基樹side
何が悲しくて、こんなことをしなきゃいけないんだろう。
円華の変装をして、主の考えたダサい偽名を名乗って、なりきってダンスをして。
わざわざこんなことをしてまで、うちの主は何をするつもりなんだ?何も聞かされてないんですけど。
確かなことは、これが絶対に無駄なことじゃないってことだけ。
それだけを信じて、ただこの場で円華を演じるのみ。
一曲が終わり、ペアが交代する。
次はちょっとだけ小柄な女子か。多分、1年だな。
「どうも、レッドアイズです。よろしく」
「セラールと申します。よろしくお願いします」
ダンスの体勢に入り、一挙一動を観察してみる。
それを緊張していると取ったのか、セラールはクスクスっと笑う。
「ダンスは苦手ですか?」
「え?ま、まぁ……」
「そうですか。では、私がリードするので、それについてきてください。それくらいはできますよね?」
「……助かる」
円華だったら、こういう返答をするよな。
あいつって基本的になんでも興味が無いと淡泊だし、誰にでも基本的には素っ気ない態度を取るから。あと、親しい人には口が悪い。
初対面の人には……どうだっけ?大分あっさりしてた気がする。愛想笑いとかしてたか。
「いろいろと思考を巡らしているようですが、そんなに警戒しないでも良いのではないでしょうか?」
「……え?」
ダンスをしながら、彼女は仮面越しの上目遣いで目を見てくる。
「初歩的に見れば、目が泳いでいるのは動揺している証拠です。あなたは、この試験の中で絶対に正体を知られてはいけないと思っている。それがプライドによるものなのか、それとも使命感なのかは存じませんが、少なくとも私がペアであるこの約10分間はリラックスしてください」
「そう言って、こっちを油断させるつもりじゃないのか?」
「疑り深い方ですね。ですが、ご心配なく。この試験は単純に交流を深める場としか思っていません。私の目的は既に、試験が始まる前に完遂されていますから」
「目的?ポイントをかすめ取って、優秀な生徒をトレードすることじゃないのか?」
「それはできれば理想的ですが、予備のプランでしかありませんので。私としては、今回はただ害虫駆除作業を終わらせたいだけなのです。今後のために」
このセラールという女の仮面の奥の瞳からは、全てを意のままに操ろうとする支配欲を感じる。
強すぎるくらいの、自己実現の欲も。
おそらく、前の住良木麗音以上に楽園意識が高い。
どこかのクラスのリーダーか……それで1年で女子となると、選択肢は限られてくる。
しかし、ここはあえて黙っておこう。
そろそろ演奏も終わる。
どうにか乗り切ったと思って安堵の息をつこうとすると、その前にセラールがターンをしながらとんでもない言葉を口にした。
「これから、私たちはあなたのクラスを徹底的に攻撃させていただきます。その時はぜひ、あなたと戦いたいと思っています。その旨を、椿くんにお伝えください。椿くんの偽物さん」
「……嘘ぉ~ん」
素で俺個人の反応をしてしまい、セラール……木島江利は口元に面白がるような笑みを浮かべる。
つか、俺の変装スキルってそんなにバレやすかったの!?最近、自信失うような出来事ばっかりなんですけど!?
仮面の下で泣きそうになるのを耐えていると、木島が最後に別れ際にこう言った。
「最後に遅すぎる忠告をしておきましょう。Eクラスには裏切者が居るみたいですので、私のクラスに名簿の情報が筒抜けでした。今回の試験は、そちらは惨敗するでしょうね。ご愁傷さまです」
「うわぁお、それは驚いた。……ナイスな展開じゃん」
裏切者……ねぇ。
俺が忠告に対してニヤッと笑みを向けると、木島は一瞬軽く首を傾げたがすぐに次のペアと組んでしまった。
こっちも近場の人とペアを組んで次の曲が流れるが、途中から動きが止まってしまった。
ある1組のペアのダンスが常軌を逸脱していて、高校生のレベルじゃなかった。
それほどまでに、完成されたダンスだったのだ。
一瞬でわかった、あの長身の女は円華だ。
ーーーーー
円華side
社交ダンスはそろそろ終盤に入る。
残りの曲数も少ないことだろう。
今のところ、接触できたポーカーズはキングのみ。
理想では、ジョーカーやエースも目星を付けておきたいと思っていたんだけどな。
他にも、緋色の幻影に属している者の候補も決めておきたかった。
あとは、俺の家のことを知っている者も釣れるかと思ったけど……。
曲が終わり、次のペアを探していると、さりげなく人混みから近づいてくる赤髪の制服を着崩した男子。
もはや、こいつは隠す気がないよな。
男は近づいて来るや否や、俺の手を掴んで自身に引き寄せる。
「俺と遊べよ。嫌とは言わせない」
「あら、強引な殿方だこと」
あくまで女のように振る舞い、相手の腰に手を回す。
「良いでしょう。美女と野獣というのも面白いかもしれません」
「ほざけよ、オカマが。俺の目を欺けると思ってるんじゃねぇぞ」
見破られていることには、何となく気づいていた。
でも、流石にオカマは傷ついた。
「コードネームぐらいは、名乗っていただけませんか?」
「言った瞬間にバレるだろ。おまえのコードネームは既にバレているようなものだけどな」
「その根拠は?」
「名は体を表すという言葉があるだろ?お前の場合は、体が名を表している」
つまり言いたいのは、この女装した姿を見たからコードネームと名前が分かったということか。
そうなると、やはり信じたくない可能性が出てくる。
今回、過去の自分の姿を再現した理由は言うまでもなく、ポーカーズを誘い出すためだ。
しかし、それだけじゃない。
この男……柘榴恭史郎が過去の俺をどれほど知っているのかを確かめることも重要だった。
柘榴の情報を、ここである程度引き出す。
態度や言動から丸わかりだし、俺にも隠すつもりもないのだろう。
正体は気づかれても、コードネームは教えない。
もちろん、コードネームを名乗らなければゲームは成立しないが、俺の目的がゲームに勝つことじゃないことを柘榴は見透かしている。
そうでないと、取れない手法だ。
ダンスの最中に、柘榴はわざとリズムを崩して俺の足を踏もうとするが、さりげなく後ろに引いて回避する。
「おっと、悪い。ダンスは苦手でよ」
「わざとでしょ。ご心配なく、あなたがこの状況でできる小細工程度、全て何とも思ってませんから」
「言ってくれるな。確かに、身体的には無理みたいだな。だが、今のはちょっとした挨拶だ。俺はな、2代目。おまえに確認を取りたいだけなんだよ」
「……確認?」
仮面の奥の瞳は鋭い眼光を放つ。
「おまえは今まで殺してきた人間の顔を、覚えているのか?」
「殺しに来て返り討ちにした人間の顔なら、何人かは」
「無慈悲に殺した無抵抗な人間のことは?」
「……何が言いたい?」
「わからないか?おまえは、何の罪もない人間を殺した罪人だって言いたいんだよ」
罪人……確かに、俺は多くの人間を殺してきた。
それに理由を付けて否定するつもりはない。
どんな大義名分があろうとも、人間が生きていく上で最も許されないことを犯した。
時には無慈悲に、時には悲しさと虚しさを隠しながら。
たった1度だけ絶望感に苛まれ、自分の無力感を痛感しながら鉄槌を下したこともある。
柘榴は知っているんだ、俺の血塗れの過去を。
踊りながらも、柘榴の語りは続く。
「おまえのことは、この学園に入る前から知っていた。桜田家の汚れ役を担当する暗殺一家椿家の養子で、椿涼華の命令以外は聞こうとしない問題児。できるのは、心酔している姉からの命令で人を殺すことのみ。殺しをするときも、あくまでも彼女からの命令が無ければ実行できない。自分の意思では何もできない最強の暗殺者。その頭角は、幼少の頃から出てきていた。今から12年前の夏に……」
ちょっと、待てよ。
そのことを知っているのは、ごく一部の人間だけだ。
それなら、こいつはまさか……。
「おまえは、桜田家の関係者だったのか?でも、集会に柘榴なんて苗字の分家は居なかった」
「そんなのはどうでも良いだろ。今重要なのは、俺がおまえの秘密を知っていると言う事さ。元軍人というだけでなく、最強の暗殺者だと知られれば、おまえの周りの人間は果たしてどう思うかねぇ。……いや?おまえの正体が変な能力を持つ怪物だと知ったら……想像するだけでも恐ろしい」
やはり、こいつは俺の能力のことを知っている。あの夏のことを知っていれば、当然だ。
「その情報を広めてどうする?俺は元から交友関係は狭いんだ。そして、幸か不幸かその中には既に俺の正体を知っている者も存在する。意味のない行為だ」
「わかってねぇなぁ。何もおまえを陥れるためだけに情報を流すわけじゃねぇんだよ。確かにおまえは何のダメージも受けないかもしれない。しかし、おまえのせいでどれだけの人間への疑いがかかると思う?学園中の奴らから化け物の仲間だって言われるかもしれない。もしかしたら、そいつも化け物と思われるかもしれないなぁ」
柘榴の挑発的で面白がるような笑みの先に、俺を苦しめたいという欲が見え隠れしている。
もっと苦しめ、もっと嘆け、辛苦の表情を見せろっと。
仮定の1人語りは続く。
「挙句の果てには、おまえの仲間を全員惨殺するかもしれない。身体を八つ裂きにし、怪物の末路を世間に晒すかもしれない。おまえみたいな人間の皮を被った怪物と関わるだけで、その正体を握る俺みたいな人間がいるだけで、最悪の未来予想図が完成するのさ。どうだ?自分の存在のせいで、人間が死ぬかもしれないんだぜ?どんな気分か教えてくれよ、2代目赤雪姫!!」
精神的に攻撃してくる柘榴。
それによって怯むほど、こっちの心は弱くない。
逆に今、こいつに感謝しているくらいだ。
もう、俺の中で柘榴恭史郎という男はポーカーズと同じ部類に入った。
「おまえの言う通りの未来があるかもしれないな。おまえが俺を倒すために、怪物だと言いふらすかもしれない。疑惑はさらなる疑惑を生み、拡大し、不安を増幅させる。だけどな……」
柘榴と仮面を隔てて目と目を合わせ、敵意を向ける。
「早めにおまえを叩けば済むことだ」
この男が言っているのは、あくまでも仮定の話だ。
椿円華が化け物だと言いふらした所で、何の証拠も無ければ幼稚な戯言になる。
こいつは俺を精神的に追い詰め、人前で化け物の力を使わせるつもりだ。それが決定的な証拠となるのだから。
「良いねぇ。おまえが俺を敵と見る日を待っていたんだ」
憎しみと狂気を含んだ眼光を正面から受け止める。
ここから先、柘榴は本格的に俺を追い込みに来るだろう。Eクラスのみんなを陥れるための策を練ることだろう。
要するに、俺次第ってわけだ。
ポーカーズ以外のターゲットが増えただけ。
これまでと変わらない。
守って潰すだけだ。
まずはこのパーティーで、おまえに苦汁を舐めさせてやる。
次回、マスカレードダンスダンスパーティー開催
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