裏切りの名簿表
昼休み。みんなの時間を割いてもらい、成瀬が微調整してから名簿表を黒板に貼りだす。
そこに書いてあるのは、クラスメイトの名前と舞踏会で使うコードネーム。
「みんなのコードネームが決定したから、クラスのみんなで共有しましょう。みんなの希望通りにしたつもりだけど、ミスがあった場合は教えて。何のミスも無ければ、これを清書に書いて当日に提出するわ」
名簿表は確か、教室の中に保管してあるんだっけか。
彼女の声が届いているのかいないのか、クラスメイトは自分のコードネームを確認した後に他の人のそれを見て笑い合う。
「おい、ダークソウルイーターって厨二じゃん、山下!」
「キャットシーって受ける~~」
「スノーマンって、ぽっちゃりの杉野まんまじゃん」
「な、何だよ!それを言ったら、萩原だってスマートキングってダサくね!?」
みんながスマホで名簿の写真を撮る中、教室の後ろで突っ伏している俺。
それを気にしてか、誰かが勢いよく背中を叩いてきた。
「痛っ!!……誰だ?」
伸びをしながら身体を起こして隣を見ると、川並が「よっ」と手を軽く上げて挨拶してきた。
「名簿表見なくて良いのかよ?」
「良いよ。変に目立ちたくねぇし」
「あいつらに近づくためにも、ネタになるんじゃねぇの?」
「……自分のコードネームを見られるのが恥ずかしい」
「何だよ、それ?そんなの、みんな一緒だろ、バカ」
呆れ顔で川並に言われるが、どうしても今は気乗りしない。
何よりも、自分のコードネームをツッコまれたくない。
川並が群れに戻るのを見送り、黒板を遠目で確認すると、基樹のなんて「ゴールドハンター」って変な名前だし、麗音は「ウルフガール」、成瀬に至っては「パープル」とシンプル過ぎる。
久実の「フルーティーダイナマイト」なんて、意味がわからない。フルーツと爆弾に何の因果関係があるんだよ?
恵美のを探してみると、名前を見て思わず吹き出してしまい、後ろでまだ爆睡している彼女を見る。
「ゲームチャンピオン」ってマジかよ……。
「おーい、非行少年。名簿表見たけど、あれは無くね?どうやって収拾付けるつもりだよ?」
「俺の個人的な問題だ。おまえには、成瀬のサポートを頼んだだろ?こっちはこっちで動くから、そっちはそっちで頼む」
「横暴に言ったら、『おまえは俺の言う通りに動けば良いんだよ』ってやつ?」
「狩野基樹って男は、俺が何か言わないと動けないのか?」
軽く目を細めて挑発的に言えば、基樹は軽く両手を上げて溜め息をつく。
「はいはい、からかってごめんなさいねっと」
スマホを取り出しては、名簿の写真を撮る基樹。
「とりあえず、いろいろと気を付けろよ?どこで誰が動いているのか、わからないわけだしさ」
「それはお互い様だろ。誰かに脅されでもしたら、おまえは口が軽そうだからな」
「うわぁお、信用度低っ!悲し~~」
ヘラヘラ笑う基樹を見て、俺も悪い笑顔になってしまった。
基樹はスマホを見ると、一瞬目を細めた。
「どうした?」
「ん?あぁ、ちょっと放課後に女子から呼び出しくらっちゃった。モテる男は辛いね~」
「あっそーかよ」
「ちょ、ちょっと軽くあしらわれるのは傷つくんですけど!?」
はぁ、今日も元気だ、基樹はうるさい。
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彰side
坂橋彰。
Dクラスの司令塔の1人と思われている俺だけど、正直、その席は全て木島江利に譲っても良いと思っている。
何故なら、クラスのことなんてどうでも良いからだ。
生徒会に入ったのだって、その分能力を評価されやすいと思ったからだし、石上みたいに学園の風紀がどうとか考えたことも無い。
俺は自分1人が最終的にSクラスに上がれれば、それで良い。
そのためだったら、誰の上にも立ってやるし、誰の下にもついてやる。
さて、今回の問題はターゲットをどう料理するかだ。
放課後、隣のEクラスの終礼が終わるのを見計らって教室を出ようとすると、いかにも男遊びが多そうなバカな女が近づいてくる。
「彰くん、もう帰っちゃうの?」
「ああ。悪いね、宮田。今日はちょっと用事があって、遊べそうにない」
「えぇ~、カラオケ行こうって約束したじゃ~ん」
うるさいなぁ。おまえ如きが俺の貴重な時間を削るなよ。
おまえは俺よりも、見栄張っている不良気取りの男がお似合いだ。
「ごめんごめん。今度行こう、今度」
平謝りをしながら教室を出て、隣のEクラスをさりげなく見れば、まだターゲットは中に居て帰り支度をしている。
成瀬や住良木、川並などのほとんどの男女が机を後ろに押して教室を広々と使えるようにしている所から、これから試験での社交ダンスの練習でもするつもりだろう。
その中で、俺の……いいや、各クラスのターゲットはそれに参加する様子もなく教室を出て行った。
こんな幼稚な練習会に参加しなくても、自分は完璧に踊れるということか。
本人は今、自分が複数のクラスから狙われているなんて微塵も思っていないんだろうな。
さりげなく後ろを気づかれないように追跡する。
接触はしない。
何故なら、接触しても警戒心を向けられるだけだからだ。それでは、ボロを出さない。
木島は正面切って戦うスタイルだが、俺は違う。
日々相手を観察し、使える駒となるかどうかを判断した後に2つの選択肢の内の1つを選ぶ。
使えるのならば、相手の心の隙に付け込んで自分の所に引き寄せる。
使えなければ、使えるとしても利用しようとすると支障があるのであれば、駒を使って沈める。
ターゲット、椿円華は優秀だ。
それでも他のクラスともなると利用するのは難しい。
しかし、こちらに引き入れる手段はある。
1つは、彼と木島が衝突した時にわざと手を貸すことで能力点を上げさせ、Dクラスに上がらせる。
しかし、これではリスクが高い。
それなら、どうするか?
既に利用できる奴には、もう動いてもらっている。
今回の特別試験を利用するのさ。
椿円華をDクラスにこの俺がが引き入れ、その恩義でこちらの強力な駒とする。
木島やBクラスの柘榴は椿を潰そうとしているようだが、あいつらは物の価値がわかっていない。
彼は潰すべきではなく、俺のために利用するべきなのさ。
追跡を続けていると、椿は周りを見て雑貨屋に入って行く。
俺も時間差で入ろうとすれば、店に入ろうとした瞬間にスマホの通知バイブが鳴った。
「っ、何だよ、こんな時に……」
舌打ちしてスマホを見れば、メール通知が来ていた。
それも知らないアドレスだ。
怪しいと思いながらも開いて見ると、そこには怪しさ丸出しの文章と添付データがあった。
『あなたのクラスメイトから話は聞きました。
あなたたちに協力します。
どうか、椿円華を私たちのクラスから追い出してください』
添付ファイルを開くと、そこには1つの写真が映っていた。
黒板に貼りだされた、Eクラスの生徒の名前と今回の試験で使うコードネームが書かれた名簿表だ。
「……どうやら、天は俺に味方しているって感じかな~?」
誰にも見られないように俯き、ニヤケ顔が止まらない。
気づかれないように椿を見ると、彼は誰かと呑気に電話をしながら何かを探しているようだ。
もちろん、この写真に信憑性はないので確認は間接的にでも取るつもりだ。
それでも、椿が哀れに思えて仕方がない。
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瑠璃side
社交ダンスの練習を終えた後、クラスのみんなは解散し、残るのは住良木さんと私だけ。
彼女には、私のためにわざわざ残ってもらった。
「悪いわね、住良木さん。ダンスの練習の後なのに、私に付き合わせちゃって」
「ううん、良いよ。でも、珍しいよね。成瀬さんが私と話がしたいって」
「あなたにしか、確認できないことなの。……場所を変えましょう」
帰り支度を済ませ、寮の私の部屋に2人で入る。
ここなら、監視カメラは無いから誰にも聞かれることはない。
彼女をリビングに通して、キッチンでお茶とお菓子を用意する。
「成瀬さんの部屋って初めて来たけど、本が多いんだね」
「いろいろな知識を得るのが好きなのよ。小説もそうだけど、ノンフィクションノベルやドキュメントも読むわ」
「資格の本もある……将来何をするとか、もう決めてるの?」
「決める……ね。自己決定ができるようになったのは、この学園に入ってから。それまでは、ずっと母親の言う通りに生きてきたの」
「お母……さん?」
訝し気な表情をする住良木さんからは、疑問が浮かんでいることしか伝わらない。
これが演技なのか、それとも組織の中でも彼女には知らされていなかったことなのか。
テーブルにティーカップを2つ置き、彼女と対面する形で座る。
「住良木麗音さん、緋色の幻影の一員だったあなたに、聞きたいことがあるわ」
組織の名前を出すと、住良木さんの表情が変わった。
人当たりの良い陽気な女子が消え、彼女の本性が表に出る。
目から光が消え、警戒心を向けられる。
「あなたのそんな顔、初めて見たわ。やっと、本当の意味であなたの言う『友達』になれそうね」
「それはこれからの話次第でしょ?質問によっては、あたしは成瀬さんを嫌いになるかもしれない」
「緋色の幻影のことに深入りするようなことを聞くつもりは無いわ。これは、私の家族の問題なのだから」
「家族?あたしに聞くってことは、組織と関係があることなんだよね?」
住良木さんは目を細めて、軽く手を組んだ。
それは威圧されているとも取れるけど、それで引けるわけがない。
「私の母、成瀬沙織は緋色の幻影の一員……それも、上級階級に居る。違うかしら?」
「成瀬……沙織ってっ…!?」
名前を聞いただけで、住良木さんは驚愕の表情を浮かべると同時に目が泳ぎだす。
それがもう、全てを物語っていた。
「知っている……のね?」
「う、うん。組織の中でも、運営面で多大な信頼を得ている女。何時から属していたのかは不明だけど、彼女のカリスマ性は人を動かし、すべての組織の事業を成功に導いてきた。この才王学園だって、本当だったら成瀬沙織が学園長をするはずだった。だけど……」
「だけど……何かトラブルがあった?」
「そう。いきなり、学園が始まる3か月前に彼女は自身ではなく、義理の父にあたる成瀬さんのお祖父さんを学園長の座に着かせた。理由はわからないけど、彼女の計算を狂わせる事態が起きたとしか考えられない」
「そう……だったのね」
やはり、あの女は人を人とも思わない組織に属していた。
この前、円華くんから緋色の幻影の話を聞いた時から気づいていたこと。
あの女と私の関係には亀裂ができていたけれど、それが砕けて溝ができた。
自分の母親と言えど、彼女は間違っている。
何もかも自分の選択が正しいと思っている女だけれど、その根本はドス黒い闇。
私の中で、母親に向ける感情が軽蔑に加えて敵意が増える。
成瀬沙織と向き合う時が来るとすれば、それは敵対する時。
「私は……あの女を否定する」
そして、あの女よりも自分の選択が正しいと証明して見せる。
それが、あの女の娘としての攻撃となる。
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円華side
マスカレードダンスパーティーまで、残り1週間を切った。
Eクラスでは放課後、日々社交ダンスの練習に明け暮れている。
その中にたまに恵美や麗音、久実も参加して上達が見られるが、基樹に関してはずっと女子の足を引っ張…いや、踏んでばかりだ。
「痛っ!もう狩野くん、また足踏んで~~」
「ごめんごめん。足が上手く運ばなくてさぁ。おっかしいなぁ、俺ってこう見えて器用なはずなのに」
「狩野くんが器用な所なんて見たことないんだけど?」
「そ、それは酷くないか?楓ちゃん」
大倉とぎこちなく踊る基樹を後目に、あいつに対する成瀬の視線が疑惑を含んでいる。
その踊りの下手さも演技じゃないのかという目だ。
疑り深いな。
時間が4時を回るころ、教室を出て廊下を歩いていると、いつも通り後ろを付けてくる奴らに気づく。
Dクラスの坂橋彰に、Fクラスの女子……名前は知らない。おそらく、女子の方が柘榴の差し金だろう。
毎日、放課後になると追跡されていることには気づいていた。
視線が痛過ぎるんだよ。
まぁ、こっちに注意が集中している間、成瀬たちに邪魔が入らないのなら別に構わないと思っていたから放っておいた。
しかし、今日はそうはいかない。
「……撒くか」
曲がり角の多い場所を選んで気づかれないように速足で歩き、丁度そのまま目的の場所にノックもせずに入った。
「うわっ!……び、びっくりしたぁ……」
突然の入室で驚いたのは、Aクラスの和泉要。
「ノックしてから入れよ、椿」
「まぁまぁ、何か急がなきゃいけない事情があったのかもしれないでしょ?あっしー」
注意してくる岸野先生と、Aクラスの担任である坂本先生。
場所は監視カメラが設置されている選択教室だ。
「全く、呼び出して集めた本人が最後に来るとはどういうことだ?」
岸野先生が腕を組みながら半目を向けてくる。
「すいません。ちょっと追跡されていたので、それを撒くのに時間がかかりまして」
「そう言う事なら、大目に見ないでもないが。……俺たち教師を呼び出してまで、一体何をするつもりでいる?」
「1週間後のダンスパーティーに向けて、ある準備をしたいだけです。まぁ、個人間のことだったら裏切られる危険もあると思うので、先生たちには立会人になってほしいのと……できれば、許可が欲しいんです」
「僕たち教師の許可が必要なことなのかい?何だか面白そうだねぇ~」
坂本先生は興味津々と言った顔をするが、岸野先生は「また面倒な……」と呆れた顔をする。
「それで……私はどうすれば良いのかな?椿くん」
和泉の問いを待っていた。
ここからが本題だ。
これはクラスは関係なく、俺個人が起こす復讐のための作戦の序章。
「和泉……Aクラスと俺個人で、取引をさせてくれ」
この1週間後の試験当日。
全学年、全クラスが参加する嘘だらけの仮面舞踏会で、最後に笑う者は果たして居るのか。




