データファイル
円華side
誰も居ない職員室に入り、待ち人を待つ。
時間はそろそろ4時を回る。
例の茶会が始まるころか。
俺の与り知らぬ所で何が起ころうと、それはそちらで対処してもらうしかない。
大丈夫、成瀬と恵美がそう簡単に追い詰められるはずがない。
左耳に着けているイヤホンに意識を集中させていると、扉が開いて岸野が入室してくる。
こちらの存在に気づくと、露骨に嫌な顔をして溜め息をつかれた。
「おまえ、勝手に職員室に入るなよ。注意されるのは担任の俺なんだぞ?」
「すいません。どうしても、先生に聞きたいことがあるんです。時間作ってください」
「またか……。この学園は基本的に質問はせず、自分の力で答えを出さなければならないっていう暗黙のルールがあるんだがな」
「それなら、俺の確認作業に付き合ってください」
「確認作業…?」
自分のデスクに着き、岸野は頬杖をついて俺を見る。
本当だったら、確認作業ではなく、この男を問い詰めなければならないことがいくつもある。
しかし、夏休み明けの学園の監視カメラが作動していないはずがない。
目だけを動かして天井を見れば、カメラが捉えている。
だから、組織が無視することができる取り留めもないことにする。
それでも、こちらにとっては重要なことだけど。
「先生は昨日、ポイントを使ったクラスメイトの交換は特別試験でないとできないと言った。だけど、それはポイントに限った話ですよね?」
「確かに、ポイントで取引ができるのは今回の特別試験の間だけだ。それがどうした?」
「裏を返せば、能力点以外の取引だった場合は無期限ってことになる。柘榴はその仕組みを知っていて、内海をDクラスからBクラスに上げた。そう言うことなら、謹慎中のあいつがいきなりBクラスになっていることにも説明がつく。内海が自力で力を示したのではなく、柘榴の力を示すために内海が利用されたんだ」
「……俺が何を言っても、信憑性はないだろう。自分の目で確認しな」
岸野はデスクの棚から1つのファイルを取り出し、俺に渡す。
それはBクラスのデータが記されており、柘榴のページを開く。
「こんな情報、俺に見せても良いんですか?」
「問題ない。それは7月と8月の情報だ。1か月も経てば、成長期のおまえらはプラスにもマイナスにも変化する。それに、それはあくまでも能力推移であって、信憑性はない。在ってないようなものさ」
「つまり、大半は使えない情報ってことですか」
データに目を通すと、能力点を見て目を疑った。
「これ……データ、バグってません?」
「ポイントと金についてだけは正確だぞ?確実に記載できる数少ないものだからな」
だとしたら、これは普通に考えたらおかしい。
柘榴恭史郎の能力点 504532ポイント。
もうAクラスを通り越して、Sクラスに上がっていてもおかしくない。
それなのに、どうしてBクラスに残っているんだ?
いや、そんなことを考えていても仕方がないか。
隅から隅まで確認すると、1つのデータに大きな変化が見える。
「7月の所持金は35万6324だったのに、8月には2万8563になっている。いくら何でも、無駄遣いしすぎじゃないか?」
「柘榴がそんな、趣味やくだらないことで金を浪費するように思えるか?」
考えられない。
1度会っただけだが、あんな憎悪に満ちた目をする男が無駄なことに金を使うのを想像すらできない。
それなら、意味のある買い物をしたということになるか。
「そうか。柘榴が使ったのは、財力だ。あいつは金で、学園側と取引して内海景虎という人間を買ったんだ」
「そう言うことだな。全く、なんてことを思いつくんだか。人を物として買うなんてことを思いつくのは、精神が歪んでいる証拠だ」
「……そうですね」
柘榴の精神は確かに歪んでいる。
しかし、その歪みを生み出した原因がわからない。
あの柘榴の態度から、俺と関係がある何かだとは察しがつくが。
内海がBクラスに上がった理由がよくわかった。
これで今ここで知るべきことは知れたと言っても良い。
情報は過去のものだろうと知っているに越したことはない。
誰のとは決めずにでたらめにページをめくっていると、やはりBクラスの生徒はいろいろな面で秀でている者が多い。
戦闘力と知識力のバランスが取れている。
そんな者たちを、柘榴は1人でまとめているのか。
昨日出会った金本蘭のページを開くと、戦闘能力は特出しているが、それ以外は平均値を少し上回っている程度なのが、レーダーチャートから見て取れる。
戦闘民族ではあるが、本当のアホではないらしい。
全てのページを見終わると、ある違和感に気づいた。
「有野春見のデータが無いんですね。確かBクラスだったはずだけど……」
記憶泥棒のことを知られたから、緋色の幻影に消されたか?
いや、記憶泥棒に関しては柘榴の仕業で、組織は関係なかったはずだ。
第一、彼女にはもう記憶泥棒に関する記憶はない。
組織の手が回っていないにも関わらず、データがない理由は……。
「彼女は自分から、Fクラスに降格することを申請したんだ。今はFクラスの生徒になっている。まぁ、誰かに降りるように脅迫された可能性はあるがな」
「そうですか……自分から。Fクラスの彼女のページだけ、見せてもらえますか?」
「勝手に見ろよ」
拒否せずにすんなり見せてくるあたり、本当に過去の情報に意味はないんだろうな。
それでも、確認して見つかることもあるかもしれない。
Fクラスのファイルから有野のページを見つけ出すと、やはり発見があった。
有野のデータの中にも起きている、大きな変化。
これは使えるかもしれない。
「……有野が降格申請をしたのは何時のことか、知ってますか?」
「彼女が職員室に来て、Bクラス担任の牧野先生に会ったのは先月の25日だった。多分、その日に渡したんだろう」
「牧野先生って、その日の内にできた仕事は当日に終わらせる人ですか?」
「まぁ、面倒事を後に回すのは嫌いな人だからな。そういう人だというイメージで合っているはずだ。それがどうした?」
「いいえ、別に」
薄く笑みを浮かべて言えば、岸野先生は引きつった顔をする。
「おまえの笑みを見ると、嫌な予感しかしないんだがな……。悪知恵を働かせるなよ?おまえが動く度に、ここでの俺の肩身が狭くなるんだ」
「そうだったんですか、すいません。でも、安心してください。俺はもう、表立って何かをするつもりは毛頭ないですから」
ファイルを返却して「それでは」と言って退室しようとすると、最後に「おい」と呼び止められる。
「おまえ、今回の試験では何もしないつもりか?」
「……どうでしょうね?」
自分でも自覚するほどの悪い笑みを見せ、礼をしてから退室する。
収穫はあった。
あとは利用する相手を決めるだけだ。
左耳に手を当て、歩きながらイヤホンに再度意識を集中させた。
ーーーーー
瑠璃side
演者はそろった。
この円卓の席についているのは、間違いなく油断できない相手ばかり。
頼れるのは、今隣に居る恵美1人。
私たちが現れた瞬間、既に席についていた猛者たちの視線を集めたのは私や和泉さんでもなく、彼女だった。
それは一瞬の出来事だったけれど、見過ごさずに気づいたことは好機かもしれない。
鈴城さんも柘榴くんも、恵美の存在を認識した。
第一関門はクリアしたと言っても良い。
鈴城さんは顎を引いて、恵美と雨水くんを怪訝そうな顔で見る。
「最上恵美と雨水蓮……。おまえたちは、招待していないはずだが?」
「俺は要お嬢様の執事として、ここに居る。一切の口出しをするつもりはないので、頭数に数える必要はない」
「結構、それでは雨水はここに居ることを認めよう。では、そこの小娘はどうだ?」
小娘と呼ばれて恵美は一瞬だけムッとした顔になったけど、すぐに無表情に戻って返答する。
「椿円華の代理で来たんだけど、問題ある?」
「代理制度は設けていないのだ。早々に退去しろ」
「あんたの命令に従う必要ある?」
「主催者は私だ。私の許可なしにこの場に居られるわけがない」
「私を追い出すってことは、あんたにはこの場に私が居ることの意味がわかっていないってことだよね」
「……どういう意味だ?」
頬杖をついて聞く鈴城さんに、恵美は円卓の席について目を見て言う。
「私に答えをすぐに求めても良いの?自分で答えを出した方が、今後のためじゃない?」
「……っフ、そうさせてもらおう。退屈しのぎにはなりそうだ。よろしい、茶会に出ることを許可しよう」
「わかった。仕方ないから、参加してあげるよ」
恵美と鈴城さんは互いに5秒ほど視線を合わせ、同時に目を逸らした。
まさか、恵美がSクラスの女帝に対して挑発をし、その上でこの場に留まることを許可させるとは思わなかった。
強い精神力を持つ彼女だからできる話術かもしれない。
鈴城さんが恵美の挑発的な問いの答えを聞いてしまえば、それは彼女に知略の上で小さな敗北をしたことを意味する。
例え小さなものでも、その状況を敵対関係にある他のクラスの面々に見られたとしたら、それは女帝の名に傷がついてしまう。
そんなことは、鈴城さんも気づいているはず。
それなのに、どうして彼女はわざわざ聞き返したのかしら。
ちなみに、恵美がこの場に居る意味というのも私は円華くんから聞かされていないし、彼女からも彼の代理で行くとは聞かされていない。
結論から言えば、今のはただのブラフでしょうね。
この場に居る私以外の全員に、椿円華が最上恵美を使って何かをしようとしていると思わせるために。
すべての警戒心を、少しでも私から自分に向けるのが目的で。
私は周りに聞こえないように小声で、意図を理解していることを伝えるためにこう呟いた。
「ありがとう、やりやすくなったわ」
恵美はこちらを見ずに、ただ小さく頷いてくれた。
2人の今のやり取りを見て、空気を読まずに耳障りな高笑いをする人物が居た。
「ハハハッ、これは面白い余興を見せてくれたものだよ、ミス鈴城にミス最上。しかし、ミス最上がミスター椿の代理と聞いて、この茶会に対して私は失望しているよ。彼が参加するかもしれないと思って、私もこんな庶民の営む低俗な茶会に参加したというのにねぇ」
「低俗か。それは申し訳ないことをしたな、ウィルヘルム。貴族ならば、どのような階級の茶会でもそれ相応の振る舞いで臨んでくれると思っていたのだが……。よもや、私の期待外れだったか?」
鈴城さんが幸崎くんに薄く笑みを向けると、彼は腕を組んで胸を張る。
「ふむ……。まぁ、しかし?美しいガールが開く茶会というだけでも価値はあるかもしれないねぇ。私は私なりに、貴族として庶民の茶会を楽しむとしようかな」
「是非、そうしてくれ。庶民の茶会にも、面白みはあるものだぞ?今後の参考までに、よく観察していくと良い」
「では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」
幸崎くんはティーカップを持っては口に含んで髪をかき上げて様子を見るかのように周りを見渡した。
傲慢な言動受けながらも、鈴城さんは幸崎くんをすぐに抑えた。
タイミングを見計らったかのように、坂橋くんが手を上げる。
「椿は来ない……か。Fクラスからは、誰か呼んだの?」
「いいや。他のクラスの下僕になった者たちなど、取るに足らない。招待したのは、私が認める有力者だけ。彰、おまえも椿に会いに来た口か?ちょうど下のクラスだな」
「え?まぁね。気にならない方がおかしいでしょ?」
それを受けて、柘榴くんがクフフッと不気味な笑いをする。
「そこの似非貴族や長髪野郎と違って、俺は椿円華が居ようと居まいと関係ないぜ。ここに居るクズどものアホ面を拝みに来ただけだからな」
「クズとは承服しがたい言い草ですね、柘榴くん。あなたはどうか存じませんが、あなたの隣に座っている内海くんは、椿くんの名前を聞いた瞬間に暴れたくて仕方がないという意思が溢出てますが?」
木島さんが手を使って全員の視線を促せば、内海くんの身体が震えている。
彼は今、後ろで両手を手錠でかけられており、暴れたくても暴れられない状況になっている。
「椿……椿ぃい……っ!!」
癇癪を起こしそうになっている内海くんの髪を後ろに勢いよく引っ張る柘榴くん。
「落ち着けよ、景虎。ここにあいつは居ない。また暴れようとすれば、あいつを殺す機会を無くすぜ?」
「うぅぅ……わかった、恭史郎。我慢……する……」
内海くんの暴力的な戦闘力は1年の中でも最も高い。
そんな彼をBクラスに引き込み、飼いならしている柘榴くんの実力も相当のものと認めざる負えない。
飼いならす餌は椿円華への猟奇的なまでの殺意。
彼個人に対して何かしらの敵意を向けている柘榴くんと、殺意を抱く内海くん。
組ませて危険を体現したような2人。
そして、柘榴くんの言葉はその場に居るほとんどの者の意識を彼に向けさせた。
「椿円華を殺す……か。確か、この場に居る全員はあの男と会ったことがあるらしいな。どんな男なのか、人柄を教えてもらえるか?」
鈴城さんに話題を振られ、最初に印象を話したのは和泉さんだった。
「私は他のクラスだけど、椿くんは普通に接してくれるよ?普通に良い人だと思うな」
「そうでしょうか?私は彼には悪い印象しかありません。1学期にDクラスにいきなり来た時は、私のクラスメイトが2人も負傷させられましたから」
「ふむ……ミスター椿は面白いボーイさ。私には及ばないが、それなりに強者の風格がある。私の予想の斜め上を行くスタイルは、実に見ていて興味深いねぇ」
順番に言っていくのかと思えば、柘榴くんは何も言わなかった。
それでも、私たちをバカにするように顎を突き出して見下ろすように椅子に踏ん反り返っている姿は、態度でこう言っているようだった。
『何もわかってねぇなぁ』っと。
坂橋くんは「わかんないねぇ」の一言で終わり、内海くんは言うに及ばず、自然と流れは同じクラスである恵美と私の順番となる。
ここで露骨に円華くんの情報を出すのは、今後は目立つことを避けようとしている彼の計画に支障をきたすかもしれない。
そうは言っても、隠せば余計に今後の彼への注意を集めてしまう。
どちらが、ダメージが小さいのか。
沈黙も許されない状況の中で私が正しい選択を導き出そうとしている間に、恵美が口を開いた。
「ここに居る人はみんな、この場に居ない円華のことを知りたいみたいだけど、私にも知りたいことがある。それを話してもらわなければ、何も言う気はない」
「知りたいこと?あなた1人の疑問を解消する時間が必要でしょうか?議題は既に、椿円華の話で固まっています」
「私1人の疑問?本当にそうかは、聞いてから判断してほしい。何も話題を逸らそうとしているわけじゃない。答えてもらえれば、すぐに話は戻すよ」
恵美はまっすぐに鈴城さんを見て、鋭い眼光で聞いた。
「あんたはさっき、欠席者は2人と言った。円華以外にもう1人居るんだよね?誰なのかを教えて欲しい」
確かに誰も触れなかったけど、鈴城さんは欠席者が2人と言っていた。
鈴城さんは腕を組み、静かに恵美の視線を受け止める。
「もう1人が誰か……か。教えるのは構わんが、その前に……」
彼女は制服の胸ポケットから赤いスマホを取り出した。
そして、私たちの許可も取らずに誰かに電話をかけた。
「木葉、私だ。紅茶が冷めてしまった。新しいのを持ってきてくれ」
それだけ言って電話を切り、私たち全員を見回したあと、恵美に薄く笑みを浮かべて言った。
「招待したもう1人は――――梅原改だ」
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