マスカレードダンスパーティー
円華side
ホームルームが行われ、前の方からプリントが回される。
それに目を通せば、後ろから恵美の視線を感じる。
お互いに同じことを思ったのだろう。
『初っ端からこれかよ』っと。
『特別試験 マスカレードダンスパーティー』
直訳すれば、仮面舞踏会。
古くから存在するゲームだ。
自分の正体を隠して参加し、参加者の正体を当てるゲーム。
これが今回、どういう内容なのか。
岸野が煙草を吸いながら、プリントを見て説明を始めた。
「今から2週間後に、題名を見てわかる通り、おまえたちには正装をして顔を隠して舞踏会に参加してもらう。もちろん、使うのは仮名だ。場所は講堂、3学年合同で行われる。しかし、あくまでも試験の相手は同学年のクラス同士だ。上級生とは顔合わせ程度……って言っても、顔は隠してるけどな」
3学年合同……か。試験と関係ないのなら、何故わざわざそんなことを。
「試験の内容は、いたってシンプルだ。当日までにクラス全員のコードネームを記入して担任に提出して参加し、他のクラスの奴らの仮面の下の本性を見破り、実名、学年、クラスをスマホに記入するだけだ。正体を当てた方は当てられた方から能力点を半分取り、間違えた場合は10倍の能力点を払うことになる」
当てられた方も、疑う方もペナルティのリスクがあるってことか。
「ここで注意するのは、支払う方の所持するポイントの半分ではなく、受けとる側が所持するポイントの半分を支払うことになるってことだ。ここを間違えると、大変なことになるぞ」
つまり、最悪の場合は能力点がマイナスになるってことか。
その場合、一直線にFクラスに落ちるのか。それとも、即退学かだな。
ここまでは何の変化もないルールだ。
しかし、この学園の特別試験がそれで終わるはずがない。
「そして、ここからが重要になる。今回の特別試験では、ポイントによってクラスメイトの入れ替えが認められている」
やはり、独自のルールが存在したか。
クラスメイトの入れ替え……そこが重要になりそうだ。
「舞踏会内で集めたポイントによって、その舞踏会が開かれている間であれば、自分のクラスメイトと他のクラスの生徒を入れ替えることができる。例えば、このクラスで新森が不要だと感じたのなら、所持しているポイント次第だが他のクラスの優秀な生徒と取り換えることができるって話だ」
「何故に不要代表がうちなの!?」
「例えばの話だ、本気にするな」
納得いかないといった久実を軽くあしらい、説明を再開する。
「ちなみに、当然のことながらポイントの高低はクラスごとに違ってくる。FクラスからAクラスに、低いポイントから高くなっていく。……そうなると、内のクラスで狙われるのは、いろいろと目立つ椿なわけだが……おまえ、Sクラスからスカウトされたら行きたいか?」
唐突にこっちに話を振ってきやがったよ、ヘビースモーカー。
とりあえず、答えないと話は進まないか。
「俺は遠慮したいですね。このクラスのこと、意外と気に入ってるんで」
普通なら喜ばれても良い所だが、多くのクラスメイトからの視線は冷たい。
やはり、1学期から俺への評価は変わらず『厄介者』のようだ。
岸野は、今のクラスの現状を俺に確認させたかったのかもしれない。
「クラスを大事に思ってくれているなら何よりだ。それなら、良い情報をやろう。実際のところ、ポイントだけでは望みの生徒が手に入るかどうかはわからない。まず大前提として、おまえを指定したクラスが、おまえの正体を当てなければ条件は成立しないんだからな」
「つまり、俺がずっと隠し通せば良いと?」
「そういうことだな。まぁ、誰も予想しないような変装をすることを勧める。……髪を染めるとかな」
この男、何を伝えたいのかがわからない。
俺に何かをさせたいのか?
「名簿による解答の答え合わせは舞踏会終了後。ポイントによる生徒の入れ替えも、答え合わせの後になる。……そうだ。言い忘れていたが、社交ダンスは練習しておけよ?それの上達さ次第でもポイントは加減されるんだからな」
「「それ、言い忘れたらいけないやつ!!」」
基樹をはじめとした生徒からツッコまれるが、岸野は「悪い悪い」と平謝りするのみ。
何て言うか、この担任は生徒と心の距離が近いんだな。
転校初日のあの重たい空気は何だったんだ。
「とりあえず、詳しい説明はプリントに書いてある。それをよく読んでおくように。質問は一切受け付けないからな。……ちなみに、今回の試験では『偽装力』と『情報力』だからな。そこのところを意識するように」
試験の説明は終わった。
岸野は学級委員である成瀬に名簿用紙が入った封筒を渡す。
2週間後までに、各々で正装を準備したり、ダンスの練習をしたりで忙しくなるだろう。
俺としては、この試験はさほど重要視していない。
生死に関わるような試験でないなら、俺に出番はない。
それでも、状況は利用させてもらうけど……な。
ーーーーー
放課後、俺は夕飯を買いに地下のコンビニに行っては暇をつぶしていた。
特別試験のことは成瀬と麗音に任せておき、人目に付く場所では接触しないようにしているのだ。
フェードアウトを狙っている男が、クラスの主戦力と一緒に居るのはおかしいからな。
恵美も特別試験に乗り気だったのは、少し気になるが。
最近はカップ麺ばかりを食しており、口がラーメンばかりを求めてしまう。
うどんやそばもあるが、俺はどうもラーメンを目にしたら衝動的に手を伸ばしてしまうのだ。
とりあえず、今のコンビニでの目標は全種類のカップラーメンを食べることかな。
そんなバカなことを思いながら、カップ麺を捜していると、新発売のそれを見つけてしまった。
それもラスト1個。
これは何が何でも取りたいと思うのが、人間の性だろう。
カップ麺を取ろうと手を伸ばすと、その瞬間に誰かの手と重なって触れてしまった。
「あっ、すいません」
謝って手を反射的に離したが、相手の方は鋭い目つきで睨んできただけ。
そして、何事もなかったかのようにラス1のカップ麺を取っていった。
「えぇ~、感じ悪っ」
取られた悔しさからではなく、単純に率直な感想が口に出てしまった。
まぁ、小声だったし聞こえるわけないか。
そんな特別欲しかったわけじゃないし、他のものを買って帰ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「そこのあんた、口が悪いようね?」
口が悪い?誰のことだかさっぱりだな。少なくとも、俺は表面上は好青年で通している自負があるから関係ないか。
そう思っていたら、後ろから頭部にかけて微妙な空気の震えを感じて振り向くと拳が飛んできたので紙一重で右に頭を傾けて避けようとするが、頬に少しかすった。
「初対面の赤の他人に、よくもまぁ暴力を振るえるもんだな」
「あんたが私のことを無視したからよ」
薄々気づいていたが、やっぱり口が悪いって俺のことか。
つか、あんな間が離れていたのに聞こえるってどんな耳してんだ。
相手を見ると、青色の髪を左横にサイドテールでまとめている、目つきの鋭い女子だった。
初めて見る顔だが、それは周りに対してさほど興味がないからかもしれないな。
女の方はこっちを見るなり、一瞬睨んだだけでは気づかなかったようだが、改めて俺の顔を見ると訝し気な顔をする。
「まさか、学園の有名人さんとこんな所で会えるなんて思わなかったわ。椿円華」
当然のことながら、1学期と夏休みの前半に目立っていたせいで、こっちが知らなくても大多数の人間は俺のことを知っている。
もう慣れっこだったが、まさか2学期の初っ端からこんな希少生物を見るような反応をされるとは思ってなかった。
「感じ悪いって言ったのが気に入らないなら謝るさ。だけど、あんたが睨んできたのも問題だろ?」
「私が最も嫌いなものは、陰口、卑怯、隠し事。気に入らないなら、はっきり言いなさいよ。そしたら、こっちも殴らなかった」
なんて後出しじゃんけんだ。
結局、どっちにしても殴られていたと思うに1票。
「それなら、こっちも言わせてもらうが、そっちも気に入らないなら口で言えよ。いきなり拳じゃ、何も解決はしない」
「他人が命令しないで。私は誰の指図も受けない。言葉よりも、拳の方が話が早い」
典型的な戦闘民族だよ、こりゃ。
少年漫画のヒロインになることをお勧めする。
そして、あわよくば俺と関わらないで欲しい。
こういう輩とは反りが合わない。
「安心してよ。本気で怒ってたら蹴りを入れてたから。殴ったってことは、そんなに怒ってないってわけだし。でも……」
女は殴った拳を見ては、俺を見て鼻で笑う。
「あんな軽いジャブで頬をかするなんて、元軍人も大したことないのね」
「そう思うなら、もう会計を済ませてきたらどうだ?俺への興味は無くなっただろ」
早々に分かれて欲しいと思ったが、女はこっちの意志に反して目をギラギラさせている。
「その逆だよ、椿円華。軍人レベルの相手に私の力がどれだけ通用するのか、俄然興味が湧いてきた。ワクワクするわ」
最悪だ。戦闘民族に目をつけられた。
俺って人間は、どうしてこうも嫌いな人種から目をつけられやすいんだろうか。
「俺に女を殴る趣味はない。ジェントルマンなんで、そういう勝負は受ける気ねぇぜ」
「ふ~ん、つまんないの」
女の目から強い光が消えた。だが、完全に闘志を無くしたわけではない。
隙が在れば、何も言わずに仕掛けてくるかもしれないな。
そして、何かと口実をつけて勝負を挑まれるかもしれない。
それはそれで面倒くさいし、他にも復讐以外で対処しなければならない問題がある。
ここは事実をそのまま伝える方が良いか。
「あんたの他にも、俺に面白がってちょっかいをかけてくる連中が居るんでな。それを片づけるまでは、少なくともあんたの望みは叶わないと思ってくれ」
「へぇ~、それはそれで興味があるかも。どういう奴なのか、教えてよ」
食いついてきた。
ここは時間稼ぎに、そして情報を表に出させるためにもこの戦闘民族を利用するのも悪くないかもしれない。
「Cクラスは幸崎ウィルヘルム、Bクラスは柘榴恭史郎と内海景虎だ」
名前を出すと、女の表情が険しくなる。
同じ獲物を狙う獣の中に、嫌いな奴でも居たのだろうか。
「その3人の内の誰か、知り合いか?幸崎の場合は、女子には片っ端から声をかけてそうだもんな」
「あんなのには一切興味は無いわよ。……まさか、あいつらもあんたを狙っていたなんて」
後半は小声だったが、嫌悪感を抱いている表情をしていた。
あいつらってことは、2人とも知っているという事か。
騒動を起こした内海はわかるが、1学期は表に姿を現していない柘榴のこともか?
そうなると、彼女の素性は絞られてくる。
「あんたのクラス、BかFだろ?」
「……だったら、何?」
当たりか。
それなら、柘榴の素性を知っているかもしれない。
そして、こいつが組織の駒の可能性もある。
少し発破をかけてみるか。
「柘榴からは、次にどんな命令が出ているんだ?」
「何の話?」
はぐらかしているようには見えない。
演技が上手いのか、それとも本当に知らないのか。
「直接的な表現は控えたかったんだけどな。柘榴が次に、どんな卑怯な手で俺を陥れようとしているのか。それを聴いて―――」
「しゅっ!!」
掛け声と同時に、女は俺の顔面に向かってスカートを履いているにも関わらず、下着が見えることも気にせずに回し蹴りをしてきた。
左腕でガードするが、思った以上の速さと脚力だったので少し痺れた。
「柘榴と私を一緒にしないで。あんな狂った奴をわざわざクラスに取り入れて……あいつの考えも、あいつの言いなりになっている周りの奴らのことも知ったことじゃない」
「つまり、あんたと柘榴の意思は違うと?」
「あんな卑怯な手しか使えない奴、本当だったら私のサンドバッグにしてやるわよ」
しかし、それができない理由があるというわけか。
「そうか。どうやら、あんたとあいつは正反対のようだな」
「当然。……あぁ、気分が悪い。もう帰る!」
怒って会計を済ませに行き、女はカップ麺を鞄に入れて自動ドアに向かう。
ここで繋がりが切れるには惜しい女かもしれない。
「あんた……名前は?」
「言う必要ある?」
「あんたがこっちの名前を知っているのに、俺が知らないのはフェアじゃないだろ」
「……それもそうね。偶然にも知り合いになれたってことで、有名人に名乗っておくのも悪くないかも。金本蘭、Bクラスよ」
「わかった、金本。覚えておく」
「忘れていたら、今度こそ蹴り飛ばす」
俺に背を向け、金本はスカートのポケットに手を突っ込んで出て行った。
彼女の足を見ると、さっきの腕の痺れの理由がもう1つある事に気づいた。
履いているのは黒い厚底ブーツだ。
ブーツはルールがない喧嘩に於いて、その重さを生かせば武器になる。
純粋な脚力だけでなく、知ってか知らずか日常に存在する武器を使っていたのか。
おそらく、金本は喧嘩慣れしている。
戦闘面に於いては、相当の実力を持っているのかもしれない。
それにしても、さっきの金本の言葉で引っ掛かった部分がある。
あの言葉が本当なら、内海が自分からBクラスに実力で上がったのではなく、柘榴が故意であいつをBクラスに上げさせたことになる。
そんなことが可能なのか?
……俺はまだ、この学園のシステムの一部しか知らないのかもしれない。
それならば逆に、柘榴はどうやってこの学園のシステムを知っているのかが気になるがな。
とりあえず、別のカップ麺を買って食べてから考えるか。
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