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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
偽りだらけの舞踏会
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2学期の始まり

 円華side



 2学期の初日の朝、ルーティンにしているランニングに出ていた時のことだ。


 地下街の中を走っていると、まだ誰もが寝ているであろう時間だが、ある場所に俺以外の男の人影が視えた。


 そいつは俺がここを通ることを予期していたかのように、Fクラスの校舎の扉に背中を預けて見下ろす。


「よぉ、待ってたぜ。椿円華」


 その赤髪で静かに独特な悪気を放つ男は、俺の名前を呼んで鼻で笑う。


「……悪いけど、俺とあんたは初対面だよな?」


「クッフフ、確かに面と向かって会うのは初めてだなぁ。なら、名乗っておいてやるよ。俺は柘榴恭史郎。おまえを潰す男だ」


「……いきなり宣戦布告かよ。まぁ、いいや。頑張って」


 淡々とそう言ってすぐにその場を去ろうとすると、柘榴はまた不気味に笑う。


「クッフフ、そう急ぐなよ。まだ朝っぱらだぜ?もう少しゆっくりしても良いんじゃねぇか?」


「さっさと帰ってシャワー浴びたいんだけど。あんたと仲良くおしゃべりできるとは、とても思えねぇし」


「確かに談笑って言うには、俺たちは互いのことを知らなさすぎるなぁ。しかし、知る必要はない。俺はおまえのことを知っている。おまえの罪もな」


「俺の罪…?」


「答えを知りたきゃ、自分の胸に手を当てて聞いてみるんだなぁ。おまえが忘れても、俺は忘れない」 


 柘榴は俺に歩み寄って前に立ち、悪笑を浮かべたまま言葉を続ける。


「遊びはこれからだ。この前のあれで、俺を潰せたと思うなよ?」


「……何のことだ?」


「とぼけるならそれでも良いぜ。だけどなぁ、もうおまえたちEクラスと俺たちBクラスの開戦の狼煙のろしは上がった。おまえの大切なもの、全て俺が壊してやるよ」


 柘榴の瞳から、俺と同じものを感じる。


 これは強い憎しみの目だ。そして、必ず目的を果たす覚悟を帯びている。


 復讐者の瞳だ。


 しかし、こっちは失わないための覚悟を持っている。潰すべき者を潰すための覚悟も。


 そして、俺の復讐の相手はこいつじゃない。


「勝手にしろって言っただろ。俺も勝手にさせてもらう。戦争を起こしたいなら、それも勝手にすれば良い。……俺を敵に回したことを、心底後悔させてやるからさ」


 こっちも笑みを浮かべれば、柘榴は目を細める。


「2学期が楽しみだな。おまえの苦しむ顔が目に浮かぶ」


「その妄想が実現したら良いな。期待してる」


 最後に無言でお互いの視線を合わせれば、俺は柘榴から離れてランニングに戻った。



 ーーーーー



 夏休み中の強制ワードゲームによって、1年生の多くの命が失われてしまった。


 それは全クラス共通のようで、このEクラスも例外ではない。


 40人のうち、1学期に死んだ菊池を含めた3人のクラスメイトの席が無い。


 それでも、夏休みに別れの儀式である葬式を終え、切り替えられたのか皆に落ち込んでいる様子はない。


 明日は我が身かも知れないと言うのに、やはり危機感がない。


 いや、もう人の死に対して耐性が付いてしまったのかもしれないな。


 世界から隔絶された、死と隣り合わせの学校生活。


 一々、他人の死をいたわっている余裕はない。


 1人1人が自分が、あるいは自分を含めた大切な誰かと生き残るのに精一杯なんだ。


 クラスメイトの死に慣れるのは異常なのかもしれないが、今は皮肉にも状況はそれに救われている。


 誰が死んでも、取り乱すのは一瞬のできごと。次の瞬間には平常に戻る。


 もはや、人が死ぬ出来事も日常に溶け込んでしまっているんだ。


 他人の屍を越えて、この学園の生徒は強靭な精神力を身に付けていく。それが、多くの潜在的能力を呼び起こすのかもしれない。


 次に死ぬのは自分かもしれないと思いながら、その恐怖と戦いながら、抗いながら生きている生徒たち。


 弱肉強食の極限状態の中、生き残る術は自分の能力を示すことのみ。


 これから始まる2学期でも、その根幹たるルールは変わらない。


 そして、そのルールに則った上で、俺の復讐劇も閉幕の時はまだ遠い。



 ーーーーー



 1学年の生徒が講堂に集まり、始業式が行われる。


 クラス順に右から並んでいると、やはり人数がバラバラなのが目立つ。


 特にFクラスは7人も減っているため、他のクラスよりも少ない。


 それにしても、当然と言えば当然だけど、隣のEクラスに対する敵意のような視線が痛い。


 そりゃあ、ずっと底辺のFクラスだってバカにしてた奴らに順位を越されれば、良い気はしないだろうけど、そんなに露骨に敵意を向けられても困る。


 学年主任の間島先生が教壇に立ち、口を開く。


「1学年の諸君、おはよう。ここに立っている者たちは皆、夏休みの特別試験を生き残った者たちだ。これからも、皆の生きる力を試す試験が行われることがあると思う。真の実力とは、極限の状況の中で発揮はっきされるというのが、この学園の校風であることは頭に叩きこまれているはずだ。これより、一層の活躍を期待する」


 すいません、先生。


 そんな校風、聞いたこと無いんすけど。


 命を賭けた状況を突きつけてくる学校もそうだけど、それを普通に受け入れている教師も教師だとは思う。


 岸野の話では、確か教師の中の何人かは組織の人間だったはずだ。


 教師の列を見れば、全員に疑う視線を向けてしまう。


 そして、間島は俺たちEクラスとFクラスに視線を向けた。


「1学期のクラス変更は、EクラスとFクラスのみであったが、2学期からはより熾烈しれつな競争が起こることは予想されている。実力がない者は容赦なく振り落とされることは、皆、頭に叩きこんでほしい」


 全生徒に対するヤナヤツの放送は、記憶に新しいはずだ。


 振り落とされる=退学=死ぬことになると頭に叩きつけておけってことか。


 そのことは、皆、どんなに頭の悪い奴でも自覚しているはずだ。


「望む未来を手に入れるために、皆には共に競い合い、切磋琢磨せっさたくまして日々精進してほしい。2学期も互いの実力がぶつけ合い、希望溢れる未来が開かれることを願って止まない」


 間島先生は教壇から降り、進行を進める仲川先生がプログラムを続ける。


「つ、続けて、Sクラスのクラス委員からの挨拶…の予定なのですがぁ……」


 仲川先生が間島先生に視線を送れば、彼は渋い顔をして首を横に振る。


「え、えーっと、Sクラスのクラス委員である鈴城紫苑さんの挨拶は、当人が体調不良を訴えたため、見送らせていただくことになりました。では、次は……」


 鈴城紫苑…?


 確か、夏休みに聞いたことがある名前だ。


 その女の名前を聞くと、周りがざわつきだす。


「鈴城さん、もう日本に戻ってきてたの?」


「女帝が戻ってきたんじゃ、Sクラスに勝てるわけないじゃん…」


「また、Sクラスの独壇場どくだんじょうになるのかぁ……」


 やっぱり、他のクラスにもその存在と実力は認知されてるらしい。


 周りのクラスメイトもそうだし、両隣のDとFもバツの悪そうな顔をしている。


 プログラムを終了してクラス順に教室に戻って行く中で、知り合いの真央の姿が見えれば、Sクラスにとって心強い存在が戻ってきたにも関わらず、どこか複雑そうな顔をしているのが見えた。


 鈴城紫苑……Sクラスで女帝と呼ばれている女。


 一体、どんな奴なんだろうか。


 1つだけ言えることは、今後クラス競争に極力関わる気はない俺としては、絶対に関わり合いになりたくないって所だな。



 ーーーーー



 始業式が終わって教室に戻れば終礼になり、正午になったと同時に解散になった。


 俺は今日は1人で居たい気分だったので、リュックサックを背負って恵美たちとは離れて先に帰ることにした。


 まだ昼飯も食べてねえし、生憎今日はすぐに帰れると思ったから持参していない。


 ショッピングモールに行って、ファミレスで軽く済ませるか。


 ……と、思ってみたは良いものの、いざ向かってみると人がいっぱいでどこも満席だった。


 出遅れた、完全に。


「ったく、しゃーねぇか」


 頭の後ろを掻きながら言って溜め息をつき、時間をずらして出直すことにし、ブラブラと街を歩くことにした。


 時間を潰すために本屋に向かえば、新刊コーナーで捜していた本を見つけた。


 これは俺が復讐もの以外で愛読している探偵小説で、店員に聞いたらマイナーなために1冊しか入荷しておらず、次の注文をすると1か月はかかると言われているものだ。


 確かに、内容は人の深層心理を突いたダークなものだし、人を選ぶかもしれないな。


「……ほぉ、その本を読む者が私以外にも居るとはな」


 横から声が聞こえてみれば、目と鼻の先に見知らぬ女が顔を覗かせて本の表紙を見ていた。


 顔を動かしただけで、シトラスの香りが鼻腔びこうをくすぐった。


「うわっと!?」


 あまりにも近すぎたために大きく横に離れれば、女の全体像を確認する。


 青紫の髪で切れ長な目をしている長身の女だった。


 俺が驚いたのが面白かったのか、口の下に人差し指の第一関節を当ててクスクスと笑う。


「そんなに驚くことは無いだろう?オーバーな男だな」


「いきなり、あんなに顔を近づけられたら、誰だって驚くだろ。普通」


「それは周りに対して注意を欠いていたおまえが悪い」


 さも自分には非が無いというような女の態度に若干イラっとしたが、ふと疑問に思ったことがあった。


「あんたも、この本が好きなのか?」


「ああ、その作者が好きなんだ。変に無理矢理ハッピーエンドで終わらせようとする物語は好きではなくてな。残酷な現実を受け入れようとも、前に進もうとする主人公の心理描写が面白い」


「あー、確かに。この作者って完璧なハッピーエンドなんて書いてねぇな。でも、バッドエンドってわけでも無くて……。そう言うストーリーって、なんか妙に頭に残るんだよな」


 表紙を見ながら言えば、女はフフっと笑う。


「生憎と、その作者の良さを語り合える相手が周りに居なくてな。ここで会ったのも何かの縁だ。良ければ、近くのカフェで話でもどうだ?」


 見知らぬ女とカフェで2人で話すなんて経験、今まで無いんですけど。


 でも、俺も同じ本の趣味の奴が周りに居るかって言われると、誰も思い浮かばねぇ。


 何なら、輪の中で1人本を読んでいるとツッコまれる始末だ。


 とりあえず、今更ながら話すべきことを切り出す。


「その前に、あんたはこの本読みたいのか?1冊しか置いてないし、発注かけると1か月かかるらしいぜ?良かったら、あんたが先に読んだ後で貸してもらっても構わねぇんだけど」


「私が先に読んで、おまえに貸すという確信はどこにある?何なら、今度会った時に容赦なく結末をおまえに話すことも考えられないか?」


「そんなことをしたら、あんたとこの本について話すことができなくなる。今のあんたの口ぶりからして、それは望まねぇ展開のはずだ。語り合いたいって言うなら、対等の立場で話し合うのが筋ってもんじゃねぇの?」


「対等……。フッ、その通りだな。椿円華」


 女は俺に近づいて本の代金の半分を渡し、カウンターを指さした。


「私も半分出そう。Eクラスの財力では、本を1冊買うのも大変だろう?」


「ま、まぁ……別に余裕があるわけじゃねぇから助かるけどさ。良いのか?」


「その代わり、必ず読み終えたら私に貸すと約束してほしい」


「その約束を破る可能性は考えないのか?」


「おまえもさっきの口ぶりからして、感想を言い合える相手が欲しいのではないか?そうであるなら、破ることはあるまい」


「……それもそうだな」


 お互いに感想を言い合える相手が欲しいという理由から、需要と供給が成り立っていると言うことか。


 俺は厚意に甘えて金を受け取り、カウンターで会計を済ませて本の入った紙袋を手にし、女と共に本屋を出る。


「じゃあ、なるべく早く読み終えたら、あんたに貸すよ」


「ああ、そうしてくれ。そして、私もそれを受け取ったらすぐに読破するよ。おまえと語り合うのは、それを互いに読み終えた後の方が面白そうだ」


 そう言って、女は背中を向けて紫色の髪をなびかせながら歩き始めた。


「あ、おい‼……あんた、名前は?聞いてねぇんだけど」


 この広い地下街や地上の校舎の中で、外見だけの情報で1人の女子を見つけるのは難しい。


 せめて、名前がわからないと本を貸そうにも約束が果たせない。


 女は足を止めて顔を横に向け、少し考えるような素振りをすれば薄く笑みを浮かべる。


「当ててみろ。推理小説が好きならば、謎を解くのは醍醐味だいごみだろ?ミステリアスな女の正体を探るのは、心がおどらないか?」


「自分でミステリアスって言うのかよ……」


 呆れながらツッコめば、「私はそういう女だ」と返してくる。


「次に会う時までに、私のことを知ることになるだろう。その時のおまえの反応を見るのも、面白そうだ」


 女は前を向き、再度足を進めながら左手を軽く振って行ってしまった。


「またな、椿円華」


 その姿を追おうとしたけど、すぐに人混みに隠れてしまった。


 購入した小説を紙袋から取り出し、じっと見ては腹がグーっとなった。


「ダメだぁ~。腹が減って、思考が定まらねえぇ……」


 時間を見れば、もう午後2時を回っている。


 そろそろ、店が空いても良い時間だ。


 俺はまたファミレスに向かってランチを食べながら、楽しみにしていた小説に目を落とした。


 それにしても、自分と同じ趣味の人と会うって言うのは、悪い気分じゃねぇな。

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