夏休みの終わりに
夏休み最終日。
早朝に外に出て、地下の校舎に向かう。
昨日のうちに一斉にメールを送信したが、来てくれるかどうかは別の話。
何せ、会っても何を言えば良いのかがわからなかったし、俺と会ってくれるかもわからない。
俺自身が、会わせる顔があるのかって昨日まで自問自答していたし。
結構最悪な態度を取ってしまったのは自覚してるから。いや、本当に反省してる。
まず最初にしなければいけないのは、謝罪だな。
わけもわからずに、孤独になりたかったがためにみんなに無意識に殺気を向けてしまった。
あの時は怒りとか絶望感で我を見失っていたのもあり、心が乱れていた。
それを言い訳にするわけじゃないが、それでもどうして自分があのようになってしまったのかを説明するにはこれしかない。
多分、みんなからは責められる。最悪の場合は、軽蔑されるかもしれない。今ある繋がりが切れてしまうかもしれない。
しかし、結果的にそうなったとしても、後悔することになったとしても、この学園に来てから共に居てくれた者たちには、これ以上隠すことはできない。
前日に岸野に確認を取ったが、夏休み期間中は教室の監視カメラは停止している。聴かれたくない話をするには持ってこいの場所だ。
校舎に到着し、Fクラスの教室に向かうと、既に呼び出していた奴らは集まっていた。
成瀬、麗音、基樹……そして、恵美。
俺の目的を知りながら、それを止めずに受け入れてくれたクラスメイトだ。
そして、これからの俺に必要になる協力者。
教室に入ると、一斉にこっちに視線が来る。
そして、少しの間、無音になる。
いろいろと思うところがあるんだろう。
成瀬にしても、麗音にしても、基樹にしても。
最初に口火を切るのは、当然俺からだよな。
「その……久しぶり……だよな。みんな、元気してたか?」
「それなりに。あなたはどうなの?顔色は良くなったみたいだけど。それで、ここに私たちを呼び出したのはどんな用件からかしら?」
相も変わらず、成瀬は話が早くて助かる。
成瀬は気にしていないかのように平然としていて、基樹は相も変わらずヘラヘラしたキャラをしてる。
麗音はこの前のことを引きずっているみたいで、視線を合わせてくれない。
恵美に関しては……あいつ、教壇の上に座ってヘッドフォンで曲聞いてやがる。こっちの話、聴こえてんのか?
とりあえず、今までの区切りをつけることが先決だ。
俺は3人の方に身体を向け、頭を下げる。
「この前のことは、俺が悪かった、ごめん。後で久実にも、和泉にも謝る。ついでに生徒会長にも……。でも、先におまえたちに会っておきたかったんだ。これからのために」
「これからの……ため?このメンバーから見て、共通点が見当たらないのだけれど」
「それはそうだよな。だけど、共通点ならあるし、それは俺にとっては必要不可欠なものだ」
1人1人の顔を見て、まずは話すべきことを話す。
「ここに居る全員が、俺が復讐者だという事を知っている」
それを聞いた瞬間、4人は同時にお互いの顔を見合わせた。
恵美と麗音は、成瀬と基樹を。
成瀬と基樹は、それぞれに自分以外の3人を。
経緯は違うにしても、俺がこの学園に来た目的を4人は知っている。それが、これから重要になる。
「もう、隠すのも遠回しにするのも無しだ。知っている事実は共有する。そうでないと、俺たちに信頼関係なんて生まれない」
「事実って言っても、一体どこまで話すつもり?」
恵美がヘッドフォンを外し、真剣な表情で聞いてくる。
「全部だ。この4人に関して知っていることを、全員で共有する。それでどうなるのかは、正直俺にもわからない。最悪の場合、このメンバーのこれまでの関係性は崩れるかもしれないな」
これはあらゆる意味での賭けになる。
記憶操作の異能具は岸野の手にあり、それを知っているのは俺と恵美のみ。
今のところ、この学園で本当の意味で信頼できる人間は恵美だけ。
こいつらは俺の復讐心を知っているし、カードにできると同時に裏切られたら危険な者たちだ。
ここで、成瀬たちが俺の選択に便乗するのなら……。
「良いわ、聞きましょう。それなら、私からも円華くんに手持ちの情報を1つ共有してあげようかしら」
先に乗ってきたのは成瀬か。
成瀬は基樹に一瞬視線を向けてから、俺と目を合わせる。
「私は基樹くんが、あなたの腹心である『シャドー』だという事を知っているわ」
「……うわぁお」
あまりの真実に驚くと同時に、基樹に冷たい視線を送る。
俺の腹心(笑)は笑って誤魔化そうとするが、すぐに深い溜め息をついた。
「だって、しょうがなくない?いろいろな手で探られちゃったんだしさ。俺だって、はぐらかそうと頑張ったんすよ?」
「基樹、影失格だな」
「そんな辛辣な目で見ないで。俺だって、若干落ち込んでるんだから」
肩をすくめて情けない顔をしている基樹に、これ以上かける言葉は無かった。
影としての自信を失いかけているみたいだからな。
「とりあえず、基樹のことはわかった。なら、代わりにこっちからは、成瀬に関することで重要なことを話そうか」
話す前に、前もってそのことを知っている2人に視線を送って確認する。
恵美は「好きにしなよ」と言うように平然とした顔をしていて、麗音は止めるように目で訴えてくる。
まぁ、予想通りの反応だな。
そして、成瀬の目から知りたいという意志を感じる。
その意志を蔑ろにすることはできない。
「話すよ、成瀬。俺が知る限りの、この学園とおまえの祖父さんについての真実を。基樹も聞いてくれ、これからのおまえの行動と無関係じゃないから」
「……わかったわ」
俺は話した。
この学園が緋色の幻影という組織が運営していることを、学園長である成瀬の祖父さんがその管理下にあることを。
そして、俺の復讐相手であるポーカーズが組織の幹部であることを。
話の途中から、成瀬の表情が曇り始めたのはわかっていた。
それでも、こちらの知る事実を伝え続けたんだ。
話を終えると、成瀬は冷静さを装って強い眼差しを向けてきた。
「それが、この学園の真実……なのね。薄々気づいてはいたわ。あなたとおじい様には何か秘密があるって。それを聞きたいと思っていても、あなたたちに問いただしても答えてもらえるとは思わなかった。……ありがとう。おかげで知るべきことを知れて、気づくべきことに気づけたわ」
「そうか。それは何よりだ」
成瀬が気づくべきこと。それについて聞こうとは思わなかった。
土足で人の事情に踏み込むつもりはない。
基樹はと言うと、聞き終えて何か考えているような表情をしているがよくわからん。
だけど、すぐにいつもの陽気そうな顔に戻って頭の後ろで手を組んだ。
「大体の話はわかった。それなら、これからの話をするか?情報共有も終わったみたいだしさ」
「そうだな、基樹の言う通りだ。でも、その前にみんなの意志を聞かせてくれ」
話を区切り、両目を閉じて意識を集中させる。
目を開くと、俺の両目を見て、基樹と成瀬、そして麗音も目を見開いた。
「円華くん、あなた……目が」
「驚いたな。まさか、それのことまで明かすのかよ?」
「ちょっと、後でどうなっても知らないわよ!?」
唯一冷静な反応をしている恵美は「まっ、この際良いんじゃない?」と言ってくれた。
みんなを片手で制止させ、話を始める。
「俺は普通の人間じゃない。昔から、椿の家族以外からは怪物扱いされて生きてきた。そんな俺が、復讐者になっている。この先何をするかも、自分がどうなるのかもわからない。正直、自分のことが一番よくわかっていない。俺はおまえたち1人1人を必要な人材だと思ってる。だけど、みんながこんな俺を信用できないって言うんだったら、今後一切接触しないつもりだ。どうするかは、任せる」
しばらく、沈黙が流れるものかと思っていた。
即決断できるようなことじゃない。
しかし、一番状況を理解することが難しいはずの成瀬が、腕を組んでは薄く笑みを浮かべる。
「今更よ。あなたの実力は認めている。私を侮らないでもらえるかしら。私はあなたの復讐に協力する意思を見せたはずよ?あなたが化け物だろうと怪物だろうと、それに変わりはないわ」
「成瀬……マジかよ」
少し気が抜けそうになると、基樹が近づいてきては半目で頭を軽く叩いてきた。
「おまえの素性のことなんて、とっくの昔から知ってる。それでも、俺はおまえの影を受け入れたんだ。それが今更何だってんだよ。おまえは主で、俺は影。その関係は変わらない。これからも、俺をこき使えば良いさ」
「……関係なら変わってる。俺たちは主従関係だけじゃない。友達だろ?」
基樹は俺に言われて一瞬目を逸らしたが、すぐに「そうだな」と返してくれた。
こいつと俺の間には、まだ心に壁があるのかもしれない。
麗音を見ると、どこか躊躇っているように見えた。
しかし、すぐに覚悟を決めたようで、拳を握って真剣な目を向けてきた。
「あたしはもう、円華くんに賭けるしかないから。選択肢なんて、初めから無いんだよ」
「……わかった」
麗音の拠り所は、彼女の居場所を奪った俺なんだ。
それでも、これはただの依存でしかない。
いずれ、麗音は独りで立てるようにならなければならない。
それまでは、俺ができる限りのことをする……利用できるうちは。
最後に恵美の方を見ると、気だるそうな目を向けてきた。
「私の場合は、言う必要ある?」
「……と、とりあえずは。空気を読んで」
苦笑いで頼むと、恵美は教壇から降りて俺を見上げてきた。
「いろいろと言いたいことはあるけど……とりあえずってことだから一言にまとめる。私と円華は運命共同体でしょ、離れるなんてありえないから」
「そ、そうか……」
真っ直ぐな目で見られてしまい、視線をそらしてしまう。
「あっれ~~?もしかして、円華照れてる~?」
「は、はぁ!?んなわけねぇだろ、アホが」
基樹にからかい口調で言われ、反論すれば成瀬も扇子を広げて悪い笑みを浮かべる。
「意外と態度と顔に出てるわよねぇ、あなたの心境って」
「な、成瀬も何言ってんだよ!?」
結局、秘密を明かしてもみんなは変わらなかった。変わらずに、俺のことを受け入れてくれる。
それが安心できて、嬉しくて。
これで心置きなく、自分の目的に集中できる。
「……みんなの意思はわかった。それなら、明日から2学期になるし、これからのことを話そうか?」
夏休みは終わり、本格的にデスクルールライフが開始する。
その中で何が起ころうとも、俺は自身の目的と誓約を遂行する。
守るべき者を守り、復讐のために潰すべき者を潰すだけだ。
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???side
退屈だ。
飛行機はもう少しで着陸し、長かった空の旅も終わる。
3か月間のイギリスでの生活は刺激があると思っていたが、期待は裏切られた。
日本人もイギリス人も変わらず、私にとっては相手にならない雑魚ばかり。
いろいろなギャンブル、スポーツ、学力の勝負をしたが、その全てが退屈だった。
戦いとは、己の存在を賭けてするもの。
イギリスでの勝負は、全てが遊び。
「誰か……私を熱くさせてくれる敵は居ないものか」
不意にそんなことを呟くと、隣の席に座っていた側近の女が反応する。
「明日から2学期ですが、1学期の内に我々とすれ違う形で学園の方に転入生が入ったとの情報が入っていますね。Fクラスからのスタートですが、すぐにその頭角を現して他のクラスを脅かしているようです。……石上くんも、特別試験でその転入生に敗北しているようですね」
「真央が?学園に戻っても、柘榴や和泉と遊ぶぐらいしかないと思っていたが……退屈しのぎの相手が増えたようだな」
「嬉しそうですね」
「ああ……日本に戻る楽しみが増えた。その転入生の情報、まだあるか?」
「はい、こちらに資料が」
転入生の情報を受け取り目を通せば、その経歴に興味が出てきた。
「椿円華……女みたいな名前だな。しかし、案外この男が、私を楽しませるのかもしれないな」
窓の外を見ると、空港が見えてきた。
学園に戻れば、この男と会える。
この男となら、私の欲求は満たされるかもしれない。
私、鈴城紫苑は渇望している。
魂が震えるほどの、狂おしいほどの、命を懸けた戦いを。
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