表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
束の間の休息
146/495

サンプルベビー 後編

 ナナシに案内された先は、暗い通路の先にあった。


 息苦しさを覚える暗く広い部屋の中、多くの水槽が設置されており、その数は10や20どころではない。


 水槽の中は緑色の液体で満たされており、その中に両手にチューブの刺さった赤子が浮かんでいた。

 

「これは……どういうことだ?」


「こいつらは、組織の中で生まれた実験体さ。あなたのように外部から集められた優れた子どもではないが、それでも組織の新たなる研究の礎となる存在だ」


「緋色の幻影は、また人体実験を繰り返しているのか!?」


 許せない。


 こんな赤子を使って、次は何をするつもりなんだ。 


 ナナシに怒りを込めた目を向けるが、ピエロの男は口元を緩める。


「そう興奮するなよ。あなたはそう簡単には情を抱かない者だったはずだろ?こいつらとあなたは無関係だ。あなたが怒りを抱く必要はないのではないか?」


「俺は緋色の幻影に人生を狂わされた。極限状態の中で人間扱いされることのない実験の日々。自分を殺すために開かれたデスゲーム。俺のせいで多くの人間が死んだ。俺だけじゃなく、俺と関わってしまったがために多くの人の人生も狂ってしまった。1人の人生を狂わせるだけで、他の誰かの人生も狂わせることになるんだ。そんな業を、生まれたばかりの子どもたちに背負わせるわけにはいかない」


「流石はデリットアイランドを、そして過去の人体実験を生き抜いた男の言う言葉には力がある。しかし、この者たちの生きる道は予め決まっている。既にこの者たちには、組織と運命を共にする以外の選択肢は存在しないのだよ」


「その口振り、やはり君も組織の人間に間違いはないようだな。この子たちに、一体何をした?」


 その質問を待っていたかのように、ナナシは大げさに右手を広げて手で水槽を見るように促す。


「この者たちは、次世代のあなただよ。組織の命令のままに孕ませられた下僕を母体として生を受け、幼くして大人の都合でその身に力を宿し、我々の定める運命の通りに踊り続ける存在だ。唯一あなたと違うのは、独自の意思を持たない所かなぁ」


「っ!!」


 怒りに身を任せ、俺の左手はナナシの胸倉を掴んでいた。


「変わらないな、緋色の幻影は……。どれだけの人の生きる尊厳を踏みにじれば気が済むんだ!?あの子たちは、おまえたちの道具じゃない!!」


「それはあなたの見解だ。あの赤子ら……サンプルベビーと組織は呼んでいるが、彼らは我らの駒となるために生を受けたのだ。希望と絶望を宿し、生の歓声と死の悲鳴で奏でるオペラを再度表現するために」


「あの子たちに、あの2つの薬を投与したというのか!?」


 水槽の中を改めて注意深く見れば、赤子たちの腕に刺さっているチューブから流れる液体を確認すると、色は紅と蒼。


 これは、確実に……。


 怒りが憤怒になり、感情の起伏が抑えられない。


 左目に意識が集中する。


 俺の瞳を見て、ナナシの口の端が吊りあがる。


「おぉ……その瞳が懐かしい……。しかし、俺はもう1つも見たいのだ!!」


 ナナシは手を振り払って距離を取り、ローブの中に隠し持っていた鎖鎌を出して構える。


「俺に見せてくれ、冷徹極まりない罪人のおまえを。さもなければ、俺はおまえを殺し、おまえの大切な女……朝野優理花を殺———ぐへぁ!!」


 ピエロの声は最後まで聞こえなかった。


 言わせるつもりがなかった。


「すまない、良く聞こえなかったな……。生きているなら、もう1度言ってくれる?」


 身体が意識よりも先に、戦うという選択肢を消した。


 首の骨を折るほどの強さで、常人が目で追えない速さでクロスリベリオンを握っている手と逆の手で殴っていた。


 常人なら死んでいる。


 しかし、今までの人生経験上、これで死ぬ相手と遭遇する方が稀なケースだ。


 ナナシの不気味な笑い声が聞こえてくる。


「フフフっ、流石は英雄殿。久しぶりに痛みを感じたぞ……。しかし、あなたのかの娘への依存は健在のようで安心した。実に仲睦まじいと見える。そのあなたたちが絶望に歪む姿を見たいものだが……」


「君の望む通りにはならないさ。組織が何度復活しようと、その野望を潰すのが俺だ。緋色の幻影の支配にある世界なんて、俺が許さない」


「ふむ……確かにあなたが許すとは到底思えない。ならば、どうする?我々は悲劇の舞台を表現したい。それこそが世界に我らの支配を示すことになるのだから。しかし、それをあなたは許さない。止めようと画策するであろう。我々の思考は、常に平行線だ。そして、俺はあなたに宣戦布告をした……さて、ここから先はいかにしようか?罪人……それとも、世界を1度救った英雄殿とお呼びすべきかなぁ?」


 ナナシの口元の笑みが消える。


 おそらく、いや確実に、お互いの思考は一致している。


「やるべきことは決まっている。ここまで案内し、組織の目的の一部を見せてくれたことには感謝する。だけど……組織が過ちを繰り返し、その目的に賛同しているのなら、君が俺の愛する者を奪おうと言うのなら……今、ここで君を殺すだけだ」


「その通り。あなたならば、そう言うと思っていたぞ?英雄の称号を持つ罪人よ。では、今度こそ始めるとしよう……我らの殺し合いを」


 今度こそ……か。


 やはり、俺とナナシは過去に面識があるのかもしれない。


 それでも、今は関係ない。


 今、この状況では殺さなければならない敵でしかない。


「君を殺して、この子たちを解放する」


「かの英雄が愚かな幻想を抱くものだ。俺を殺したところで、あの赤子たちを解き放つことは不可能ということを思い知るが良い」


 俺とナナシは同時に床を後ろに蹴り、一瞬にして氷の刃と鉄の刃は激突した。


 それが1度ではなく、1秒につき数十回、10秒で数百回。


 鎖鎌の特徴を生かし、鎖の部分を握って変則的な動きで柔軟性のある攻撃をしかけてくる。


 それをクロスリベリオンで何度も弾きながら距離を詰めるが、目前まで迫った途端に鎖を引いて後ろから鎌の刃で切ろうとするの仰け反って跳躍ちょうやくする。


 空中で回転して回避してそのまま氷の刃を縦に振るうが、それを鎖で止められる。


 おかしい。


 相手に動きを読まれないように、ナナシの呼吸を乱す動きをしているはずだ。


 それを、全て把握されている。


 ナナシはニヤッと笑い、鎖鎌を振るってくる。


「驚いているようだな?理解できないという顔をしている」


「君にはそう見えるのか」


「おや?返答は否か。では、あなたを驚かせてみよう」


 ナナシの鎖鎌の変則的な動きが、高速で俺に襲いかかってくる。


 着ているコートの袖を鎌の刃がえぐる。


 見えなかった。


 今までは様子見ということか。


「随分と余裕だね、ナナシ」


「それはどういう意味であろうか?」


「君はさっき俺を尊敬していると言ったけど、その割には挑発する言動をとる。俺を本気にさせたいようだが、生憎あいにくだけど君にそこまでの実力はない」


「では、あなたも何故本気を出さないのかな?その言い様では、あなたの実力は私を上回っているはず。当然だ。今の俺では、あなたには歯が立たないはずなのだから」


「そう思うなら、何故俺と戦う?」


「あなたと戦うことが、俺の生の目的に繋がるからさ!!」


 ナナシは捨て身の勢いで、俺に向かって鎖鎌を縦横無尽に振り回しながら走ってくる。


 いきなり動きが単調になった、どういうことだ?


 動きはわかる。


 しかし、鎖鎌を振り回す速度は上がっており、目で追える速さではない。


 目で追おうとすれば、それだけで命取りになる。


「こうなったら……使うほかないか」


 左目だけでなく、右目にも意識を集中させる。


 そして左目を閉じて右目だけを開けると、ナナシの『先』に残像が見える。


 鎖鎌の動きがスローに見え、その先には鎌が通る先の軌道が確認できる。


 これが俺の能力『思考同調』。


 相手の動こうとしている身体のイメージを視ることができる。


 しかし、これはあくまでもそう動くまでのイメージに過ぎない。


 鎖鎌の軌道の先を見て、そこを回避してナナシの懐に入る。


 そして、容赦なく斜めにクロスリベリオンで切り刻む。


「がうふっ!!……その蒼い瞳……絶望の方を使ったか。やはり、その能力と同等に渡り合うには、今の俺では役不足だったか……」


 口から血を吐きながらも、ナナシから笑みは消えない。


 それが、とても不気味だ。


「君には、殺す前に聞きたいことがある」


「殺す……か。しかし、俺が死ぬ前にあなたの問いに答えるかはわからんぞ?」


「答えないなら、それもまた情報になる。俺に知られてはいけない情報と言う推測もできるし、君が知らされていない可能性も出てくる。どちらにしろ、俺にとっては些細なことでも重要な情報であることに変わりはない」


「どちらにしてもと言う事か……やれやれだな」


 氷の刃をナナシの首筋に当て、聞くべきことを問う。


「今の緋色の幻影を率いている者を教えてもらおうか。それを知っている可能性のある者でも良い」


「……それを知れば、あなたの運命を大きく変えることになるが……それでも良いのかな?」


 ナナシの笑みは消えない。


 いや、むしろ先ほどよりも悪い笑みを浮かべている。


「良いも悪いもない。俺は緋色の幻影を止めなければならないんだ。そこに俺の運命が関わっているのなら、余計に知らなければならない」


「フフッ……実にあなたらしい返答だな。では……今の俺の最後の足掻きとして、あなたに我らが主の手がかりを授けよう……」


「……手がかり?」


 食いついた途端、ナナシは満足そうな顔をする。


「あなたにとっては、存在してほしくない人間だ。あなたと因縁浅からぬ者。あなたをよく知り、あなたを恨み、あなたを苦しめ、あなたに復讐することのみを生きる糧としてきた怪物……とだけ言っておこう」


 ……ありえない。


 たった1人。本当に、頭の中に浮かんだのはその1人だけだった。


 しかし、それはあり得ない。


 何故なら、彼は確かに俺がこの手で……この手に持っているガンブレイドで……。


「これには流石に驚いたようだな、英雄よ。俺の言葉を信じるかどうかはあなた次第だが……ね」


 ナナシは言い終わると同時に笑み、ローブの中に手を入れる。


 そして、カチッと何かが鳴る音が聞こえた。


 その瞬間、部屋の奥が爆発して船が揺れた。


 炎は燃え盛り水槽は破裂し、赤子が飛び出しては炎の中に飲まれてしまう。


「ナナシ!何てことを!!」


「このシナリオは見えていた。故に、フィナーレを飾る証拠隠滅用の爆弾をこの船とトラックに仕掛けておいたのさ。言ったであろう?俺を殺したところで、あなたがあの赤子たちを解き放つことは不可能だ。俺があなたへの嫌がらせとして、道連れにするのだからな!!」


 炎はすぐに部屋の中に燃え広がり、床に転がっている赤子たちは次々と燃えていく。


「さぁ、すぐにでも出ないとあなたも死ぬことになるぞ!?逃げろ、逃げろ。結局、あなたは誰も救うことなどできないんだよ!!」


「……うっ!!……誰もじゃない……まだ生きている子も居る。生きているのなら、助け出すことはできる!!」


 この部屋にはスプリンクラーがない。


 コートを脱ぎ、まだ炎に飲まれていない2人の赤子をそれに包んで抱える。


「無駄だよ……ここを生きて出られたとしても、あなたも、その2人の赤子も……悲劇の演者となる運命からは逃れられない……。今日の所は、俺の勝ちだ。……救えなかったなぁ、また見殺しにしたなぁ、また罪を重ねたなぁ!!……罪人にして英雄、最上高太!!」


 ナナシの悪魔のような笑いを背に受けながら、俺たちは炎の中を駆け抜けて部屋を出る。


 フェリーの中は何度も爆発を繰り返し、既に全体に炎が広がっている。沈むのは時間の問題だ。


 足を止めることなく通路を走り続けて甲板に出れば、海に向かって飛び込む。


 海に浮かびながら、業火に燃えている船と倉庫を交互に見る。


 俺はナナシにめられた。


 彼が俺にデータを送ったのは、多くの人間の命を犠牲にすることで、救えるはずだった命を救えなかった俺に更なる罪の意識を植え付けることが目的だった。


 彼は、最上高太という男の思考を読んでいたんだ。


 無力感と敗北感に苛まれていると、クロスリベリオンに着けていたスマホの電話が鳴る。


『最上、生きているのか!?最上!!』


「……」


『最上!!返事をしろ!!』


「……俺は……生きてる」


『すまない。いきなり、リストの赤ん坊を積んでいたトラックが爆発し……1人でも救おうとしたんだが……手遅れだった。爆発物に毒ガスが仕組まれていた。何人かは炎の中から救い出したが……毒の影響で……』


「……わかった。こっちの状況は、合流した後に話す」


 結局、俺は救い出すとか言いながら、助け出せたのは2人だけだった。


 もっと、多くの子を救えたはずだった。それなのに……。


 サンプルベビー。


 この子たちが歩む人生は、もしかしたら俺よりも過酷になるかもしれない。


 生きていることを苦しく思う事もあるだろう。


 それでも、生まれてきたことを不幸だと思ってほしくはない。


 この子たちには、緋色の幻影のための操り人形としてではなく、1人の人間として生きていく権利があるのだから。

感想、評価、ブックマーク登録、お待ちしてます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ