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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
束の間の休息
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サンプルベビー 前編

 高太side



 約15年前。


 1日中、強い雨が降っていた時のことだった。


 俺は谷本健人と共に、日本のある港町に潜伏していた。


「おまえの言っていることが確かなら、本当に奴らはここに来るんだな?」


「おそらく。無視はできない案件だ。……何も健人が一緒に来ることは無いと思うけど」


「くだらんことを言うな。組織が再び動き出そうとしているのなら、それを止めて再度潰すのが俺たちの役目だろ。それに、自由に動ける戦力となると、それは俺と貴様だけだからな」


「……それもそうだな」


 白いコートに身を包み、そのフードで雨をしのぎながら港を見る。


 すると、一隻の大きなフェリーが近づいてくるのが見えた。


「あの中に……例の子たちが……」


 その事実を知った時は驚いたが、それでもありえないことではないとも思っていた。


 緋色の幻影が動き出した。


 5年前に、デスゲームの生存者だった俺たちは多くの犠牲を出しながらも1度は組織を崩壊させたはずだった。


 しかし、ゴキブリと同じように、あの悪魔どもを根絶させることはできなかった。


 この港町に来たのは、明らかに罠だと思っていても、それを無視することはできなかったからだ。


 1週間前、罪島の中央データベースにハッキングが行われた。


 ヤナヤツが対応してくれて被害無く済んだが、それでも敵からの置き土産から直視しなければならない現実と向き合わされた。


 それは一通のデータファイル。


 時間は深夜。


 誰もが寝静まっていると思われる時間にファイルを開いて見ると、悪趣味とも取れる光景の写真の数々が添付されていた。



 四肢がバラバラの死体、首が切断された女性の遺体、血まみれでボロボロな状態のまま死んでいる少年などの、多くの無残な死体の写真。


 そして……俺にとってかけがえのない女を含んだ女性たちが、人間のクズどもによって弄ばれた一部始終を収めた動画。


 これら全て、5年前に終わらせたデスゲーム『デリットアイランド』で起きた出来事だ。


 聡明に覚えている、決して消えることのない生と死の記憶。


『生き恥をさらす罪人たちよ、私は戻ってきた』


 誰が送ってきたのか、それはわからない。


 しかし、これは悪戯では済まない案件だ。


 俺たちを罪人と呼び、5年前の悲劇を知っている人物となれば、放っておくわけにはいかない。


 デリットアイランドの悲劇を知っている者は限られる。


 それも、対極的な2つの集団に分けられる。


 俺たちデスゲームの生存者の関係者か、それともデスゲームを主催した組織『緋色の幻影』のメンバーか。


 続きをしようということは、選択肢は1つに絞られる。


 そして、最後に残っているデータが気にかかった。


 最初にデータを見つけたヤナヤツも、それに引っ掛かっているようだった。


 ノートパソコンの中に居る仮面の紳士は、俺に視線を送ってくる。


『高太くん……これは……』


「わかっている。これは誘いであり、俺のトラウマをえぐろうとしている嫌がらせのような行為だ。だけど、放っておくことはできないさ」


 敵は俺の思考を把握している。


 だからこそ、これは招待状であり罠なのだろう。


 それを罠だと知ってもなお乗ると、わかっているのだ。


「復活早々にやってくれる……な」


 パソコンに映し出されているデータは、多くの赤ん坊の写真とその下に表示されている数字、そして地図。


 場所は港。出港して向かう場所は、罪島とは別の人工島。


 子どもと人工島というワードだけで、嫌な記憶がフラッシュバックしてしまう。


 ここから導き出される事実はただ1つ。


「俺の処分は諦めて、他の研究に手を出そうとしているのか。この赤ん坊たちを使って……」


『相も変わらず、非人道的なことをするのだろうね。次は一体何をするんだか……』


「気になるのは、前は子どもだったのに赤ん坊を使うって所だな。そして、このナンバー……何を意味している?」


 情報が足りない。


 それでも、最悪の結末が予測できるというのに子どもを救い出さないわけにはいかない。


 結末の先にある最悪の先にある悲劇も、繰り返させるわけにはいかない。


 それに……こんな俺でも、今は1児の子どもの父親だ。


 人並みの情は芽生えたつもりだし、子どもに対する同情の意思もある。


 すぐに島を出るための準備を始めると、暗い部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。


 妻の優理花だ。


「貴方、こんな時間に一体何をしているの?」


「優理花……ごめん、起こしちゃったか」


 寝不足な表情をしている優理花を見て、申し訳なさで罪悪感を感じる。


「あの子はもう眠った?」


「うん。だけど、すぐにまたお腹を空かせて起きちゃうと思う」


「俺がミルクを飲ませておくよ。優理花も少しでも寝た方が良い」


「……妙に優しいのが何か気になるんだけど?何かあった?」


 妻にじと目を向けられ、少し精神的ダメージが。


「何をっ……俺がいつも優しくないみたいな言い方をしなくても……。まぁ、何も無いと言ったら嘘になるな。ちょっと、島を空けることになる案件ができた」


 優理花の眠気が一瞬で覚めたのだと、驚愕の表情からわかった。


「一体、何があったって言うのよ?高太が島から出るなんて、よっぽどのことでしょ?」


 確かに、俺は5年前から罪島を出ることがほとんど無かった。


 それについてはいろいろと理由があるのだが、一番は家族を守るためだ。


 今回の案件がそれよりも重要とは言わないが、未来の脅威は排除するに越したことはない。


 何よりも、これは俺にとって償いの1つになるかもしれないんだ。


「過去の惨劇が繰り返されようとしている。だから、それを止めに行ってくるだけさ」


 その時の俺は、余程情けない顔をしていたのだろう。


 優理花の心配する顔が、今でも忘れられない。



 ーーーーー



 フェリーは港に到着し、ヘルメットを被ったレザースーツの男が2名出てくる。


 フェリーの中からトラックが近でてきては、ヘルメットたちが誘導して巨大な倉庫の中に運ばれていく。


 その中に居るのが、おそらくデータに在った子どもたち。


 俺と健人はフェリーと倉庫を交互に見る。


「俺はフェリーに潜入し、情報を集めてくる。健人は、倉庫に行ってくれ」


「わかった。トラックの中にいる赤ん坊たちは、回収すれば良いんだな?」


「回収って言い方はやめようよ。俺たちの最終目的は、あの子たちを助けることなんだから」


 リストにあった子どもの数は100人近く。


 動けるのは俺と健人さんだけ。


 助け出すための方法は、フェリーを占領するか敵を殲滅させるしかない。


 俺たちは同時に別方向に向かって走り、こちらはヘルメットの男たちに接近する前にコートのポケットから取り出したスタングレネードを上に向かって投げて破裂させた。


「うわっ!何だ、これは!?」


 両目を押さえて苦しんでいるヘルメットたちを横目に、フェリーから出てくるトラックとすれ違う形で潜入することに成功した。


 すぐにこのことは船内に広がるだろう。船内に居る乗組員は潜入者を総動員で捜そうとするはずだ。


 しかし、それで良い。


 奴らの計画に狂いが生じれば、今の組織の上が動く可能性が高い。


 復活した緋色の幻影を動かしているのは一体誰なのかを突き止める手がかりが出てくるかもしれない。


 誰であっても、組織の人間ならば俺は……。


 頭の中に、優理花と生まれたばかりの自分の子どものことが浮かぶ。


 血で汚れた過去を背負って生きていく覚悟は、とうの昔にできている。


 そして、俺に未来を繋げてくれた人たちのように、今度は俺が誰かの未来を繋げていくんだ。


 例え何度、己の手を血で染めようとも。


 船内を進んでいると、やっと警報が鳴ってくれた。


『緊急指令。船内に侵入者あり。乗組員は至急、侵入者を排除せよ。乗組員は至急、侵入者を排除せよ』


 指令が下り、船内は俺のことを捜して騒がしくなる。


 レールガンを構え、左目に意識を集中させて能力を解放する。


 フェリー占拠のために操舵室そうだしつを目指していると、曲がり角で3人のヘルメットと対面してしまう。


 その手にはスタンバトンが握られている。


 そして、俺の顔を見るとたじろぐ。


「な、何故ここに最上高太が!?」


「俺のことを知っているようだ。それなら、そこを通してもらおうか」


「……例え過去に組織を崩壊させた者が相手だとしても、侵入者ならば全力で排除する」


 恐怖を感じているようだが、それでも自身の役割を果たそうとする。


 それは使命感からか、それとも後の恐怖を抱えているからか。


 情報を得れるかもしれない。ここは、急がば回れだな。


「そちらの時間稼ぎに付き合おう」


「……何?」


「君たちは、今のままでは俺を捕らえることも殺すこともできないと思っている。それなら、数で押し切る策を取るのが基本でしょ。それに乗ってあげるって言ってるんだ。その代わり、少し世間話をしようじゃないか?」


 冷静な俺とは対照的に、ヘルメットたちは過呼吸になる。


 彼らが最上高太という存在をどう認識しているのかはわからないが、この恐れを利用させてもらおうか。


 レールガンの引き金に指をかけ、威力を調整してから3人の中央のヘルメットに早撃ちで直撃させる。


「うわぁ!!」


 中央のヘルメットは衝撃で後ろに倒れ、それに気を取られている内に次は右側のヘルメットにレールガンの銃口を向ける。


「本当だったら今の一瞬で、君たちをこのレールガンで気絶させることも可能だった。俺は君たちの使命に協力的なんだ。機嫌を損ねるようなことはしないようにしてもらえるか?」


 2人のヘルメットは1度お互いを見て頷き、1人がポケットからスマホを取り出して連絡する。


「こちら、ブラック3。侵入者を発見しました。侵入者は……最上高太です」


『……何?何故、あの男がここに居る!?』


「わかりません。しかし、事態は深刻です。A6ブロックに救援を要請します」


『すぐに向かわせる。侵入者はそこで足止めするのだ!!』


 スピーカーをオンにしていたようで、こちらにも電話の内容は伝わっていた。


 それが偶然なのか、俺の意図を読んでの行動なのかはわからない。


 しかし、これで少し情報は入った。


 このフェリーの乗組員は、こちらにリストのデータが渡っていることを知らない。


 ならば、一体誰がどういう目的で罪島にあんなデータファイルを残したんだ。


「確認したいことがあるんだけど、このフェリーは花王会の所有しているもので良いんだな?」


 ヘルメット2人は答えない。


 黙秘は肯定と受け取った。


「組織を立て直したのは誰なのかを、知っている者は居るのか?」


 ヘルメットたちは聞いても答えようとしない。


 これは知らないのか、それとも俺には知られてはいけない人物だということを示唆しているのか。


 データファイルが渡っていることを知らないならば、上層部に位置する者はこの船の中には居ない。


 このフェリーを指揮する者でさえ、下位の者だろう。


 ヘルメットが口を開かなければ、聞きたい情報も手に入らない。


 ここは聞くべき主題を変えることにしよう。


「船の中に居る子どもたちは一体、何の目的で運ばれているのかは理解しているのか?組織は何をしようとしている?」


「それを知って、あなたはどうするつもりだ?」


「子どもたちを君たちから助け出す。過去の過ちを繰り返させるわけにはいかない」


「過ちを繰り返さない……か。手遅れですよ。いくらあなたでも、あの子どもたちを救うことはできない。あの500人の運命は、生まれた時に決まっているのだから」


「決まっている運命なんか無い。組織の決めた人生設計に、子どもたちを追従させようとしているだけだろ?」


 目を細めながら、少し感情が表に出そうになった。


 少しの間話していただけだが、その間に前後の通路をヘルメットの集団に囲まれる。


 その数は、推定でも20人になった。


 前後を見て、不意に薄ら笑みを浮かべてしまう。


「これが総動員できる人数の全てならば……君たちは、俺のことを侮っているようだな。後悔することになるよ?」


 相手が持っているのは、全てスタンバトン。


 前後から一斉に来られた場合、レールガンでは距離を詰められるごとに分が悪くなる。


 こちらも、近接武器に変える必要があるな。


 コートを翻し、ベルトにさしていた鞘を取り出して上下に分かれているレールガンの銃口に装着してはT字に展開され、グリップを上げて銃から剣の柄に形状を変える。


 レールガンに装着しているスマホから音声が流れる。


『専用追加武装、アイスメイク装着完了。刀身生成……完了。専用武器レールガンブレイド『クロスリベリオン』、使用可能です』


 前後からヘルメットが等距離で迫ってくる。


 それぞれの前列2人が、スタンバトンを俺に向かって振るってくる。


 電気を帯びたバトンが身体に直撃しようとした瞬間、抜刀して回転し、ヘルメット4人を薙ぎ払う。


 長い十字型の蒼い氷剣の刀身が、対照的な紅に染まる。


「1人1斬で十分だな……」


 目前の列の8人を見据えて走りだし、スタンバトンを振るう隙も与えずにすれ違いざまに氷の刃がヘルメットたちの肉をえぐる。


 1人また1人と斬っていき、走り切った時には床にゆっくりと血が広がり始めていた。


 後ろに居る残りの雑兵は、震えながら俺を見る。


「な、何だ、今の動きと速さ……人間のできる範囲を超えている……」


「これが……1度組織を崩壊させた男の実力なのか!?」


 これぐらいで怯えている時点で、彼らの実力はたかが知れている。


 怯えている人間ほど、戦いで斬りやすいまとは無い。


 それに……。


「5年前の組織の殲滅部隊の方が、もっと時間がかかったかな。次はもっと速くいけそうだ」


 クロスリベリオンを右手で構え、そのまま3秒後には逆方向に血だまりができた。


「弱すぎる……あのデータの送り主は、一体俺に何をさせたかったんだ?」


 奇妙な違和感を覚えていると、クロスリベリオンに装着しているスマホの電話が鳴った。


「もしもし」


『俺だ、最上。こちらは制圧完了した。だが、この一件、何か妙だぞ?』


「妙?……何があったのか、具体的に教えてもらえますか?」


『全てのトラックの中を見たが、赤ん坊の数がリストにあった写真の数よりも少ない。フェリーの中に、まだ残っているかもしれない』


「船の中に……?わかりました、こっちでも捜してみます。健人さんは、子どもたちのことを頼みます」


『了解だ、リーダー』


 電話を切り、クロスリベリオンを右手に持ったままですぐに先に進もうとすれば、遠くから甲高い拍手の音が響き、誰かが近づいてくる。


 それは先程までのヘルメットの男たちとは違い、異質な姿をしていた。


 灰色のローブを身にまとい、顔には上半分のピエロのハーフマスクを着けている男。


 黒手袋をしている両手で拍手をし、口元に笑みを浮かべて近づいてくる。

 

「俺の送ったデータは届いたようだ。安心したぞ?罪人よ」


「罪人……俺のことをそう呼ぶということは、君はこちらの情報を持っていると思ってもよさそうだな。一体、誰だ?」


 名前を聴くと、ピエロの男は仮面を押さえて声を出して笑う。


「アハハハハっ。これは失礼……俺はデータに自己紹介をするのを怠っていたのだな。これは無礼なことをしてしまった。俺はあなたほど優秀ではない故、落ち度があるようだ。しかし、それは俺のみの落ち度ではないと弁解させてくれ。残念なことに今の俺には名は無い。ゆえに、名乗る名はない。よって、あなたには俺のことをこう伝えるほかない……」


 わざとらしい演技をし、ピエロは胸に手を当てて優雅にお辞儀をする。


「今の俺はぁ……仮にナナシと名乗らせていただこう。俺はあなたを深く尊敬し、深く愛し、深く感謝の念を抱く者だ」


「感謝……?俺が君に何をした?」


「あなたは俺を人間としての呪縛から解放してくれたのだ。そして、人間を超える機会を与えてくれた。したがって、俺はあなたに恩返しをしに参ったのだよ」


「言っている意味がわからない。君と俺に、一体何の関係があるって言うんだ?」


 無駄な話をしている時間はない。


 こちらには、やらなければならないことがある。


「あなたと俺のことは、後になってもわかることだ。今はあなたがしなければならないことを、優先しようではないか」


「……君は味方じゃないだろ。ここで、俺を止めようとしにきたわけじゃないのか?」


「俺はあなたの運命の輪を、再度回すための道先案内人だ。少なくとも今は、敵味方などは関係ない。あなたが望むものがある所に導くのみ」


 ナナシは俺に背を向けて奥に進んでいく。


 背後から攻撃を仕掛けることはできるが、この男の真意がわからない今は無駄な戦闘は避けたい。


 ナナシを信じるつもりはないが、彼の後に続いて奥に進む。


 それにしても、何なんだ?この……ナナシと言うピエロの男が現れてから感じている、この懐かしい怒りは。


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