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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
束の間の休息
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信頼

 円華side



 気持ちの整理をつけるのに、俺の場合は最低で1週間はかかる。


 姉さんの死を受け入れる時にも、それだけかかったような気がする。


 親がどうとか、梅原がどうとか、そういうことが一辺に立て続けに起きて、自暴自棄になったのは認める。


 でも、その根底にあった感情が今ならわかる。


 俺を中心とした世界が壊れたことによる恐怖だ。


 一昨日だけで、俺の過去と今の繋がりが切れたのを感じた。


 今の俺は確かに存在する。だけど、それを生み出した誰かを俺は知らない。


 そして、恵美は梅原と会ってしまった。俺が彼女を守ることはもうできない。


 そう思っていた。


 だけど、過去は変わらなくても、少なくとも今の繋がりを保つことができるかどうかは、今日これからにかかっているんだよな。


 夜の10時になる。


 ベッドに寝転がったまま気持ちを落ち着かせていると、インターホンが鳴った。


 来るのは誰なのかはわかっていたので、すぐに鍵とドアを開ける。


 すると、いきなり強い痛みが額にきた。


「痛っ!!」


「隙があった円華が悪い」


「おまえなぁ……一々デコピンしてくんじゃねぇよ」


 額を押さえながら溜め息をつき、恵美を見るとある変化に気づく。


 この前の祭りの時と同じ、後ろを少し束ねてヘアゴムで結んでいる。


「髪型、変えたんだな」


「うん……まぁね。心境の変化があったから」


 俺は素っ気なく「へぇ」と言って受け流して、部屋に通す。


 キッチンで飲み物を用意していると、その間に恵美は部屋の中を観察している。


 そして、一瞬ゴミ箱の中を見ては安堵の息をつく。


「とりあえず、1週間何も食べてなかったってことは無かったみたいだね」


「カップ麺とか買いだめしといたからな、それで食いつないでた。外に出る気力も無かったんだ」


「今は?」


「今もない……な」


 首の後ろに手を回して俯いてしまうと、恵美がオレンジジュースの入ったコップを自分で持って行ってテーブルに着いた。


「私の他には、誰かから連絡とか訪問はあったの?」


「ねぇよ。おまえは寝ていたから知らなくて当然だけど、俺は成瀬たちを近づけさせなかった。多分、無意識に殺気立ってたんだ。だから、みんなは俺をそっとしておくことにしたんだと思う」


「そっか。みんなは優しいんだね」


「おまえも、そっとしておくって選択肢は無かったのかよ?」


 こいつだけ、恵美だけが俺に電話をしてきたり、わざわざ会いに来た。


 それを喜ぶべきか、悲しむべきなのか。


 どっちにしても、この時間の俺の目的は決まっている。覚悟もできている。


 今日、恵美への不安と決着をつける。


 恵美はジュースを飲み、俺に視線を送る。


「それは、私にできることがないんだったら、みんなと同じことをしたと思うよ?でも……電話した時に、円華の声を聞いた時に気づいちゃったんだ。これは私が関係していることなんだなって。だから、できることならしようって思っただけ」


「おまえ……察しが良過ぎなんだよ」


「変な能力を持って生まれたから、そこから派生したんだと思う」


「はぁ……ったく、普通はありえねぇっての」


 後半は小声で呟き、俺もグレープジュースの入ったコップを持ってテーブルに着いた。


 それと同時に、恵美はテーブルに両肘を置いて身を乗り出してきた。


「それで……私に話したいことって何?」


「いきなり、単刀直入かよ……」


 いつもだったら、いきなり本題に入るのはありがたいと思うが、今は何と言うか……心の中でまだ先延ばしにしたいという思いがあったかもしれない。


 だけど、逃げてても現実も恵美の気持ちも変わらない。


 覚悟は決めた、腹をくくれ。


「最初に、おまえには関係ない話をしても良いか?」


「……別に良いけど、私が聞いても良い話?」


「正直、わかんねぇよ。でも、1人で抱えきれる事実じゃねぇし、親父たちに話せるようなことでもねぇ。誰かに話して、少し楽になりたいだけなんだ。俺のことを知ってくれている誰かに、聞いてほしいってだけだ」


「わかった。私に話して楽になるなら、話していいよ」


 恵美が聞く姿勢に入る。


 俺は深呼吸をして、2日前のことを思い出す。


 あの、記憶の声を思い出す。


 そして、俺の中で辿りついた事実を口にした。


「俺は……桜田家の人間じゃなかったんだ。俺は全然知らない他人から生まれて、桜田家で育っただけだった。桜田円華じゃなかったんだよ。自分でも、何が何だかわからねぇ……。自分で自分がわからなくなった」


 この言葉を引き金に、桜田玄獎が俺の出生届を出していなかったこと、誕生日を聞かされていなかったこと、そして、幼少期に世間から隔絶した生活をさせられていた理由を考察したことを話した。


 それを黙って、恵美は時々頷きながら真剣に聞いてくれた。


「————ってわけなんだけど、どう思う?」


「……え?私に意見を求めるの?」


 話の終わりに聞いてみると、恵美は意外そうな表情をする。


「第3者の意見って大事だろ」


「自己中なくせに、よくそんな言葉が出てくるよね?でも、成長したと思えばいっか。……うん、円華のその考えは間違ってないよ」


「……は?」


 間違って……ないよ?


 その言葉、おかしくないか?


 だって、そういう言い方って……。


 いぶかし気な顔をしていると、恵美が首を傾げる。


「何?その顔。何か疑ってるような感じがするんだけど」


「疑ってるって言うか……そうだな。恵美、1つ確認させてくれ」


「だから、何?円華の今の顔……怖いよ」


 目を逸らされそうになるのを、逃がさないように両肩を掴んで顔を近づけて目を見る。


 急なことに驚いたようで、恵美の頬が紅くなる。


「か、顔……近いっ……!!」


「俺から目を逸らすな。今から聞くことを、目を見て答えてくれ。……アラタのこと以外で、俺に隠してることは無いか?」


「……何で、そんなことを聞くの?」


「今、おまえはいつもと違う言い方をした。いつもは断定した言い方をしないのに、どうして今は『間違ってない』なんて言えるんだよ。そういう言い方をするってことは、俺が知らないことを、おまえが知ってるってことじゃねぇのか?」


 珍しく、恵美が驚いた顔をした。


 しかも、図星を突かれたという表情だ。


 肯定も否定もせずに俺の目をじっと見てくる。


 それが肯定の意味であることは察しがついた。


「……話してくれないか?どんな事実でも、今の俺には大切な情報だ。言えないって言うなら、言ってくれるまで俺は待つ」


 恵美の目を睨みつけるではなく真っ直ぐに見て言えば、彼女は1度瞬きをしてから恐る恐る口を開く。


「話すなんて保証は……ない」


「いつまでも待つさ。恵美が話してくれるまで、ずっと待つ」


「私が真実を話すとは限らない」


「恵美はいつも、俺に正直でいてくれた。だから、おまえは俺に嘘をつかない」


「それって、信頼?」


 信頼。それは俺が最も嫌いな言葉だった。


 今でも、そんなに好きじゃない。


 人を信じるのは難しいことを俺は知っている。痛感している。


 だから、俺は何度も人を疑ってきた。期待なんかせずに、姉さんが死んだ後は孤独になろうとしていた。


 でも、俺はずっと恵美のことを見てきた。恵美が居たことで、何度も救われてきた。


 だから、もう疑うことはない。


「俺は恵美のことを信じてる。だから、恵美が話してくれるなら、それが事実だと受け入れる覚悟はある。おまえが何を渋っているのかは知らねぇけど、話すまで待つし、話してくれるならそれが事実だと信じる。それだけだ」


 今の言葉は本心だ。


 似合わない言葉を使っていることはわかってる。


 それでも、こんな言い方しかできなかった。


「……そっか。それ……な…ら……嬉しい…よ」


 恵美の声は途切れ切れで聞き取りづらかった。


 何でかはわからないけど、耳まで顔が紅くなっていた。


 そして、恵美は軽く深呼吸をすると、自身の左隣の床を叩く。


「隣……来て、座って」


「……は?何で?」


「言った通りにしなかったら、話さない」


 予想外にも、今ので話す気になってくれたらしい。


 静かに隣に座ると、恵美は頭を俺の肩の方に傾けてきた。


「正直に答えてね?アラタのこと……知りたい?」


「どうして、いきなりそんな質問が飛んでくるんだよ?俺のことを話してくれるんじゃないのか?」


「ネタバレすると、円華の出生とアラタのことは無関係じゃないから」


「……それが、アラタと俺のことを黙っていた理由か?」


「それも……ある。けど、一番は、話しても信じてもらえないと思ったから」


「それなら、一番の難関は突破されたわけだな」


 冷静に言うと、恵美は俺の手を握ってきた。


「これから話すのは、誰にも言ったことがないことなんだ。お父さんとお母さんから聞いたことと、私が視た過去を重ねて話すけど……ちょっと、緊張する」


 高太さんのことが出て来て、溜め息が出てしまった。


「やっぱり、高太さんたちが関わってるんだな。そんな気は薄々してた。……大丈夫だ。恵美のペースで話してくれ、急かすつもりはねぇよ」


 精神世界で見た高太さんの顔が浮かんだが、すぐに頭を横に振って消す。


 恵美は軽く頷いて、順を追って話してくれた。


 それは、いつの日か麗音が俺に言っていた言葉を想起させた。


 俺と緋色の幻影の、向き合わなければならない運命を。

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