影の盗聴
基樹side
昨日から、ずっと止まっていた歯車が動き出したような気がする。
梅原改に向ける円華の目は、敵を見るようだった。
そして、第3者から見たら、梅原はそれを知りながらあえて気づかないふりをしていたように見えた。
あの男の情報は全くないし、生徒会長として学園のあらゆる情報に精通しているブラックチェリーも、その存在を知らなかった。
彼のことを敵視する椿円華、彼の名を聞いて気を失った最上恵美。
梅原1人に対して、2人が抱えている問題はおそらく共通している。
それに俺が介入できることではないのだろう。
俺ができることは、円華の復讐と守護の力になることだけだ。
こと戦いにおいてはサポートできるが、精神面で支えになる事はできない。
それこそ、あいつの心を救えるのは、今は英雄の娘だけなのだろう。
今の俺にできることは、前もって円華に頼まれていたことを遂行することだけなのだろう。
朝から成瀬瑠璃のことを陰ながら護衛しており、今は校舎の中に私服で入って学園長室から少し遠い場所で気づかれないように様子を見る。
どういうわけか、学園長室に赤髪の女が入って行き、扉を開けたまま学園長と言葉を交わしている。
外には誰も居ないからか、それとも、その女性に扉を閉めるという習慣がないのか。
とりあえず、気配を消して聞き耳を立ててみる。
聞こえてくるのは、その女の声と学園長の話声。
話の内容から、女性が瑠璃ちゃんの母親だとわかった。
そして、学園長と何か因縁があるということも。
「成績表は届きました。入学した時はAクラスだったのに、1学期の最後にはEクラスまで下がってるではありませんか。この学園のシステムが、瑠璃には合っていないのではないでしょうか?」
「才王学園は、あくまでもあらゆるシステムによって個人の実力を判断して能力を高める場だ。孫だからと言って、1人を特別視するわけにはいかん」
「実力を判断?くだらないですね。個性を高めるのは結構ですが、社会は高すぎる個性は求めていません。出る杭は打たれる。平等に、均等に能力を高めることが重要ではないでしょうか?」
「平等だけでは、人は成長しない。ぶつかり合い、高め合うことで得られる経験と能力には爆発的な効果があることは、すでに科学的にも実証されている」
「その結果、ケースとしては精神が病んで元も子もない結果に陥ることもありますがね。その点、平等に徹底的に管理することで、継続的な成長ができる。レベル別にすれば、落ちこぼれも平均レベルには達する可能性もあるでしょう」
「管理だけの先にあるのは、人間として大切なものの欠落だ。それが無くなれば、人間は人間ではなくなってしまう」
「大切なもの、とは?」
学園長の眼差しが、覚悟を帯びて強くなる。
「自己決定の意志。自分で考え、自分の責任で物事に取り組む覚悟がなければ、人は他人の駒に成り下がってしまう。思考力を失い、他人の命令に従うだけという選択の先にあるのは破滅だけだ」
「それは、ここには居ない誰かからの教訓でしょうか?」
「貴様の想像に任せるが良い」
ただ他人の命令に従う選択の先にあるのは破滅……か。
その考えは否定しようがない。
うちの主は1度それで破滅しかけているからな。
2人の話は平行線の教育論は続くが、それを黙って見ているうちのクラスのリーダーに視線が向かう。
学園長……自分の祖父と母親の話を、生気を感じない瞳で立ち尽くしたまま聞いている。
いや、そう見えるだけだ。
今の瑠璃は、思考が停止してしまっている。
母親が現れてから、一瞬で目の色が変わったことがわかった。
いつもの強い信念がこもった瞳が、心を守るために殻に閉じこもったかのように光を消していく。
そのことを気にするような目を送っているのは、2人の内の厳格な老人だけなのが態度からわかった。
後ろ姿だけでも、頭の動きで母親の方が稲美を見ていないことは明らかだった。
俺が黙って様子を見ていると、一瞬だけ学園長と視線が合ったような気がした。
嘘だろ、完全に気配を消してるはずなのに。
よく見ると、女に気づかれないように人差し指をデスクに一定の間隔を開けて打っている。
それが何なのかはすぐにわかった。
モールス信号だ。
こ こ か ら ま ご を つ れ だ し て く れ
ここから、孫を連れだしてくれ?
小さく溜め息をついてしまった。
「完全にバレてるよ……。学園長、俺のことも利用するつもりか」
ポケットからスマホを取り出し、瑠璃に電話をかけてみる。
今のモールス信号で全てを理解した。
この教育論争は、水面下で行われている成瀬稲美を巡る攻防戦だったんだ。
どちらも、相手の隙を突いては自分の正しさを主張し、相手のその先の意見を論破しようとしている。
学園長は孫を母親の元に戻さないために。
母親は娘を手元に戻すために。
しかし、話を聞いてずっとおかしいとは思っていた。
瑠璃の母親は、娘のことを自分の手元に戻したいと考えているのは明らかだ。間違いない。
だけど、さっきから『転校させるとか』『退学させる』って言葉を出さない。
それは、言っても無駄だと思っているからだろう。
そして、もう1つの可能性も示唆している。
その可能性を考えたら、母親の目的はあくまでも学園長への牽制だろう。
そして、そのついでに娘の様子を確認しに来たと言ったところか。
学園長室を見ると、瑠璃がスマホの着信音に気づき、学園長に許可をもらってから電話に出るのがわかった。
『もしもし、基樹くん?』
「ヤッホー、瑠璃ちゃん。ちょっとさ、今から図書室に来てくれない?確認したいことがあるんだよね」
『どうして、このタイミングなのかしら。悪いけど、今は……この場を離れることはできないわ』
「そこを何とか。瑠璃ちゃんにしか相談できないことなんだよ」
『そう言われても、不可能なものは不可能だわ』
こう頑なに断ってくるのは、俺のことが嫌いだからか、母親が目の前に居るせいか。
とりあえず、学園長の頼みを遂行しないと、今後の学園生活が怖い怖い。
「クラスの仲間のことで相談があるんだ。円華が動けない今、リーダーの意見が聞きたい。詳細については、現地で話す」
成瀬瑠璃を動かすために必要なパワーワードは『仲間』だ。
彼女は仲間のことを何よりも大事に思っている。
だから、この言葉で奮い立たせて行動させる。
遠くから見ると、瑠璃の瞳に光が戻ったのがわかった。
『わかった。すぐに行くわ』
瑠璃は2人に見向きもせず、すぐに学園長室を出て目的地に向かった。
多分、王道マンガの主人公みたいに、何が何でも仲間を大切にするって感じじゃないんだ。
そんな単純なものじゃないと思う。
仲間だから大切だとか、仲間だから助けたいとか、そういうものじゃないことはいつもの真剣な眼差し見ればわかる。
成瀬瑠璃にとって、仲間は軽い言葉じゃないのだろう。
俺には、到底理解できない思考だけどな。
電話が終わったのでスマホをポケットにしまい、適当に言った言葉だが、遠くから学園長に一礼してか俺も図書室に向かう。
「王道マンガって……好きになれないんだよな。仲間が居ればどうにかなるとか、人生舐め腐ってる奴が多いから」
仲間が居れば、乗り越えられない試練はないなんて幻想だ。
力を合わせれば、どんな困難にも打ち勝つことができるなんて不可能だ。
仲間って道具は、万能じゃない。
俺に仲間なんて……必要ない。
ーーーーー
???side
チャットルーム。
エースさんが入室しました。
ジョーカーさんが入室しました。
ジョーカー『急な呼び出しとは、エース殿も珍しいことをされるものだ。私の研究に興味でもお持ちかな?』
エース『話をはぐらかすな、道化師め。この前の失態、どう責任を取るつもりだ?』
ジョーカー『責任とは?すまない、私は愚者ゆえに貴公の言っていることを理解しかねるよ。失態とは、何をもってして失態とするのか。貴公の定める失態の範囲と、私の定める失態の範囲が重なっているとは到底思えそうにない』
エース『おまえはキングから信頼を得ながら、それを裏切った。やはり、住良木麗音はあの時に処分すべきだった。それを、おまえは……!!』
ジョーカー『ふむ、憤怒ゆえの盲目。それもまた、エース殿らしいと言えば、らしいな。しかし、思い違いをするのは、我が友への冒涜になるのではあるまいか?』
エース『……何を言っている?』
ジョーカー『我が友が、何の見通しもなく私にリンカーの投入を許すと思っているのかね?もちろん、後の策をこうじているに決まっていよう。それこそ、水面下で既に実行されていることやもしれん。当然、私も独自に策を考えてある』
エース『それでリンカーの件の失態を無かったことにするつもりか?』
ジョーカー『あれを失態と見るとは、貴公の思考は変わらずに浅はかと言うほかないな。我が友はこの前の罪島への攻撃で楔を打ち込み、私はカオスとかの英雄を精神的に追い詰める切り札を持っている』
エース『その切り札とは何だ?答えなければ、おまえを今すぐにでも殺しに行く』
ジョーカー『それは困るな、研究を続けられなくなる。では、貴公に敬意を表して、答えではなくヒントを授けよう』
エース『ヒントではなく、答えを言えと言っているんだ』
ジョーカー『貴公はすぐに答えを求める。それでは、成長はないのではないだろうか。キングの側近という立場を保ちたいのであれば、もう少し賢くならなければなぁ』
エース『……さっさとヒントを言え』
ジョーカー『素直に助言を聞き入れるのは良いことだ。では、ヒントを言おう。かの英雄……いや、罪人と呼んだ方が私には馴染むか。罪人は小さなミスを犯した。我々を16年間も欺いてきたわけだが、そのカラクリの元は我らが手中にある。そして、カオスにすら隠している真実も。私はその状況を利用するのさ』
エース『隠している状況を利用する……だと?』
ジョーカー『情報には力がある。それが自分が思いもしなかった情報であればあるほど、その影響力は計り知れないものだ。そして、それはカオスだけではなく、その周りの者に対しても……な』
エース『最上高太の誤算……情報か。しかし、それを何時使うつもりだ?』
ジョーカー『まずは外堀を埋める。知らないが故の混沌と、知っているが故の混沌。私の計画通りにことが運べば、カオスは自ら孤独を選んで破滅する。そして、止めを刺すのは……フフフっ、血は争えぬ。必ず、かの2人は衝突するさ』
エース『おまえだけで話を進めるな。何の話をしている?』
ジョーカー『カオスに自身のことを隠しているのは、何も罪島の住人だけではないという話さ。そして、カオスは私にとっては餌でしかない。かの者を破滅させれば……私は罪人を引きずりだすことができるやもしれん』
エース『最上高太と戦うつもりか?』
ジョーカー『然り。我が友はカオスに拘っているようだが、私はかの者が破滅した先を見ている。キングの他にクイーンもカオスを排除しようとしているようだが、私には誰がかの者を破滅させようとも関係ないのだよ。私はかの罪人を殺したいだけなのだ』
エース『それは憎悪か?それとも、狂乱か?』
ジョーカー『……1度死を経験した者にしか、抱くことのない憎しみがある。それは醜く、おぞましくなろうとも、果たさなければ収まらない感情を抱かせる。私はかの罪人に感謝しているよ、彼に死を与えられなければ、私は人間を超えることができなかった。その感謝の意を、彼に死を与えることで返すのさ。あぁ、罪人だけでは足りないなぁ。罪人の妻も、娘も、かの者の大切な全ての者に死を与えなければならない!!それが……愛だ。私は……最上高太という罪人を愛しているのだ』
エースからのコメントは返ってこない。
私の愛の深さに恐れを抱いたのかもしれないな。
30分後、私はチャットを閉じてPCをシャットダウンさせる。
部屋の中には薬品やコニカルビーカー、メスフラスコなどが棚の上に置いてあり、机の上には20年前のデリットアイランドの資料がある。
手元にあるペストマスクを触りながら、様々な魚が泳いでいる水槽の底に置いてある、白い頭部の骸骨を見る。
それを見る時にいつも思い出す、あの最後の光景。
紅と蒼の冷徹な目をした罪人の姿。
「最上高太さん……朝野優理花さん……僕は、あなたたちのことを忘れてなんていませんよ?」
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