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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
束の間の休息
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鞘と刃7

 野島の運転する車に乗り、俺たちが向かったのは桜田家の屋敷ではなく、街の通りにある路地裏だった。


 その先を涼華に背負って運んでもらい、ある地下に続く階段で止まる。


「この先で蒔苗が治療を受けているはずだ」


「……なら、1人で行くよ」


「わかった」


 涼華は俺を地面に下ろしてくれた。


 疲れと痛みで、歩くのすら困難になっている。


 それでも、1人で行かないとカッコが付かないだろ。


 壁に両手をつきながらも階段を降りる。


 その先は一本道で、ある部屋の前に居る親父と一翔が見えた。


 2人とも長椅子に座っている。


 空気から察した。


 まだ、状況はかんばしくない。


「親父……蒔苗は?」


「まだ治療中だ。始まってから、3時間は経っているらしい」


「……そうか」


 助かったわけじゃない。


 だけど、まだ死んだわけじゃない。


 それだけでも、心が救われた。


 足を進め、一翔に近づくにつれて胸が苦しくなる。


 あいつは、俺と目を合わせようとしない。


 俺が戻ってきたってことは、そう言う事だってことがわかっているからだ。


 服がボロボロになっているのだから、嫌でも気づいてしまう。


 俺も一翔に一歩ずつ近づくごとに、さっきのことが頭の中に思い出されてしまう。


 カゲロウをこの手で殺したこと。


 暴走して姉さんを傷つけてしまったこと。


 罪のない子どもを、殺そうとしたこと。


 それら全てが鮮明に頭の中に浮かび、一翔の少し前で足が止まった。


 思い出すと同時に気づいてしまったからだ。


 俺は……もう、一翔の友達ではいられないなんだと。


 いちゃいけないんだと。


 例え蒔苗が助かったとしても、彼女とも関わっちゃいけないんだ。


 あの時は衝動的だった。しかし、今回は意識がはっきりとしていた。


 自分の意思で、人を殺したんだ。


 今回は何の言い逃れもできない。


 認めるしかない。


 俺は……人殺しの『怪物』だ。


 もう、あいつらの友達じゃいられないんだ。


 足を止めると、一翔が椅子から立ち上がって俺を殴った。


 踏ん張ることができず、そのまま地面に倒れてしまう。


「くっ……バカ野郎!!」


 そう言う一翔の目には、涙が浮かんでいた。


「……いきなり、怒鳴るなよ。アホ」


 身体が疲れを訴えているが、それでも立ち上がらなければならない。


 壁に手を置いて立ち上がり、そのまま立ち尽くす。


 一翔は唇を噛み、俺の胸倉を掴んだ。


「どうした!?いつもの君なら、すぐにでも殴り返してきてたじゃないか‼」


「確かに……そうだな」


 覇気のない声を聴き、一翔がもう1度俺の左頬を殴った。


「どうしてだよ!?……約束、したじゃないか!?」


「……ああ、そうだな」


 約束は……覚えている。


 それでも、それを果たすことはできない。


 俺は一翔の怒りがこもった目を見て、同じく涙を浮かべる。


「俺には……おまえを殴る資格がないっ…‼」


「ふざけるな‼」


 一翔は俺を押し倒し、怒りのままに左右の頬を交互に両手で殴る。


 それに抵抗せず、その怒りを受け止める。


「何で!?どうして!?約束したじゃないか!?君はっ…‼」


「……ごめん」


「謝るな!!謝るくらいなら、僕を殴れよ!!」


「できないっ……できないんだっ…っ!!」


「ふざけるなっ!!」


 一翔の目から流れる涙が、俺の顔に落ちる。


 正しさのために殴ってほしい一翔と、そうする資格がない俺。


 親父は俺たちを哀れむ目で見ては、目の前にある手術室の『手術中』のランプが消えるのを確認した。


 中から、1人の男が出てきた。


「最後の方で部屋の前が騒がしいと思ったが、そういうことか……。何故、止めない?椿さん」


「子どもの喧嘩に、大人が首を突っ込むのは野暮やぼだろ。それに、これは2人のけじめだからな。……それで、嬢ちゃんはどうなった?川崎」


「一命は取り留めた。麻酔が切れるのに、1時間か2時間はかかる」


「そうか、悪かったな。礼を言うぜ」


「言葉は要らない。金を寄こせ」


「っ、おまえは相変わらずだなぁ~」


 川崎さんは俺と一翔を見ると少し目を細めたが、すぐにその場を後にした。


 親父が一翔の襟の後ろを掴み、俺から離す。


「嬢ちゃんは助かったんだ。一時休戦と行こうぜ?」


 止めてくれる人を待っていたのか、一翔は素直に親父の言う事を聞いて俺から離れた。


「円華、立てるか?」


「……ああ」


 親父の差し出された手を掴んで立ち上がる。


 俺と一翔と目線を合わせてしゃがみ、親父の目が真剣になる。


「嬢ちゃんは助かった。だが、これで安心ってわけでもねぇ。ここから先、おまえたちには辛い未来のことを言わなくちゃいけなくなる」


「……何だよ、親父」


 安心じゃない……栗原家の当主も桃園家を襲った犯人も殺したのに?


 親父の言っている意味がわからなかった。


 一翔も同じ様子だ。


「確かに嬢ちゃんの命は助かった。それは喜ばしいことだ。だけどな……」


 親父は険しい表情をし、俺たちにこう告げた。


「桃園蒔苗の人生は、ここで終わりだ」



 -----



 3時間後。


 俺と一翔は、蒔苗の居る病室に訪れた。


 病室を出る川崎さんとすれ違う。


「……椿さんから話は聞いている。最後くらい、楽しい時を過ごさせてやれ」


「話せる時間は……?」


「体力的に長くはもたない。15分程度だ」


「……わかった」


 15分……蒔苗との最後の時間。


 短すぎる。


 一翔も俺も悲しみを押し殺し、病室に入った。


 部屋の中に入ると、視界に入ったものに目を見開いた。


「蒔苗……」


 一翔が情けない声で名前を呼ぶのもわかる。


 蒔苗は今、ベッドの上で弱り切った顔に酸素マスクを着けており、左手がチューブに繋がれていた。


 意識はあるのか、頭を動かしてこっちを見た。


「一……ちゃん……円ちゃ…ん……」


 名前を呼ばれ、すぐにベッドに駆け寄る。


「蒔苗……大丈夫……か?」


「うん……ちょっと、眠いけど……大丈夫……だよ?」


 笑顔を見せる蒔苗に、胸が締め付けられそうになる。


 無理して笑っているのが、丸わかりだ。


「何だか……ね。円ちゃんのお父さんが言ってたんだけど………私、遠い所に行かなきゃいけないみたいなんだ。……円ちゃんとも……一ちゃんとも……簡単には……会えなくなるんだって……」


 親父はそういう風に言ったのか、蒔苗を傷つけないように。


「でも……また、すぐに会えるって言ってくれたよ……?今度は……みんなで……遊園地とか……水族館とか……行きたいなぁ…」


「……ああ、行こう。絶対に行こうぜ」


 俺は涙をこらえ、笑顔で言う。


 泣いていたら、また無理に笑わせてしまう。


「遊園地に行ったらさ……一緒に観覧車に乗ろうよ。円華と、蒔苗と、僕とで……それで、でっかい街の風景を見ようっ……!!」


 一翔も我慢しながら、笑顔を作る。


 俺たちは互いに偽りの笑みを見せながら、来るはずのない未来の予定を話し合った。


 想像するだけなら、自由だから。


 その中で最後に、蒔苗は俺と一翔を交互に見て言う。


「円ちゃんも……一ちゃんも……喧嘩しちゃ……めっ…だから……ね?」


「「蒔苗」」


 もしかして、さっきのことに気づいているのか。


 そう思ったが、すぐにそうじゃないことは蒔苗の笑みからわかった。


「2人とも……すぐに、喧嘩しちゃうんだから……。仲良く……ね?2人とも……友達……なんだから」


 そう言って、蒔苗は右手の小指を上げる。


「約束……だよ?私と……一ちゃんと……円ちゃん……ずっと……ず~~っと……友達っ…‼」


 その声は力強くて、俺と一翔を奮い立たせた。


 俺たちは、蒔苗の小指に自身の小指をかけて握る。


「ああ……離れていても……俺たち3人は……」


「ずっと……友達だっ!!」


 俺のにじんだ視界には、涙を流す一翔と蒔苗が映っていた。


 これが、俺たち3人の最後の約束となった。


 約束を立てると、蒔苗は安堵の笑みを浮かべる。


 そして、そのまま静かに目を閉じた。


 寝息を立てているのが聞こえてくる。


 これが、蒔苗との最後の会話だった。


 これから蒔苗は、もう蒔苗じゃなくなってしまう。


 それが悲しくて、悔しくて、仕方が無かった。



 -----



 病室を出て、一翔と一緒に近くに在った椅子に座る。


 そして、俺から口を開いた。


「一翔……さっきはあんなことを言ったけど、俺は―――」


「僕は今の君が嫌いだ」


「……一翔」


「大っ嫌いだっ!!……僕は、間違ったことをする君を認めない。君が約束を果たすまで、ずっと……この気持ちが変わることはない」


 一翔の目からは、強い覚悟を感じた。


「これで良いんだろ……円華」


 俺の考えなんてお見通しかよ。


 それなら、こっちもこう返すしかないよな。


「俺も、正しいことしか認めない一翔のことを……受け入れることはできない。今のおまえは……嫌いだ」


 俺と一翔の間には、この日から亀裂が入った。


 あいつは今も、俺のことを許していないだろう。


 俺も、あいつに許されようとは思っていない。


 あの日から、俺と一翔は友達ではなくなった。


 俺の決意が変わらない限り、仲直りすることはできないんだ。


 今も、そして、これからも。



 ーーーーー



 あの後のことは、10年経ってもわからない。


 蒔苗の人生は終わった。


 そして、俺の知らない新しい少女の人生が始まる。


 桃園蒔苗の人生が終わると言う事の意味は、その存在を彼女の中から消すと言う事だった。


 一翔と一緒に聞いた話だと、記憶を上書きし、別の人生を歩ませるということらしい。


 家族が自分以外全員死んだと知れば、蒔苗は生きていることが辛くなる。


 自我が崩壊し、心が病んでしまうかもしれない。


 そうならないための結論が、催眠療法さいみんりょうほうだったんだ。


 蒔苗の記憶を消し、里親と暮らしていた記憶に上書きする。


 死んではいないけど、もう桃園蒔苗という少女は存在しない。


 新しい名前は聞かされていないし、どこに居るのかも知らない。


 もしかしたら、俺が知らないだけでもう死んでるのかもしれない。


 それでも、俺は忘れない。


 この写真は、肌身離さず持っている。


 あのアホ真面目も、この4人の写った写真を持っているはずだ。


 俺たちにとって、蒔苗の形見のようなものだから。


「俺の部分は……切り取られているか、塗りつぶされてるかもしれないな」


 一翔とは、あの後も集会で何度も会う事があった。


 そして、誰かが図ったかのように何度もぶつかり合った。


 関わっちゃいけないと思っている俺と、いびつながらも関わろうとする一翔。


 多分、俺たちを繋いでいるのは、あの時3人でした最後の約束なんだろうな。


 それでも、結局……約束はまだ果たされていない。


 まだ、友達に戻れていない。


「仲直り……できるのか?昔よりも、難しくなってるだろ。こんな……自分のことが何もわかっていない俺じゃあな」


 写真を見ながら自身の原点を思い出せば、俺はベッドに横になって目を閉じた。


「悪い、姉さん……蒔苗。俺……まだあいつと仲直りできそうにねぇわ」


 3人で最後に交わした約束すらも、果たせずにいる。


 本当に最低だな、俺って。

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