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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
束の間の休息
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鞘と刃4

 桜田家の屋敷に泊まって1週間が経った。


 今日で椿家に帰らなければならないらしい。


 一翔と蒔苗たちは駄々をこねていたが、楽しい時間が何時までも続くわけがないんだ。


 その日の朝、俺は2人に挨拶をしようと早起きをし、涼華と親父を起こさないように部屋を出た。


「今日で、ここからおさらばか。最初は気に入らないことばかりだと思っていたけど、そうでもなかったな」


 一翔と蒔苗に会えたのは、俺にとって良いことだったと言える。


 しかし、少し心残りが無いかと言われれば、それはある。


 初日に起こった、あの池の前でのこと。


 一翔が庇った、あの水色の髪をした少女は一体何だったのか。


 結局、あの後1度も少女を見ることは無かった。


 池の前に来て、あの時のことを思い出す。


 桐沢兄弟の1人に殴られそうになった時の、あの少女の顔は見間違いだったのか。


 そして、俺を化け物と呼んだ時のあの怯えは……。


「よくわからない。結局、あの子は……」


「あの子って、もしかして私のことかな?」


 後ろから声が聞こえて振り返れば、そこには思い出していた少女が居た。


 気づかなかった。


 いつの間に後ろに立っていたんだ。


 黒のワンピースに身を包んだ少女は、薄く笑みを浮かべている。


「化け物に何のようだ?」


「……ふふっ、何のこと?」


 わかっている上でとぼけているのか。


 性質たちが悪い女だ。


「おまえは2年前のことを知っているんだろ。だから、俺のことを化け物と言ったんだ」


「そう思う理由は、それだけ?」


「根拠をもう1つ挙げるとすれば、俺に向けるおまえの目だ。少なくとも、人間を見る目じゃない。自分よりも下の者を軽蔑する目だ」


「ふふっ、面白~い。ねぇ、あなた、忌み子って呼ばれてるんでしょ?そう呼ばれる気分はどんな感じ?」


 こう聞いてくるってことは、この女はその言葉の意味を知っているのだろう。


 別に興味はないが、女の興味深々と言った顔が妙に気に入らない。


「どうって、いい気はしないかな。でも、周りがそう呼ぶなら、それでも別に構わない。周りが俺のことをどう思おうと、こっちには関係ないからな」


「ふ~ん。ちょっとその返しは面白くないな~。もっと、嫌がってくれたら面白かったのに」


「俺を怒らせたかったのか?」


「さぁ。でも、君が怒ったらそれはそれで面白そうだよね。私のこの長い長~い退屈な生活の中で、いいスパイスになるわ」


「おまえの退屈なんて知らねぇよ」


 素気なく返せば、女は「だよね~」と言って近づいては俺の隣に立つ。


「聞かないんだね、私の名前」


「興味がないから」


「私は君に興味があるな~」


「興味の対象を他に回してくれ。化け物に関わっていると、ろくなことがないぜ?」


「……ふ~ん、そっか」


 女はその場で一回転し、ワンピースの端を上げてお辞儀をする。


「私、ウィッチって呼ばれてるの。君は見ていて面白そうだから、これからは私が君で遊んであげるよ」


「……お断りだな」


「君の意思なんて関係ないよ。君はこれから、私の遊び相手になる。私の退屈の穴を埋めるための……ね♪」


 ウィッチからは気味悪さを感じ、言葉を交わすだけで不快感を覚える。


 こういう自分勝手な女を、俺は受け入れられないんだろうな。


「遊び相手って言っても、俺はもう帰るんだけど?」


「そうだね。でも、何も遊びって一緒にするものだけじゃないんだよ?君の喜怒哀楽を観察しているのも、私の中では遊びになるんだ」


「おまえの遊びに、付き合うとでも?」


「だから、君の意思なんて関係ないんだって~。私は私のやりたいように、遊びたいだけなんだからね」


 これ以上この女と話していても、こっちのストレスが溜まるだけだな。


 俺がその場を後にしようとすると、ウィッチが最後にこう言った。


「今日、私にとって面白そうなことが起こるらしいんだ。だから、君がどういう反応をするのかを楽しみにしているよ」


 こいつにとって面白そうなこと?


 それが俺にとってもそうであるとは限らないだろ。


 付き合っているだけ無駄だな。


 特に気にせず、あとはウィッチが何と言おうとも無視し続けた。


 声が聞こえなくなる頃には、後ろを振り向いても彼女の姿は無かった。



 -----


 正午。


 結局、名残惜しんでも時が進むのは止まらず、別れの時が来てしまった。


 一翔は悲しそうな顔をして俺と涼華を見て、手を握ってくる。


「絶対、今度遊びに来いよな!」


「時間があったらな」


 一翔の親のバツの悪そうな顔からして、そんな機会がある可能性はかなり低いと思うけどな。


 俺との別れを惜しみながらも、一翔は背筋を伸ばして涼華の方に身体を向けた。


 少し緊張しているし、何故か顔が紅い。


「す、涼華姉ちゃん!」


「ん?どうした?」


「その……ぼ、僕、絶対に強くなるからっ!!円華よりも、強くなってみせるから!!」


 おい、どうして比較する必要がある。


 俺が呆れ顔をしている隣で、涼華は一翔の頭を撫でてはにかんだ笑みを向ける。

 

「おう、一翔だったら絶対に強くなる。円華なんかに負けんじゃねぇぞ?」


「おい、なんかって何だよ。酷くね?」


 涼華が一翔に見せる笑顔は、俺に向けているそれと同じだった。


 それが、心にもやを感じさせた。


「そう言えば、蒔苗たちはもう帰ったのか?見送りに来ると思ったのに」


 さっきから、ずっと蒔苗の姿が見えない。


 会ったら別れが辛くなるから来ないとか?


 いや、あのポジティブ思考の塊がそんなことを考えているとは思えない。


 何だ、この腹の下が気持ち悪い感じ。


 その中で視界に入ったのは、玄関の向こうで焦った表情をする召使だった。


 表情を見ただけで、何かが起きたことがわかってしまった。


 そして、無意識に足が動いて走っていた。


「円華!?」


 一翔が呼ぶのも反応せず、すぐに桃園家の泊まっていた部屋に向かう。


 ありえないとは思っていた。


 そして、何よりも杞憂きゆうであってほしいと思っていた。


 それなのに桃園の部屋の前に着き、戸を開けた瞬間に俺の思考は停止してしまった。


「……ぇ……」


 声にならない声が出た。


 目を見開く。


 身体が震える。


 そして、意識が明確にその光景を受け入れた瞬間、俺は叫んだ。


「うわぁああああああああああああ!!!!!」


 映るのは、惨殺された者たちの光景。


 部屋の中は血に塗れており、倒れているのは蒔苗の家族。


 そして、蒔苗自身も……。


 俺は一歩ずつ前に進み、口から血を流しながら倒れている蒔苗を抱きかかえる。


 身体が冷たい。


 顔が白い。


 あの暁の夜の、俺が殺した男と同じように。


 身体を動かすと、蒔苗の目蓋まぶたがゆっくりと開く。


「円……ちゃん……?」


「あ、ああ……。蒔苗……大丈夫だ、助かる!!大丈夫だから!!」


「円ちゃん……何で……泣いてる……の……?」


 蒔苗の手が動き、俺の頬に触れる。


「笑顔……だよ?ニッコニコ……ね?」


 そう言って、蒔苗は弱々しい笑顔を作る。


「何で……どうして、笑えるんだよ……蒔苗!?なぁ、蒔苗ぁ!!」


 声を荒げて名前を呼んでいると、涼華と一翔も追いついて事態を把握した。


 一翔は身体が震え、その場に立ち尽くしてしまう。


 その中で涼華は俺に駆け寄って「退け」と言って離し、ポケットからハンカチを取り出して蒔苗の胸の切り傷に押し当てる。


「出血が多い……一体、誰がこんなことを!?」


「涼華……。蒔苗は……蒔苗は助かるんだよな!?」


 涼華は答えず、ただじっと蒔苗の白い顔を見る。


「なぁ……涼華ぁ!!」


「うるさい!!」


 一喝されて身体が震えてしまう。


「応急処置をする。あとは医者に任せるしかない」


「医者って……救急車!?」


 すぐに電話のある場所に行こうとするが、その前に部屋の前で「それはできん」と静かで冷たい声が響いた。


「桜田家で殺人事件が起きたとなれば、家の名に傷が付く。警察を呼ぶこともならん。その娘のことは諦めろ」


「当主!?」


 玄獎とその後ろに数人の付き人が居り、通らせないという風に道を塞ぐ。


「人の命がかかってるんだぞ!?」


「それは分家の命だ。物の数に数える必要はない」


「ふざけんな‼蒔苗が死んでも良いって言うのかよ!?」


「聞こえなかったのか?私は諦めろと言ったのだ。その娘が死のうと生きようと、本家が無事ならばどうでも良いことだ」


「あんたって人はっ…‼」


 もう許せない。


 この男の存在を、俺は認められない。


 もうどうなっても良い。


 今度こそ殴りかかろうとすれば、その前に玄獎の後ろから出てきた親父に拳を止められた。


「待て、円華。……おまえのその拳は、本当に殴らなくちゃならねぇ奴に取っておけ」


「親父!?」


 俺を抑えたまま、親父は玄獎を見る。


「当主、これは椿組が預かる。こういう奇襲や暗殺事件は、こっちの領分だ。文句は言わせねぇぞ?」


「好きにするが良い。しかし、その娘を病院に連れて行くことは許さん。世間に分家の不始末が公になれば、被害を受けるのは我々本家だ」


 この男、まだ家がどうとか言うのかよ!?


「ああ、そうだな。だから、病院には連れて行かねぇよ」


「親父!!それじゃ、蒔苗がっ……!!」


「まぁ、待てって言ってるだろ。嬢ちゃんは助けるさ。その伝手つては在る」


 伝手と言った瞬間、玄獎の表情が険しくなる。


「清四郎、まさか、貴様っ…!!」


「文句は言わせないって言ったはずだ。この件はもう椿組が預かった。良いな?」


 親父が睨みつけると、玄獎の顔が強張こわばる。


「涼華、嬢ちゃんを俺の車に運んで野島に伝えろ。『闇医者の所に連れて行け』とな」


「了解」


 蒔苗を抱え、涼華は部屋を出て行った。


「後のことは知らんぞ、清四郎」


「ああ。もしものことがあっても、全責任は俺が取るさ」


 気に入らないという顔をしながらも、玄獎はその場を後にした。


 親父はそれを見送り、他の倒れている者たちを確認する。


「やっぱり、他はダメだな」


「親父……どうして……。どうして、蒔苗たちがこんな目に合わないといけないんだよ!?」


「桜田家は日本の至る所に顔が利く一族だ。権力があるってことは、それだけ恨みやねたみを買う。そしたら、自然と嫌がらせのつもりで関係者を暗殺、もしくは襲撃することが起こる」


「だからって、蒔苗たちが襲われるのは―――」


「ああ、間違っているな。しかし、人は負の感情に囚われると善悪の判断がつかなくなる。おそらく、桜田家にダメージを与えられれば、誰でも良かったのさ。この手を使う奴は、大抵が無差別だ。どこを襲撃するかじゃない。襲撃して威嚇することに意味があるんだからな」


「そんなの……そんなのってっ……!!」


 俺が怒りに狂いそうになると、親父が一翔を見る。


 ずっと、状況が飲み込めずに立ち尽くしているんだ。


「円華、おまえは坊主と一緒に1度部屋を出ろ。今ここに居ても、おまえができることは何もない」


「……わかった」


 俺は無力だ。


 蒔苗が死の境を彷徨さまよっているのに、何もできない。


 重い足を運んで部屋を出ようとすると、親父の小声の呟きが聞こえてきた。


「仇が取りたいなら、俺を信じて待ってろ」


 耳に届いた時、足が止まった。


 その声には振り返らず、ただ黙って頷いた。

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