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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
束の間の休息
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ヘアゴム

 恵美side



 目が覚めた時、最初に感じたのは激しい頭痛だった。


 それは一瞬のことで、意識が完全に覚醒するには十分な刺激になった。


 頭を左右に動かして周りを確認すると、どうやら私はベッドに横になっているらしい。


 そして、隣に居た人物に思わず「えっ……」と声が出てしまった。


「やっと目が覚めたみたいね。もう5時を回ってるわよ?あなたのお友達は、大勢居ても意味がないから帰したわ」


「生徒会長……」


 桜田家の当主を前に横になっているわけにもいかず、すぐに身体を起こそうとしたけど軽い目眩が起こって頭をおさえる。


「そのままで良いわよ、最上恵美さん。無理をしてまた体調を崩したら、私はもっと円華に嫌われちゃうわ」


 生徒会長は悲しい笑みをしている。


 ヘッドフォンを使わなくても、その心境が負の感情に満たされているのがわかる。


「……何か、あったんですか?」


「あなたには関係ない話。桜田家の根底に関わる問題よ」


 詳しく話してもらえないようなので、深くは踏み込まない。


 だけど、このままだと無言になってしまう。


「あの……どうして、生徒会長がここに?私たち、ほぼ初対面ですよね」


「そうね。でも、円華と関わりのある女子生徒は全員把握済みよ。Eクラスに落ちてからのあなたには、特に注目していたわ。あの子が最も信頼しているだろう、あなたのことをね」


 信頼?


 円華が私を?


 椿家で円華のお母さんにも似たようなことを言われたけど、自信がない。


「円華が私に信頼してるとか、心を開いてるとか、それは勘違いですよ。そんなの、ありえないですから」


「……どうして、そう思うの?」


「薄々気づいていたんです。円華は時々、私に対して心の中で壁を作ってるんだって。私と居る時に、どこか必死さを隠してるのが丸わかりでしたから」


「あの子、女のことに関しては抜けてる所があるから。鋭い子にはすぐにバレるのよね」


 腕を組んで溜め息をつき、生徒会長は私のことをジッと見る。


「でも、あの子が隠し事をするのはいつも、ままな気持ちを押し殺そうとする時なのよね」


「我が儘……ですか?」


 意味が分からずに聞き返してしまった。


 だって、円華と我が儘って言葉が結びつかないから。


「あの子、自分に自信がないのに変な所で自己中心的だから。マイナス思考が激しい時ほど、自分の考えが正しいって思い込みやすいし……。本当に面倒よねぇ、円華の悪い癖みたいなものだけど。その思い込みのせいで、大概は隠さなくても良いことを隠そうとしてしまうの」


「……隠さなくても……良いこと……」


 円華が隠してることって何だったんだろう。


 私に知られたくなくて、我が儘になっていて、マイナス思考……。


 全然わからない。


 私が悩みそうになると、生徒会長は辛そうな表情になって手を握ってきた。


「円華とは対照的に、とても暖かい手をしているのね。あなたや、あの子の今のクラスメイトが支えてくれたから、あの子は変わり始めているわ。そして、あなたたちが支え続けてくれたら、もっといい方向に変わるかもしれない」


 この人は、私たちに円華の側に居てほしいのだろう。


 それなら、幼少期に円華と一緒に居たこの人に……桜田奏奈さんに聞きたいことがある。


「私たちが円華の支えになるには、どうすれば良いと思いますか?」


「それは、聞かなくてもあなたたち……特にあなたがずっと実行しているわ」


「……え?」


 奏奈さんのアドバイスを、私は拍子抜けしながらも後で実行してみることにした。


 そして、最後に奏奈さんは私の両手を握って目を見てくる。


「恵美さん、私はあなたが羨ましいわ。あの子の側に居ることは、あなたの周りのクラスメイトでもできる。だけど、円華の隣に居ることができるのは、今はあなただけみたい。だから……元・円華のお姉ちゃんとして、あなたにお願いがあるの」


「……私にできること……ですか?」


 緊張しながら聞けば、奏奈さんは優しく頷いてくれた。


「円華の隣に居て、あの子の心を救ってあげて。これは他でもない、最上恵美と言う女にしかできないことだと、私は思うの」


「奏奈さん……」


 私は心の中で、目の前に居るベージュの髪をした女性をずっと勘違いしていた。


 高飛車で、ブラコンで、人で遊ぶことが大好きな、性格の悪い完璧な生徒会長。


 それはあくまでも、表面上の彼女だったのかもしれない。


 本当はこんなにも誰かのことを思える、純粋な愛を持った人なのかもしれない。


 私はその思いを受け取って、頷いた。


「私にできることは、何でもします。それが、円華のためになるのなら」


「……ありがとう、恵美さん。その言葉を信じるわ。今のあなたになら、これを渡せる」


 奏奈さんは私の手の上に小さなヘアゴムをそっと置いた。


 藍色で、窓から差し込む夕日を光が反射して輝いて見える。


「これは……?」


「私が2年前まで心の底から恨んでいた人が、押し付けてきたものよ。本当は何度も捨てようって思っていたけど、どうしてもできなかった。……きっと、今日この日、あなたに渡すために私はずっと持っていたのね」


 奏奈さんの恨んでいる人……それは1人の女性しか思いつかなかった。


 彼女から姉の座を、弟から心を奪った女、椿涼華に違いない。


 じゃあ、これは涼華さんのヘアゴム。


 それを持ってギュッと握ると、ヘッドフォンをしなくても涼華さんの思念が伝わってくるのを感じた。


 妄想かもしれないけど、『バカ弟を頼む』と言われた気がする。


 そして、これは勝手な想像だけどこう思えたんだ。


 私は2人のお姉さんから、大切な弟の心を託されたんだって。



 ーーーーー



 着替えてすぐにウォーター王国を出て、私はアパートに戻った。


 だけど、向かったのは自分の部屋じゃない。


 円華の部屋の前に着き、インターホンを押してみる。


 どれだけ待っても、彼が出てくる気配はない。


 メールで部屋に行くと送信しておいたのに、見てないのかな。


 ヘッドフォンを耳に当ててドアの向こうの声を聴こうとしても、円華の声は聞こえない。


 これは彼は部屋に居ないということを表している。


「まだ帰ってないんだ……。どこに居るんだろう」


 スマホで彼が普段使ってる方の電話にかけるけど、出てくれない。


 この場合、誰が電話をかけても出てくれないことが予想される。


 だけど、それは私と住良木以外の場合だ。


「確か、あっちの方は前のスマホと電話番号は同じだったはず……」


 もう1台の方に電話をかけてみる。


 すると、少ししてから彼は電話に出てくれた。


『……』


「もしもしぐらい、言いなよ」


『……何の用だよ?』


 電話越しに聞こえた声から、怒りと諦めを感じ取った。


 これは言うまでもなく、負の感情。


 奏奈さんの言う事が正しいなら、円華は今、大分バカになってる。


 そして、誰とも会いたくないのだろう。


 1人にしてくれって気持ちも伝わってくるから。


「今……何を考えてる?」


『……は?』


「私はね、円華がまた1人で抱え込んでいるだろうから、どうやってバカにしようか考えてた」


『……』


 『ふざけんな』って言う気力もないみたい。


 何が原因でノックダウンしてるのかは、今の私にはわからない。


 だけど、円華と話すチャンスは今しかないってことだけはわかる。


 会いに行ったら逃げられると思うし、助けてほしいと思ってるはずなのに拒絶すると思うから。


 円華は黙り込んだまま、何も言ってくれない。


 だから、私は言葉を続ける。


「何があったのか、どうして欲しいのか、言う気はある?」


『……』


「わかった、無いんだね。じゃあ、聞かない。でも、これだけは答えてほしい。……いつまで、独りにさせれば良い?」


『知るかよ。今回ばかりは、俺自身にもわかんねぇ……』


「じゃあ、円華が決められないなら私が決めるね。期間は2学期の始まる1週間前まで」


『……待てよ。何でおまえが勝手に決めるんだ?』


「円華が決められないなら、誰かが決めなきゃいけないでしょ?だから、私が決める」


『……おまえの独断で、勝手に決めんなよ……』


「じゃあ、円華が決めなよ。私に決められるのが嫌なら、自分で決めるしかないんだよ?もう……何でも決めてくれる人は居ないんだからさ」


『………』


 円華がまた黙り込んでしまう。


 でも、電話は切られていない。


 それが唯一、円華が本当に孤独になりたいわけじゃないことの証明だと思う。


「私はやりたいようにやるよ。円華は―———」


『そうやって、円華円華って呼ばれても、今の俺には他人事にしか感じないんだよ。それに、おまえと話してると……自分がとても虚しくなる』


「え?ちょっと、何言ってるの?」


 電話越しに、小さく息を吐く音が聞こえた。


『梅原改に会ったんだろ?じゃあ、俺はもう要らないはずだ。おまえは……ずっと会いたかったアラタに会えたんだからな。おまえに俺は必要ない。だから……おまえは、俺を捨てるに決まってる』


 聞こえてきた名前に対して、一瞬意識が飛びかけた。


 どうして……円華がアラタのことを知ってるの?


 それに、自分はもう要らないって……捨てるって……。


 そんなこと、言ってほしくなかった。


 私には円華が必要なんだ。


 そんな言葉を並べられるような女の子、それは私じゃない。


 ここで落ち込んでいる好きな男に優しい言葉をかけるだけの女になるようには、育てられていない。


「本当にそう思ってるなら、私はあなたを捨てるかもしれないね」


『っ…!?』


「そんなことないって言って欲しかった?甘ったれないでよ。あなたがそう思いたいなら、そう思えば良いじゃん。アラタのことをどうして知ったのかは、後で良いや」


『恵美……だって、俺はっ……!!』


「勝手に思い込んでるのはあなたでしょ?勘違いや思い込みに浸って、勝手に自滅すれば良いよ。私は止めないよ?それがあなたの出した答えなら、それで納得しているのなら、私が介入できる余地はないからね」


 本当は、こんなことを円華に言いたくはない。


 だけど、私は円華の本当の言葉を聞きたい。


 それを引き出すためには、彼の精神を1度追い詰める。


「また自分の殻に引きこもって、孤独になっていろいろなことを抱えるつもりなら、それも好きにしなよ。それがあなたのやりたいことなら、あなたが破滅することになっても私は止めないから」


『……やめろ』


「悲劇の主人公を演じるなら、それも良いんじゃない?そのまま、あなたの人生を悲劇で終わらせればいい。1人で惨めになって、そんな自分に酔いながら死んでいけばいい」


『……うるさいっ』


「何があったのかは知らないし、言ってくれないからわからないけど、これだけは言っておくよ。あなたがどんな思い込みや勘違いをしてるのかはわからないけど、それで納得しているんだったら、好きにしなよ。私は止めない。あなたが私に捨てられることに納得してるなら―――」


『納得できるわけねぇだろぉが!!!』


 電話越しに力強い声が響く。


 そして、そのまま彼の言葉は続く。


『納得できるはずがない。おまえにはどうかわかんねぇけど……俺には、恵美が必要なんだ』


「……そう思ってくれるなら嬉しいよ。じゃあ、今日はもう帰るね。1週間後、もう1回会いに来るから」


 返事はなかったけど、この際気にしない。


 円華には時間が必要なのは今の会話で察しがついたから。


 その間に、私は私にできることをすることに決めた。

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