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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
束の間の休息
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家族として

 円華side


 ヤバい、久実のボディーブローが思った以上に深くめり込んでいた。


 神経凍らせておけば良かったと今になって後悔している。


 勢いで倒れはしたが、身体の性質上、痛みはすぐに治る。


 あとは戻る時間をどうするかだけだが、すぐに戻ってもあの冷ややかな視線を複数の方向から浴びるのもごめんだ。まぁ、自業自得なんだが。


「はぁ……暇だ」


 休憩室で缶ジュースを飲みながら腕時計を見ていること約10分。


 特にすることはないから、頭の中でこれまで疑問に思っていたことを整理するか。


 この前の特別試験で多かれ少なかれ死人が出ている。


 それなのに、学園内や地下街を見る限り在校生は平然と残りの夏休みを謳歌している。


 どうして、この状況を受け入れているのか。


 イイヤツによって、退学=死の現実を知らされた。


 それでも、何事もないように生活している。


 それが、今では不自然に思えてくる。


 いや、元から不自然なところはあった。


 この学園の生徒は、人の死に慣れてしまっている。


 自分の命以外を、軽く見ている生徒も多いだろう。


 それは、内海が起こした連続殺人、麗音が起こした菊地殺人事件、そして学園が行ったデスゲームである強制ワードゲームが物語っている。


 全ての最悪が、終わった後に日常に戻るだけなんだ。


 卒業することができれば、進学も就職も希望の所に入れる。


 おそらく、その言葉の裏にあるのは緋色の幻影からの生存報酬と言う意味だろう。


 それが命と天秤てんびんにかけた時に重きを置かれるのか。


 それが、才王学園の持つ力なのかもれない。


 命と将来、どちらも大事なのはわかる。


 それでも、こんな所に居ると人間としての感覚が狂っていく。これからも狂うことだろう。


 それでも、人は異常なことにも順応する生き物だ。


 人が死んでも平常運転で進む日常。


 それがこの死と隣り合わせの才王学園でのデスクールライフ。


 外と隔絶した世界で行われて……。


 ちょっと……待てよ?


 確かに、この学園は外への干渉をさせないようにしている。


 それなら、どうして緋色の幻影は夏休みに生徒が外に出ることを許可したんだ?


 学園内で死んだ生徒にばかりに気を取られていたが、強制ワードゲームで学園の外で死んだ生徒に関する報道は?


 遺体は?


 死亡届は?


 ……死んだ生徒の家族の反応は?


 何か……気づかなければならない、重要なことに俺は気づいていない気がする。


 そして、何かを思い出さなきゃいけない。


「20年前のデスゲームと才王学園には共通点があるはずだ。それが何かに気づくことができなかったら、姉さんの知ってしまった学園の闇の深い所まで到達することができない。生徒を使ってデスゲームをさせることだけが緋色の幻影の目的じゃない……はずだからな」


 20年前のデリットアイランドの目的は、金持ちの道楽の中に紛れ込ませながら高太さんを殺すことだった。


 それなら、復活した組織の目的は何なんだ?


 これまでの行動パターンから見ても、何をどうしたいのかがわからない。


 精々、高校生を使って命のやり取りを面白がっているぐらいしか想像がつかないな。


 それにしても……家族、か。


「俺が死んで、悲しむ家族って居るのかな……」


 誰も居ないので長椅子に寝転がって目を閉じ、ぼんやりと頭の中に親父やおふくろ、椿組のみんなのことが浮かぶ。


 血は繋がっていないけど、俺は椿家のみんなを家族だと思っている。


 桜田家から追放されたあの日から、誰も信じられなかった俺の生き方を変えてくれた。


 涼華姉さんは、姉として俺に生きる上で大切なことを多く教えてくれた。


 親父もおふくろも、桜田家では考えられないほど過干渉してきて、鬱陶うっとうしいと思いながらも頼っても良いんだという安心感を抱くことができた。


 椿組の若い奴らも、人は見かけによらず優しさを持っていることに気づかせてくれた。


 俺にとって、家族と呼べるのはあの家の人たちだけだ。


 桜田玄奘さくらだ げんじょうのことも、BCのことも家族なんて思っていない。


 椿の家族以外には、他には誰も――――。


『ーーー、起きなさい。あたしの……あたしと彼の……可愛い、可愛い……』


 何かがフラッシュバックして、すぐに身体を起こして頭を抱える。


 映像は無かった。


 不思議な感覚だけど、今のは高太さんの記憶でも狩原の記憶でもないと思う。


 能力を使った時に思い出す記憶の共通点として、いつも闘いの中の怒りと殺意の記憶だった。


 だけど、今の記憶は声だけだったけど、とても温かく感じたんだ。

 

「何だ……今の。若い女の……声?それも、どこかで聞いたことがあるような……」


 視界が歪んで目を擦ると、指が濡れて涙が出ていたことに気づく。


 そう言えば、前にも理由はわからないけど涙が出ていたことがあった……な。


「でも……あれ?いつの……こと、だったっけ」


 記憶が抜けている。


 そう遠い過去の話じゃないのは確かなんだ。それこそ、この1ヶ月間の話だと思う。


 それなのに、思い出せない。


 どうしてだよ……。


 ドーナツの穴みたいに、大事なことだけが抜けている。


 もしかして、また記憶を消されたのか。


 今は岸野先生が記憶操作の異能具を持っている。


 なら、あの男が……でも、一体どうして……?


 また答えの出ない問いにはまりかけた瞬間、頭に上から誰かにタオルをかけられる。


 それを取って見上げると、そこに居たほぼ紐状の水着を着ているブロンド髪の女を見て現実逃避をしたくなった。


「BC…!?」


「Hai, my brother. How are you?」


「……Annoying, fuck off(うざい、失せろ)」


 英語で話してきたから英語で返せば、BCは「円華、ひど~い」と言いながら勝手に隣に座ってきた。


「生徒会長様は今日は暇なのか?こんな娯楽施設に来て」


「高校生活最後の夏休みですもの。遊びたい気持ちを優先したのよ」


「……その痴女みたいな水着は?」


 両肩に引っ掛けるだけのV字の形をした紐状の水着で、大きな胸は強調されて上も下もギリギリ見えないくらいの面積しかない。


 これで誘ってないという方が詐欺さぎだろ。


「円華が居たら、お姉ちゃんに欲情させたいなぁ~って思ったから新しく買ったのよ?どう?興奮しちゃう?」


「一気に血の気が引いた。関わり合いになりたくありません」


 無表情で返してやると、足を上に伸ばして「そう言うと思ったわぁ」と言ってくる。


 こいつ、俺の性欲は皆無だってことを忘れてるんじゃないだろうな。


「夏休みを謳歌おうかしたいなら、俺は邪魔だろ。他を当たれよ」


「え~、こんな格好をしているお姉ちゃんをボディーガードしてくれないの~?何なら、今から部屋に帰って一緒に昔みたいにお風呂に―――」


「あんたにボディーガードなんて必要ないだろ。守ろうとした時点で巻き添えをくうのが落ちだ。まず、手ぶらにならなきゃいけないだろぉが」


 20分経ったからそろそろ戻ろうとするが、その前にBCを振り返る。


「BC、頼みがある。強制ワードゲームで学園の外で死んだ生徒の情報を集めてくれ」


「ボディーガードしてくれないなら、聞いてあげな~い」


 この女、可愛い弟のお願いなら何でも聞くって言ってなかったか?(注:俺はこいつを姉と認めてねぇ)


「だから、あんたにボディーガードなんて必要ないって言ってるだろ。……言いたくないが、あんたは戦闘になると俺よりも圧倒的に強いんだからな」


 目をそらしながら言えば、BCは両手を頬に当てて自慢げに微笑んだ。


 桜田奏奈と言う女を、いろんな意味で誤解している人は多いことだろう。


 その1つとして、表面上はその細い身体付きと性格から喧嘩なんてしたことがないと思われているが、考えてもみてほしい。


 日本古くから続いている名家の次期当主が護身術の1つも習っていないはずがない。


 あの現当主様がBCにボディーガードの1つも付けていないのも、あの女の危険性を考慮してのことだろう。


 自慢じゃないし、言ってて惨めな思いしかしないが誤解を解くためにあえて俺の認めたくない黒歴史を語ろう。


 桜田家では、分家は年に1度の集まりで次期当主に対して武術の試合相手をしなければならないという決まりがあり、そのほとんどは椿家の中から選出される。その中でも、特に一族の中でも忌み子と呼ばれていた俺が標的にされることが多かった。


 涼華姉さんや師匠との修行で強くなった自覚は何度もあった。


 だけど、BCと戦闘をする……いや、戦闘をしようと言う姿勢を見せただけで、俺はあの女に敗北したことになる。


 桜田奏奈と言う女を一言で表すとすれば、『規格外』。


 いろんな概念を超越しており、常人ならば超えるのは不可能な壁。そして、超えようとする者をその悪魔のような笑みで見下す悪趣味な女。


 そんな奴に未だに弟と思われているのは、実に不快だ。



 BCが勝手に買って押し付けてきたチョコミントのアイスを食べていると、隣でイチゴ味の棒キャンディーを食べているブロンド悪魔女が横目で視線を向けてくる。


「住良木麗音さん……だっけ?あの子、学校に戻ってきたのね」


「……はぁ、おまえも極少数派の方だったか。質が悪い」


「えぇ~?何の話ぃ~?お姉ちゃんわからなぁ~い」


「うっっぜぇ」


 何度も目を瞬きさせて白々しい態度をしているBCに体調不良になるほどのストレスを感じたが、すぐにあいつはクスクスっと笑って目つきが悪魔のそれになる。


「そう、私は周りの人たちと違って住良木さんの記憶は残っていたわ。でも、あえてあなたには何も言わなかった……何でかわかる?」


「さぁな」


「そう言いながらわかってるくせに~。この、この~~」


 軽く肩を小突いてくるBC。


 マジでうぜぇ、背負い投げしてやろうか。


「俺の中のあんたへの想定の範囲を超えたかったからだろ。あんたの思考パターンは嫌になるほど理解している」


「その通り!……でも、がっかりだなぁ。言ったら絶対に驚くと思ったのに、反応が薄いから~。もしかして、想定の範囲内だったぁ?」


「残念ながらな。あんたの他にも麗音の記憶が残っている女は居たから、それに関する驚きは失せたよ」


「うっわぁ、面白くな~い」


「それは何よりだ」


 自然と会話はそこで止まる。


 それなら、都合が良い。さっきの記憶が何か引っかかる。


 本当は聞きたくもないし、口にしたくもないことを確認する。


「なぁ、BC……俺たち、血縁関係はあるよな?俺は……桜田家の母親から生まれたんだよな?」


「何?その質問、意味わかんな~い。あなたは追放されたとはいえ、ちゃんと桜田家の家に生まれたに決まってるじゃない」


「それなら……俺の出生日は何時かは知ってるのか?あんたは、自分の出生日を知っているのか?」


 今、隠しきれない疑いをBCに向けている。


 これまでの俺の中の常識を覆しかねないことを頭の中で考えている。


 BCは視線を合わせず、垂れている横髪を耳にかける。


「私の誕生日は2月17日、それはお母さまから直接聞いたわ。だけど……あなたの誕生日は教えれられていない。それが……どうかしたの?」


「何時聞かされた?」


「えっ……4歳の時だったかしら。幼稚園の年少の時だったから」


「俺は……あの人からも当主からも教えられていない。扱いに差があったことはわかっていたけど、それでも……いや、そう言うことか?それでも、あの発言が有益な証拠になるとは……」


 俺が椿家の地下牢獄で桜田家の当主から聞かされた事実。


 桜田円華の出生届は出されていない。


 そして、俺はずっと、BCとは違って桜田家の屋敷の中に閉じ込められて育った。桜田家の関係者以外には接触させないために。


 本来は存在しない桜田家の長男。


 本当に……初めから、そんな子どもは存在しなかったのなら。


「……俺は……元から桜田家の人間じゃなかった……のか?」


 不意に呟いた言葉に、BCは目を見開いて俺の肩を掴む。


「ちょ、ちょっと、何を言ってるの!?円華。あなたは正真正銘、私の弟――」


「それなら、どうして!!……俺が桜田家に居た事実を簡単に消せるような工作がされているんだよ。桜田家の関係者以外知らない存在として、どうして俺の存在をひたすら世間から隠す必要があった!?納得がいく説明をしてみせろよ!?」


 BCの腕を払い、そのまま壁を殴る。


 すると、拳から血が出て氷ってしまう。


 しまった。怒りで左目が……!!


 左目を押さえ、BCを右目で睨みつける。


「あんたが本当に俺の実の姉だという証拠を示すことができないなら……今後、2度と俺の前で姉を気取るな。俺の…椿円華の姉は……涼華姉さんだけなんだ」


 それだけ言い残し、俯いたBCを放って置いてそのまま休憩室を後にする。


 何がどうして、このタイミングでどうでも……良くはない……か。


 何度も言うが、俺の家族は椿家のみんなだけだ。あの人たち以外のことはそう思えない。


 だけど、生まれたのは桜田家だと言う事は紛れもない事実だと認めていた。


 それなのに……。


 俺の本当の両親は……一体どんな人で、どんな思いで俺を桜田家に捨てたんだ。


 要らない子どもだったのか?


 俺の中に2つの力が宿っていることをわかっていたのか?


 俺のことを化け物とでも思っていたのか。


 結局、生まれた時から親からも忌み嫌われていたということか。


「……まぁ、今の椿円華には関係ねぇ……けどな」


 そう……心から思っている。


 今の俺には関係ない。


 そう思っている…はずなのにっ……。


 壁に背中を預け、身体から力が抜けていく。


 姉さんを失った時の感覚に近い。


 全てを失ったというわけじゃない。あの時よりひどいわけじゃない。


 それでも、これまでの全てが否定されたような疎外感。


 改めて、本当の俺のことを知る者に問いたい。


「俺は一体……何なんだよっ……!!」


 さっきは左目だけだったが、今度は両目から涙がこぼれた。


 幸い、その時は通路に誰も居なかった。


 その孤独が安心感を与えると同時に、本当の俺を表しているような気がした。

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