偽りの下の真実
瑠璃side
私の知らない所で、巨大な何者かによって何かが起こっている。そのことには大分前から気づいていた。
お爺様が才王学園の長となった理由が、私のよく知る女だと言うこと。
身内であろうとも、自分の美意識のためならば平気で利用しようとする最低な女が関わっていると言う事が何よりの証拠。
だけど、それもただのパーツに過ぎないのでしょうね。
私があの女の手の平の上で動くなんてごめんだわ。
そう思って見つけた手駒の候補が椿円華だった。
彼の実力は学園内でも群を抜いていて、利用するには都合が良かったのだ。しかし、私ごときがあの復讐者をコントロールできるはずがなかった。
円華くんの行動理念はあくまでも復讐。そのためならば、リスクを承知で何でもする。
常にリスクを警戒して行動する私とは正反対。
逆に彼に何度利用されてきたかことか。
私が気づいていないだけで、円華くんに何時利用されているとも限らない。
武器として使われることは別に気にしていない。それでも、私にも使える人材が欲しい。
そう密かに悩んでいる時に、Bクラスに利用されていたことを知った。そして、焦りを覚えて人生で初めて感情に任せた独断行動をしてしまった。
結果は円華くんを主と呼ぶ謎の存在、シャドーに助けられて……この後は思い出したくないわ。
そのシャドーについて、円華くんに問いただそうとしても返答がないのは目に見えている。
私はあの時に覚えた違和感から容疑者を絞りこみ、本人に直接問いただすことにした。
今の目の前で苦笑いを浮かべているクラスメイト、狩野基樹くんに。
「……蜘蛛柄の……仮面?悪いけど、全く身に覚えがないんだ。どうして、俺に?」
「回りくどく話すのは好きじゃないから、単刀直入に言うわ。私はあなたがシャドーだと思ってる」
「シャドー……影?いや、ネーミングセンスが無さすぎでしょ、それ。蜘蛛なのに影って意味わからないって」
名前を出しても表情は変わらず、ダメ出しをしてくる。
わざと貶して自分とは関係ないことを証明しようとしているのかしら。
「その人は黒いコートに身を包んでいて、フードとその仮面で頭と顔を隠していたわ。でも、ここで違和感を覚えないかしら?」
「違和感?いや、全く……」
「顔はわかるわ。身分が知られないように隠すのは理にかなっている。でも……頭を隠す理由は?」
「……髪型でバレないようにするため?」
「髪型なんて、ワックスを使えばどうとでも変えられるわ。あなたのその言い訳は通用しない」
「言い訳って……」
目線を逸らさずに頬をかいて苦い顔をする基樹くん。
どこか焦っているようにも見え、そう見せておいて本当は私を騙しとおせる題材があるのかもしれない。
それでも、ここである程度迫らないともう機会は回ってこないのは明白。
「特徴的な髪をしていて尚且つ、染めることができない状況だった場合、隠すという方法しかないわよね。例えば、あなたのその金色の髪みたいに」
「……へぇ~」
特に動揺を見せず、冷静に反応してくる。確かに、これだと決定打にはならない。
「そいつがもしも金髪だったとしても、この学園には俺以外にも染めてる奴はたくさん居るぜ?金髪=俺は明らかに―――」
「髪を隠すことだけが目的なら……ね。シャドーにはもう一つ、隠さなければならない物があった」
あの時、シャドーの金髪が見えた時、同時に小さく光る何かも視界に入っていた。その光は赤かった。
私は基樹くんの耳を触り、それを凝視する。
「金髪が目立っていて一瞬しか見えなかったけれど、確かにこの光沢だったわ。あなたがいつも着けている、赤いピアスのね」
「!?………うっそ……」
髪のことは気づいていても、ピアスのことは気づいていなかったらしい。やっと、基樹くんの目が泳ぎ始める。
「断言しても良いわ。耳にピアスの穴を開けている生徒はこの学園ではごく少数。その中でも金髪はあなただけよ。さぁ……この後はどう言い訳するのかしら?」
「………金髪とピアス、それだけ?」
「えっ……」
基樹くんは溜め息をつき、興味が無くなったかのように私の腕を払って見下ろしてくる。
「ピアスのことは別に良いけどさ、ちょっと仮定が浅いんじゃないかな?金髪をしていたって言っても、それはカツラでもして上からフードを被っていたかもしれないだろ?地毛はわからない。それこそ、君がフードを取ってその髪を引っ張ったなら別だけど、稲美ちゃんがそんなことをするはずがない。どう?それ以外に俺がそのシャドーっていう人だって証拠があるのかな?」
彼はあくまでも、この場を私に正体を隠して切り抜けたいらしい。
でも、私をあまり侮らないことね。
決定的な証拠なら、もう掴んでいる。
ハッカーを嘗めるんじゃないわよ。
基樹くんが立ち尽くしている私に微笑みかけて「じゃ、もう行こうよ」と言ってみんなの元に戻ろうとする。
彼が歩き出す前に、その決定的な一言を発した。
「今のこと、うちの主には内緒な」
「……ん?」
「この言葉に似た言葉を、あなたは家電量販店でAクラスの雨水くんに言っている。『今のこと、うちの円華には内緒な』……ってね。シャドーさんにとって、主とは円華くんのことだと言う事は知っているわ。なら、どうして、シャドーさんもあなたも同じ言い方で、同じ人に秘密にしているのかしら?」
水着にさしていた扇子を取り出して広げて聞けば、基樹くんは後ろを振り向いて目を見開いた顔を見せる。それだけで、この化かし合いに終止符が打たれたことを示唆していた。
「どうして……それをっ……!?」
「私の十八番を使ったのよ。街中の監視カメラ、それも建物内まで調べてあなたの動向を追ったわ。そしたら、偶然そのシーンを目撃したのよ。ピストルを頭に突き付けている男子なんて目立つものね。それで声は聞こえなかったけど……言ってなかったかしら?私、読唇術が使えるのよ」
「……何てこったい……」
基樹くんから苦笑いが消え、深い溜め息をついて肩を落とす。
そして、私に向ける目が変わった。
いつものような軽い男が放つ接しやすい雰囲気から、静かで人を寄せ付けない雰囲気になる。
「……まさか、立て続けに2回も正体がバレるなんてな。ちょっと、自信が無くなってきたんですけど」
「認めるのね、あなたがシャドーだって」
「こうも完璧な証拠を突きつけられたらさ、否定しても無駄じゃん?」
基樹くんは私に向かって優雅にお辞儀をして薄く笑みを浮かべる。
「狩野基樹改め、コードネーム『シャドー』です。以後、お見知りおきを」
まるで別人のように態度が変わった。
いつもの明るさが嘘のような、静かで暗い冷静さ。
「聞きたいことがあるわ。あなたは円華くんのことを主と言った。そして、あの糸の武器は普通じゃない。一体、あなたたちは何者なの?」
基樹くんの表情が無になる。
そのことについて触れてはいけなかったのだと直感する。だけど、そんなことは百も承知。
追及することを止めるつもりはな――――。
「知った瞬間に後悔するぜ?俺たちの闇は、深すぎる」
唇に人差し指を当てられて、鋭い眼差しで言われた。
そして、基樹くんは指を離して振り向いて歩き出す。
「正体は教える。だけど、それ以上は無理だ。円華だってそれを望まない。……君は、君の抱えている問題だけに集中しなよ。俺も一応、君の力にならなきゃいけないみたいだからさ」
「そ、それってどういうことよ!?」
聞いてはみたけど、それに対する返答は無かった。
基樹くんの背中を見つめ、顔が熱くなるのを感じながら自身の唇を触る。
「シャドー……狩野基樹……私のファーストキスを……奪った男」
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恵美side
倒れた円華のことは心配だったけど、私はプールに残って久実たちとビーチバレーをしていた。
チーム分けは私、久実のペアと和泉、住良木のペア。
遊んでいるように見えるかもしれないけど、これも立派な使命の一環。
今の私にできることは、住良木麗音の監視。また、何時裏切るかもわからないから。
円華はどうかわからないけど、私は住良木のことを完全には信用していない。
一緒に行動することで、裏切る隙を与えない。
1度離れてすぐに戻ってきた狩野と成瀬を見ると、ヘラヘラしているチャラ男とクールな女は相変わらず……そうに見える。
だけど、ちょっと違和感を感じる。
距離を開けているというか、必要以上に干渉しないようにしているようだ。
狩野はいつも女子に対してグイグイ来るけど、成瀬にはそういう態度をあまり見せない。
2人が気になって注意をおろそかにしていると、久実の声が聞こえてきた。
「恵美っち、行ったよ!!」
「えっ―――!?」
ボールを見ようとすると、顔面に直撃してしまって後ろに倒れる。
空気だけのボールだから、質量ではなく勢いで倒れてしまった。
「最上さん、大丈夫!?」
サーブをしたと思われる和泉が駆け寄ってきたから「大丈夫……」と言って起き上がる。
いけない、いけない、今は住良木に集中しないと。
当の本人を見ると、和泉と一緒に来たようで私の目の前に居た。
「痛い所はない?休んだ方が良いよ」
「……問題ない」
猫被りモードの住良木に構うつもりはなく、すぐにビーチバレーを再開しようとする。
すると、どこからか男の笑い声が聞こえてきた。
「仲良きことは美しきかなってか?ぬるま湯に浸かっているクズどもは平和で良いなぁ」
この声、初めて聞いた。
だけど、わかる。円華が言っていた男に違いないことは、口の悪さからわかった。
この赤髪の男が、柘榴恭次郎だと。
柘榴は取り巻きの男子や女子を連れて私たちに近づいてくる。
すると、成瀬と和泉が前に立つ。
「何の用かしら?今、あなたたちと関わっている時間はないわ。ストレスが溜まるようなことはしたくないの」
「今はEクラスの皆と仲良くしたいんだ。Bクラスの君たちもそうしたいんだって言うなら別だけどね?」
直球と遠回しにこの場から去れと言われているが、Bクラスのリーダーは一笑する。
「連れねぇことを言うなよ、瑠璃、要。俺はおまえたちには目をかけてやってるんだぜ?そう邪見にするなよ」
「……貴様、お嬢様を名前で呼ぶなど言語道断。そこに直————」
「腰巾着は引っ込んでろ。てめぇに用はねぇ」
「誰が腰巾着だっ!!」
雨水が右拳を振るおうとすれば、2mくらいの長身で細い身体の前髪で両目が隠れている男が無表情で止める。
「よくやった、平。そのまま投げろ」
「……わかった」
平と呼ばれた男は掴んだ手をそのまま引っ張って雨水をプールまで投げ飛ばした。
雨水が落ちた位置に、水爆したかのような水しぶきが上がる。
ビーチサイドからプールまでの距離は50メートル。普通はあり得ない。
信じられないという目をしている私たちを見て面白いのか、柘榴は不適な笑みを浮かべる。
「忠告しておくけどよ、俺をどうにかしようとするのは無駄だぜ。俺もそうだが、周りもいろんな意味で化け物が何人かいるからなぁ。……夏休みを無事に終わらせたいなら、平和的な解決をしようぜ?」
柘榴の口から似合わない言葉が聞こえてきた。
この言葉の裏に、私は彼の絶対に何か傷をつけてやるという意志を感じ取った。




