宿命の接触
円華side
教室で机に座って10分間連絡を待っていると、白華の鞘に装着しているスマホからメールが届いた。
『成瀬瑠璃の護衛終了。
報告:内海景虎がDクラスからBクラスに上がっている模様。注意されたし』
内海景虎……生きてたのか。
Bクラスに上がっているとなると、柘榴恭次郎の駒に成り下がったか。
柘榴があの狂犬を使いこなせるかどうかは疑問だな。
それにしても、Dクラスから1つ飛ばしでBクラスになるなんて、合法的にあり得るのか?
俺も才王学園のルールを全て把握しているわけじゃない。
見落としている何かがあるとすれば……俺が把握できていない能力の示し方があるという事か。
内海からは、暴力以外に示せる力はないと思っていたんだけどな。
メールを見て考え込みそうになると、麗音から「おーい」と話しかけられた。
「誰からのメール?あたしにも見せなさいよ」
「嫌だね。俺、手札を見せるほどお人好しじゃないから。でも、重要な情報だけは教えておく。……おまえの元カレ、ついに釈放されたみたいだぜ?」
「元カレって……まさか、内海くんのことを言ってるの!?」
「ご名答。……それにしても、あっちからの連絡は来たけど、こっちからの連絡はまだみたいだな。あいつ、裏通りに残ったままだし……」
日常用のスマホで恵美の位置を確認すると、5分前に確認した位置から一歩も動いていない。
場所は裏通りか。
電話をかけるが、留守電になる。
戦闘中なのか、それとも何かアクシデントでも起きたのか。
「麗音、悪い。……ちょっと出てくる」
「えっ、待ってよ。プランはどうするの!?」
「安心しろ、プランは修正できる」
「……それで、どこに行くつもり?」
「裏通りに行って、恵美の様子を確認してくるだけだ。すぐに戻る」
机から降りて教室を出ようとすると、麗音に不意に服の袖を掴まれた。
「また、最上さんなんだ……。あたしを使える駒にするのと、最上さんを助けてチャンスを棒にするの……どっちが重要かわかってるの?」
「……愚問だ」
麗音の手を掴み、袖から離す。
「そんなのを比較するのがもう愚かだ。どっちも大事に決まってるだろ。おまえは学園に戻すし、恵美に何かあったなら助ける。俺の知らないところで、大切だと思っている誰かが死ぬのはもうごめんだ」
教室を出る前に、1度振り返って彼女に言う。
「……何を勘違いしてるかは知らないけど、俺はおまえのことを駒なんて思ってないぜ」
その時、一瞬だけ後ろを振り向いて麗音を見ると、暗い影が落ちているように見えた。
Fクラスの校舎を出て10分後。
裏通りの恵美のいる地点に到着すれば、地面に倒れている彼女を発見した。
「恵美…!!」
駆け寄って抱き起こそうとすれば、その前にある男がゆっくりと恵美に近づく。
その特徴的な緑色の髪と前髪を挟んでいるコンコルドに見覚えがあり、足が止まってしまった。
予期していなかった。だけど、そういう日が来ることは前からわかっていた。
何でここに居るのか、何をしに来たのかは問題じゃない。
片方がその存在を知ってしまったことが、胸が締め付けられるほどの苦しみになった。
梅原改。
目の前に居るのは、恵美がずっと探していた男だった。
俺が恵美に会ってほしくなかった、存在することを知られたくなかった男。
男は膝をついて恵美のその白に近い銀髪を触り、どこか哀愁漂うような表情を見せる。
「……何てバカげた悲劇だ」
そう呟き、恵美を両手で抱きかかえようとする。
その瞬間、俺は梅原に靴音をたてながら近づく。
「悪いけど……そいつに触らないでくれるか?」
梅原は俺に気づくと、立ち上がって薄く微笑んでくる。
「これは予期してなかったイベントだ、椿円華。君と会うのはこれで3度目。……もしかして、彼女は君の恋人だったりする?」
「ちげぇよ。だけど、恵美に軽々しく触れてほしくない。おまえにとってはどうかわからないが、俺にとってはかけがえのない奴なんだ」
「へぇ……そうなんだ」
梅原はポケットに両手を突っ込み、上を向いて息を吐く。
「良かったね、涼華さん以外にそう思える人ができて」
姉さんの名前を、軽々しく口にするんじゃねぇよ。
怒りを抑えながら、今はこいつをここから立ち去らせるか、俺が恵美を抱えて戻るかのどちらかの方法で状況を終了させることに重きを置く。
「……そう思ってくれるなら、そいつから離れてもらえるか?梅原」
梅原は了承も拒否もせず、前に歩いて俺に近づいて横に通り過ぎる。
「また自分の手で傷つけないように、気を付けなよ。忌み子くん」
「っ!?おまえっ…‼」
忌み子。
俺が最も嫌う呼び方であり、桜田家の一族の中では人間以下だと思っている者に対する呼び方だ。
「あれ?もしかして、こう呼んだらまずかったかな?じゃあ、今のは謝るよ。なら、そうだなぁ……アイスクイーンって呼んだ方が良い?」
こいつ、忌み子のことだけでなく、アイスクイーンのことまで知っているのか。
「おまえは一体、どこまで俺のことを――――」
「言っておくけど、なんでもは知らない。けどね、君は一族の間でも有名人だからさ。ある程度のことは知ってるよ。君がこの学園に居る理由もね。でも、安心してよ。君の邪魔はしないからさ」
俺の肩に軽く手を置いてそう言い、すぐに離しては手を振りながら去っていった。
「じゃあね。彼女を大切にしなよ」
梅原……今まで会ったどの人間とも違う脅威を感じる。
だけど、今は恵美が無事だったことを喜ぶべきか。
スマホを見て今の敵と味方の状況を確認すれば、画面上でBクラスの奴らは静止しており、成瀬はEクラスの寮に向かっているのがわかる。
Bクラスの襲撃は結果的に失敗したと見ることができる。
あとは、記憶操作の異能具の片方を回収すれば終わりだ。
ーーーーー
敦side
手のかかる生徒ほど可愛いという教師が存在する。
俺にはそれが到底信用できない。
少なくとも昔の教師ならともかく、現在社会を生きる自分が可愛いと思っている教師には当てはまらない。
本当に生徒を可愛いと思って、生徒を導きたいと思って教師になる人間の多くは、ドラマや漫画の見過ぎだ。
少なくとも、俺は自分のことも生徒のことも可愛いと思ったことは1度もない。
ただ、あいつらを、あいつらの望む道に導きたいとは思う。
半ば強引に取らされた免許だし、生き甲斐なんてこれっぽっちも感じていない仕事だが、それでもおまえとの人生最後の約束は守るさ……涼華。
Bクラスの寮に到着し、資料に書いてある部屋番号の前まで行ってインターホンを押す。
これ、後で知られたら滅茶苦茶怪しまれるよな。
生徒の中にもそうだが、教師の中にも組織のメンバーは存在する。
上手く立ち回らなかったら、すぐにでも俺は殺されるだろう。
煙草を吸いながら待っていると、機械越しに男の声が聞こえてきた。
『何の用だ?Eクラスの教師がBクラスの生徒に家庭訪問かよ』
「柘榴恭次郎……話がある。おまえの担任への許可も取ってある」
『……あの女からは聞いてねぇな。出直してこい』
教師相手になんて言葉使いだよ、こいつ。
声は冷静を装っているが、俺を追い返そうとするのが引っ掛かる。
Eクラスの担任に知られたくない物でもあるのか、それとも俺個人に知られたくないものなのか。
どっちにしろ、こいつは教師の権限を軽視している。
ガキに出直してこいと言われて引き下がるほど、俺は物分かりがよくない。
懐から1枚の紙を取り出し、開いてインターホンに付いているレンズに近づける。
「生活指導だ。1学期中にほとんど校舎に来ていない奴の生活力を調査しにきた。調査対象者であるおまえに、拒否権はないんだよ」
インターホン越しに10秒くらい静かになる。
そして、鍵が開く音が聞こえてドアが開き、中から私服姿の柘榴が出てきた。
「生活力の調査……それが問題なければ、ご褒美はもらえるんだろうな?こっちはプライベート空間を公開するんだ」
「それは結果次第だ。おまえが決めることじゃない」
柘榴に部屋に通してもらえば、辺りを一望する。
最初の感想は、機械が多いということ。
特に起動していないPC5台、スマホは2台、そして懐中電灯に似たものに目を引かれた。
ゴミは少ない所から、外には出ているようだ。
柘榴は回転式の椅子に座り、立っている俺に手を組んで見上げる。
「それで?生活指導は普通、担任の仕事のはずだ。どうして、あんたが?」
「牧野先生から直々に頼まれてな。証拠の音声データもあるし、紙には彼女の印もある。どうする?確認するか?」
スマホを取り出して柘榴に見せれるが、奴はフッと笑って首を横に振った。
「そんな自信満々だと逆に怪しいが、こっちはそっちの事情は知らねぇからな。今は大人の顔を立てて、手の平で踊らされてやるよ。とりあえず、調査の内容を教えろ」
「おまえに教えるまでもない。生活力なんて、部屋の中を見渡せばすぐにわかる。調査はもう終了した。生活感はあるし、部屋も清潔で散らかっているわけじゃないみたいだし、申し分ないだろ。合格だ。牧野さんに報告しておくから、ご褒美は担任からもらいな。あと、2学期からは学校来いよ」
部屋を立ち去ろうとすると、柘榴に「待てよ」と呼び止められる。
「あんた、本当に目的はこれだけだったのか?」
「……どういう意味だ?」
「納得いかねぇんだよ。わざわざBクラスの俺に接触してきた理由がわからねぇ」
柘榴の目つきから、俺の腹を探ろうとしているのがわかる。
完全に誤魔化すことは不可能だろうな。
「理由……そうだな。生活指導は目的の2割、あとの8割はただの警告だ」
「へぇ、さぞかしありがたい言葉をいただけるんだろうな」
柘榴の表情は軽く俺のことをバカにしているように見える。挑発のつもりか。
「そう言えば、あんたってこの学園の女教師と付き合ってたらしいな。その女、どういう奴だったか教えてくれよ」
「……あ?」
こいつ、どこでそんな情報を入手したんだ?
柘榴の悪い笑みを見ると、まだ俺の心に土足で踏み込もうとしているようだな。
「名前は確か、椿涼華だったか?2年前まで才王学園の英語教師だった。彼女が担当したクラスはレベルが高く、例えクズでも公正させるほどの教育力を持っていた。だが、そいつはこの学園で自殺したんだろ?悲しいよなぁ、普通。あんた、どんな気持ちだったんだ?」
「……」
いろいろな言葉が口から一斉に出そうになり、頭が情報処理できなくて黙ってしまう。
涼華のことを軽々しく語るな。
何も知らない、表の情報しか知らない奴が、知ったような口を効くな。
悲しい?そんな言葉で済むはずないだろ。
すぐにでもあいつを殺した奴を殺し、あいつの元に行こうと思ったさ。
それでも、あいつと約束したから死ぬことはできない。
こんなガキでも、生徒は生徒だ。
奴らとは何の関係もない生徒だ。
だから、俺は怒りを押し殺して柘榴にこう言った。
「絶望的な地獄だ。これで満足か?」
想像通りの言動じゃなかったのが面白くないのか、柘榴は「へぇ」と反応するだけだった。
俺は白衣のポケットに手を突っ込み、柘榴を見下ろす。
「警告だ。今までの柵を脱ぎ捨てて、ただの生徒になった方が良い。椿円華の闇は、おまえよりも深い。それは俺が一番よくわかってる」
「ありがたいお言葉をどうも。だが、それは聞けない相談だなぁ。わかってることだろ?」
「言葉でわかるとは思っていない。しかし、前持って警告しておかないと、何かがあったときにあいつの担任の俺と、おまえの担任の牧野先生が責められるんだよ。『どうして、前もって止めなかったんだ』ってな」
「俺が椿を潰すことをか?」
自信たっぷりにそう言う柘榴の目からは、本当に自分の実力であいつの義弟を潰せると思っていることが伝わってくる。
ある意味、幸福な奴かもしれないな。
「……どうだろうな。とりあえず、おまえと椿のどちらが潰れようが、俺達に責任を押し付けられるのは変わらない。まっ、あいつの逆鱗に触れないようにすることだな」
サングラスを外し、紅の瞳で柘榴の目を見る。
「あんた、カラコンなんて入れてたのか?似合わねぇな」
「そうかい。……まぁ、どうでも良いだろ。それじゃ、俺は帰るから」
「おい!……っ!!俺の話はまだ……終わって……ねぇ……ぞ」
柘榴は急に頭を押さえ、机に手をついて身体を支える。
そして、重たいまぶたを上げて下から睨む。
「てめぇ……何をした……!?」
「……おまえが理解できないことだ。今日の遊びはこれまでにして、さっさと寝ろよ。これ、もらっていくから」
棚の上に置いてある懐中電灯のような物を取れば、柘榴は俺に迫ろうと机から手を離したが、身体の重さで床に倒れる。
「それは……俺の……!!」
「ガキには過ぎた玩具だ、没収する。後でまた来るから、その時に文句を聞いてやるよ」
まぁ、その時にはこの時間の記憶は消してやるがな。
柘榴は意識が切れ、そのまま目が閉じられる。
それを確認してからサングラスをして紅の瞳を隠し、俺は柘榴の部屋を出た。
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本当に。
けれども、感想がもらえないのを悲しいと思うのは、僕の欲張りなのでしょうか……。
モチベーションがぁ……。




