助けるからね
瑠璃side
地下街の中をスマホを見ながら小走りに移動していると思い出す。
昔、こういう鬼ごっこを題材としたデスゲームがあった気がする。
鬼に捕まったら殺されてしまうといったシンプルなゲームで、DVDをレンタルして見ていたのを思い出した。
今の状況は、あの映画と酷似している。
真面目に視て、何か得るものがないかを模索するべきだったわね。
私も、追いかけてくるBクラスの襲撃者も、お互いの位置を把握できる状況にある。
隠れてもすぐに見つけられてしまい、常に先の行動を予測しながら動き続けなければならない。
それも次の日の午前6時まで。
体力に全く自信がない私にとって、この鬼ごっこで捕まることは確定事項。
それでも私1人の犠牲で済むのなら時間稼ぎになり、クラスへの贖罪として成立する。
それに、私のことで円華くんが柘榴恭次郎に脅迫される可能性は除外できる。
「……って、私を人質にしたところで、彼が助けてくれるとは思えないわね」
はっきりと『助けられない』と言われた時に、彼の優先順位の中で成瀬稲美という存在は重要視されていないと理解した。
もしも、円華くんにとって必死になって助けたいと思える相手が居るとすれば、今は亡き彼の姉か、もう1人は彼に密かに想いを寄せている可愛い銀髪女子くらいかしら。
本当に……男に恵まれていないわね、私。
走りながら溜め息をつくと、建物の陰からBクラスの男子が現れる。
後ろからは2人の男子が追いかけてきている。
シンプルな挟み撃ち作戦かしら。
私へのBクラスの追手の特徴として、全員耳にイヤホンを着けている。
一瞬だけ後ろを見て確認すると、スマホを見ていない。
なのに、ずっと私が何度建物の死角をつかって撒こうしても、追尾弾のように追いかけてくる。
ずっとスマホを確認せずに走っている現状から察するに、耳に着けているイヤホンで、柘榴恭次郎からの命令を受けている。
彼からしてみれば、スマホの画面という盤上に居る自分の駒を声1つで動かして追い詰めるだけの単純なゲームってことね。
前からも後ろからも迫られているけど、当然そうされることを先読みするのは小学生にもできる。
徐々に近づいてくる前後の男子が距離を5メートルまで詰めてくると、私はすぐに狭い横道に入って走った。
すると、条件反射で男子は追いかけようと横道に入ろうとするけど、1人分の幅しかないのに複数人で同時に入れるわけもない。
これで少しだけど思考する時間ができた。
狭い道を出て、スマホのマップ情報を頼りに走り続ける。
そして、あらかじめ設定しておいたチェックポイントに到着した。
「ここなら、少しは時間を稼げるはず……」
そこは地下街の中にある発電所。
Bクラスの計画を狂わせるにはいい場所ね。
早速中に入って奥に進み、目の前にある制御装置とスマホをケーブルで繋いでハッキングを試みる。
居場所を特定されるのはわかっている。
だから、その前に私は成すべきことを成さなきゃいけない。
もはや襲撃者の居場所を確認している暇もない。
プレッシャーを感じながら、思考力と集中力をスマホの中の数字とアルファベットの羅列に向ける。
「大丈夫、このぐらいのシステムなら6分もあればすぐに終わる……私の唯一の武器を、ここで使わなくて何時使うのよ……!!」
内に抱える焦りとシステムと戦いながら時間は過ぎていき、6分が経過した。
その間、誰も発電所には入ってこなかった。
それがどういう意味を表すのか。
ハッキングを終え、画面上の『complete』を押そうとしたその時……。
「これで―――――きゃぁあ!!」
私は突然、何かになぎ払われて床に倒れてしまう。
その時にスマホとケーブルが外れてしまい、6分かけたハッキングが無駄になってしまった。
「……おまえの考えているだろうことは全部織り込み済みだぜぇ……成瀬瑠璃」
その声が聞こえた瞬間、私は自分の耳を疑った。
最近は鳴りを潜めていたから、てっきりまた監視対象になっているものと思って安心していた。
だけど、最悪なことに、最悪な状況で彼は私の目の前に居る。
今の行為からして、私たちの味方には思えない。
立ち上がり、じっと睨みながら声をかける。
「あなたが……どうしてこんな所に居るのかしら?自分の行動を顧みて反省し、自粛していると思ったのに」
「うるさいなぁ~。ゴミがこの俺に話しかけるんじゃねぇよ。てめぇはただの餌なんだから!!」
彼は右手に日本の小型のメイスを2本持っており、1本を左手に持ち替える。
「これさぁ~、刀よりも使いやすいんだぁ~。そして、斬るよりも……こいつで殴る方が気持ち良いんだぜぇ!!」
そう言って、最悪の悪魔が私に迫ってメイスを振るってくる。
それを回避することもできずに腹部に直撃してしまい、壁の前までとばされてしまう。
慣性の法則を利用した重い一撃で、私はお腹を押さえながら立つこともできない。
「あ……あなた……は、どう……して……私の……邪魔を……するの!!内海景虎っ!!」
名前を叫ぶと、内海くんはニヒッと野生的な笑みを浮かべる。
彼がここに居ることは計算外だった。
そして、次に彼が言った一言も予想だにできなかった。
内海くんは欠伸をして溜め息をつくと、笑みを浮かべる。
「しょうがねぇだろ。Bクラス……うちのリーダーの命令なんだよ」
Bクラス…ですって!?
ありえない。
彼はDクラスだった。
何の評価基準も達していない状況でいきなり、この短期間でBクラスになるなんて。
それに、私のBクラスのデータの中には内海くんの名前は入ってなかった。
「どう……なっているのよ…!?」
彼は私の声にならない声の問いに答えず、目の前に立って右手のメイスを振り上げる。
「その残念なお頭を使って考えろよぉ~。……一生わかんねぇだろうけどなぁ!!」
そう言って振り下ろそうとした瞬間―――。
ビーンっ!!
空中で何かに引っ掛かり、メイスの勢いが止まる。
内海くんも私も何が起きているのかわからず、今の状況に目を見開くしかなかった。
そして、どこからか低い男の声が聞こえてくる。
「その子を傷つけられたら、自分の主が困っちゃうんですよ。……そこまでにしてもらえますかね、暴れん坊さん?」
靴音が聞こえてきて、誰かが私たちの元に近づいてくる。
黒いロングコートに身を包み、フードと蜘蛛のマークが入っている仮面で髪と顔の上半分を隠しているけれど、不思議と恐怖は感じなかった。
私は普段、こういう言葉を使わないけれど、今はその表現しか思いつかない。
女の勘が、この人が円華くんに匹敵するほどの心強い味方だと直感した。
仮面の人は内海くんと私を交互に見ては、口の両端を吊り上げてこちらに顔を向けて指さす。
「大丈夫、必ず助けるからね……瑠璃」
彼の名前は何なのか。
どうして私の名前を知っているのか。
彼の主とは誰なのか。
彼自身は一体何者なのか。
いろいろな疑問は浮かんでくるけど、不信感はない。
でも、一番の内なる疑問は本当に私自身にもわからないものだった。
どうして、私は彼の根拠のない言葉にこんなに安心感を覚えているのだろうか。
胸の鼓動が、速くなる。
ーーーーー
シャドーside
成瀬瑠璃を庇うように内海景虎の前に外見は無防備状態で立つ。
後ろには腰が抜けて立てない様子の守るべき対象、目の前には血に飢えた獣のようにこっちを凝視してくる敵。
こんなマンガみたいな状況は予想外だし、これって重圧が凄いんですけど。
状況が終了したら、絶対に主に『あんたの影をやめてやる』というメールを送ってやる。
思えば、『成瀬を頼む。だけど、おまえ自身が本当に彼女を助けたいと思えた時にしか、直接介入することは認めない』ってどういう命令だよ。
まどろっこしすぎて、自分の意思で稲美を助けるために動いてしまった。
Bクラスの襲撃者は全て眠らせ、あとは内海ただ1人。
影としてあるまじき行為だ。
しかし、後悔はしていない。
内海は殺意を向ける対象を瑠璃から自分に変えた。
「見るだけでわかるぜ。その厨二臭い見た目で誤魔化そうとしているが、おまえは椿円華と同じ匂いがする…。血と狂気の匂いだ。おまえも、俺と同じで一線を越えている」
「……どうでしょうね」
まともに答える義理はないので、左手を腰の後ろに隠しながら右手を軽く振ってそう返す。
注意というか、興味は俺の方に向いている。
それなら、影としての存在感に関わってくるが、主の命令を遂行するには好都合だ。
自分は瑠璃から2歩横に離れ、右手を前に出して人差し指を立てる。
「あなたを相手するのに必要なのは、この指1本で十分」
「なら、その指をへし折ってやるぜ!!」
うわぁ、軽い。
こんな古典的な挑発に乗るなんて、本当に頭付いてるの?この人。
2つのメイスを振り回しながら接近してくる獣の攻撃を、人差し指だけで受け止める。
「何っ……!?」
受け止められた景虎もそうだが、その光景を見て瑠璃は瞬きを何度もする。
「どうして……というか、どうやって!?」
「見たまんまですよ」
冷静にそう返答しながら、右手を動かし続ける。
人差し指とメイスが触れる瞬間に、瑠璃と内海の耳には鈍い金属音が聞こえてくることだろう。
そして、薄暗い電球の下まで移動しながら防御し続けていると、白い光の線が視えてくる。
それを内海は見逃さなかった。
彼はメイスと線が触れる瞬間に、すぐに力づくで武器を後ろに引いて半歩下がる。
「……そういう事か。先生から聞いてたんだぁ。最近、椿円華の影に隠れながら、組織のことを調べている奴が居るってな。そいつは鋼鉄に近い強度を持つ糸を使い、それに捕まったものは成す術もなく捕食される」
「うっそ。流石に敵もバカじゃないってことですか?隠密行動担当なのに、知られてたら意味ないじゃないですか。まぁ、自己紹介はしておきましょうか」
自分は内海に右手を使って優雅にお辞儀をする。
「自分のコードネームは『シャドー』。そして、武器の名前は『スパイダースレッド』。今の主は椿円華って所かな」
当然、主の名前を出せば2人とも驚きを隠せなかった。
瑠璃の方は声が出ず、内海は大声で笑いだす。
「アハハハハッ!!マジかよ。おまえ、椿の駒だったのか!?」
「駒?……っぷ、クククッ。ちょっとやめて、笑わせないで」
たまらず咄嗟のことに、口を隠して笑ってしまう。
「駒って言うのは、誰かの指示を仰がないと何もできない奴のことでしょ?ある人の言葉を借りるなら、自分は彼の復讐のためのカードですよ。そこの彼女もね」
自分に名前を呼ばれ、信じられないと言った表情で瑠璃はこちらを見る。
やれやれと言ってから、内海に身体を向ける。
「だからさ、おまえみたいな考える頭のない働きアリが、うちの主に勝てると思うなよ」
挑発の意味でそういうと、内海の顔の血管が浮き出て、メイスを握る力が強くなる。
「てめぇが……俺を‼アリって呼ぶんじゃねぇぇええ‼‼」
うわぁ、まさかの禁句だった?
右手を前に出し、人差し指を曲げて構えていると、内海の振るうメイスが自分に向かってくる―――かと思いきや、瑠璃に向かって2本のうちの1本を投げる。
「えっ…!?」
「俺が怒りに狂うと思ったか!?甘いんだよ、クソがぁ‼駒だろうと何だろうと関係ねぇ。命令はやり遂げる‼」
1人は内海の予想外の行動に身の危険を感じ、彼もこのシャドーの裏をかいたと思っているのか獣のような笑みをする。
しかし、自分は申し訳ないほどに至極冷静だった。
その精神状態のまま、怒りを通り越して呆れてこう呟いたのだ。
「それは悪手だろ」
自分が左手を後ろから前に出すときに引っ張る動作をすれば、瑠璃の目の前でメイスは空中で静止する。
「そんなバカな!?物が宙で止まるなんて……!!」
「自分の武器は蜘蛛の糸。そして、おまえと戦っている間にも、巣を作っていたのさ」
指を鳴らせば、薄暗かった空間に蛍光灯の光が差し込まれて視界がはっきりしだす。
明るくなった空間には、目を凝らせば視えるほどの細い糸がいたるところに張り巡らされている。
特に、稲美の周りを中心にして。
「狩人の手品 監獄。ここはもう、自分の領域だ。彼女は傷つけさせない」
独り言を呟きながら、右手を開いて拳を握り、そのまま首の後ろに引っ張る動作をすれば、内海の全方位を囲んでいる糸が彼に向かっていき、全身を縛り上げる。
「ぐぅぁああ!!!て、てめぇ……離しやがれ、クソが!!」
「男を縛っても何も欲情しないなぁ。けど、あなたは自分にとって傷つけたくない人を傷つけた。……締め上げよう」
右手で2、3度糸を引っ張れば、内海の身体に糸が食い込む。
身に着けている布が千切れ、全身から血が流れてくる。
「ぎっ……あっ…がぁあ!!」
首も絞められていて、切断されて絶命するか、このまま窒息死するかの2択しかない。
こいつは殺しても良いと、頭に声が響く。
殺せば快楽を得られる。
殺せば、壊せば、滅茶苦茶にすれば、それだけ多くの悦びが得られる。
抗うな、俺はあの人の……。
脳裏に浮かぶのは、死神と呼ばれた男の幻影。
「殺してはダメ!!」
女の声が聞こえてきて、自分は正気に戻る。
そして、声の主に顔を向けた。
成瀬瑠璃は壁を背に立ち上がっており、脚が震えながらじっとこちらを見ていた。
「私とあなたは赤の他人。だけど、あなたが人を殺してはいけないことはわかる。私を助けてくれたことは感謝するわ。それでも、私の前で間違った行いをするのなら、あなたを許さない‼自ら人として誤ったことをする人を、私は認めない!!」
強い目だ。
正しいことは正しいと、間違っていることは間違っていると言える者が、この世界には何割存在するのだろうか。
だから、俺は彼女が……成瀬瑠璃が羨ましくて、眩しくて……。
近づきたいのに、それができなかったんだ。
自分は急いで糸をほどき、内海を解放する。
「……失せろ。そして、そっちの2人の飼い主に伝えておけ。うちの主は、おまえたちでは手に余るとな」
内海は自分に恐怖心を抱いたのか、無駄に暴れずにすぐに走って発電所を出て行った。
全身を動けなくなるまでのダメージを負わせたはずだが、それでも動けるということは……奴も力に手を出してしまったという事か。
何とか、1人も死者を出さずに状況は終了した。
安堵の息をついてその場に張った糸を全て解除し、腰のボックスに戻す。
そして、自分も発電所を出ようとすると、コートの袖を引っ張られた。
「どこに行くつもり?あなたには、いろいろと聞きたいことがあるのだけれど」
「……えー、マジでもう疲れてんすけど」
たまらず素の反応をだしてしまい、瑠璃の目が点になる。
「あなた……ううん、そんなはずはないわよね。さっきは本当にありがとう……その、シャドーさんとお呼びすれば良いかしら?」
「そう呼んでいただければ、ありがたいです」
素っ気なく返答し、咳払いして声を低くする。
「あなたを守るように、主から命令されていましたので。自分はそれに従っただけです。……それでは、後は主に直接聞いてください。自分には何も言うことはありませんので」
瑠璃の手を離し、口元だけ笑みを浮かべる。
すると、戦闘中にフードが乱れたのだろう、金色の髪が少しはみ出していることに瑠璃が気づいてしまった。
「その髪の色……そして、今の光沢‼やっぱり、さっきの話し方と言い、あなたはやっぱり―――――んっ!!」
そこから先を言われる前に、俺は瑠璃の頬に右手を添え、そのまま唇を口で塞いだ。
やばい、これは男としての衝動が過ぎたかも。
彼女は何度も瞬きをし、顔が熱くなっているのが俺の唇や触れている手から伝わってくる。
口を離し、驚きで放心状態になっている稲美に俺は人差し指を立てて唇に当てる。
「今のこと、うちの主には内緒な?」
瑠璃は条件反射のように、言うとすぐに頷き、その場に女の子座りをして放心状態になってしまう。
そんな彼女に少し悪いと思いながら、人目がないうちに俺は発電所を後にした。




