武器の真価
円華side
今回の相手は記憶泥棒だけのつもりだったが、まさか予期しなかった所でBクラスと戦うことになるなんてな。
正直、面倒という言葉しか出てこない。
予定ではクラス同士の戦いは成瀬たちに任せて、俺は頼まれたとき以外は表に出ないつもりだったのにな。
状況は俺の思い通りには動いてくれない。
常に予定外の連続だ。
しょうがないから対処するけど、Bクラスに関しては乗り気じゃない。
今回の目的は、あくまでも記憶泥棒の異能具を回収することだからな。
記憶を消された3日目にして、プランを決行する日の夕方。
地下のFクラスの校舎の屋上で天井を見上げていると、一通のメールがスマホに届いた。
麗音からだ。
『獲物が釣れたわよ、狩人さん』
それに対して『了解、そのまま所定の場所に誘導してくれ。俺もすぐに行く』と送り、竹刀袋を担いで屋上から2階に降りる。
廊下をポケットに手を突っ込んでゆっくりと、足音を立てずにFクラスの教室の前に来れば人の気配を感じる。
気づかれないように壁に背中を預けて中を覗いてみる。
教室に居るのは、伊礼の変装をした麗音と黒い長髪の女。
麗音は変装用のウィッグと眼鏡を取り、女にニコッとした笑みを浮かべる。
「残念でした。あたしはお探しの伊礼瀬奈じゃないわよ」
女は麗音の顔を見ると目を見開き、信じられないという表情をする。
「……ありえない。あなたは組織から消されたはずなのに、何で生きてるのよ!?」
「はぁ、やっぱり、あんたも緋色の幻影のメンバーだったか。じゃないと、異能具を持ってるわけないもんね」
「私の質問に答えなさい!!どうして生きてるの!?ジョーカー様からは殺処分にしたと聞いてるのに!!」
麗音の存在が受け入れられないようで、取り乱している女。
それに対して、自己中と思えるほどに冷静に麗音は自分の話を続ける。
「あんたはBクラスのぉ……有野春見だっけ。地味で目立たない生徒だって思っていたけど、組織のメンバーだったからってことね。悪いけど、あんたは内のリーダーの作戦にハマったってわけ。積みよ」
憤りを感じている有野は、怒りの形相で麗音の制服の胸倉を掴んで壁に彼女を押し付ける。
「んぐっ!」
「あなたが生きていたら、私がクイーン様から認められないじゃない!!死んでよ!!今すぐに死んで!!」
麗音が生きていたら、この女がクイーンから認められない?
この女は柘榴の部下じゃないのか?
俺は教室に入り、麗音の首を絞めようする有野の手を掴んで2人の間に入った。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか、記憶泥棒さん?」
目の前にいる有野を記憶泥棒だと呼べば、彼女は麗音の生存を知ったときよりも驚いた顔をし、目を泳がせて身体を震わせる。
「どう……して……!?カオスが……!!」
「記憶を消せば、それで充分だと思ったか?詰めが甘いんだよ。あんたが記憶泥棒だってことは、スマホに残っていた音声データから割り出すことは簡単だった。うちのAIは優秀なんでな」
スマホの画面を有野に見せると、画面の中のレスタが勝ち誇った表情でピースをしている。
「俺の記憶を消したあの日から、あんたは自分の正体を明かしてたも同じなんだよ。記憶を消したとしても、その状況の中で残った証拠を全て消すことはできない」
記憶泥棒が有野だとわかった後は簡単だった。
柘榴が俺の行動を把握していることはわかっていたから、当然俺がFクラスの木之本を捕らえた時にもう1人誰かが居たことは把握されている。
そして、俺が家電量販店で伊礼と居た時に感じた視線は1つじゃなかった。
あの時、木之本がたまたま俺たちの前に出ただけで、奴の他にも伊礼のことを監視していた者は存在する。
そいつらは伊礼に変装した麗音が、俺が木之本を捕獲する所を見ていたことを知っている。
そんな重要なことを、柘榴に報告しないはずがない。
柘榴は当然、俺から木之本の記憶を消したように、伊礼からも奴の記憶を消すように有野に命令しなければならない。
しかし、いくら伊礼を監視しようとしても意味がない。
成瀬が伊礼に「FクラスとBクラスの生徒があなたを狙っているわ、部屋から出ないで」と電話をした以上、あの臆病な性格をしている彼女が部屋を出ることは無かったらしいからな。
そうなると、有野は街の中で見かけた『伊礼瀬奈の姿をしている者』を見逃すことはできない。
正体はどうであれ。
早急に記憶を消さなければならないのなら、冷静な判断が働かずに条件反射で彼女を追ってしまう。
その結果、伊礼に変装した麗音の背中に誘導され、俺の居る所に来てしまったということだ。
「……私に気づかれるように、わざと伊礼瀬奈の姿をさせたってこと?」
「そういうことだ。柘榴恭史郎が失敗を許さない性格だということは、音声データから推察できたからな。きっとあんたは切羽詰まって判断力が鈍ってるだろうと思ったから、変装でも釣れるだろうってな」
「それでまんまと釣られてしまったってことね……。なら、私以外にも釣れるとは思わなかった?」
有野の挑発するような声に答えるように、教室内に3人の男子生徒が入ってきて俺に一斉に襲いかかってくる。
「はぁ」っと溜め息を出しながら竹刀袋を開いて振るい、前に居た男子の3人を横になぎ払う。
「思っていたに決まってるだろ。何のために愛刀を持ってきたと思ってんだ」
袋から刀の納まっている鞘を取り出し、白いスマホを窪みにはめ込む。
3人の男子を見ると、うめき声をあげながら立ち上がる。
その目は濁った赤色に染まっている。
「その子たちは、希望の血を摂取されて自我を失った私の奴隷よ。身体能力は常人の5倍。いくら伝説の暗殺者と言っても、簡単には倒せると思わないことね」
有野の言う通り、確かに筋肉がボディービルダーのそれを軽く超えてて気持ち悪い。
簡単にはリタイアしてもらえそうにないな。
俺は麗音の前に立ち、右手で氷刀の柄を握る。
「麗音は有野を足止めしてくれ。奴の異能具対策はできてるだろ?」
「当然。あんた、こんな所で時間をかけてられないんだから早く済ませなさいよ」
「Needless to say(言うまでもない)」
見た目だけ手ごわそうな敵の前に立ち、氷刀を抜刀して向ける。
氷刀の刀身は白光を放ち、心なしか手にしっくりくる。
悪くない。
「……試し斬りに付き合ってもらうぜ。全力で行くけど恨みっこなしな」
異常な敵3人に対して、氷刀白華を向ける。
優理花さんのあの時の言葉からして、高太さんのスマホでは白華の力は発揮できていなかったらしい。
敵に注意を向けながら鞘にはめている白いスマホの画面を見ると、確かに黒いスマホの時と違う。
モードが多数追加されている。
こいつらを相手に、いろいろと試してみるか。
最初にどれを使おうか考えていると、そんな時間は与えないと言うように3人の中から1番小柄で素早い動きをする男が『ぐるぁあ!!』と呻きながら襲いかかってきた。
待て待て、これは自我が崩壊しているなんてレベルに見えないんですけど!?
小柄な男は左足で回し蹴りをしてきて、それを俺は右腕で受け止める。
「っ!!重すぎる…!!」
まるで振り回された電柱を受けているような間隔だった。
そのまま踏ん張れば腕が壊れると直感し、そのまま力を抜いて壁まで飛ばされる。
地響きと共に大きな音をたてて衝突したが、咄嗟に左目に意識を集中して能力を解放し、全身を凍らせたために外傷はともかく痛みはない。
常人なら、痛みに耐えきれずに指1本動かすこともできないだろう。
白華も折れていない。
強度も上がっているようだ。
氷刀を杖にして立ち上がり、残り2人を確認する。
様子を見ているのか、それとも小柄な男だけで十分だと思っているのかは知らないが、動く気配はない。
スピードは高速に近いし、脚力も相当だ。
当然、身体能力が上がっているなら脚以外も常人をはるかに越えている。
それでも今の一撃で理解した。
こいつは、俺の敵じゃない。
「今の一撃で本気を出しておくべきだったな。それとも、今のが全力なのか……。どっちでも良いけど、俺を殺すことができる最初で最後のチャンスは無くなった」
白華を1度鞘に戻し、スマホのあるモードを押して柄を握って抜刀術の構えをとる。
俺の言葉を聞いて怒りを覚えたのか、小柄な男は眉間に皺を寄せて襲いかかってくる。
次は膝を曲げて突き出す蹴りだ。
蹴りを受ける紙一重の所で、俺は白華を抜いた。
しかし、その形状は刀ではない。
「椿流捕縛術 狂乱」
刀身だった部分は長い鎖となり、蹴ってきた足から巻きついていく。
そして、そのまま慣性の法則を利用してハンマー投げの容量で回転し、小柄な男を残り2人の方に飛ばした。
「そんなっ…!!」
「刀の武器が形状変化しないなんて、誰が決めた?」
チェーンモード、捕縛したり柔軟性が必要な所で有効だ。
だが、それは2人に回避され、投げ飛ばされた男は壁に俺の時よりも強く衝突してそのまま動かなくなった。
残り2人か、時間に余裕はないんだけどな。
次こそ、一瞬で片づけるか。
白華を鞘に戻し、モードを再度切り替える。
そして、両手で柄と鞘の下の方を握って2人の男を一瞬視界でとらえて目を閉じる。
自ら視界を塞ぐことでわざと見せる隙に対し、熟練の戦士ならば警戒を見せる。
しかし、頭の足りない未熟者はすぐに釣られる。
ほ~ら、『ぐぁああ!!』っとゾンビみたいな声を出して、2匹同時に襲いかかってきた。
1匹は右手の大振り、もう1匹はタックル。
2匹が俺に衝突する直前、氷刀の白い閃きが交差した。
「視るまでもなく、気配でわかるんだよな」
2匹の異常者は俺の後ろに同時に倒れ、俺の両手は氷の刃の小太刀を握っている。
デュアルモード。
氷刃を小さくし、柄と鞘の下に刃を生成して真ん中を軸に抜刀することで2本の武器になる。
乱戦時とか時間がないときに持ってこいのモード。
3人とも気を失っているようだが、死んではいない。
ただ、白華を通して神経を凍らせて動けなくしているだけだからな。
もしも意識があったとしても、動くことはできない。
とりあえずは、一安心か。
『希望の血』の方の能力を使ったが反作用はないし、衝動もない。
愛刀を鞘に戻し、じっと見つめる。
俺の専用武器、氷刀白華。
その真価は、あらゆる状況に適した能力が備わっており、殺さずに相手の命以外の全てを奪うことにある。
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麗音side
円華くんがゾンビみたいなのと戦っている間、あたしは記憶泥棒こと有野絵里と対峙する。
あたしは今、異能具を持っていない。
対して、有野は協力で厄介な武器をその手に持っている。
有野の記憶を消す武器は即効性があって戦闘にも向いている。
彼女自身、その異能具に対して絶対の自信を持っているのだろう。
普通なら、記憶を操る武器に対抗なんてできないのだから。
状況だけなら、圧倒的に不利。
「……けど、弱点がないわけじゃなかった」
無意識に呟くと、有野は眉をひそめてあたしを見てくる。
「小言でボソッと何言ってるのかしら。あなた、少し見ない間に変になってない?」
「気にしないで良いわよ、ただの独り言だし。それにしても、すぐに記憶を消しに来るかと思ったけど、話してる余裕があるんだ?それとも、時間を稼がないといけない理由でもあるのかな?」
「どうでしょうね?けど、ちょっと謎があるから少し話はしたいわ。あなたが、どうしてカオス側についたのかが知りたいから」
有野の疑問に対し、あたしは露骨に深い溜め息をつく。
内心で、心底彼女をバカにするように。
答えはいたってシンプル。
この学園に乗っ取った考えであたしは動いているのだから。
「カオス……椿円華が誰よりも強いって確信しているからよ」
少しの間、2人だけの時間が静かにゆっくり流れる。
そして、耐えかねたように有野は口と腹を押さえて笑った。
「アッハハハハハハ!!おっかしい。あのカオスが誰よりも強いって言うけど、エースはともかく他のポーカーズの3人には敵わないわ。あの幹部5人は人間じゃない。超人レベルの最強の暗殺者だとしても、あの方たちに勝てるはずがない」
……そっか。
当然と言えば当然だけど、この女はカオスとかアイスクイーンの椿円華しか見ていないんだ。
彼の強さは、そんな肩書とは関係が無いと言うのに。
「……あんたは今、勝てるはずがないって言った。だけど、これは勝負じゃない。喰うか喰われるかの戦い。あんたの思考レベルじゃ追いつけない領域だから、計り間違えないでくれる?滑稽だから」
バカにするように露骨に鼻で笑えば、有野はギリっと歯が擦れ、スカートからスマホの埋め込まれた異形の懐中電灯のような物を取り出した。
取っ手は銃のような形状をしており、銃口は懐中電灯になっている。
どうやら、あれが記憶操作の武器らしい。
プライドが高そうだから、すぐに挑発に乗ってくれた。
有野は武器をあたしに向け、引き金に指をかける。
「私を……嘗めるなぁあ!!」
引き金を引いたと同時に、こっちはスカートからあるものを取り出し、目を閉じながら有野に向けた。
その瞬間、この勝負の決着が見えた。
相手の悲鳴が聞こえてくる。
「うぁあああああ!!!」
武器を床に落とし、頭を両手で押さえて後ろに倒れる有野。
床を左右に転がりながら苦しんでいる。
それを見下ろして、哀れみの目を向ける。
「記憶を強制的に消されると、こうなってしまうのね」
あたしは手に持っているものを見て、安堵の息をつく。
異能具に対抗できるのは異能具だけだと思っていたけど、特徴を見極めて盲点を突いたら日常で使っている物でも対抗する手段はある。
それが今の戦いでは、この手鏡だった。
記憶を消す時に光を発していた。
おそらく、強い特殊な光の効果で脳の特定の記憶だけを破壊することができたのだろう。
緋色の幻影の技術力なら、そんなことは可能だから。
そして単純な話、相手が光を使うのならば、反射してしまえばその効果は相手に跳ね返る。
それで終わり。
対抗策という対抗策でもないわね。
有野の異能具を拾うと、スマホの画面を見て目を細める。
『消去対象:記憶泥棒 Bクラス』
あたしは再度、もう苦しみぬいて放心状態になっている哀れな女を見下ろす。
「あたしも組織に居た時は、この女みたいだったのかな……」
そんなことを呟いていると、有野のスマホに電話が鳴る。
画面に出てくる名前は、『柘榴恭史郎』。




