信頼に繋げる疑惑
影って言うのは光が強いほど大きくなるし、長くなる。
俺は昔から、それが鬱陶しくて、ウザったくて嫌いだった。
だってさ、要するに自分がどうなるかは他人次第ってことになるじゃん?
それってマジでカッコ悪いって思うわけよ。
誰かの影になるってことがどれだけ惨めで情けないことかって、ずっと消極的な考えになりながら生きてきた。
爺さんの影になったり、おっさんの影になったり、2つ年上のお姉さんの影になって……今は同い年の男の影になっている。
最初は仕事だし、生きていくには命令に従わなきゃいけないしで、なーなーやっていくつもりだったっけ。
だって、野郎の影なんか誰がしたいと思うよ?
それこそ、美少女を陰ながら守るヒーローを目標としている俺としては、マジでやる気がなかったわけですよ。
だけどさ、日常をさりげなく観察していると、ずっと誰かのために何かをやっているあいつのことを見て……何て言うのかな、俺の中に憧れみたいなものが出てきたんだ。
無茶するし、女心には鈍感だし、自分に正直になれない不器用な男だけど。
そんな中でも、誰かを守ろうとする、助けようとする今の主に対して、俺はそいつの影であることに少しだけ誇りが持てたんだ。
だから、俺はあいつの復讐に協力するつもりだし、あいつから命令があれば遂行する。
……って、影が感情を持つなって、当主にきつく言われてたんだっけ。
椿円華が主になってから調子が狂ってるなぁ、シャドーともあろうものが。
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基樹side
夏休みなのに、驚くほどにイベントに遭遇しない。
地下街の中を散歩していても、見かけるのは男女のカップルとか男子オンリーや女子オンリーの集団ばっかり。
ヤバい、ギャルゲーとかエロゲーでは自動的にイベントが発動するが、リアルではそんなことが全く起きない。
「あ~、俺が恋愛ゲームの主人公なら、こう……今みたいに街の中を歩いていたら、俺好みの美少女と会うは…ず……」
何気なく公園内をうろついていると、ベンチで1人座って文庫本を読んでいるクラスメイトの紫髪美少女が居た。
成瀬瑠璃ちゃんだ。
皮肉じゃない率直な感想だけど、1人で居るのが絵になるんだよなぁ、あの子。
俺は彼女に静かに近づいて「よっ」と話しかける。
しかし、反応がない。
まるで瑠璃ちゃんの姿をしたマネキンのようだ。
「おーい、瑠璃ちゃん?聞こえてる~?」
少し声を大きくして声をかけ直せば、瑠璃ちゃんはやっと顔をあげてこっちを見てくれた。
だけど、相手が俺とわかるとすぐに目をそらされた。
「まさか、基樹くんだったとは思わなかったわ」
「円華じゃくてすんません。隣、失礼しまーす」
謝ってから隣のベンチに座れば、彼女がチラッと俺に半目を向ける。
「それ、隣って言うのかしら?」
「ん?何で?」
「普通、隣って言ったら同じベンチの隣に座ると思うじゃない。なのに、私の座っているベンチの隣にあるベンチに座るのは、隣って言わないんじゃないかしら?」
「あ~~、それもそうっすねぇ……ハハハっ」
笑って誤魔化すけど、俺は移動するつもりは毛頭ない。
まぁ、理由は……な、なんとなく。
すると、瑠璃ちゃんが本を持ったまま立ち上がり、俺の座っているベンチに座った。
それこそ、文字通り俺の隣に。
もう肘とか動かしたら当たっちゃうんじゃないかってくらいの距離に。
「わ、わぁ……瑠璃ちゃんみたいな美少女が隣に来てくれるなんて、嬉しいなぁ…」
「そういう割には私の方を見ないのね。あなたのことだから、何気ない風を装って胸でも見てくるかと思っていたけど」
「俺だって、そんな露骨じゃないって」
「それとも……私の胸って小さいのかしら?確かに、最上さんや新森さんと比較されたら小さいほうだと思うけど……」
「は、はは、はい!?」
ど、どうしたんだ、瑠璃っさん!?
思えば、俺は基本的に瑠璃ちゃんと2人きりで話すことが無かった。
円華の話では周りの人数に比例して口数が減っていき、1対1の時は口数が多くなるって聞いてたけど、これは予想外のトークテーマだぞ!?
これは、どっちを言っても後で悪い印象しか与えないっすよ。
つか、大きいとか小さいって言ったら、セクハラ発言だよ!?
俺が返答に困っていると、瑠璃ちゃんはクスクスっと笑った。
「ごめんなさい、ちょっとあなたのことを困らせて見たかったのだけど、予想以上の反応ね?」
「お、おいおい、瑠璃ちゃん……」
「だって、私だってあなたのことで、内心困っていたことがあるのよ?なのに、あなたを困らせちゃいけないって言われる権利はないと思うわ」
俺が瑠璃ちゃん困らせてる?
どうしてだろう、全くもって覚えがない。
「基樹くん……あなた、私のことを避けてるわよね?」
「・・・ぇ?」
全く意図していないことで、勝手な自己完結をされていることに気づきました。
「ご、ごめんね、瑠璃ちゃん。何をどうしたらそういう解釈に至りました!?」
「何をどうしたらって、今までのあなたを観察していたら自然とそういう風に考えるわよ。例えば……」
瑠璃ちゃんから数個の例が出された。
いつも、最低でも1メートルくらい距離を開けられる。
2人きりになっても会話がない(例外は今日)。
基本的に久実ちゃんを含めて3人で居るときは、俺は瑠璃ちゃんとは言葉を交わさず、彼女としか話さない。
……え?これだけで避けられてるって思う要因になるの?
俺は頭をかきながら考え、溜め息をつかずにはいられなかった。
「それ、瑠璃ちゃんがネガティブに考えすぎなんじゃねぇの?」
「なら、あなたは私のことを避けてないって言えるの?」
グイッと顔を近づけられ、目と目が合う。
ヤバい、ここで視線をそらしたら誤解が深まる。
「な、ないよ。当たり前じゃん」
「……そう、なら良かったわ」
何事も無かったかのように離れ、瑠璃ちゃんの視線は本に戻った。
そっか。
俺って彼女にそんな風に思われていたのかぁ。
ちょっと、自分の態度を改めた方が良いな。
本人に気づかれないように、チラッと隣にいる彼女の顔を見ては、そのまま閉ざされた天井を見てボンヤリとする。
身体が熱くて、震えを圧し殺している。
瑠璃ちゃんが隣に来てから、俺の心臓は破裂しそうだ。
そして、しばらくして彼女のスマホに着信が入った。
「これって……」
「ん?どったの?」
「はぁ……呼び出しよ。全く、詳しい場所も書かないで来いなんて失礼ちゃうわ」
うんざりしたように言い、瑠璃ちゃんは「じゃあね、基樹くん」と言って離れて行ってしまった。
……もうちょっと一緒に居たかったって思うのは、俺の我が儘だよな。
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円華side
Eクラスに、Bクラスと通じている裏切り者が居る。
野放しにしていたら、俺の周りの奴らが柘榴の策で被害が出るかもしれない。
柘榴はFクラスとEクラス、そして当然ながらBクラスの生徒の現在地を把握しているはずだ。
BクラスとFクラスには発信器を着けさせるにしても、Eクラスの生徒の居場所はどうやって……。
裏切り者は何をしたんだ?
どうやって俺に発信器を着けた。
スマホを回収してから身の回りの物や服を調べたが、そういう類いの物は見つからなかった。
無意識にでも注意しているつもりだったんだが、結果的に俺の行動は柘榴に筒抜けだ。
なら、結論は1つに絞られる。
裏切り者が使ったのは、小型の発信器じゃない。
触れもしないし気づかれもしないが、確かにそこに存在するもの。
「ハッキング……もしくは、コンピューターウイルスの可能性が高いよな」
そして、その技術を使える人間を俺は1人しか知らない。
捜せばもっといるのかも知れないけど捜している時間はない。
それに、もしも俺の予想と違っても、事情を話せば裏切り者の捜索を手伝ってもらえると思う。
ただ、疑ったら顔を打たれるか腹を蹴られるかは覚悟した方が良いか。
その日の夜、俺は容疑者と橋の上で待ち合わせをして15分前から居る。
メールで『橋の上で待ってる』と送信しておいた。
流石の俺でも、知り合いを疑うとなると気持ちを冷静にさせるのに時間がかかる。
「まさか、2度目が来るなんて思いもしなかったなぁ……」
仲間を疑うことは精神的に負担がかかる。
麗音の時ほどじゃないけどそれなりに落ち込んでるし、違っていたら『私のことを信じて無かったのね』と言われて幻滅されるのが少し恐い。
信じていないわけじゃ……ないんだけどなぁ。
疑うということと、信じるということは紙一重じゃない。
俺はそう信じてる。
疑いの先にあるのが、信頼なんだって。
疑いと信頼に関する自問自答を繰り返していると、お待ちかねの相手が来てくれたようだ。
いつものように腕を組んで、鋭いつり目をしている紫の長髪の女。
その右手にはスマートフォンが。
メールしてから約23分くらいか。
「待たせたわね。少なくとも、女性より先に来る紳士な姿勢は感心するわ」
「残念なことに、おまえに言われても皮肉にしか感じねぇよ。……成瀬瑠璃」
成瀬はフルネームで名前を呼ばれると、俺が発している不穏な空気を察したらしい。
目を鋭くさせて、じっとこっちを見てくる。
「私、あなたに何か気に障るようなことをしたかしら?」
「さぁな。俺自身、まだ頭の中で考えがまとまってねぇし、おまえにどう言えば良いのかもわからない。だから、単刀直入に言わせてもらうぜ」
深呼吸をし、気持ちを落ち着かせて言った。
「成瀬……おまえは、自分が裏切りをさせられたことに気づいているか?」
俺の言葉に、成瀬は目を見開いて「えっ…」と一言呟いた。
そして、そこから言葉が出てこない。
無駄に言い訳をせず、自分がそんなことを言われた理由を聞きたいのだろう。
ここからは確認作業だ。
「俺の動きが、Bクラスの柘榴恭次郎に筒抜けになっている。身の回りの物を調べたが、発信器を着けられたわけでもない」
「……なら、どうしてBクラスの人にあなたの行動が知られているの?おかしいじゃない」
「その答えのヒントは、この前に捨て身で仕掛けた策で手に入れた音声データにあった。……はぁ、驚いたよ。Eクラスの裏切り者ってワードを聞いたときはさぁ」
頭の後ろをかきながら溜め息をつき、成瀬の顔を顎を引いてチラッと見る。
驚愕の表情を浮かべている。
信じられないという目だ。
そして、唇の下に人差し指を当て、真っ直ぐに目線を下に向けて思考を巡らせているのが見てとれる。
成瀬のこの仕草で、俺の中の混乱は消えた。
ポケットから日常用のスマホを取り出して見せる。
「おまえさ……俺のスマホにウイルスか何か入れてないか?」
「……」
返答が来ない。
顔から汗が出ていて、目が左右に泳いでいる。
図星だな。
どうして俺がウイルスの事実に気づいたかと言うと、さっき送ったメールと成瀬の行動が全てを物語っている。
この地下街には橋が10個以上もあり、俺はどの橋とも言っていない。
なのに、そんなに時間はかからずに俺の居る橋に着いた。
最初からそこに行くとわかっていないと、とても20分じゃ辿り着けない場所だ。
「便利って怖いものでさ。それに慣れてしまうと、何も意識せずにそれを使うことが習慣化されるんだよ。おまえが俺に確認のメールか電話でもしてこれば、おまえへの疑いは無くなっていたのにな」
ぐうの音も出ないようで、成瀬は深い溜め息をつく。
「悪かったわよ。何も言わずに追跡用のウイルスを送ったのは謝るわ。でも、私はEクラスを裏切ってなんていなーーった!」
半ギレで訴えるように言ってくる成瀬に、半目でデコピンをする。
当然ながら、その後すぐに「何するのよ!」と言われて俺は足を強く踏まれた。
地味に痛い。
「落ち着けって意味だ。さっきの俺の言葉を思い出せよ。俺はおまえに裏切ったなんて言ってない。裏切りをさせられたと言ったんだ」
「……何が言いたいのかがわからないわ」
「おまえには屈辱的かもしれねぇけど、簡単に言えばBクラスの柘榴にはめられたってことだよ。多分……おまえのプライドの高さと仲間思いな所をつけこまれたんだろうな」
「そして、ウイルスの探知ソフトをその人に渡したと言うの?筋は通っているかもしれないけれど、それでも私は……」
思い悩みそうになっている成瀬。
それも当然か。
「今のおまえは悪くないさ。だから、苦しむ必要はない。記憶を消されれば、それに関する記憶がないのは当然だ」
「記憶を……消された?それって、今噂になっている記憶泥棒の話かしら。どうして、今その話を……」
「わからないか、成瀬。気づけば案外簡単だぜ?」
もったいぶる気はなく、俺は成瀬に真実を伝えた。
「記憶泥棒はBクラスの中に居る。奴を操っているのが、柘榴恭次郎なんだよ。……そして、俺のプランの中にはもう、奴のカードを奪う手はそろってる」




