振り出しの後の手がかり
目が覚めた時、俺はどうやらアパートの自室で寝ていたようで、ベッドの上で意識が覚醒した。
時計を見れば、午前6時を回っている。いつもランニングに行っている時間だ。
そう言えば俺、昨日何時に寝たっけ?全然覚えてねぇな。
確か、記憶泥棒について調べていて、そのついでに岸野先生に確認をとって……協力してもらおうと思って……。
その後、何をしたんだっけ?
記憶泥棒を追い詰めようとして、何かをしようとしたんだよな。
そして……。
いろいろと思い出そうとすると、玄関の扉が開き、恵美と麗音が怪訝な表情で部屋に入ってきた。
「おまえら、どうして……」
「どうしてじゃないよ。電話は昨日からかけても出ないし、部屋を確認したら10時回っても帰ってこないし、今はドアの鍵もかかってなかった。どうしたはこっちのセリフ」
恵美が呆れた表情で言うのを、俺は他人事のようにしかとらえられなかった。
電話がかかってきた記憶も、その10時までの記憶は全くないし、いつも鍵をかけているはずなのにしまってなかったなんて論外だ。
誰かが、意図的に俺から記憶を消したとしか思えない。
そんなことができる存在を、1人しか思い浮かばない。
2人を見て、俺は自身に起きただろう事実を告げた。
「俺……記憶泥棒に記憶を消されたみたいだ」
「それ、どこまでの記憶は残ってる?」
麗音がすぐに状況を察してくれて助かる。
どうしてそうなったかって聞かれても、覚えていないからな。
「岸野先生から電話が来て……その後は部屋を出たんだ。そして、どこかに向かったはずなんだが……そこまでの記憶はない」
「あんたがあたしを変装させて、あっちこっちに行かせて振り回したことは?」
「覚えている。……って、振り回したは人聞きが悪いな」
「事実でしょ。それで、変装したあたしを付け狙ってるストーカーを捕まえたのは覚えてるの?」
「えっ……そんなことあったか?」
覚えていない。ストーカーって何のことだ?
麗音は一瞬目を細めたが、すぐに溜め息をついた。
「ちょっと、それを忘れたら意味がないでしょ。あんた、そのストーカー……確か、木之本って男を餌に記憶泥棒を釣ろうとしたってあたしに言ってたんだから」
「悪い……本当に覚えてない」
実感したからこそわかる。
記憶泥棒の異能具は強力だ。
だけど、違和感はある。
何をしていたのかがわからないと言う違和感が。
麗音の記憶が消されたクラスの奴らは、違和感すら感じていないようだった。
この違いは一体……。
「……もしかして、いやでも……」
俺はあの時、するべき質問をしなかったんじゃないか?
「どうしたの?円華、顔が恐いよ」
「あっ、いや……悪い。ちょっと確かめたいことがあるんだ。恵美、久実に電話して、俺たちのクラス委員が誰かを聞いてくれ。俺は基樹に確認をとる」
「う……うん」
スマホで急いで基樹に電話をかければ、すぐに繋がった。
『ふぁ~あ、もしも~し。こんな朝っぱらからどったの?』
「寝起きで悪いが聞きたい事があるんだ。基樹、いくらおまえでも、春から俺たちのクラス委員をやっているのは誰かは知ってるよな?」
『え~?んだよ、その質問……瑠璃ちゃんに決まってるじゃん。今更、何?』
やっぱりか。そういうことにならないと、辻褄が合わせられなくなる。
基樹に「わかった、サンキュー」と言って電話を切り、恵美もその少し後に電話を切って俺を見た。
「円華……これって……」
「ああ、この一件、少しプランを変更しなきゃいけなくなったな」
俺の苦渋の決断を聞き、麗音は目を見開く。
「それって、もしかしてあたしを学園に戻すってプランのことじゃないわよね?」
「そのもしかして、だ。少しだけ見直す必要が出てきた」
「どうしてよ?失敗するわけがないって言ったじゃない」
俺に詰めよって責めるように睨んでくるが、ドードーっと冷静に抑える。
「安心しろよ。変わったって言っても、問題は1つ解決してるんだ。それに、これはプラスの意味でのプラン変更だ」
「「プラスの意味?」」
恵美もわかっていなかったようで、麗音と同時に呟いた。
「さっき言ったように、俺は記憶を消された。だけど、それでわかったこともあったんだ。考えても見ろよ、俺は記憶が消されていることを、自分で気づけてしまった。これって、おかしくないか?」
2人はこの違和感に気づかないようで、首を傾げたり、額に手を当てている。
「それは、消される前に記憶泥棒の存在を知っていたからじゃないの?」
「それも1つの要因としてはありえるだろうけど、最大の要因はそこじゃない。みんなには記憶を消されても違和感が無かったが、俺にははっきりと昨日の午後からの記憶がないと言う違和感が残っていた」
「あの時……円華に住良木のことを聞かれても、久実たちは違和感を感じていなかった」
「その通りだ、恵美。違和感を感じない……感じるわけがないよな。そうならないように、記憶を消された後に、他の記憶で埋めていたんだから」
消すだけじゃない。
埋める、もしくは上書きするものも存在する。
そして、俺は記憶を消されただけと言う事実から考えれば……。
記憶を消す物と、記憶を埋める物は別々だ。
「記憶を操作する異能具は、2つ存在するってことだ」
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記憶を消す能力の武器と記憶を埋める能力の武器。
片方を回収するのは簡単だ。
だけど、もう片方は手がかりを引き出す所から始めなきゃいけない。
どうすれば良いのかはもう考えてあるが、まずは回収できるものを回収しないことには何も始まらない。
正午、自室である連絡を待っていた。
俺の記憶が変えられていなければ、あと少しで電話が来るはずなんだが……。
そう思った瞬間にスマホの電話が鳴り、すぐにそれに出る。
「もしもし、レスタ?そっちの状況はーー」
『椿さぁああん!!暗いです、恐いです、寂しいでずぅううう!!早く来て下さぁああい!!』
レスタの泣きながらの鼻声が聞こえてきて、一応は安心した。
俺の記憶は変えられておらず、ことは順調に進んでいるようだ。
「わかったけど、今の現在位置を教えてくれ。悪いが、今の俺は君がどこに居るのかがわからないんだ」
「ひっく……うぅ……住良木さんの部屋ですぅ。速く、一刻も早く来て下さいね!!」
「わかったわかった」
すぐに外に出てレスタの言っていた所に向かえば、元麗音の部屋は昼だというのに薄暗くて何も置かれていなかった。
一体、俺はこの部屋で何をしていたのか。
そして、どうして記憶を消されるような隙を作ってしまったんだ。
自分で自分のことがわからないと言うことがこうも気持ち悪いとはな。
記憶喪失の人に少し同情する。
「レスタ、俺の声が聞こえているなら、スマホを点滅させるか何か曲を流してくれ」
俺の声が聞こえたようで、すぐに部屋の中にロックバンドの曲が流れた。
物置に近づくにつれて音は大きくなっている。
そこを開ければ、白いスマホからレスタに『椿さぁああん!!』と言う鼻が詰まったような泣き声混じりの声で呼ばれた。
「大丈夫か?何もされていないか?」
白いスマホを回収してレスタを見ると、ハンカチで涙をふいている彼女がコクコクと頷いていた。
『問題ありません。けど、真っ暗で本当に……本当に怖かったんですからね!?』
「本当にごめん。でも、レスタじゃないと今回のことはお願いできなかったから。……何もされていないってことは、録音もちゃんとできてるか?」
『バッチリです!椿さんの言っていた通りに、何が起きても話し声が無くなるまで録音し続けていろと言う命は遂行しました!!』
レスタがビシッと敬礼してくれたので、俺も敬礼して「ご苦労様」と返す。
俺は作戦を実行する前に、レスタの居るスマホを変えていた。
もしもの時のために、2つ持っているスマホの内の異能具専用のスマホの方に、記憶泥棒のデータと共にレスタを避難させていたんだ。
彼女はスマホからスマホに移動することができ、自分の意思でスマホを操作することができる。
つまり、前もって頼んでおけば、条件がそろい次第遠隔でスマホを操作することができると言うことだ。
そして、そうとは知らずにターゲットがもしも俺の空っぽのスマホを見たとしても、何のデータも無いと思って安心する。
俺がもう1つのスマホでターゲット自身の手がかりを増やしているとも知らないで。
「まぁ、誰もスマホが2つあるなんて思わないからなぁ……」
スマホを持ち帰ってデータを確認すると、ちゃんと昨日の日付で録音データが残っている。
再生してみよう。
声がこもっているが、言っていることは聞き取れる。
木之本と俺の会話、柘榴と俺の会話 、そして焦った俺が部屋を出ようとした時に倒れた音。
その後も流れていた。
『………お、おい!!おまえ……今、その男に何したんだよ!?急に倒れたぞ!』
『あなたが知る必要はないわ。だって、あなたはFクラスの捨て駒だもの』
今のは女の声だ。
それに、男はFクラスだと言うことがわかった。
『椿円華は要注意人物なのよ。あの人がそう言っていたんだから間違いないわ。それに……絶対に潰さないといけない相手ともね』
『……もしかして、Eクラスに仕掛けようとしたのは、その男を誘き出すためだったのか?』
『えぇ、そのようね。……それにしてもおめでたいことよね、自分たちのクラスに裏切り者が居るのに、それに気づかずに私たちを誘き寄せようとして、逆にあの人の……柘榴くんの手のひらの上で踊らされていたんだから』
柘榴?
確か、Fクラスの奴が電話をしていた相手だ。
しかし、俺が柘榴に踊らされていたって……一体どこから?
それに裏切り者って…!!
『そんなことよりも……どうして、柘榴さんは俺が捕まっていることを知っていたんだ!?俺はどうなってしまうんだ!?』
『あなたはもう用済みらしいわよ?あなたの記憶も消すように柘榴くんから言われているから。まぁ、言っても無駄だけど親切心で教えてあげるわ。Eクラスの裏切り者から位置情報を知ることができるコンピューターウィルスをもらったのよ。それはFクラスだけじゃなくてBクラスのみんなのスマホにも潜んでいるわ』
コンピューターウィルス……裏切り者がそんなものを持っていたのか。
……待てよ、コンピューター?
『そういうわけで、あなたの記憶も消させてもらうわね。……さぁ、このライトの光を見なさい』
『や、やめろ……やめてくれぇえええ!!!』
その後1分くらい静かになり、すぐに女の声がまた聞こえてきた。
『記憶を消すのは良いけど、もう1人居ないと完璧な隠蔽にはなれないわ……1度縛りあげて―――誰か来る!?』
足音でも聞こえたのか、焦っている足音の次にドアが開いて閉じる音がした。
そして、そのすぐ後にまた開閉の音が聞こえた。
『………はぁ……しっかりしてくれよ、我が主様よ』
プツンっ。
これが、録音データの全てだった。
レスタが画面から俺を心配そうな表情で見てくる。
『椿さん……大丈夫ですか?』
「あ、ああ……いろいろとわからないことがあったけど、今のでなんとなくだけど今知りたいことは理解できた。これで動くことができる。ありがとう、レスタ」
『私だってお役に立てるんですよ!えっへん!』
ドヤ顔をしているレスタに笑みを浮かべ、これからのプランを考える。
まずは、裏切り者の容疑者に会いに行くか。




