記憶泥棒への依頼
瑠璃side
午前11時。
夏休み期間と言えど、遊びだけで終われるわけがない。
私は日々の習慣である2時間の勉強を終えると、タイミングよくと言えば良いのかしら、1通のメールが届いた。
送信元は、椿円華。珍しいことね。
内容はこう……。
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うちのクラスの女子が、他のクラスから狙われている。
標的は伊礼瀬名。
警戒を促せ。
ーーー
短い文章ね。これだけでどうしろと言うのかしら。
それにしても、リーダーは私だと言いながら、提案ではなく命令形なのが気に入らないわね。
メールで『奴隷のくせに命令しないで』と返せば、すぐにまた着信が。
『警戒を促した方が良いのではないでしょうか、ご主人様?』
『あなたがそう言うのなら、促した方が良いのかも知れないわね。けれど、どこのクラスが私たちを?』
『俺たちはEクラスだろ?なら、仕掛けようとしてくるクラスは1つしかない』
『Fクラスということになるわね。追う側だったのに、追われる側になった。だけど、夏休み期間中に仕掛けてくるとなると、それぞれの予定通りにバラバラに動こうとしてくるから統率はとれないわ』
『それなら、警戒を促すだけでなく、様子を見た方がいいかもしれないな。今のところ、標的は伊礼だけのようだから』
『あなたは、どうするつもりなの?』
私の問いに対する返事は、1分後に返って来た。
『おまえの祖父さんを助けるために、この状況に紛れて俺の目的を遂行する。とりあえず、伊礼には、今日は外に出ないで欲しいと伝えてくれ』
お祖父様を……助ける?
それに、円華くんの目的って……。
私の知らない所で、円華くんとお祖父様に接点があったと言うことになるのかしら。
『どういう意味?』っと打って問いただそうとした。
けれど、彼のことだから詳しいことは教えてくれないだろうと思い、すぐに消した。
お祖父様に聞いた所で、あの人が素直に教えてくれるとは思えない。
私が知らないだけで、何かが起きてしまっていることは間違いないようね。
このことを、私以外の人は気づいているのかしら。
少なくとも、最上さんと住良木さんは知っていることは確か。
なら、2人に聞けば話してくれる?
教えてくれるはずがない。聞くだけ無駄ね。
知らない者は知らないなりにできることがあるはず。
円華くんがFクラスを警戒しろと言うのなら、それが私のすべきことなのでしょうね。
スマホでメールアドレスを表示すれば、そのまま伊礼さんに電話をかけた。
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麗音side
午後1時25分。
部屋に居ろと言ったり、外で待ち合わせだって言ったり、椿円華って男はあたしを使って遊んでるんじゃないかしら。
今日、急に変装して公園に1人で来いと言われて向かっているけど、色々と腑に落ちない所が多い。
まず、どういう変装をするのかを指定されたこと。
黒髪の三つ編みで丸メガネ、そして地味な服装ってどんなセンスをしてるのって感じ。
そして、待ち合わせの場所が人の多い噴水公園ってこと。
言われた通りの場所に到着し、辺りを見回して呼び出した本人を捜すけれど見当たらない。
文句の電話をしようとスマホを取り出せば、タイミングを見たように電話が鳴った。
画面には『女男』と書いてある。
あの野郎っ~~。
直接文句を言ってやろうと電話に出る。
「ちょっと、呼び出した本人が――」
『予定変更、電気屋に向かってくれ。カメラコーナーで待ってる』
その一言だけで、すぐに電話をガチャンっと切られた。
バカにしてんのか、あいつは~~!!
とりあえずは、言われた通りの場所に向かう。
噴水公園から家電店は一本道な上に人通りが多い。
あのバカ、あたしが周りに知られちゃいけない存在だってことを忘れてるんじゃないでしょうね。
一応は言われた通りの場所に行き、そのままカメラコーナーに向かった。
すると、あたしの背後から何かの視線を感じたので振り返るけど、その場に居る複数人から視線を特定することはできなかった。
とても、気持ち悪い視線だった。
早く円華くんを見つけようとした瞬間、また電話が鳴った。
嫌な予感がする。
再度電話に出ると、あのバカの淡々とした声が耳に入ってきた。
『再度予定変更、次は本屋』
また、言いたいことだけ言って切ってしまった。
いい加減にしろー!!
深い溜め息をつけば、もう開き直ってどこまでも振り回されてやろうと思い、本屋に向かった。
その間も、嫌な視線はずっと感じていた。
本屋に着けば、店内を回って円華くんを捜すが、薄々居ないことには気づいていた。
目的はわからないけど、彼が無駄なことをするわけがない。
きっと、あたしを使って何かをしようとしてるに決まっているんだから。
ほらほら、予想通りにまた電話が鳴った。
「もしもし、次はどこに行けば良いの?」
『………悪い、次で最後だ。路地裏に向かってくれ』
「はいはい。わかりましたよ、ご主人様」
皮肉っぽく言えば、『本当にすいません……』と言って電話を切られた。
それにしても、さっきまで人通りが多かったのに、最後は人が全く通らない所だなんてね。
路地裏に着けば、奥に進んで行く。
逃げ場が無くなるにつれて、あの視線も強くなってくる。
そして、その視線が誰からかのものかも特定できるようになった。
今のFクラスの男子だ。
後ろを向いて確認したら、その男子の背後を見て、そう言うことだったのかと理解した。
男子生徒の後ろに見慣れた顔の男が現れ、首の後ろにストンっと手刀で叩けば、彼は前に倒れてしまった。
「囮、ご苦労様」
「……後で、どういうことかを説明してもらえるわよねぇ、円華くん?」
両手を腰に置いて半目を向ければ、円華くんは苦笑いしながら頬をかいた。
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円華side
麗音には粗方、これからの予定のことを説明しておいた。
あいつのおかげで、事の真相が見えてきそうだ。
自室で頬杖をつきながらパソコンの画面に記憶泥棒のサイトを開くと、所定の欄に記憶を奪って欲しい人物の名前と消して欲しい記憶の内容をキーボードで打ち込む。
ーーー
1年Fクラス 木之本大貴
内容:Eクラスの伊礼瀬名に関する記憶
ーーー
本当に、これだけで動くのか?
それに、どうやって俺のことを特定するのか。
俺のパソコンのアドレスは学園に登録したものから変えている。
本当の意味で、依頼者が誰なのかを特定するのは困難になったはずだが……。
まず、木之本がどこに居るのかを特定するのかもわからないはずだ。
あの場所を使っているなんて、誰も思わない。
さて、どうして俺がFクラスのストーカーくんを利用する気になったのか。
理由は2つある。
1つは、単純に記憶泥棒の犠牲者を誰にするかを考えるのが面倒だと思ったから。
俺が囮になると言う案もあったが、必要以上に記憶を消されるリスクは避けたかった。
頭が隙間だらけの基樹と久実はともかく、恵美と成瀬を犠牲にするわけにはいかない。
最悪の場合は緋色の幻影と無関係なクラスメイトを無作為に選ぶと言う手もあったが、Fクラスが狙ってきてるのなら、その生徒を利用した方がクラスとしての被害は0だ。
もう1つは、FクラスとBクラスの協力関係に亀裂を入れるため。
監視していた対象の情報が白紙になれば、監視者の信頼は失われる。
そして、1つのミスでも関係性が薄ければ薄いほど、信頼に大きくヒビが入る。
そうなったら、情報が全くないBクラスがどのように動くのかを確認できる。
依頼文の送信が終了すれば、ちょうど良いタイミングで電話が鳴った。
テーブルの角に置いてあるスマホを取って電話に出れば、やる気がない大人の声が耳に響いた。
『椿、俺だ。時間はあるか?周りに誰も居ないか?』
「問題ないですよ、先生。今は自室に1人で引きこもってますから。でも、電話が無かったらやりたいことがありましたけどね」
『それは後に回せ。俺とおまえが通話できる機会は多くない。頻繁におまえと接触していたら、組織から疑われる可能性が高くなるんだからな』
「わかってますよ。それで、さっきの話の続きを聞かせてもらえますか?学園の前の名前がどうとか……」
俺から話を切り出せば、少し間を置いてから先生は話を始めた。
『私立才王学園ができたのは、近年の話でな。その名前になったのは約10年前。その前の学園の名前は、成城高等学校。金持ちのボンボンばかりが通っていた所だ。聞いたこと無いか?』
成城高等学校。
年に1度だけ開かれる桜田家の集会で、名前と誰かが言っていた噂を聞いたことがある。
親族に政治や警察、企業やアスリートなどのあらゆる分野のエリートが居る者のみが、入学試験も受けずに入学することを許される学校だ。
その親族が何のエリートかによって、受けさせるカリキュラムも違い、そのエリートの分野の素質を向上させることが目的だったらしい。
確かに、思えばここ最近噂を全く聞かなかった気がする。
名前と校風とかがガラッと変わっただけだったのか。
そして、才王学園が有名校となり、謎と注目が多くなっていったと。
「聞き覚えはありますよ、成城高校の名前と世間からの評価はテレビでも報道されていましたからね。それで、どうして名前が変更されたんですか?」
『変更された理由は知らされていない。しかし、学園長が関係していることは確からしい。俺でも曖昧だ。詳しい原因は組織の中でも上の奴らしか把握していないようだ。だが、俺も重要な部分は押さえている』
「重要な部分?一体、どんな?」
軽い気持ちで聞くと、岸野先生は電話越しに深く息を吐く音が聞こえてきた。
『……良いか?おまえに今から話すことは、最上にも話していないことだ。話がややこしくなるし、おまえの理解力が高いことを考慮してのことだ』
「重そうな前置きですね」
声を少し低くして声音を変えて呟けば、電話越しに信じられないことを伝えられた。
『緋色の幻影が実権を握っている学園は、ここ以外にもう1つ存在する。そして、そこの学園長が、うちの学園長を指名したそうだ』
「……は?ちょっと、待てよ!?学園長を……他の学園の学園長が指名って……。そんなこと、普通はありえないですよね?」
『当たり前だろ。だから、俺もそれを知った時は信じられなかったさ。てっきり、組織が監視役として指名していると思っていたからな。あちらさんの学園の方では、学園長はお飾りじゃないようだな』
「ちなみに、その学園の名前は?」
『阿佐美学園。そこはこの学園とは違い、緋色の幻影が1から作り出した学園だ』
阿佐美学園……何か、背筋が凍てつくような嫌な予感しかしない。




