試された事実
自身のスマホをサラッと見ると、レスタが現れる気配はない。
やはり、俺が今思っていることは確実かもしれないな。
「レスタ、ちょっと良いか?」
名前を呼べば、レスタはヒョコッと画面の端から顔を出してきた。
『どうされました?椿さん』
「最初に謝ろうと思ったの、1つ頼みたいことがあるんだけど良いか?」
『むぅ?私には謝罪される理由がわかりませんけど、聞きましょう』
レスタからの許しは得た。しかし、これから言うことに対し、彼女は許すとは思えない。
レスタ自身が、まだ怒っていたらの話だけど……。
「あーっと、俺……今から岸野先生に会いに行こうと思ってるんだけーー」
『ぇえええ!?嫌です嫌です、絶対に嫌ですぅううう!!』
オーバーだけど、予想通りの反応だ。
しかし、スマホの中にレスタが俺を物理的に止める手段は無い。
俺は彼女の虚しい叫びに聞こえないふりをしながら、久しぶりに地上の校舎に向かった。
校舎の職員室に到着した。ノックをして中に入れば、うちの担任は若い女教師と2人で忙しそうにパソコンに向かっていた。
「すいません、岸野先生。私の要領が悪かったばっかりにお手を煩わせてしまって」
「大丈夫だ、仲川先生。俺も新米教師の時は、他の先生の力を借りていましたから。これで……よしっと。はい、データの入力は終わり。あとは自分でまとめな」
「はい、ありがとうございました」
仲川と呼ばれた女教師は退室し、職員室は俺とグラサン教師だけになった。
岸野先生の手が空くと、次の仕事に入る前に近づく。
「おはようございます、先生。大事な生徒に用事があるので、時間を作れやがってください」
満面の笑みを作って命令口調で言ってやれば、先生はかけているサングラスの位置を正して溜め息をつきやがった。
「可愛い生徒にはコーヒーを用意しながらゆっくりと話を聞いてやるが、おまえみたいな生意気な生徒に割く時間は5分もねぇぞ?つか、作れやがれってどういう敬語だ」
「えー、いけずー。先生酷ーい」
笑みのままの棒読みが余程気持ち悪かったのか、半目を向けて睨んできた。
「その取って付けたキャラは止めろ、俺に悪夢を見せたいのか?」
「そんなわけないじゃないですかー。先生のことだーい好きですもんっ」
「もんってなんだよ、男がその語尾を言ってもキモいんだよ。俺の萌えへの愛が汚れてしまうだろ。……もしかして、何か怒ってるのか?」
「怒ってないですよー。ただ、成瀬の言葉を借りるなら気に入らねぇだけで……ねぇ」
笑顔を止めて真顔になれば、スマホを取り出して先生のデスクの上に置いた。
「電源は切ってありますから、レスタは聞いてません。それに、ここには俺とあんた以外は誰もいないし、監視カメラも起動してなさそうだ。俺の質問に、答えてくれますよね?」
「お~怖っ。おまえ、ちょっと顔が軍人時代に戻ってるんじゃないか?今にも人を殺しそうな目付きだ」
「事と次第によっては、半殺しにします」
「……冗談だよ、冗談。おまえが言ったらリアル過ぎるから生きている気がしない。それで?……どこまで気づいたんだ?アイスクイーンくん」
先生のサングラス越しの目付きが変わった。
そして、俺のことをアイスクイーンと呼んだことから、1つの結論にたどり着く。そして、考えていた可能性が確実になった。
「レスタに家出をさせたのは、俺の学園内での行動範囲を少しでも広げるため。そして、もう1つの目的としてAIであるレスタにはあの異能具の効果があるわけがない。もしもの時のために、レスタを外部メモリーとして利用することも考慮されていた。……違いますか?」
「どうして、そう思った?ただ機嫌を損ねたレスタが偶然おまえを選んだだけかもしれないだろ。それに、異能具なんてものを俺は知らない。何だ?それは」
この男、どこかこの状況を楽しんでいるように見える。サングラスの奥の目が笑っているように思えるのは錯覚なのか。
「偶然?それに異能具を知らない?なら、驚くべきタイミングですね。偶然に、あの事例のことも知らずに、レスタが夏休みに入って俺のスマホに来たって?ありえないでしょ。俺は偶然なんてものを信じていない。言葉として使うことはあっても、それは本心からであることは決してない。涼華姉さんが言っていた。この世界に偶然は無い、全ての事柄はある条件が達成されているから起こることだって」
姉さんの名前を出すと、岸野先生は黙り込む。
この人は、椿の家にわざわざ姉さんの死を報告してきてくれた男だ。そして、それを聞いた時の俺の怒りを受け止めた男だ。
そんな人が、姉さんのことを話に出して反応しないはずがないか。
俺は更に推理で追い討ちをかける。
「夏休み前、住良木麗音と言う女子が内のクラスに居た。だけど、その存在は生徒の記憶から消され、菊地の死の真相も有耶無耶になった。犯人が存在しなかったことにされれば、内海が外出できた証拠も無くなるからな」
「……だが、記憶を消された場合でも、何かの拍子に思い出したりして違和感を覚える可能性がある」
「その通り。だから、学園の中でデータを消し、生徒から記憶を消すにしても、違和感を覚えないように誘導する者が必要になる。そう、その人は少なくとも記憶が残っていて、その担当は教師が適任。だとしたら、麗音の居たEクラスの担任であるあんたが覚えていなければ、今の状況は成り立たなくなる。そして、異能具の存在を知っていることも必要条件。その言葉を知らなくても、記憶を消す装置の存在は知っているはずだろ?」
俺が問い詰めるように言えば、岸野先生は子どもの成果を喜ぶような親のように拍手した。
「正解、お見事。そう、俺は住良木のことを覚えているし、記憶操作ができる異能具の存在も知っている。……何なら、おまえ自身も異能具『氷刀白華』を持っていることを知っている」
白華と言う言葉に、俺は目を見開いてしまう。
「どうして……先生が白華のことを…!?」
「おいおい、椿……よ~く思い出してみろ?おまえがそれを見つけた場所は、どこだった?」
白華を見つけた場所……化学準備室。
なら、そこを利用することが多いのって当然……。
「俺の専門は化学だぜ?あの場所なら、保管するには打ってつけだ」
……ちょっと、待てよ?
あのとき、どうして俺は化学準備室に向かったんだっけ。
そうだ、恵美があの時ヤナヤツと連絡を取っていて、あの人から教えてもらっていた。
なら、ヤナヤツと恵美、そして岸野先生は……。
「あんたは、もしかして……」
俺の思考を先読みしたのか、先生はフッと笑う。
「あぁ……俺は罪島の関係者だ。だが、まだ気づくことがあるはずだぞ?」
促すように、まだ俺に自身のことを暴かせようとする岸野先生。
白華はどうして、化学準備室に置いてあった?
緋色の幻影の幹部であるポーカーズは、白華のことを知らなかった。
それは組織が白華の開発に関係していないってことじゃないのか?
それなら、この氷刀を作れる人物は限られてくる。
「白華を開発したのは……先生ってことですか?」
単刀直入に聞いた。
すると、岸野先生は静かに頷いては棒キャンディーを口に含んで天井を見る。
「……おまえをサポートしようと思ったのはな?約束があったからなんだよ。『オレの弟を守ってやってくれ』『あいつが前に進むための手助けをしてほしい』って、おまえの姉さんに言われてな……」
「先生が……姉さんに?どうして、そんなに信頼されて……」
ここから先は聞いてはならないと、直感が働いている。
これは、心の自己防衛のためだろう。
生きている時の姉さんを思い出せば……血は繋がっていなくても、弟だからこそわかってしまう。
知らなければならない気持ちと、知りたくない願望が混じる。
そんな中、岸野先生はためらいもせず、おそらく俺から憎しみを向けられることをわかっていながら言った。
「俺はな……おまえの姉さんの恋人だった男なんだよ」
 




