嫉妬とプレゼント
アパートに戻れば、今日増えた考えるべき課題について頭を整理する。
記憶泥棒……ターゲットがサイトを開いているなんて、思いもしなかった。
奴を誘き寄せる方法はいろいろと思いつくが、接触をした後が問題だな。
記憶が消される可能性を考慮すれば、少しでも異能具の情報を得ないことには対策のしようが無いな……。
一応、保険として手に入れるべき物は入手できたけど。
箱の中からビデオカメラを取り出せば、説明書を開きながら初期設定を確認する。
そして、部屋の中にあるPCを起動させ、例のサイトを開いた。
記憶泥棒の掲示板。
奴が異能具を使用しながら能力点と金を手に入れてるのなら、確実に生徒の中に記憶泥棒は存在する。
だけど、どうしてこんなことをしているんだ?組織はこのことを許しても良いのか?
私利私欲のために、生徒に異能具の存在を知られることになるかもしれないことは考慮していないのか?
今までの、組織の存在が知られないように裏で動いていたパターンとは違う。
本当に、これは緋色の幻影が関わっているのか?
考えれば考えるほどに沼にはまっていくようだ。
匿名者を特定する方法もわからないし、異能具の形も能力の範囲もわからない状況で、どうすれば良いのか……。
捨て身……いや、捨て記憶の策なら思いつくんだけどなぁ……。
そしたら、麗音を有能なカードにできなくなる。俺の予測通りには事が運ばなくなる。
しかし、もしもの時には仕方がない……か。
ビデオカメラを見ながら可能性を模索していると、勝手にドアが開く音が聞こえた。
誰が来たのかと思えば、恵美だった。
「あっ……戻ってたんだ?お帰り」
「お帰りじゃねぇよ。ここ、本当は俺1人の部屋なんですけど?おまえの部屋はこの上だろぉが。……つか、麗音はどうした?」
恵美が1人で居ることに違和感を覚えて聞けば、勝手にサンダルを脱いで部屋に上がり込み、ベッドにダイブしやがった。
もう何なんでしょう?
ここ、本当に俺の部屋だよね?
銀髪ヘッドフォン女に好き勝手に上がられたり、ベッドを占領されたり……俺のプライベート空間はどこに在んだよ!?
精神的な疲れで深い溜め息をつくのを無視し、恵美が俺の隣に座ってパソコンを覗き込む。
「記憶泥棒の掲示板?……もしかして、これが……」
「ああ、俺が今捜しているターゲットは、この掲示板の主に間違いない。和泉が情報をくれたから、捕らえる糸口が見えてきた。今日1日をデートに費やしたかいはあったな」
何気なく呟くと、急に銀髪女の頬がプクッと膨らんだのが見えた。
……あっ、しまったぁ……。
「さぞかし楽しかったんでしょうねー。可愛い美少女と手を繋いだり、映画を見たり、ランチ食べたり……無表情を作りながらも、心の中は一喜一憂してたんでしょ?」
「ま、まるで見たような物言いだな」
「見てるわけないじゃん。円華がどこの女とどんなことしてたって、私には全然関係ないし、興味ないからね」
プイッと顔を背ける恵美に『子どもかっ!!』と言いたかったが今は耐える。
俺の心も成長している。
多少のことではイラつかないようにはなってきている。
大丈夫、まだ許容範囲だ。
「それで、何をしてたの?興味はないけど、自慢話くらいは聞いて上げるよ。人生初のデートでしょ?」
「はぁ?興味がないなら、聞く必要ないだろ?」
「話さなかったら、勝手に妄想して久実たちに話す。円華がいやらしい目を和泉に向けていた可能性があることを踏まえて」
こいつ、いつの間に脅すことを覚えやがった!?
体育座りをしながら俯いている恵美を半目で見るが、諦めて脅しに従うことにした。
ここまで来て、あいつらの俺への評価が下がるのも困るからな。
まっ、こいつに見られているわけもねぇし、ありきたりな話しをすれば納得するだろ。
「本屋で待ち合わせをして……最初に映画館に行って、恋愛漫画の実写映画を観てた」
「ふ~ん、観た映画って恋愛ものだったんだぁ。へぇ~」
何だろう、この疑惑を向けられてる感覚。
「……あの、何か?」
「べっつに~」
何故だろうか。恵美から向けられる涼しい目付きから、見透かされているのではないかと思ってしまう。
そうだ、この目を別の女で見たことがある。
あれは昔、親父の刀を勝手に抜いて振り回していたら襖に大きく斬った跡をつけてしまって1度家が騒がしくなった時、俺は何も知らないふりをしていたが、その間ずっと姉さんからこの目付きでじーっと見られていた。
その目が恐くて、何かに操られるように親父に正直に話してしまい、かなり厳しく怒られたのを覚えている。
恵美の今の目付きは、真実を相手から引き出させるものだ。このまま見ていたら、口が勝手に本当のことを話してしまう。
耐えきれなくなり目線をそらすと、目線の涼しさが増してもう寒い。
「何で目をそらしたの?」
「と、特に理由はねぇよ、うん」
「ふ~ん。……私の予想では、実写版は実写版でもエッチぃシーンのあるデスゲーム系の映画だと思ってたのになぁ」
すいません、ズバリその通りです!!
やべぇよ、見透かされてるよ。つか、どうしてだよ!?
この部屋に入ってから、恵美はヘッドフォンを着けていない。
なのに、どうして……。
10秒間考えると、ある仮定を立てるに至った。
しかし、確証が無ければ、こいつはしらを切る。
様子を見て、さりげなく仕掛けるか。
「あーっと、その後はファミレスに行って……うるせぇナルシストが出てきたこと以外は、何事も無く世間話をしながらランチをしていたさ」
「何事も無かった……ねぇ」
また何かを知っているような言い方だ。
「な、何だよ?」
「何もないって。ただもしかしての話だけど、両手で手を握られて顔を少し近づけられるって言う男の子が羨ましがるようなシチュエーションでもあったんじゃないかなって。……まさか、そんなことは無いよねぇ?」
「そんな……こと、あるわけ……ねぇだろ」
ごめんなさい、嘘です。
ありました、ドキドキしました。
「んで、最後はアクセサリーショップに寄った後に噴水公園に行って、キーホルダーをもらった。そして、和泉をマンションまで送って……」
「送って?」
仕掛けるなら、ここだ。
「キスして別れた」
「ふ~ん。…………嘘!?」
恵美は少し反応が遅れながらも、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「嘘?……何で?」
「だって、キ……キスなんてしてるところ、見てないもん!!」
「・・・へえぇ~?見てないんだ~?」
引っかかった。
恵美は確実な証言を言った後に、俺の満面の笑みを見て目線をゆっくりとそらし、再度体育座りをして両腕を組んで顔を埋める。
ここからは俺が責める番だ。
「興味無かったんじゃなかったっけ?」
「う、うるさいぃ!!」
「見てるわけないんじゃ無かったか?」
「だから……それはぁ……」
言葉が続かずに唸る恵美を頬杖をつきながら見て、溜め息がこぼれた。
「何で俺たちの後をついてきてたんだ?つか、どうやって……」
「バッグの中にあった変装道具を使った。バレないとは思ってなかったけど、本当に気づいてなかったんだね」
「和泉に集中していてそれどころじゃ無かったっての」
「……それはそうだよね。美少女とデートしてるんだから。私なんかとは……全然違うもん」
「……は?」
もしかして、恵美はまた……。
問い詰めるのを止め、隣に座って横目を向ける。
「おまえだって、他の奴からしたらどうかはわかんねぇけどさ、和泉と同じくらい可愛いんじゃねぇの?」
「……慰めは要らない」
「誰が慰めなんてするか。俺は素直に思ったことしか言わねぇよ」
「状況的に信用できない」
今回は根が深いようだな。
仕方がない。
もう少し後になってからにしようと思ったが、今渡すか。
ポケットからある物を取り出し、恵美の前に来て両肩に手を置く。
「顔、上げてくれ」
「……何で?」
「おまえが、自分に自信を持てるように……その、渡したい物があるんだよ。だから、頼む」
恵美はしぶしぶ顔を上げてくれたが、その目は潤んでいるように見える。
何で、こいつのことを誰よりも気になってるんだろうな。
こいつは子どもっぽいし、何でかわからないところで不機嫌になるし、本当は泣き虫のくせに強がりで……すぐに顔が赤くなるし、何考えてるのかわかんねぇ。
本当に、姉さんとは真逆な女なのに、どうして俺は……。
考えるのを1度止め、恵美の右目を隠している長い前髪を触れば、手に持っていた物を着けた。
彼女はそれに触れながら上目遣いで俺を見てくる。
「これは……髪止めのピン?何で?」
「何でって言われたら……そうだな。おまえの前髪が前から邪魔そうだなぁって思ってたからと、それが恵美に似合うって思ったから」
「そ、そっか。………どう、かな?」
「似合ってるんじゃねぇの」
素っ気なく言えば、恵美は頬を染めて目線をそらす。
恵美の前髪に着けたのは、水色の氷の結晶の髪止めだ。アクセサリーショップで見たときに、彼女の顔を思い出して買った物だった。
姉さん以外で誰かに何かをプレゼントをしたのは、これが初めてのことだと思う。
恵美が急にモジモジしだすと何故か少しだけ肩で息をし、頬を染めたまま、うっとりした目を向けて俺のT-シャツの袖をギュッと掴む。
「ごめん……。ちょっと……変だし……全然!他意は……ないんだけど……ね?恥ずかしいワガママ、聞いてくれる?」
「き、聞くだけ……なら」
空気が少しおかしくなる。
何だ?どうしたんだ、恵美は。
こんな表情初めて見る。
言い方はどうかと思うけど、一言で言うなら火照ってるって言うか、興奮ーー。
考え込みそうになっていると、恵美は顔を近づけてきて、俺の頬に両手をそえる。
「ギュって……してほしい」
「・・・は?」
「抱きしめて……欲しい……です…‼」
潤んだ目で訴えてくる恵美に対し肯定も否定もせず、俺はお望み通りに彼女の腰に手を回して抱きしめた。
すると、恵美は体重を預け、その豊満な胸を押し付けながら首の後ろに手を回してきた。
顔の横で、耳に吐息がかかってくすぐったかった。
彼女の温もりを感じながら、俺は少し抱きしめる力が強くなった。




