図星と罪悪感
今のところ、私たちが変装して円華を尾行していることはバレていない。
映画を観た後に2人がファミレスに入るのを確認し、私と住良木も気づかれないように入り、さりげなく近くのテーブルに着いた。
あ、あんな……あんなエッチぃ映画を観て、お互いに変な気にならなかったら良いけど……。でも、2人っきりの時に、私が寝ていても変なことをしようとはしなかったし、円華の場合は大丈夫だよね。
……それとも、私って女としての魅力は無いのかなぁ。
自分に自信を無くしそうになっていると、住良木が頬杖をつき、ドリンクバーで取ってきたメロンソーダを飲み始めた。
「ふぅ……デスゲーム系の中でも、スッキリした映画だったね。でも、綺麗すぎるからこそ、ねぇ……」
「映画の話をしている暇はない。今は、円華と和泉のことに集中しないと……」
私がジーっと2人のことを見ていると、住良木は溜め息をついて半目を向けてくる。
「……本当にあんた、円華くんにゾッコンよねぇ……何時から好きになったの?」
「んな!?だ、だから、違うし!!そんな……私はただぁ……」
その先の言葉が出ずに俯いてしまう。
何時からって言われたら、何時からだろう……。意識し始めたのは、この女を止めた日だったと思う。それで、自分で円華のことが純粋に好き……大好きって思ってしまったのは、やっぱり……。
無意識に右手の指で唇に触れてしまうと、思い出すだけで恥ずかしくなる。
私が何も言えずに「っ~~~」っと唸っていると、住良木が嫌な笑みをする。
「顔、耳まで真っ赤になってるけど大丈夫~?もしかして、キスでもされちゃったとか~?」
「キ、キキ、キスなんて……してひゃいし!!」
「あ、最後噛んだ」
「う、うるひゃいうるひゃい!!」
腕を組み、突っ伏し顔を隠せば、目の前に座っている女が勝ち誇った笑みをしているのが見なくてもわかる。
凄く悔しい。
しばらくそのまま顔を隠していると、住良木に腕をつつかれる。
「……何?私、今モグラに成りたくて仕方がない心境なのに、さらに傷口に塩をぬるき?」
「ある意味そうなるんだけどぉ……あれを見てどう思う?」
「あれ……?」
頭を上げ、不機嫌そうな表情をしている住良木の指さす方を見ると、信じられない光景が広がっていた。
和泉要に手を両手で握られ、無表情を崩し、若干顔が赤くなっているような気がする。
円華の……バカ!!
和泉に負けた気がしてしまい、無理矢理冷静になろうとテーブルに強く頭を打ち付ける。
すると、ガラスのコップが衝撃で倒れて横になってしまい、そのまま転がって床に落ちてパリンッ!と割れてしまった。
店員が話しかけてきたけど、全て突っ伏して対応した。少し八つ当たりぎみに怒声をはらんでしまったかも。
自分で自分が情けなくなってしまう。
心を持ち直してから再度、円華たちの席を見ると……どういうことでしょう?円華の座っていた位置に褐色の肌をした体つきの良いハーフ系の男がふんぞり返って座っている。
和泉の目の動かし方で、図体がでかい男の隣に円華が居ることはわかるけど、視界の中には和泉とハーフしか映らない。
試しに、住良木にあの男について聞いてみよう。
「ねぇ、あのいかにもハーフの男って誰?あんなの居たっけ?」
「あー、あれは幸崎ウィルヘルムくんね。親が建設業の方でも名の知れた大企業で、昔から親の力でなに不自由なく育ったから、あんな傲慢な世間知らずになったって噂になってるわね。今はCクラスに属していて、教室の中には僕が一応は居るみたいよ」
「それ、金の力で従えてない?」
「あたしも、それは考えてた。個人の実力よりも財力って感じね」
「和泉は信頼でAクラスをまとめて、あの変な頭の男は金で……。うちのクラスはどうやってまとめるんだろうね」
さりげなく呟いてみると、住良木の表情が暗くなる。
「……今のあたしには、関係ない。昨日の話じゃ、成瀬さんがリーダーになるんでしょ?彼女なら、どうにかできるわよ。……あたしみたいに、異能具を使っていなくてもね」
住良木にも、思うところはあったんだと思う。
異能具『女王蜂の針』で操っていたことに、罪悪感があったのかな。
そして、菊地を殺してしまったことも……。
もしかして、円華はそれを見透かして、住良木に贖罪のために自分に協力させようとしたのかもしれない。
……考えすぎかな。
しばらくして、円華たちが注文したメニューを完食してファミレスを出ようとすると、私たちもそこを後にした。
-----
蓮side
俺の名は雨水蓮。
和泉家に仕えている執事だ。
現在は才王学園の1年生として在籍し、要お嬢様の側で仕えている。
そんな俺が今、要お嬢様の近くから離れてしていることは、ライフルのスコープ越しにお嬢様の近くに居る男を監視することだ。
お嬢様は今、椿円華という学園の男の中でも1万歩譲って安全な男と……デ、デートを……して……らっしゃる……!!
俺の役目はお嬢様をお守りすること。
奴がお嬢様に良からぬ手を近づけようとした時には、このライフルを使って狙撃する。
元軍人という経歴があるにしても、300メートルも離れた位置からの狙撃は回避できまい。
「椿円華……お嬢様に要らぬ気をおこそうものなら、即撃ち抜いてやる」
そう意気込んで集中して早くも2時間が経過したが、椿円華はお嬢様に対して何もしようとしない。
うむ、安心だ。
しかし、気に入らん‼
奴は、お嬢様の美しさに気づいていないのか!?
お嬢様の笑顔、お嬢様のふてくされた顔、お嬢様の困り顔、全てを目にしながら無表情だと~~!!
あいつ、もしかして女性に興味が無いのか!?
逆に許せなくなってきた。
スコープ越しに2人を目で追ってみれば、大型の家電量販店に入っていくのが見える。
予想外の事態であり、窓のない建物の中ではライフルは役に立たない。
すぐにギターケースの中にライフルをしまい、2人と同じ建設物に入る。
お嬢様の持っておられる小型のバッグには発信器が付けてあり、俺のスマホに居場所の情報が送られてくる。
それを見ながら歩いていると、何やら見たことがあるEクラスの3人組が視界に入った。しかも、とても怪しく見える。
奴らの目線の先には、お嬢様と椿円華が。
もしや、こいつらの目的は……。
俺は集団に近づいてみる。
「そこの奇怪なオーラを放っている者たちよ、貴様らも2人の監視か?」
声をかければ、ビクッ!と肩を震わせて恐る恐る俺の方を向いた。
最初に声を発したのは紫髪の女だ。
「奇怪とは失礼ね。和泉家の執事さんは教育が行き届いていないようで残念だわ。主に言葉遣いの方で」
「成瀬瑠璃、貴様は自身の行いを振り返ってから俺を咎めようとすることだな。おまえらを一言で表すとしたら、集団ストーカーとしか言いようがない」
俺と成瀬で目から火花を散らしていると、金髪の頭が軽そうな男が間に入ってなだめようとする。
「まぁまぁ、冷静になれよ、お2人さん。ここで騒がしくしてると、前の2人にバレてしまうぜ?」
狩野基樹がさりげなく指さそうとすると、前を見て「ありゃ?」と間の抜けた声が出てくる。
俺も前を見ると、最悪なことに2人の姿がない。
「だ、大丈夫だ。お嬢様の位置は把握している。発信機の信号を辿れば……」
スマホを見てお嬢様を探して歩けば、成瀬瑠璃に「待って」と止められる。
「おかしいわ。あなたの行く方向に円華くんが居ない。彼は逆方向に進んでいる」
「……一応聞くが、どうして奴の向かった方向がわかる?」
「彼のスマホにバレないようにウイルスを送って、私のスマホでGPSの情報が見れるようにしてあるのよ。何なら、操作することも可能よ?」
「自然に言ってるけど、それって犯罪だよね、普通。うち、もう感覚が麻痺しそうだよ……」
新森久実が苦笑いしながら呟くが、成瀬はサラッと「本人にバレなければ問題はないわ」っと言ってスマホを見ながら椿円華の方を追っていき、後ろに新森もついていく。
椿はあちらに任せ、俺が1人でお嬢様を捜しに行こうとすれば、地味に隣に両手を頭の後ろで組ながら狩野基樹が歩いている。
「おい、誰が一緒に来ても良いと言った?貴様は女2人とあの元軍人を捜しに行けば良かっただろ」
「え~?円華と要ちゃんを天秤にかけたら、そりゃ要ちゃんに傾くでしょ~」
へらへらした顔をしているチャラ男に、俺は懐からピストルを取り出して頭に押し付けながら睨む。
「へっ……ちょ!?」
「安心しろ、周りにはモデルガンにし見えないようにカモフラージュしてある。……引き金を引かせなければ、おまえが死ぬことはない」
「あ、あのっ……やめね?こういうの。俺、もう足がガクガクなんだけどぉ」
「貴様が口を滑らせたのが悪い。お嬢様を名前でお呼びするなど、貴様には10年早い」
「悪かったよ、ごめんごめん。だから、これ……しまおうぜ?周りに怪しまれるしさ」
目線だけこちらに向け、狩野はまだへらへらした顔をしている。
それが俺の気に触る。
「貴様の態度が気に入らない。その顔をやめろ……でなければ、引き金を引く」
「え~?何だよ、それ~。参ったなぁ…。でも、そっちがその気なら、こっちも実力行使に移るか」
狩野が目を細めると、その瞬間俺の視界は逆さになり足が地についている感覚なく、思わず「は……?」と声が出てしまい、ドテンッと床に倒れてしまった。
背中に強い衝撃が走り、何が起きたのかがすぐにはわからなかった。
しかし、宙で回転して倒れたのを考えると、俺は狩野に背負い投げでもされたのかもしれない。
確認のために目の前に居るチャラ男と思っていた男を見上げると、その表情から感情は消えており、流れるような動作で耳の横に顔を近づける。
「今のこと、うちの円華には内緒な?」
静かに頷けば、狩野はすぐにまたへらへらとした表情に戻った。
「んじゃ、さっさと和泉ちゃんを捜しに行こうぜ?」
立ち上がり、無言でスマホを見ながらお嬢様を捜した。
この際、狩野の存在は無視だ。
椿円華と言い、この狩野基樹と言い……あのEクラスには一体何があるんだ。
 




