性格が悪い女
これからが本番……って感じか。
1人で学園の門の前に立てば、不意にそんな言葉が浮かんできた。
右手に着けている白い腕輪を警備員に見せ、校門を抜ける。
すると、この前のデスゲームはいつの間にか終了していたようで、ポイント集めに紛争する生徒はほぼ皆無で静かなものだ。
久しぶりでも無いが、変わってない学園内を見て安心すると同時に不安になる。
本当に、何が起きても元通りに戻る所が、人間の慣れる習性の怖いところだよな。
俺がプライベートで使っているスマホを久しぶりに起動させると、ブーッブーッと鳴った。
それに出てみると、『うぁあああああ!!』っとうるさい叫び声が聞こえてきた。
一瞬意識が飛びそうになったが、すぐに正気を保ってスマホを見ると、そこには懐かしい電波美少女が頬をプク~っと膨らませて画面越しに俺のことを睨んできていた。
「や、やぁ、レスタ、本日はお日柄もよーー」
『椿さん!!一週間近くもスマホの電源を切っているなんて、ひどいじゃないですか!!私を密室に閉じ込めての放置プレイですか!?あなたがそんな人だとは思いませんでしたぁ~~~!!』
画面の中で泣き叫んでいるレスタに対して罪悪感が半端ない。
罪島に行く際に、俺はレスタに何も知られないようにするためにスマホの電源を切っていた。
それはレスタが遠くない未来に担任の岸本に戻ることを考慮してのことだ。
うっかりとでも島に関することを誰かに話されるわけにはいかないからな。
「ごめんな、レスタ。それには事情が在ったんだよ。ほら、レスタが俺のスマホに来てから、ずっと頼りっぱなしだったから、その分休んでもらおうと思ってたんだ。だから、不安にさせたんだったら悪かった。今度から気を付けるからさ」
『む~~、そう言うことなら今回は大目に見ます。けど!今度は嫌ですからね!!私、すんごく寂しかったんですから!!』
「ほ、本当にごめんなさい……」
その後、レスタからいろいろな不満を言われながら、この前彼女に案内してもらった裏口に来てドアを開ければ、そこには恵美と俺の着ていたパーカーのフードを深く被った麗音が居た。
腕輪をしていない麗音が正門から入ると怪しまれる。だから、裏口から回ってもらった。
「この不審者みたいな気分はどうしてくれるの?」
「しょうがないでしょ。今のあんたは学園とは何の関係もない『部外者』なんだから」
「別に最上さんには言ってない。と言うか、その部外者って言い方に刺を感じるんだけど?」
「それは気のせい。私はあんたには言葉の矢しか飛ばしていない」
「それ、余計に酷いでしょ!!」
この言い合いを止める気にもなれず、俺は周りに人が居ないうちに「さっさと行くぞー」と言い、少し早足で地下に3人で向かった。
監視カメラが少なく、人通りが少ないルートを通り、アパート前に着いたその時だった。
俺と恵美、そして顔を隠している麗音の前に、とんでもない人物が階段を下りて現れた。
「あら?円華くんと最上さん、戻ってきてたのね。……そこの人って……もしかして……知人かしら?」
どうして、このタイミングで、勘が鋭いドライ女が現れるんだよ!!
そう、俺たちの目の前に居るのは成瀬瑠璃だ。
こいつに怪しまれたら、ずっと警戒心を向けられてしまう。
どうする?麗音のことを話すことはできないし、彼女に認識されてもいけない状況の中でどうすれば意識をそらせる?
頭の中で2秒間思考をフル回転させれば、恵美に麗音を押し付けて成瀬の肩に手を置いて耳に顔を近づける。
「カフェで待ってろ。そこでなら話せる」
わざと少し低めのトーンで言えば、事態が重要なことになっていると思ってくれたのか、成瀬は溜め息をついて小声で「わかったわ」と行って、先にカフェに行ってくれた。
2人の方に向きを変えると、同時に不服そうな表情と冷たい視線を向けられた。
「……あーっと、何か怒ってらっしゃる?」
「別に」
「答える気はない」
うん、明らかにお怒りですね、わかります。
しかし、そこは「そ……うか」と返事をし、話を進める。
「予定変更。俺の部屋で先のことを考えるのは後にしよう。俺が成瀬と話をつけている間、2人は恵美の部屋で待機しててくれ。誰が来ても、居留守で頼む」
「問題ない。久しぶりにクラスメイトの女子との2人だけの会話を楽しんでこれば良いですよ」
何だろう、麗音じゃないけど、恵美の言葉に冷たさを感じる。つか、本当に何で怒ってんだよ。
麗音からも心なしかフードの下からジトーッと重たい視線を向けられてしまう。
よし、面倒だし時間も無いから、気づかないふりを続けてこの場から逃げよう!
ーーーー
カフェに着けば、夏休みということもあってか人が多い。
もちろん、私服の学生ばっかりだけどな。
そんな中、夏なのに(地下だから関係ないが)場違いにも長袖の青いT-シャツに黒いズボンを履いている紫髪の女が窓際の席に座っており、読書をしながら紅茶を飲んでいた。
成瀬に近づき、前の席に対面するように座る。
「何分待った?」
「約10分ね。レディを待たせるのは失礼だってことを覚えておいた方が良いんじゃないかしら」
「……悪い、レディってどこに居るんだ?」
辺りを見渡して探せば、テーブルの下で足のすねを強く蹴られた。
いってぇ……。
「いやー、レディかぁ。はい、そうですねぇ。俺の中での認識では成瀬はガールの部類だったからな。イメージが無かった」
「失礼ね。今度ふざけた態度をとったら、もっと上を蹴るわよ」
「すいません、以後気をつけまーす」
無言でまたすねを蹴られた。
しかも、同じ足だったから先程よりも痛い。
「語尾を伸ばさないで」
「以後気をつけます、許してください」
これ以上は無駄な時間を割くわけにはいかないし、俺の足を保護するためにも、こちらから話を振る。
「さっきのフードを被っていた奴なんだけどさ、あれは俺と恵美の――」
Γその話なのだけど、始める前に私はあなたに……あなたと最上さんに謝らなければならないことがあるわ。本当は彼女にもこの場に居て欲しかったのだけれど、そういうわけにはいかないわよね。……どういうわけか、あの人が居るのだから」
「……は?」
成瀬の言っていることが俺にはわかっていない。
いや、待て。
今の彼女の口振りからしたら……それに謝るって……。
こいつはあの時、みんなと同じ態度をとっていた。
しかし、それが演技だとしたら。
成瀬は俺の考えていることを察したのか、確信を持たせる言葉を発した。
「あのフードの人、住良木さんでしょ?」
それを聞くと、俺は苦笑いを浮かべて成瀬を見る。
「本当に……性格悪いぜ、成瀬」
これこそ、本当に疑うべきだった。
今の今まで、このクラスメイトが利口な方の性格が悪い女だと言うことを忘れていた。
ーーーーー
瑠璃side
住良木麗音さんの存在が無かったことにされた日。
私は教室に入ると違和感に感じた。
当然のことよ。そこにあるはずだったものが無かったのだから。
昨日まで存在していた住良木さんの席が無かった。そして、その異変に周りのクラスメイトは気づいていないように見える。
菊地さんの席はまだ定位置にある。
それなのに、どうして住良木さんの席だけが無いの?そのことに気づかないのはどうして?
私は席について鞄から教科書やノートを取り出して机の中に入れながら周りを観察し、時間を確認する。
いつもなら住良木さんが登校してきてもおかしくない時間なのに、彼女は現れない。
私の後に入ってくるクラスメイトたちは、席が1つないことに気づかない。
基樹くんも、新森さんも。
おかしなことになっていることに気づいているのは、この場では私1人のようね。
そして、円華くんが教室に入ってきた時、彼の表情を見て、私と同じ違和感を感じているのが理解できた。
彼はすぐに状況に理解した上で、私とは違って基樹くんに住良木さんの席が無いことの理由を聞いてしまった。
その時ほど、私が円華くんに失望しそうになったことは無かった。
けれど、そのおかげで基樹くんや新森さんには住良木さんに関する記憶が無いことがわかった。
なら、私もそう言う態度をとらなければ不自然になる。
間抜けな円華くんが気づいていない状況を利用し、私は学園のデータから住良木さんのことが消されていることを確認することができた。
住良木さんが退学したとは考えられないわ。彼女にはそうする理由がないはずだから。
それを抜きにしても、退学しても記憶が無くなるなんてことは初めてのケース。
そもそも人の記憶を、それも特定の人の情報を消すなんてことが可能なのかしら。
一瞬だけ教室の端にある監視カメラを見ると、それは円華くんのことを追っていた。
そして、現れた最上さんに耳を引っ張られながら離れていく円華くんを見て、私の身の振り方を決断した。
私が住良木さんのことを覚えていることを知られれば、今度は私が消されるかもしれない。
記憶が残っている円華くんや最上さんには申し訳ないけれど、今は学園側の手の平で踊らされるとしましょうか。
このハッキングをかける前に来ていた通知メールの内容も気になるし……。
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円華side
成瀬が麗音のことを覚えていることを知ることができたは良いが、疑問も当然生まれてくる。
腹黒い彼女は別にしても、基樹と新森やクラスメイトは麗音に関することは記憶にない。
どうして、成瀬と恵美、そして俺だけの記憶を残したのか。奴らの目的は……。
俺が答えの出ない問いに考え込んでしまう前に、成瀬が話を始めた。
「勘違いしないように先に言わせてもらうけど、どうして私の記憶が消されなかったのかはわからないわ。でも、心当たりが無いわけでもないのよ」
成瀬はスマホを取り出し、俺にあるメールを見せてきた。
内容はこうだ。
ーーー
成瀬瑠璃様へ。
この度、あなたには現クラスのクラス委員となって頂きます。
拒否権はございませんのであしからず。
しかし、我々の不祥事でご迷惑をかけさせる手前、謝礼として以下のものを送付させていただきます。
・現金100万円
・能力点100000pp
何卒、ご協力よろしくお願いいたします。
ーーー
それを確認すれば、成瀬にいくつかの質問をする。
「これ……本当にもらったのかよ?」
「もらったつもりはないわ。口止めのために押し付けられたのよ。でも、スマホを確認したら送られていたことが確認できたわ」
「なら、今のおまえはEクラスのクラス委員……実質的なリーダーになるわけか」
「何言ってるのよ、リーダーはあなたでしょ?クラス委員なんてお飾りじゃない」
・・・は?
俺が?クラスのリーダー?…………いや、無いだろ。
呆れながら笑って首を横に振る。
「ないな、それは絶対にない。俺、あの菊地が死んだ件でクラスの奴らから嫌われてるからな。逆におまえや基樹、久実が一緒に居てくれるだけ奇跡だと思ってる。俺にリーダーなんて責任重大なことは似合わねぇよ」
俺が自嘲するように言えば、成瀬は目を鋭くさせる。
「あなたには実力があるわ。武力、学力、知力、洞察力に発想力。どれを取っても誰も敵わない程に。その気になれば、すぐにでもSクラスに上がれるでしょう。でも、そうしない。あなたの真の目的にはSでもEでも関係ないものね」
「実力があるだけじゃ、リーダーに向いているかどうかはわからねぇだろ。俺にはリーダーにとって最低限必要な2つのものがそろっていないしな」
俺にはそれが圧倒的に足りない。
だから、リーダーなんてなれる気はしないし、なりたいとも思わない。
「責任感と周りからの信頼。リーダーにはそれが必要だ。俺には責任感はねぇし、この前の件でクラスの奴らからの信頼も無い。そんなクラスメイトにリーダーを任せれば、間違いなく当人に力があっても集団は崩壊する。それでも俺をリーダーと呼ぶか?」
少し脅すようにして聞けば、成瀬は目を伏せる。
正直、俺よりも成瀬の方が何倍もクラスのリーダーにふさわしい。
彼女には責任感があり、周りを見る洞察力を持っている。
そして、クラスメイトは期末テストの期間に行った勉強会で成瀬に対して信頼が芽生え、彼女も彼らに仲間意識が持っている。
成瀬は上目使いで俺を見て、少し自信無さげに聞いてくる。
「あなたは、私がリーダーになっても良いと思うの?」
「少なくとも、俺は成瀬の言うことなら百歩譲って聞いてやろうとは思うけどな。まぁ、状況によるけど」
「気に入らない言い方ね。でも……良いわ。あなたがこのことに肯定的だと言うことはわかったから。責任を持って、私に与えられた役目をこなす」
成瀬の瞳から不安が消え、強い覚悟と意志が点灯した。
これで、予備カードはできたか。
俺のプランが成功すれば、成瀬は麗音以上の強いカードになる。
保険はかけておくに越したことはない。
俺の考えを見透かしてか、成瀬は不意にこんなことを言い出した。
「もしも、あなたの目的のために数の利が必要だったら遠慮なく言って。報酬はそれなりにもらうけれど、必ずクラスのみんなに協力させてみせるわ。だから、あなたも……」
「言わなくてもわかってる。おまえに助けが必要なら、可能な限りは助けてやるさ。けど、俺が最悪な状況下にあったら諦めてくれ。助けることはできない」
前もって素直に今言えることを伝えれば、成瀬は溜め息をついて呆れた目を向ける。
「あなたがそう言うことを平気で言うことは薄々予想はついていたけれど、そこは嘘でも『俺が必ず助けてやる』くらいのセリフは欲しかったわね」
「親切で嘘のセリフを言わなかったんだ。根拠の薄い希望を抱かせて、それが裏切られる絶望は味あわせたくない」
「……あなたは、本当に優しい人よね」
「皮肉として受け取っておく」
その話の後、俺は成瀬から可能な限りの記憶消去に関する情報を聞き出し、カフェを出てアパートに向かった。




