師弟の誕生
麗音に学園に戻った後のことを提案した後、改めて地下の中を1人で見てみる。
高太さんが優理花さんに話した過去が本当のことなら、ここは1度火の海になったってことだ。
それにしては、その跡が残っていない。
殲滅作戦の後に改装したのか?
それに……どうして、如月彩などの研究者の記録が残っているんだ。
中の研究者や子どもを殺しながら、データは貴重な回収していたと考えるのが普通か。
だけど、それならここに残っているのはおかしくないか?
俺にとって都合が良過ぎる。
まるで、俺が知りたかったことを見透かして、それが知れるように全てが配置されていたかのようだ。
誰かの手の平で踊らされている気がしてならない。
晴れない疑問を抱えていると、向こう側から小さないライトが近づいているのが見えた。
「こんな所で何をしている?アホ弟子」
「師匠……」
声が聞こえて反応すれば、スマホのライトに照らされた師匠は呆れ顔だった。
「恵美が気が気でない様子で心配していた。住良木麗音との話は終わったのか?」
「あ、はい……。師匠、いくつか聞いても良いですか?」
俺は地下を照らしながら、さっきの疑問を聴いてみる。
「師匠は20年前のデリットアイランドに参加してたんですよね?さっき、優理花さんにこの地下が1度火の海になったことを聴きました。ここは、その時からこの状態だったんですか?」
師匠は顎を触っては過去のことを思い出して答えてくれた。
「そうだな。この地下は、昔から変わっていない。最上が脱出した後、組織が実験を再開するために改装したのだろうな」
「ここにあった研究の資料は、元からここに?」
「……いや、それは最上たちが回収したものだ。あいつの目的のために、希望の血と絶望の涙の資料が多く必要だったんだ」
「高太さんの目的…?」
復唱すると、師匠はそれ以上は口を閉ざした。
そして、左目で俺に鋭い眼差しを向けた。
「それ以上は足を踏み込み過ぎだ。おまえの目的とは関係ない」
「す、すいません……」
反省して謝れば、師匠はフッと笑って頭に手を置いてきた。
「おまえは、本当に……恐れ知らずな所は変わっていないな」
「っ!?そ、そんなことはないですよ!?ちゃんと、今は後先考えて行動するようにしてるし……」
「そうだな。思い返せば、おまえが俺の弟子になった当初は、何にでも噛みつく犬のような目をしていたものだ……」
「い、犬って……酷くないすか?師匠」
「事実を述べたまでだ」
師匠の一言で、俺も当初のことを思い出した。
確かに、あの頃は無鉄砲なガキだったぁ~。
ーーーーー
あれは、俺が師匠の弟子になる前のことだった。
椿家に住んでから1年と少しが経った時。
谷本さんが椿家に『仕事』で来たときのことだ。
俺は当時、姉さんとか親父、おふくろ、そして、顔は怖いけど中身は良い親父の部下たちを信じてみようと思っていた時だった。
縁側で緑茶を飲んでいる隻眼の男の前で、幼少期の俺は木刀を持って仁王立ちをして睨みつけた。
それを谷本さんはにらみ返すでもなく、呆れた目をするでもなく、俺をただ驚いたように目を見開いて見た。
『おまえ……随分と雰囲気が変わったな』
俺は何も言わずに睨み付けたまま、木刀の先端を師匠に突きつけた。
『俺と勝負しろ!!そして、俺が勝ったらここから出ていけ!!』
その時の俺は家族以外は全員敵だと思っていた。
だから、谷本さんにも敵対心を剥き出しにしていたんだ。
普通なら『何を言ってるんだ、このガキ』って呆れられ、子供扱いして相手をしてくれない。
俺は何度も大人たちにそういう対応をされて、誰も取り合ってくれなかった。
でも、谷本さんは立ち上がると、無表情なままで静かに『わかった、道場で相手してやる』と言ってそのまま道場に向かって歩いていった。
初めてのことで一瞬身体が固まったが、すぐに後ろについていく。
そして、道場に一礼して入れば、そのまま谷本さんは端の方にあった木刀を手にして俺の前に立つ。
『怪我をするかもしれないが、本当に良いんだな?』
『あぁ、すぐにおまえを、ギタギタにしてやる!!』
俺は木刀を両手で持ってそのまま谷本さんに向かって『はぁあああ』っと声をあげながら振るうが、それは当たり前だが防がれる。
それも、何でもないような無表情で。
連続で縦、横、斜めと、縦横無尽に振るおうとも、それは全て弄ばれるように防がれた。
『動きがデタラメだな。しかし、それだからこそ読みやすい。もっと頭を使え』
『うるっさい!!』
隠している左目の死角に入り、横から木刀を縦に振るうがそれも防がれた。
『んぇ!?』
『今のは良い判断だ。しかし、それでは俺に届かない。速く動き、後ろに回るべきだったな』
『っ‼』
幼いなりにデタラメから少しずつ考えながら攻めているが、そのすべてが通用しない。
そして、体力は底をつき、木刀を杖にして息切れしているのを整えようとする。
俺のことを見下ろし、谷本さんが軽く木刀を横にトンっと叩けば、バランスを崩して前屈みに倒れてしまった。
もう、立ち上がることはできない。
『敗けを認めるか?』
『はぁ……はぁ……だ、誰がぁ!!』
木刀を握り続け、立ち上がろうと床の上をもがきながら顔を上げて谷本さんを下から睨む。
すると、谷本さんは溜め息をついて俺の手から木刀を奪い、目と鼻の先に突きつけた。
『おまえの負けだ。受け入れろ』
それが初めて感じた実力差の壁だった。
今の自分の全てを出しきっても勝てない相手が、谷本さんだったんだ。
もう現実に抗う力もなく、床に頭を預けた。
俺はこの時、本気の勝負をして人生で初めて完全な敗北を体験したんだ。
『どうして俺に挑んできた?まさか、子供が本当に大人に勝てると思っていたのか?』
『……わかんないよ。ただ、この家に、涼華や親父たち以外の誰かが居るのが嫌だったんだ。……やっとできた俺の居場所を、その誰かに壊されるんじゃないかって思って…』
谷本さんはその後何も言わずに、抵抗する力も尽きた俺の身体を背中に担ぐとそのまま道場を出た。
『な!?離せよぉ‼』
『暴れるな。振り落として、地面に叩きつけられたいか?』
そんなことを言われれば、大人しくしているしかなかった。
おんぶしながら、谷本さんは不意にこんなことを言った。
『おまえ、強くなりたいか?』
『…………』
『聞いてるんだ。質問に答えろ』
『……なりたいよ。誰にも負けないくらい……涼華や親父、おふくろを守れるくらいに……強くなりたい……!!』
自分で聞いても弱々しい声だったが、谷本さんの耳に届いたようで、あの人は『そうか』と呟いた。
『……おまえが望むなら、おまえに強さを与えてやることができる』
『えっ……』
『俺がおまえに、戦い方と力の使い方を教えてやる。しかし、おまえが負けた相手に教わるのが嫌だって言うのなら、俺は一生近づかないと約束しよう』
この人が、俺に教える?……そんなことをしたって、この人に何があるんだよ。
そう思ったが、不思議と何の迷いもなく聞いた。
『……おまえの言うとおりにすれば、強くなれるのか…?』
『少なくとも、俺と同等かそれ以上には強くすると約束しよう。自分で言うのも何だが、俺並みの強さになれば、ほとんどの者には負けない。大切な者を守るための力は充分につけられる』
その言葉に、確固たる自信を感じた。
そして、確信した。
この人の元に居れば、俺は強くなれる。
『……なら、頼むよ。俺を強くして……師匠』
この時は、まだ谷本師匠を信じたわけじゃなかった。
俺が信じたのは、この人の強さだ。
そして、この時の選択があったから師匠の元で修行し、強くなれた。
俺にとって、師匠はかけがえのない人だったんだ。
ーーーーー
「あの時は本当に……今以上にボロボロにされたなぁ~」
身体に何度も叩きつけられた技を思い出して一瞬震える。
だって、この人、教える時に一切手加減しないし、目で見て身体で覚えろってスタイルだったから、何度も技を身をもって受け、再現させられた。
技の難易度が上がれば上がるほど、師匠の強烈な一撃を受けた回数は数知れない。
「おまえはよく俺に喰らいついてきた。今の強さがあるのは、おまえの強くなるという覚悟が本物だった証だ」
「そ、そうすっか…?何か、師匠に褒められるとむずがゆいんすけど」
「事実を述べたまでだ。……だからこそ、おまえが復讐の道を選んだ時は、恐れていたんだがな」
出口に向かって歩きながら、師匠は語り出す。
「今だから話すが、俺にも似たような経験があった。大切なものを奪われた怒りに飲まれ、仇を討とうとした時がな」
「えっ……師匠が!?」
想像がつかなかった。
冷静沈着な師匠と、復讐と言う言葉が結びつかなかったから。
師匠は包帯を巻いている右目を押さえる。
「憎しみの怒りに飲まれた者は、悪意のある者に容易に利用される。そして、俺を憎しみから解放するきっかけを作ってくれたのは、最上だったんだ」
「へ、へえぇ~~」
今ならわかる。
師匠が俺の復讐を止めようとした理由が。
過去の自分の二の舞にならないように、止めようとしてくれたんだ。
そして、俺が憎しみに囚われた復讐じゃないことを理解してくれたから、認めてくれたんだ。
それにしても、師匠も高太さんに救われた1人だったんだな。
「あの……師匠から見て、高太さんはどういう人だったんですか?」
「ムカつく程に気に入らん奴以外の何者でもない」
まさかの即答!?しかも、嫌いなタイプの方!?
もしかして、高太さんと師匠って仲が悪いのかぁ?
「しかし、最も頼りになる男だとは思っている。あいつは紛れもなく、俺たちのリーダーだ」
嫌いと言いつつも認めている。
心底嫌っているってわけじゃない。
素直じゃねぇな、うちの師匠は。




