九話
ようやく落ち着きました。
また書いていきたいですね。深夜廻ほしい。
『イニャスさん、明日には勇者がそちらに着きますよ!』
捕虜生活という名の主夫生活もそろそろ一ヶ月になりそうな頃、ようやく女神さまからそう連絡があった。
ようやくだよ!こう言っちゃなんだけどもうすっかりここに馴染んだよ!ここのキッチンも使いこなしてるよ!
鎖帷子だって普段着感覚で着こなせるようになったわ!まあこれはシャツかよってレベルで軽いからだけど。
というか女神さま、なんでやたら時間かかったかわかります?
『ええと、ですね・・・それがイニャスさんがひとまず無事であることを伝えたらですね、なぜか魔物を片っ端から倒し始めまして・・・』
レ、レベリングかな?RPGの世界じゃないんですよ!?命は有限なんですよ!?
というかもともと強かったのにこれ以上強くなるの?限界突破なの?立ち塞がる者すべて切り伏せるの?
・・・あっ、もしかして八つ当たり兼ねてる?
『と、とにかく明日です! 明日助けが来ますから無茶はせず待っていてください!』
もう無茶することもないけどね。問題なく聞けることは全部聞いちゃったし他は教えてくれないだろうから。
『それもそうですね。 おかげでそれなりに魔族に関する情報が集まりました。 しかし・・・』
知れば知るほど人間と違いはないんだよね、魔族って。
『はい・・・私は人を守る神として今まで魔族は倒すべき存在でしかないと思っていました。 ですが、イニャスさんから聞いた彼女はあまりにも・・・』
人間と変わらない、でしょ?
ていうか神様も悩むんだね。
『未熟、ですね。 ごめんなさい、魔王を倒すために勇者に神託を与え、イニャスさんも旅立たなくてはいけなくなる原因を作ったのは私だというのに・・・』
うーん、俺はそれでいいと思うよ?
『え?』
女神さまがどんな答えを出すにしろさ、少なくとも後で知って後悔するよりは良かったと思う。
だってもし俺が同じような状況だったら知りたいと思うもの。
『イニャスさん・・・』
とにかく俺はそう思ってるってだけ。決めるのは女神さまだけどもし怒られるようなことになったら俺も一緒に怒られるから。
・・・なんか言ってて恥ずかしくなってきた。そ、それじゃ今日はこれで。
『はい! では明日、ゆっくりお話ししましょうね!』
その言葉を最後に通信は切れた。
しかし迷い悩みながら前に進む女神さまと迷いなく殺戮をする勇者か・・・うん、明日は嫌な予感しかしないな!
そして明朝、砦は今までに感じたことのない緊張に包まれていた。
「昨日見張りがこの砦に近づく人間達を発見した。 つまり人間達は今日にはここにやって来るとみていいだろうね」
ミューゼさんが武装した魔物達の前に立ち現状説明をしていた。隣には騎士さんが控えていて、彼女も戦装束に身を包み、腰には剣を佩いている。
「ボクたちは人間達を正面から迎え討つ。 魔族の強さを人間に教えてやるんだ」
その言葉に魔物は声をあげて応える。しかし人間やっつけるぜヤッフー、みたいな宣言を間近で聞くとこう、なんとも言えない気分になる。
人間だって魔物を殺すし、俺も昼ドラ的に殺したことはあるのだからお互い様だとはわかってはいるのだが・・・。
ていうか知らなかったけど見張りとか立ててたんだ。そりゃ誘い出した癖に警戒しないとかギャグでしかないわけだけど。
しかし一ヶ月近く動きがなくても警戒は怠らない、か。
わかってはいたがミューゼさんに油断はない。おそらく、討伐隊はかなり苦労することになるに違いない。
出来れば犠牲が少ないように、と祈りつつ俺も身支度を整えた。
討伐隊が来たら俺も捕虜として前に出されるだろうから恥ずかしくないようにしないと。
さて、ミューゼさんが率いているのは主にお馴染みのスケルトン。それに加えて他にも武装したコボルトやゴブリンがいる。
砦ではあまり見たことなかったけど基本的に森に潜んで見張りとかしてたらしい。
というか基本的に砦にいたのは雑務をする知性があるスケルトンたち、つまりは骸骨さんたちだけだったとか。
ところでゴブリンやコボルトといえば旅の間に森とかで遭遇した奴らだが彼らは魔族に従っている一族らしく野生の奴らとは違って理性があり規律がありそして戦意に満ちていた。森の奴らが獣とするならこいつらは戦士なのだろう。
ちなみにあいさつしてみたら戸惑いながらもあいさつ返してくれた。そのあと「え?なんでここに人間いんの?」みたいな空気になったけど。
ふらふら砦の中を歩くたびに「え?なんで人間いるの? 敵じゃないの?」「でも敵だったらあんなに堂々してるわけないだろうし・・・」「武装してるしな・・・おい、誰か聞いてこいよー」「えー、俺やだよー」な空気が広がっていくのが面白かった。こういうところヒトと変わらんのね。
そうやって遊んでたら騎士さんに怒られた。
しかたないので捕虜は捕虜らしく大人しくしていよう。
そしてその日の昼頃。人間の軍勢が砦から視認できるまで近づいた。
魔物達は砦に籠ることなく砦の正面に布陣している。
スケルトン、ゴブリン、コボルトの三種類の魔物が不規則に混ざりながら隊列を組んだ。戦い方が違う魔物が一気に襲ってくるのは人間とってはやりづらいことこの上ないだろう。
それに対して進軍してきた人間達は冒険者を遊撃に、そして隊列を組んだ兵士たちを中心にして正面からぶつかる構えだ。
まさしくこれは人間対魔族の戦争の縮図なんだろう。
そして俺は小高い丘の上にミューゼさんと共にいた。
今更ながら捕虜らしく手を縛られてしまったので下手な動きは出来ない。
でも剣背負ったままだしちょっと判定ゆるい。
監視役としていつも付いていた騎士さんも今は砦の中にいるから監視もゆるい。
ついでに今確認してみたら縄もゆるい。さすがに甘々すぎるでしょうに。
でも人間軍との距離はというと遠い。
ダッシュしても逃げるのは無理だ。それ以前に間の魔物軍を突破する方法が見当たらない。これは無茶はしないでおくが吉だろう。
そんな感じで早々に逃走を諦めて人間軍を眺める。
お、ライナードみっけた。近くにカリスやローラン、アンリもいる。ついでに街で一緒に戦った二人の冒険者もいた。
来てくれたのはうれしい。うれしいけどそれが霞んでしまいそうな存在がいて素直に喜べない。
片手で両手剣をぶら下げて身を包むは金属製の軽鎧。
絹のような豊かな銀髪を隠す兜はなく代わりに昔プレゼントした覚えのある髪飾りをつけていて。
腰に下げた白い盾に傷はほとんどなく、その代わり左手の手甲には細かな傷がびっしりと。
そして朱に染まった双眸を轟々と輝かせて黒いオーラを纏うエルザの姿がそこにあった。
――――あれ?うちの幼馴染って勇者だったよね?なんかおかしい。主に最後の部分がおかしい。
そんな疑問を一瞬抱いて、けれどもその一瞬後には「まあエルザだしな」と納得した。
そもそも勇者は人を監禁しようとしないし大地を血で染めたりしない。あと盾使えよ。手甲ばかり使って可哀想だろうが盾が。
「さて、よく来たね人間。 出迎えの準備はこれで十分かな?」
「だ、黙れ魔王の手先め! 人間の国でこれ以上好き勝手はさせんぞ!」
前線に出たミューゼさんと話しているのはたしか軍のお偉いさんだ。街にいたときにちらっと見た気がする。熱あったからよく覚えてないけど。
とりあえず平和だと思ってた街に突然魔族の幹部クラスが来るとかお偉いさんかわいそう。
そうこうしているうちにお話は終わったらしい。お偉いさんは周囲の兵に指示を飛ばしミューゼさんがこっちに戻ってきた。
お偉いさんが手を振り上げれば兵士たちが一斉に盾を掲げ、弓に矢をつがえ、冒険者たちは各々の武器を構えた。
ミューゼさんが手を振り上げると魔物たちは低いうなり声を漏らし姿勢を低くした。
空気がぴりぴりとする。嵐の前の静けさのように誰も声を発しない。
そして両者の手が降り下ろされた瞬間、ヒトと魔物は激突した。
怒号と矢が飛び交い金属のぶつかり合う音が響く。
少し遅れて爆発音。それから誰かの悲鳴が聞こえた。
人間軍と魔物軍、初動はやや人間が優勢か。魔物の攻撃を軍が受けとめ少人数ごとのパーティに分かれた冒険者たちが確実に魔物の数を削っている。
更に極少数だがエルフやハーフエルフといった魔法の使える冒険者が前衛の援護を行い、癒術師たちは後方で怪我人の治療のために待機しているようだ。
やっぱりヒトの強みは連携だね。適材適所だて素敵な言葉やん?
魔物たちも同時に襲いかかったりはしているがその動きは連携と呼べるものではない。
だが死を恐れず猛々しく突撃する彼らの勢いは決して無視できるものではないだろう。
そんな中、エルザはというとなんか無双していた。
普通の人間がそれなりに苦労して倒す魔物を一太刀で三体ぐらいいっぺんに斬り捨ててるのを見ると本当に同じヒューマンなのか疑問しか出てこない。昔からこんな感じだから今更だけども。
先頭を駆けるエルザのあとにライナードたちが続く。彼らは怯んだ魔物に追撃をかけ、エルザが切り開いた穴を広げ敵を抑える。
その動きは明らかにほかの冒険者や兵士達とは違う。大部分の人間達が陣形を組み目の前の魔物と戦っているのにエルザ達は魔物の群れに切り込みこちらに進んでくる。
もしやこれは俺を助けに来てる?え、いや別に後回しでもいいんですよ?
あ、でも向こうは俺が無事ってことは知っててもどんな扱いだったかは知らんのか。料理したり訓練したりお茶したりと充実した生活してたんですごめんなさい。
そんなことを考えているうちに血染めの道を作り出した修羅、じゃなくてエルザが俺に向かって跳躍し、手を伸ばしてきた。
血の滴る剣を手にした血染めの女がすごい勢いで近づいてくる光景にひそかにびびる。
と、その時視界の隅でなにかが動いた。
「エルザ、横!」
咄嗟に叫ぶが遅かった。
エルザの手が俺に触れようとした瞬間、その間にミューゼさんが割り込み剣を振るった。
咄嗟のことに反応しきれなかったエルザが吹き飛ばされ遥か後方の地面に叩きつけられる。着弾地点に舞う盛大な土煙が今の一撃の威力を物語っていた。
言わんこっちゃない、エルザは無事なのだろ・・・いやうん、なんか普通に無事だった。復帰早いな。
武器を盾にしたのか怪我どころか痛がる様子も見せず服についた汚れを払いながら土煙の中から出てくるのは強キャラ感あるけどそれ絶対勇者がやることではない。
「へえ、今の平気なんだ。 うん、うん、久しぶりに楽しめそうだ」
エルザを見て笑みを浮かべるミューゼさん。そんなミューゼさんを完全に無視して相変わらず俺しか見てないエルザ。
一回吹っ飛ばされてんだから周りを見ろし。
「まるでお姫様を助けに来た騎士のようだね。本気でボクを障害物程度にしか見ていない。 それじゃあ石に躓いて転んでしまうかも」
おい、状況的にお姫様って俺のことか?
と、そこでエルザがようやくミューゼさんに視線を向けた。
「御託しか口にできないのね」
エルザはミューゼさんの話を一蹴し剣を向ける。
「お前は殺す。 イニャスは取り戻す。 それで終わりよ」
あらやだ殺意しかない。言語機能が劣化してるし俺の幼馴染はバーサーカーかよ。あとできれば魔王も倒して。
「ふふ、愛されてるじゃないか。 これは嫉妬しちゃうな」
そんなエルザと俺を見比べてニヤニヤしてるミューゼさん。あ、こら、ぽっぺ摘ままないで。
そしてそれを見ていたエルザがめっちゃ怖い。なにが怖いって回りの敵がドン引くぐらい殺意を溢れさせてる癖にその殺意がミューゼさんにしか向いてない。周囲のことなんてまるで気にしていない。
二人は戦場の真ん中で向き合う。
視線が交差しーーー剣と剣がぶつかりあった。
衝撃波が戦場を駆け巡り、誰もが身を縮める。
かくいう俺も縛られてたせいで踏ん張れず衝撃波に煽られ転がった。あ、今ので縄ほどけたわ。
「アハハハハッ!ほんと強いね! もしかして君が魔王様が言っていた勇者ってやつなのかな?」
「ほんとよく動く口ね。 油断して口ばっかり動かしてたら首が飛ぶわよ」
「これは油断じゃなくて余裕って言うのさ」
「ならすぐに口もきけなくしてあげる」
流石勇者(レベリング済み)と魔人(幹部クラス)の戦いと言うべきか。
もはやこの場は二人の独壇場。激しい戦いを繰り広げていた人間も魔物も戦いの手を止めて二人の戦いを見守っていた。
とりあえず俺が言うべきことはひとつ。終盤でやれ。
それはともかく見た感じ実力は拮抗しているようだ。そうなると次は武器の質が重要になってくる。どっかでそんなことを聞いた。
ミューゼさんの剣はなんかよくわからない金属で出来ている魔法武器だという。魔族の名工が造った剣なのだと自慢げに話していた。
それに対してエルザが持っている剣も劣っているわけではない。グランディール王家お抱えの鍛冶師が打った一級品だ。魔法武器に及ばずとも十分打ち合うことのできる代物なのだ。
だからエルザの持つ剣から嫌な音がしたのは正直予想外だった。
エルザの顔は苦々しく歪んでいた。それは焦りか、それとも怒りか。
とにかくこのままではやばい。なぜこんなときに武器に不備が出るのか。
と、そこでふとその原因が思い当たった。
もしかして――――とか言うまでもなく絶対それここ来るまでにやってたレベリングという名の辻斬り虐殺のせいだろ!
しかもイライラしてただろうから力任せに剣を振り回し敵を凪ぎ払っていたに違いない。そりゃ剣もダメになるわ!
原因はこの際置いといてなにか代わりの剣が必要だ。
出来ればエルザが使い慣れてる両手剣。馬鹿力で振り回すから鋭さよりも丈夫さ、そして破壊力を重視した幅広の大剣が好ましい。
・・・と、なるとこれしかないよね。
そう、俺がこの旅の間重さに耐えつつ肌身離さず持っていた聖剣だ。俺には剣として扱えないが勇者であるエルザならば使えるはず。
聖剣をじっと見つめていると昔お父さんに言われたことを思い出した。
―――――――――――
『いいかいイニャス。 これは我が家に伝わる家宝なんだ。 お守り代わりに肌身離さず持っているといい』
『えー、こんな大きな剣持ち歩きたくない。 誰かにあげちゃだめ?』
『駄目だからな!? 家宝って言っただろう!?』
『でもお父さんは手放そうとしてるよ?』
『誰かにあげるとしたらそれは自分の子供・・・家族に受け継がせる時だ。 それまではお前がしっかりと持っているんだ。 約束だぞ?』
『わかったー。 でも持ち歩くのは嫌だから家に置いておくね』
『こ、この子は・・・』
―――――――――――――
「受け継がせるのは家族だけ、か」
お父さんもめんどくさい約束をさせてきたもんだ。というか子供にこんな大剣を肌身離さず持っていろとか無茶を言う人だった。言うこと聞かなかったけど。
お父さんの約束を守るなら今これは手放すべきではないのだろう。
でもまあエルザは家族みたいなもんだしいいよね!
「エルザ!」
手の縄をほどき彼女の名を呼ぶ。と、同時にエルザの剣が折れた。距離は遠くはないが渡しにいく時間はない。ならばーーー
「これを使って!」
聖剣を思いっきりぶん投げた。
渾身の投擲により俺の想定よりも遥かによく飛んだ聖剣はまるで導かれるかのようにエルザの元へと落ちていく。
エルザはミューゼさんに折れた剣を投げつけると飛んできた掴みとりそのまま鞘から引き抜いた。
聖剣から光が迸り一瞬、世界を白く染めた。
「やっぱり君が勇者だったんだ」
ミューゼさんが剣を構え直した。
「と、その前に、だ。 イニャス君には下がっていてもらおう。 ここからはボクも力を抑えられそうにない。 巻き込んでしまったら大変だからね」
「また勇者ちゃんの手助けをされても困る」と付け加えてミューゼさんは配下に指示を出す。
あ、スケルトンさんちーっす。はいはい、砦の中に入ってればいいのね。
砦に入る前にエルザを見ると、エルザもこっちを見ていた。
その目はまるで迷子のような目をしていて、でも俺はそんな彼女の視線に頷きを返すことしかできない。
それでも俺は信じていた。エルザが負けるはずかないと。だって彼女は勇者で、その強さは俺が誰よりもよく知っている。
だからーーー
この、もう会えないかもしれないという予感はきっと俺のせいなのだろう。
プロローグは次で終わるといいなあ。