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一話


聞こえる鳥の声で目が覚めた。

カーテンの隙間から太陽の光が漏れだした早朝。ベッドから這い出た俺は寝ぼけ眼を擦りながらカーテンを開ける。


「ふあ・・・わあ、洗濯日和」


この世界に転生して早19年。すっかりこの世界にも慣れたものだ。

どこぞで流行りの神様転生というやつではなく気がついたらこの世界で赤ん坊になっていた。

ちなみにエルフとかドワーフとか魔王とかいるファンタジーな世界である。やったぜ。前者二つはともかく魔王はノーサンキューだが。


さて、そんな俺の1日は朝食作りから始まる。

朝は決まってパンとベーコンエッグ、それに簡単なサラダ。それを同居人の分と合わせて二人分作る。

朝食を終え同居人を送り出したら洗濯をする。この世界錬金術というのを使った冷蔵庫もどきはあるのに洗濯機はないから手洗いである。

洗濯物を干し終われば次は掃除だ。床や家具の掃除はもちろんトイレ、風呂場、キッチンの掃除まで隅々まで行う。

太陽が上の方に来たあたりで買い物に行けば店で気の良いおっちゃんやお姉さんが元気よく呼び込みをしている。


「らっしゃいらっしゃい! お、イニャス買い物かい? 今日は特におすすめなのがあってな・・・」

「ちょっとイニャス君、そんな萎びた親父の店の魚よりうちのお肉の方が美味しいよ! サービスもするからさ!」

「ああん? うちの魚が肉に負けるわけねえだろ! 魚を食えば頭も良くなるし体だって丈夫になるんだぞ!」

「 身体を作るにはまずお肉でしょ! というか頭良くなるとかあんた見てたら信じられないわよ!」

「言いやがったな小娘! おめえは肉ばっか食ってるから胸は薄いままなのに腹に肉が付くんだろうが!」

「はあ!? この変態親父セクハラで訴えるわよ!?」

「おめえが喧嘩吹っ掛けてきたんだろうが!」

「あの、とりあえず商品見せてくれない?」


いつも喧嘩ばかりの肉屋と魚屋で買い物しておまけを貰い何故か井戸の付近で集まる傾向のある奥様方と軽く話をする。いろんな噂話を聞けてなかなか面白いのだ。

そのあと簡単な昼御飯を食べたら掃除の続きをしてそれが終わればひとまず今日の家事は終わりだ。休憩がてらお茶を入れてソファに腰をおろす。


「暇だなぁ・・・」


ここが地球であるならテレビやらラジオやらで暇を潰すのだが生憎この世界にそんなものはない。なぜか雑誌は存在してるけど残念ながらすべて読み終わってしまっている。

しかたないのでお茶を飲み干すとそのままソファに横になり目を閉じる。そして微睡みに身を委ねるのだ。

洗濯物が乾くまでの間の昼寝。これこそ最高の贅沢である。堕落ここに極まれり。

ここまでの説明で大体の人はわかっただろう。

俺の生活にファンタジー要素は無い。まあ冒険者でもない一市民の生活なんぞこんなもんである。魔王?多分どっかで頑張ってるんじゃないですかね?

そんな何時も通りの昼下がり。これが俺の何時も通りの生活である。


『・・こえ・・・・か・・・き・・ます・・か・・・』


ううん?


『きこえますか・・・私の声が聞こえますか・・・?』


う、ううーん?なんか幻聴が聞こえる・・・。


『げ、幻聴じゃありませんよ!?』




一方その頃。


城の玉座の間。そこには有力貴族たちが集まっていた。

そして玉座の正面に跪くその者こそが神託を受けし勇者であった。

勇者は少女であったがその輝くような銀色の髪と纏う空気は一目で特別だとわかり、なにより少女は幼い頃より大人顔負けの力があった。なので多くの人が少女が勇者と呼ばれる存在であることを疑うものはここにはいない。

跪き頭を垂れた勇者に王は問いかけた。


「勇者よ。 神託に従い旅立ち、魔王を倒してくれるか?」


それに対して勇者は答えた。


「お断りします」と。


周りから驚きと困惑の声が上がる。それも当然、誰がこんな展開を予想できるだろうか。

神託を受けた勇者が旅立ち拒否という予想外の事態に人々は戸惑いを隠せず誰かが「あれは本当に勇者なのか?」と口にした。

玉座の間が騒然となる中でただ一人、王だけが落ち着いたまま問いかけた。


「勇者ーーいやエルザ、それは何故だ?」


それに勇者が答える。


「だって私が旅に出たら誰が彼をーーーイニャスを守るんですか?」


しん、と場が静まりかえった。勇者は当たり前のようにそう口にした。


「私にとって彼を守る以上に大事な事などありません。 彼を守るために国の防衛はしますがそれ以上は期待しないでください。 というかイニャスと一緒にいる時間が減るので嫌です」


きっぱりと言い放つ勇者。周囲の人が口にする「あれは本当に勇者なのか?」という言葉に別の意味が混ざり始めていた。

それを聞いた王は「そうか」とエルザに下がるように言った。

エルザが玉座の間から出ていったあと王はざわめく臣下や貴族たちを見渡しこう言った。


「さて、それでは魔王についての対策を練ろうとしよう」






そんなことがあったらしい翌日のこと、俺は呼び出しを受けて城を訪れていた。

案内された一室に王様、大臣さん、騎士団長さん、それに小さい頃にお世話になった祭司長のおじいちゃんが集まっていて昨日玉座の間で起こったことの話をしていた。

そんな中に一人混じる平民の俺がいるのはどう考えても場違いである。しかも平民の中でも未だ定職に就いてないという意味でかなりアレだろう。

そもそもなんで俺がこんな所にいるかというとそこにはエルザが大いに関わってくる。

そう、エルザ。昨日なんか神託受けて勇者とか呼ばれたらしいうちの同居人である。


「というわけだ。 余としては勇者エルザに頼りきるつもりはないというのが結論だ」

「いやはやエルザ殿も相変わらずですな。 イニャス殿同様昔会ったときとおかわりなく」

「いや、なんというかごめんなさいというか・・・」


ごめんなさいね成長してなくて。

それよりもだ。王様の話じゃかなりめんどくさいことになっているらしい。

すべての事の発端はエルザが神託とやらを受けたことだ。そのあと城に呼ばれなんやかんや話があったらしいのだが・・・。


「なあに、いくら神託を受けた勇者とはいえあの娘にすべて押し付けるよりはまともな結論だったと思っておるよ」


神託を受けたらしい幼馴染が城に呼ばれたと思ったら王様の要請を断っていた件について。しかも理由俺だよくそぅ。

王様と騎士団長さんはカラカラと笑ってるけど他の国だったら余裕で反逆罪なんだよな。

ちなみに大臣さんは苦い顔をしてる。あなたの反応は正常だから自信持ってほしい。


「どちらにせよ魔王という人類すべての敵を倒すのを勇者一人に任せるつもりはない。 魔王は強大だがすべての国が総力を上げ立ち向かえば敵わない相手ではない」

「し、しかしそもそもそのようなことが可能でしょうか?」

「弱気になるでない大臣。 できるかできないかではない。 やらねばならぬのだ」

「しかし王よ、本来ならば世界に干渉せぬはずの神が神託を授けたとなればおそらく勇者の存在は必須じゃの。 居なければ儂らに勝利はないじゃろうなぁ」

「騎士団としてはそんなことはないと言いたいところではありますが楽観はできないでしょうな」


ふむ、色々問題は山積みだが一番の問題はあれだ。


ーー勇者が旅立たないことである。


いかに神託を受けていようと、たとえ魔王とやらを倒す運命を背負っていようと旅立たなければ何も始まらないのだ。

旅が始まらなければ魔王も倒されることはなくのびのびと侵略し数多の国が滅ぼされるに違いない。

で、肝心の旅立たない原因というのがが俺なわけで。


・・・こ、心が痛い。今までも決して褒められた人生ではないと自覚してるがそれでも俺のせいで魔王が倒されないで人類が滅ぶとか嫌すぎる。

な、なんとかしてエルザには魔王を倒してもらわなければ・・・!それがダメなら代わりの勇者を手配していただきたい。

あーでもないこーでもないと議論がされてるけど一向に解決策はでないし・・・って、あ。そういえば伝言を預かっているんだった。


「あのー」


おずおずと手を上げると視線が集まった。基本生活圏が室内という温室育ちなため気圧されたが意を決して口を開いた。


「そのー、実は俺も神託?とやらを受けまして・・・」

「なんと!」


その場の全員が目の色を変えた。


「それで! それで女神様はなんと!?」


ああ、詰めよってこないで大臣さん。目が血走ってて怖いです。ひとまず座って!


「えっと・・・『勇者が旅立たないからなんとかしてください』って」


わりと切実な声だったなあ。まあ予想できんよな勇者が旅立ち拒否とか。

言われたのはちょうどエルザがお城行ってた時だからきっとあの時間に拒否ったんだろうな。

あまりの内容にその場の全員が沈黙した。まあ何て言えばいいかわからんよね。


「それでですね、一晩考えたんですけど俺も旅に出ようかなって」

「もしや共に旅立つと言うのか? それはあまりに危険ではないか?」

「いやそもそもエルザ殿の過保護具合から見てそれは不可能では・・・」


悲しいことに騎士団長さんの見立ては正解である。

あの幼馴染は家に帰ってきた時に俺がいないと酷く不機嫌になるしヤンデレでも入ってるのか時折俺を監禁したがる。

おかげで既に成人だというのにまともな職につけないでパート的な感じで商店の手伝いをするかと家でもできる内職でなんとか稼ぎを得ている現状だ。

いや生活するだけならエルザが稼いでくるから問題ないんだけどね、でもね?それってヒモじゃないですか。そんなの嫌じゃないですか。すでに手遅れ感あるけど。


「騎士団長さんの言うとおりエルザと一緒に行くのは無理です。 最悪俺が家の外にすら出れなくなって終わります」

「愛じゃのう」


依存っていうんですよおじいちゃん。


「だから俺はエルザとは別に旅に出てエルザが旅立つのを促そうと思います」

「なるほど、君に執着するが故に勇者は旅立たざるえないと」

「はい。 ぶっちゃけ旅立ったならこっちのもんです。 旅先で駄々こねて魔王を倒すまでは帰らないとか言えば何とか・・・」


ヒモとして培った力を最大限活用する所存である。


「ですがイニャス殿、 貴方は戦いの経験が・・・」


うん、わかってる。ぶっちゃけ無い。

だけど戦うことができない俺でも隣町ぐらいまでなら逃げ続ければたどり着けるのではないか。これでも逃げ足は速いのだ。

戦った事すらないから逃げることしかできないとも言うがな!

・・・しかたないじゃないか。だって昔せめて訓練だけでもしようかなと街の外に出ようとしたらエルザが片っ端から魔物を殺し回り始めて街の外が地獄絵図になったのだ。あと軽い気持ちでピクニックに行こうとしたときも同じことになった。それ以来街から出ていない。


「いいんじゃないかの?」

「祭司長殿!?」

「儂は昔からこの子らのこと知っとるがの。 頼りないように見えて案外やる子らじゃよ」

「しかし民を守る騎士として戦えない彼を旅立たせるのは・・・」

「だが女神様のお言葉ですぞ。 ・・・確かに気は乗りませんが」


んーと、まとめると騎士団長さんが反対、大臣さんが消極的賛成、おじいちゃんが賛成か。

自然と王様に視線が集まる。

王様はしばらく目を閉じて考えてたがゆっくりと目を開けた。


「いいだろう。 いくつか条件をつけるなら支援しよう」

「陛下!?」

「他ならぬイニャスが決めた事だ。 儂らは後押しはすれど否定する権利などない。 ましてや女神の意向とあればな」

「ありがとうございます王様」


深々と頭を下げる。しかし条件か・・・なんだろ?自分の身くらい守れるようになってからとかだったら旅立てなくなるから他のにしてほしいなぁ。


「それでその、条件とは?」

「まず旅立つにあたり護衛を連れていくことだ。 その者と行くといい」


護衛!一般市民の俺に護衛!なんだが偉い人になったみたい!


「もう一つは無事に帰ること」


まあ死にたくはないので当然である。


「それからーーそうだな。 旅先でなにかお土産でも買ってきてもらおうか」


少し考えて王様はイタズラっぽくウインクして言った。条件だのなんだの言って結局全面的に支援してくれるらしい。


「はい王様、とっても良いもの探してきますね」


恩に報いるためにもちゃんとお土産は買って帰ろう。カタログでもあればいいんだけど。



会談が終わりお城から出た俺は大きく息を吐いた。

あー緊張した。お父さんがお城と関わりがあったから多少は知りあいではあったけども。

っと、そんなことよりちゃんと伝言伝えたって報告しないと。ひとまず人目につかないところ・・・適当な路地に入って右手を耳に当てる。

そしてイメージするのは携帯電話。続いて電波的な何かがお空の彼方へ飛んでいくのをイメージして心の中で呼び掛ける。すると・・・


『はい、こんにちはイニャスさん。 こちら女神ですよ』


女神さまへの直通電話(仮)に繋がる。

うん、このおしとやかだがどこかほわほわした感じのある声は確かに女神さまだ。

突然神託とやらで話しかけられた時はびっくりしたがとても耳障りの良い声だ。


『イニャスさん、どうでしたか? うまくいきました?』


その言葉に俺は是と答える。

王様などの国の上層部には話を通して協力も取り付けた。個人的に協力してくれそうな人に話はつけた。やれることは全部やった感じだ。


『それはよかったです! 私も女神として精一杯サポートしますから一緒に頑張りましょうね』


それは別にいいんだけどサポートとか勇者のほうにやってくれませんかね?


『そうしたいのは山々ですけど勇者さんのほうにはなかなか・・・それに一方通行でしか話しかけられない、というかこうやってお話できるのがおかしいんですよ? 今まで誰もこんなことできる人いなかったのに・・・』


そんなこと言われてもできちゃったもんはできちゃったのだ。寝ぼけて電話に出る感じで応答したら繋がっちゃったのだ。

特に信仰とかしてないのに女神さまと対話できちゃうとかびっくりである。熱心な信仰者たちも涙目確定だ。


『ともかく理由はわかりませんがこうしてお話できるんですから協力してほしいです。 こうして頼れるのはイニャスさんだけなのですから』


了解了解。俺なりに頑張りますよ。それじゃエルザに見つからないように荷造りをしようか。



その日の深夜。

ほとんどの人間が寝静まった頃、俺は荷物を担いで門の前まで来た。

正直家から出るのがハードモード過ぎた。だってエルザったらなにか感じとったのか玄関に鳴子設置してるんだもの。どこにあったこんなもん。そしてなぜ設置したこんなもん。


それはともかく王様の話では護衛とは門の外側で合流する手筈になっているらしい。

きっと妙に勘の良いエルザ対策なんだろう。食料なんかもそっちで用意してくれてるので鞄の中にはは日用品と着替えぐらいしか入ってなかったりする。


門を潜る前に一度振り返る。

それは見慣れた、19年間俺が過ごしてきた街の姿。小さく閉じていた俺の世界。だけど楽しいことがたくさんあった俺の大好きな街。

遠くには俺の家も見える。

あの家には俺とエルザの二人しか住んでいない。

エルザの両親は彼女の力を恐れて彼女を捨てた。その後エルザは俺の両親に引き取られたのだが俺の両親も数年前に流行病で亡くなってしまってそれ以来二人だけで暮らしていた。

でもそれも今日で終わりになる。

あの家に帰れるのはきっと魔王がいなくなった後だろう。


「それじゃあ・・・いってきます」


小さく呟いて久しぶりの、ほんっとうに久しぶりの街の外に向かって足を踏み出した。

というわけで新連載です。マイペースにのんびりやっていきたいです。


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