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6.2人の告白

さて帰るか、との小さな呟きに律儀に、はい、と助手席から声がする。たったそれだけの事なのに、まるで恋人の様に感じて、胸の奥が暖かくなる。



梶野インテリアからPartnerまでは、2時間強の道程だ。

時間はある、と言っても運転中。

そんな中で告白なんてできないし、しようものなら注意力散漫で事故を起こしそうだ。

信号待ち。ちらと腕時計を見やる。15時30分。距離としてはあと半分といったところ。今日はこのまま直帰の予定だが、彼女をあまり引き留めてしまうのも、と思う。

どうしようかと考えて、ふとある場所を思い出す。

ここからだと道をちょっと逸れるぐらいで行けるし、気に入ってくれそうな気がするな。

「菅野。……ちょっと寄り道してもいいか。」

「はい。良いですよ。」

どこに行くのか、とわざわざ聞かないところが彼女の良いところだ。俺は返答を聞いて、青になった信号を左折した。



「……綺麗。」

そう呟く彼女の視線の先には、一面のシバザクラ。

シバザクラのピンクがよく晴れた空の青と相まって、街の中である事を忘れてしまいそうな、幻想的な光景だ。

ここは陽見ヶ丘(ひのみがおか)と呼ばれる小高い丘。名前の通り1年中日当たりの良い立地で、向こうの山に夕日が落ちていく様はどこよりも美しい。

通常は緑の丘だが、この時期になると一面にシバザクラが咲き、最近では名所として遠くの地からも足を運ぶ人がいるという。

時期としてはギリギリだったが、まだピンクの絨毯は損なわれていなかった。

入社時に隣の県から移ってきた彼女は、まだ来た事がないと以前に話していたため、ここに連れて来た。

少し歩いて丘の一番上にある休憩所に向かう。

心地良い風に彼女の髪が靡く。景色を見下ろす横顔は、まるで少女の様で眩しかった。



「菅野。話があるんだ。」

背中に話し掛けると、柔らかい表情でこちらを振り返ってくれた。

「何でしょう?」

促されて心のままを話す。金城からのあの助言の通り。

「……菅野がLTPに来てこの2年、一緒に仕事をしてきて、

 菅野の良いところを沢山見てきた。人にも仕事にも、

 ひたむきで誠実で、思いやりに溢れていて。

 こんな人には、今まで出会った事がないくらい。」

「とんでもないです。」

手を振って首を振って、否定する姿が愛らしい。

「俺にとってはそうなんだよ。……だから……。

 だから、好きになった。」

驚いたように目を見開き、困った様に眉を下げる。

見つめながら、もう一度。

「好きなんだ、君が。これ以上ないってくらい。」


沈黙。1秒が何分にも感じてしまう。

俺は何と続けていいか分からず、彼女は苦しげに言葉を探しているようだった。

やがて彼女が、目線を花に向けたままゆっくり口を開く。

「私は……私は、愛を、知りません。」

言葉の意味をすぐに理解できなかった。

回らない頭で考えようとした時、彼女が言葉を繋げた。

「愛、自体は理解していると思います。家族を大切に

 思ってますし、大切にされているとも感じます。

 友人を大切に思う気持ちもあります。

 きっとそれが愛というものでしょう。

 ……でも恋愛感情を持った事が、ありません。

 好き、ってどういう事なんでしょうか。

 人として大切に思う事と、どう違うんでしょうか。」

そこまで一気に言って、更に苦しげに、切なげに顔を歪める。

彼女の言葉は質問の形を取りながらも、問いかけている訳ではなく、独り言の様だった。

「立花さんが、そんな風に想ってくださっていても、

 私はその気持ちを、理解する事ができないんです。

 勿論、お気持ちはとても嬉しいです。

 それでも愛を、恋を、知らない私には、

 どうしていいのか分からないんです……!!」

悲しみを孕んだ声で吐き出された言葉は、誠実な彼女だからこそ出た言葉だ。

「同世代の人はこういう時、

 嫌いじゃないなら付き合ってみれば、って言うんです。

 そうしたら分かるよって。

 でも、もしずっと分からなかったら?

 時間を掛けたのに理解できなかったら?

 真摯に想ってくれる人をきっと、とても傷付ける……!!

 ……そんな事できません。

 それなら最初からお付き合いはしない、と決めたんです。

 ……きっとこれから先も、私は分からないと思うから。」

風の音にかき消されそうな程の声で、そう締め括った。

きっと彼女の心には、理解できない歯痒さ、俺を傷付ける事への悲しみ、これから先への諦め、「ずっと知る事ができない」という切なさ、幾つもの感情が混ぜ合わさっているのだろう。

その表情は、消え入りそうに儚かった。


直接的な言葉ではないものの、はっきりと断られた。

でも彼女の答えは、俺を嫌いであるというものではない。

「……そうか。分かった。

 ……でも。勝手に想うのはいいよな?」

俺は卑怯だ。

断らないと分かっていて、こんな質問をする。

「……はい。」

眉を下げて、どうしていいのか悩みつつもそう返してくれた。

「諦めるつもりはない。すぐ諦めるなんてできないし。

 君に恋愛感情を教える、なんてきっと無理だけど。

 俺が持ってるこの気持ちを伝えていく事はできるから。」

少し呆けた顔をした彼女に、もう一度。

「好きだよ。……俺は諦め悪いからね?さ、帰ろう。」

そう言って背を向けて、坂を下って行く。

こんな時でも律儀に、はい、って返すから、

何だか恥ずかしくなって、少し顔が熱くなった。

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