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57.実感

「見たぞ。」

「……何の事でしょう。」

「雑誌。」

でしょうね、とは言わなかった。源さんのにやついた顔を見れば、何が言いたいか分かった。

それはこの1週間、嫌と言う程経験したからだ。

社長からは、「写真写りいいなぁ」と笑われ、社員からはすれ違いざまに「見ましたよ」と声を掛けられ、街を歩いていても俺を見た人が「あの人、ライフに載ってた―」「Partnerの―」と言っているのが聞こえて、とてもしんどかった。

「源さん、大分出来上がってきましたね。」

「もっと嫌そうなリアクション期待してたんだがなぁ。」

「残念ながら飽きてしまったので。」

「何だ、遅かったか。」

少し悔しそうにする源さんを尻目に中へと入っていく。


外装はほぼ完成してしまって、後は外の花壇と中の内壁やカウンターの設置、配線等を残すばかりだ。

「一月なくここまでできちゃうんですねー。」

金城がきょろきょろ見渡しながら、感心する。

「儂らは他のどこの建設会社より早いからな。」

話には聞いていたがここまで早いのか。見ると隣のショップに繋がる廊下もできている。ガラス張りで小さな内庭を見られる作りになっている。

「すごいな。」

気が付いたら呟いていた。これまで何度か来て、少しずつ出来上がっていく様を見て、何度も思った事だ。そこにないものを一から作る。その点は俺達と変わらないけれど規模が違う。人が過ごす場を作り出すのは、大きく尚且つ繊細な仕事だと思った。


「あと少しですね。」

「あぁ、予定通りだな。

 内壁までしたら窓のやつしてもらおうと思うんだが、

 イベントってのは来週だったよな?」

「はい。来週の土曜ですね。」

「だったら、先してもらうかな。

 あーと、来週の月曜か火曜は来れるか?」

手帳を確認する。火曜なら出て来られそうだ。

「火曜でも良いですか?」

「おぅ。じゃ火曜な。聞いたが、その何たらってのは

 ガラスの破片ですんのか?」

「シーグラスですって。

 正確には浜に打ち上がったガラスの破片でしますね。」

いつまで経ってもシーグラスを覚えてくれない源さん。

「じゃ、それ集めねぇといけねぇのか?」

「それなら大丈夫です。」

そう答えたのは菅野だった。

「今まで集めたのがあるので、それを使おう

 と思ってます。」

「え、でも……。」

「あ、ならいいな。火曜に来てやってもらえるか?」

「はい、勿論です。」

源さんは呼ばれて、駆け足で出て行った。

「良かったのか?将来使うために集めたんだろ?」

折角自分のために集めたのに使っていいのか、と心配になる。

「使うべき時がここだと思うから使うんですよ。

 それに一から集めようと思ったら、

 結構時間掛かるんです。知らなかったでしょう?」

「それは知らなかったな。」

「色んな色を集めたので、楽しみにしててください。」

自慢する様に言うから、期待してるって笑って答えた。



約束の翌週、火曜日。今日も全員で行くつもりだったが、イベントの前準備に急遽人が欲しいと声を掛けられ、

「ここは俺達が行くので、菅野と行って来てください。」

という竜胆の言葉に了解して、菅野と2人で行く事になった。

「窓、こんな感じにしようと思うんですけど……。

 どうでしょう?」

新幹線の隣の席で、彼女は紙を広げて俺に意見を求めてきた。

中央を楕円に残し、周りにカラフルな色が散りばめられていて、下方で男女のシルエットが向かい合っているイラストだった。

「男女の……パートナーか。」

「はい。Partnerのカフェなのでそれが伝われば、と。」

「良いと思うよ。可愛いし、絶対目を引く。

 ただ、俺にもできるかな?」

ふふ、と楽しそうに笑う。

「そんなに難しくないので平気ですよ。必要なものは

 用意してますし、教えますから大丈夫です。

 ……私が立花さんに教えるって何か変な感じです。

 今まで教えてもらうばかりだったので。」

少し恥ずかしそうに頬を掻いている。そんな事ないんだけどな。

「今までだって、沢山色んな事教えてくれたよ。

 自分が気付いてないだけで。」

「そう、ですか。それなら、嬉しいです。」

照れたのか、それだけ言って黙ってしまう。そんな時間だって楽しくて、とても幸せだった。


「ここはこれ?」

「えっと、もう少し小さいのが良いですね。

 あ、これにしてください。」

「うん。」

イラストを見ながら、指示を仰いで進めていく。

疲れるだろうから、と源さんがスツールを2脚出してくれて、それに座って並んで1つの窓に向かい合っていた。

シーグラスを付ける窓は全部で3つ。少しずつ色の配色や男女のシルエットを変えたりして、楽しめる様に工夫している。

1つ終われば俺も少し慣れて、要領が分かってきた。

「流石です。飲み込みが早いですね。」

と褒められれば、嬉しくなってスピードも上がっていく。

「やっぱりあの時、したいって言って良かったです。」

手を止めず目線も窓に向けられたまま、彼女が呟く。その顔は幸せそうに微笑んでいた。

「我儘言って正解でした。」

「当たり前だろ?俺が良いって言ったんだから。」

茶化して言うと、ちらと俺を見て笑う。

「私、立花さんにそう言われると認められてる、

 って思えます。

 初めは迷ったけど、LTPに来る事を選んだのも、

 今までしてきた仕事も、どれも間違ってなかった、

 正しいんだって思えるんです。」


真っ直ぐな言葉が胸を打つ。

今回取材を受けて、何度も最初の取材を思い出した。まだ入社したばかりで何も分からなくて、必死だった。先輩達が俺を受け入れて沢山助けてくれた。なのに俺のせいで先輩や社長まで悪く言われた。

やがて先輩達が抜けていって、俺がリーダーになって。俺でいいのかっていつも不安だった。それでもやっていかなきゃいけなくて、もう5年。迷う事ばかりだったけど、仲間がいて。ふとした時に掛けられる言葉やしてくれる事で。

「認められてるって-正しいんだって思えるんです」。

俺だって。

「俺だってそうだよ。君がいて、皆がいて。

 ここが俺の場所なんだって思える。

 本当に良いパートナーと出会えたってそう思う。」

できかけのシルエットに触れる。つるつるとした感触。

俺はこんな感じでまだ端が欠けてて。それでも。

隣から手が伸び、欠けた部分にガラスを付ける。完成した2人が外の光できらきら光る。

こうやって、俺を作ってくれる人が。欠けたところを埋めてくれる人が、いるから。


「幸せだ。」

「はい。とても。」


 

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