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56.記者の質問

週が明けて火曜日。朝から少し機嫌が悪い。昨日から少しその兆候はあったけれど、当日は当然、纏う空気さえ重くなる。

「た、立花さん、大丈夫ですか?

 後30分で約束の時間ですけど……。」

「まだ来てないんだから良いだろ。

 記者の前ではちゃんとするって。」

「そうですけど。うぅ、立花さんが怖いよー……。」

「金城、五月蠅い。」

今日が生活情報誌ライフの取材日なのだ。やると言ったからにはやらないという選択肢はないが、気が重くなるのは仕方ないと思う。

特別に持ち込んだソファに深く腰掛け、対面しているソファとテーブルを見ながら、もうすぐ始まる戦いに眉間の皺を深くした。

唯一の救いは、1人きりで記者と対面しない事だけだ。LTPの代表としてブースを離れる訳にはいかない、と何とか言いくるめてブースでの取材をOKしてもらった。

「立花さん、困ったらいつでも言ってくださいね。

 とりあえずとびきり美味しいコーヒー淹れますから。」

菅野が優しい口調で言う。それだけで固く強張っていた顔が緩み、頑張れそうだと思う俺は何て簡単なのだろう。

「ありがとう。頼むよ。」

抱き締めたい気持ちを堪えながら、答える。ここで取材を受けたいと頼みこんで良かった。彼女と皆のいるこの空間なら、不安にならずに自分を保てそうだ。

コン、コン。

ガラスの向こうに見えた知らない顔に、先程より落ち着いた口調で、どうぞ、と声を掛けた。



「私、生活情報誌ライフを出版しております、

 灯明(とうめい)出版の南早苗(みなみさなえ)と申します。」

「カメラマンの工藤兼明(くどうかねあき)と申します。」

名刺交換が始まる。

南さんは細いフレームの眼鏡が印象的な30代半ば程の女性。スーツもパリッとしていて隙のなさそうな風貌だが、笑った時の笑窪が近寄り難さを打ち消している。

工藤さんは逞しいガタイと顎鬚が特徴的な40代であろう男性。服の上からでも筋肉の形が分かる程鍛え上げられていて、ライフの繊細な写真を撮っていたのがこの人か、と驚いた。

並ぶ2人のミスマッチ感が何とも面白かった。

「株式会社PartnerでLifeTotalPartner代表を

 務めております、立花幸多と申します。

 今日はご無理を言ってしまい申し訳ありません。」

自己紹介を返すと、慌てた様子で南さんが言う。

「いえいえ、とんでもないです!

 こちらこそ立花さんがどこの取材もお受けしてない事を

 把握はしていたのですが、来月のジュエリーの販売を

 ご紹介すると共に、今企業で注目されている立花さんの

 取材もできれば、と半ば強引にお受け頂きましたから。

 正直お受けいただけるとは思いませんでした。

 本当にありがとうございます。」


今回取材を受ける事に決めたのは、この事もある。

あの日棚橋から受け取った書類に、【12月発売のジュエリーの紹介】がメインだとあったのだ。

発売直前にはLTPも参加するイベントもあり、そこへの集客をどうするかについて広報課が話しているのを聞いていたから、俺が取材を受けて宣伝になるなら、と思ったのだ。

「まぁ、いつまでもごねる歳でもありませんので。」

苦笑いしながら本心は隠しておく。

「失礼致します。コーヒーをお持ちしました。」

菅野が様子を見ながらそれぞれの前にコーヒーを置く。

「ありがとうございます。……まぁ美味しい!」

「本当に美味いな。」

「ありがとうございます。おかわりもございますので。」

そう言いながら、嬉しそうに笑って菅野は給湯室へと戻る。

一口飲むと控えめな甘さが口に広がる。彼女みたいだな。それだけで安心する。

「では早速ですが始めてよろしいでしょうか?」



「そのイベントには立花さんも参加されるんですか?」

「あ、はい。LTP全員で参加させていただく予定です。」

取材はジュエリーのコンセプトや特徴から始まり、イベントについての話に移っていった。南さんが質問する中、工藤さんが写真を撮っている。

「皆さんがイベントに出られる事ってあまり

 ないんじゃないですか?」

「そうですね。

 企画課は表に出る仕事ではないですから。」

「ですよね。今日来るまで皆さんがこんなに

 美男美女揃いとは知りませんでしたから。」

こう言われて、目の端で何人かが照れているのが分かる。

仕事をしなさい、仕事を。

「ところで、立花さんは今お幾つなんですか?」

「え、29です。」

「あら、私より7つも下。あ、それは良いとして。

 という事は今の仕事を始められて11年?」

「そうなりますね。」

質問の質が変わっていく。

「この仕事の魅力って何ですか?」

「魅力、ですか。

 やはり自分達が考えた新たな商品が形になって、

 それを沢山の人が大切に使ってくださっているのを

 見ると、本当に嬉しいですね。」

カシャッ、とシャッター音が響く。南さんが破顔しながら

「本当に仕事を愛しておられるんですね。」

と言うから、はいと小さく答えた。


その後も取材は続いたけど、個人的なものが多くなって苦笑いと曖昧な答えで何とかかわしていった。プライベートな話までする必要はないだろう。

「殆どはぐらかされてしまいましたねぇ。

 じゃあ最後に、1つ。

 ズバリ、好きな女性はいますか!?」

「……ノーコメントで。」

「これもだめですか……残念です。

 ではこれにて取材は終了とさせていただきます。

 ありがとうございました。」

安堵から肩の力が抜ける。やっと終わった。

「……ありがとうございました。」

「次回の月末号に掲載する予定で、こちらに現物を

 お送りしますので、是非チェックしてくださいね!

 それでは、失礼致しました。」

深々と頭を下げて、ものすごい素早さで出て行った。

残されたいつものメンバーは、一斉に息を吐く。

「終わった……。」

「後半の方、宣伝全く関係なかったですよね?」

「最初から立花さんの事を聞く取材だったんだろう。」

「あー、まんまと乗せられたパターンですね。」

「記者の方って怖いですね……。」

「俺が思うに、見出しは『若きエリートの知られざる素顔!!』

 とかじゃないッスか?」

抜け殻状態の俺は、皆の言葉を聞き流していた。



後日、源さんのところに顔を出したりイベントの手伝い等で忙しくしていて、取材の事など頭から抜け落ちた頃に、その雑誌は届いた。

林田に急かされながら嫌々ページを捲ると、どこかで聞き覚えのある見出しがでかでかと踊っていた。

内容も俺の事ばかりであまり宣伝にはなっておらず、最後の数行だけに商品やイベントの事がまとめられていた。

内容を読んだあいつらに、当分笑われた事は言うまでもない。

……やっぱりもう、取材なんて受けないぞ。

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