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53.やっぱり君が好き

思い立ったが吉日。この間のメモだけじゃ動いた事にはならないのかもしれない。

朝早めに家を出て、最初に来るだろう彼女を待ち構える。問い詰めたい訳じゃない。

千果が言ってくれた様に、彼女を好きな自分のまま接するために。

「あ、おはよう、ございます。」

ドアを開けた菅野は俺がいる事に幾分驚いている様で、途切れ途切れの挨拶を送ってきた。

「おはよう。来てすぐに悪いんだけど、

 休憩室付き合ってくれない?」

意図が伝わったのか、神妙な面持ちで頷いてくれる。

歩く度聞こえる足音と衣擦れの音に、久しぶりだなと感じる。

アンケートを回収しに行った以来、こうして一緒に歩く事がなくなっていたから。

嬉しくなって、随分寂しかったらしいと気が付いた。



「あの、何て言っていいか分からないんだけど……。」

椅子を勧め、俺自身も一度は座ったものの落ち着かなくてすぐに立ち上がる。

窓際に立って、何をどう言おうか考える。

「君が何と戦ってるのか俺には分からないけど、

 俺はいつも君の力になりたいし、君を助けたい。」

流れる車を見ながら、昨日の電話を思い出す。もう俺は末期だな。

「君に一番に頼られる人になりたい。

 俺じゃだめな時もそりゃあると思うけど、

 千果じゃなく俺を、頼ってほしい。」

振り返って見た彼女は、少し複雑そうな顔をしていた。

彼女の隣に座り直す。

「……昨日、いやもう今日か。千果から電話があって。

 君は俺のために戦っているから、見ていろって言われた。

 その時は気が付かなかったけど、今になって

 あいつは君の事情を知っているんだ、って気付いた。

 俺の方が一緒にいる時間長いのに、

 俺には言えなくて千果には言える事があるんだ、って。」

「それは……!」

「いや、分かってる。ただの嫉妬だから。

 男と女では相談できる事できない事があるっていうのは

 当たり前の事だから、良いんだ。

 でも俺は君の事をちゃんと分かりたいって思ってるくせに

 君が俺を見るその目の意味に何も思い当たらないし、

 聞く事もできなくて足踏みして。

 またちょっと逃げ腰になってた。」

隣でどんな顔をしてどんな気持ちで聞いているの分からない。

ただ黙って俺の言葉に耳を傾けてくれている。

「君を好きでいても良いのかなって、ちょっと思ったり。

 でもやっぱり君を好きじゃなくなる事はなくて。

 寧ろ君の事ばかり考えてるよ。」

そっと合わせた目は儚げに揺れていた。

「もう何日もまともに話をしてない。君と話をしたい。

 世間話でも、仕事の話でも、愚痴でも。

 何でもいいから話をしたい。笑ってほしい。

 ……今日の夜、時間をくれませんか?」

彼女の我儘を聞く前に、俺が我儘を言ってしまうけれど、ずっと我慢していたから今日だけ許してほしい。

誰かと一緒の、じゃなく、君と2人きりの時間。


「質問、でも良いですか?」

「え?」

合わされたままの目に、彼女の色が戻ってきた。

真っ直ぐなその目に見つめられて、こんな時にドキリとした。

「お話は質問でも良いんですか?」

「うん、勿論。君が聞きたい事何でも。」

「答えづらい事でも?」

そう聞く彼女は少し子供の様に見えた。笑ってしまう。

「何を聞くつもりなの?

 でも君が聞く事なら何でも答えられるよ。」

「言いましたね?もう答えられない、はなしですから。」

「分かった。」

「覚悟してくださいね。」

そして2人で笑い合う。前にもこんな事があったな、と考える。

俺達は同じ事を繰り返してばかりだ。

彼女とこうして交し合う言葉と空間が心地良い。

他の誰といても感じられない気持ちがあって。

あぁ、やっぱり君が好きだよ、と心の中で呟いた。



約束を取り交わした後、心持ち軽い足取りでブースへ戻るといつの間にか9時を過ぎていた。焦った様子だった4人が脱力して椅子に体を預ける。

そして一気に喋り出す。

「この時間までどこ行ってたんスか!!」

「何かあったのかって心配しましたよ!」

「2人とも携帯置いたままいなくならないでください。」

「もー。今から探しに行こうかと思ってたんですよー。」

すごい勢いで言われて呆気に取られつつ、とりあえず

「ごめんなさい……。」

「すみません……。」

と、2人で謝る。

「まぁ、2人だから大丈夫かとは思ったんですけど。」

「寧ろ時間厳守の2人だからこそどうしたのかって。」

冷静に言われて本当に申し訳ない事をしたな、と縮こまる。

「悪い。休憩室にいたから。」

「あぁ、あそこ時計ないですしね。」

納得してくれたが、俺としては10分くらいのつもりで行ったのに、もうかれこれ30分も話していたらしい。

……近くても携帯だけは持って出よう。

「さっき、島崎が来てたんです。

 立花さんにお願いしたい事があったらしくて。」

竜胆が教えてくれる。

「そうか、行ってきた方が良いかな。」

「それなら私も行きましょう。」

真剣な顔で菅野が言う。

そういえば広報課には一緒に行くという話しをしたな。

「後でまた来るって言ってたんで待ってたらいいですよ。」

行かなくていいなら、それに越した事はない。

また色んな人に絡まれたくないし、当然彼女を危険に晒したくもない。

……社内が危険って可笑しな話だけど。

「さて、じゃ仕事するか。」

そう言いながら、一瞬終業後に思いを馳せて笑みが溢れた。


 

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