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50.溜め息と熱視線

翌日。投げかけた挨拶に振り返って応えた彼女は、割と晴れやかな顔で、それでもやっぱり俺を見透かそうとする様な視線を寄越した。

その所為で少し落ち着いていた昨晩のもやもやが倍以上にぶり返して、俺を落ち着かなくさせた。

本人に聞いてみようと試みるも、まるで謀ったかの様なタイミングの悪さで、2人きりになれないし、なっても一瞬だ。そんな状態で個人的な話はできない。

とりあえず内装の方をこの2日でまとめておかないと、上尾さんとの話し合いが難航してしまう。上尾さんもお忙しい方だ。社長の知り合いだからと言って、うちとの仕事だけに付いてもらう訳にはいかない。

顔を両手で叩いて気合を入れて、仕事に集中する。


―――つもりだったのに。

昨日程ではないにしろ、時折デスクの向こうから飛んでくる、ある意味熱い視線が気になって気になって。殆ど皆に任せてしまっていた。

お疲れですね、とか、たまにはゆっくりしてください、とか優しく落とされる慰めみたいな言葉に、いや、違うんだ、と否定する気にもならなくて。

仕事をしていないくせに、一番精神力を使った気がする。

深い深呼吸をする。吐いた息は溜め息と呼べる重さだった。

もう、本当に何なんだろう。言いたい事があるなら言ってくれよ。

そう思いながらも、お疲れ様です、と帰って行く背中を呼び止められないのは与えられる返答が怖いからだ。

分かってるよ。今度は初めから溜め息をついた。



その翌日も、あまり状況は変わらなかった。

彼女は気付けば俺をじっと見ているし、そのせいで俺はじっとしていられなかった。

聞きたい、のに、聞けない。

知りたい、のに、知りたくない。

そんな矛盾した感情を確かに持て余していた。

大した仕事もしないまま、昼休みを1人で過ごす。

休憩室の自動販売機で、何となく炭酸飲料を選んで買ってしまう。

口の中を甘い刺激が駆けて行って、少しだけ軽い息がつけた。

1人きりで、思いを馳せる。

そういえば、ここで仲直りをしたな。

俺がマスターに嫉妬して、彼女は俺に困ってて。ここで本当の気持ちを話して、プレゼントをした。

あの時あげたコンパクトを、彼女は肌身離さず持っている。会社に来る鞄の中にも、旅行の時にも持っていた。

旅行の時の、バレッタも。いつも付けてくれていて、今ではそれが当たり前みたいだ。

そうして俺があげたものを彼女の近くで見る度、俺の居場所がそこにある様で嬉しくなった。

そしてそんな俺に彼女は嬉しそうに笑いかける。

彼女はいつだって、真っ直ぐで、まっさらだ。

好きなところを上げればキリがないけれど、彼女の何にも左右されない実直さに一番惹かれているのだろう。

約5ヶ月のあの日、俺が彼女に好きだと告げた日から、今でも変わらず、あの柔らかい笑顔を俺に向けてくれるんだ。


どうして気付かなかったんだろう。

あんなに向けてほしいと願った彼女の目が、一心に俺に向けられている、それで良いじゃないか。

他の誰でもない、俺の事を必死に見てくれている。その事にどうして、怖いと思わなくてはいけなかったのか。

俺は彼女が好きで。彼女にも俺を好きになってほしくて。精一杯彼女を愛すと決めた筈なのに。どうして忘れてしまっていたんだろう。

今、俺がするべき事は何だろう。ただ1つ。

今まで通りに、いや、それ以上に彼女を想い、彼女の思いに応えていけば良い。

彼女が何か知りたいならすべて。彼女が何か願うならすべて叶えよう。

君が言葉に出して聞かない時は、いつも理由がある。

今回もそうなんだろう?

それなら、俺から無理には聞かない。ただ待ってる。

俺は君の我儘を聞くと言っただろう?

だからいつでも、待ってる。

でも少しだけ、俺はせっかちだから。

<君の我儘を聞かせて。>

誰もいないブースで、彼女のファイルにメモをそっと差し入れた。



終業時間。何とかまとまった内容に安堵しつつ、ちらとバレない様に彼女を見やる。

手は片付ける振りをして、目は彼女だけを捉える。

わらわらと動き出した皆と同様、彼女も鞄を膝に乗せて、デスクの書類を集めだす。

その手が閉じられていたファイルへと伸び、それは開かれる。

書類を挟もうとした手が止まり、その目はじっと一点を見つめている。

少し目を丸くして、迷うことなく俺の方へと視線を上げる。

目が合った瞬間。

目尻は下がり、口角は上がり。

俺の大好きな、いつもの柔らかい笑顔を見せてくれた。

もう、それで十分だった。


 

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